後世神社もごぜじんじゃと読みます。
土佐の長宗我部盛親の妻が国を追われ京都へ上がろうとして、途中で夫の死を知り悲しくて失明してしまい、侍女と一緒に身を投げたので、里人がおまつりしているという謂れのある神社。
この神社から少し行ったところに頂上はあります。
へんろ道を歩くわけではないですが・・・
昔の道があった場所ですね。
この下にも道があったようです。
レポートはこちら。
土佐の長宗我部盛親の妻が国を追われ京都へ上がろうとして、途中で夫の死を知り悲しくて失明してしまい、侍女と一緒に身を投げたので、里人がおまつりしているという謂れのある神社。
この神社から少し行ったところに頂上はあります。
へんろ道を歩くわけではないですが・・・
昔の道があった場所ですね。
この下にも道があったようです。
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