新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 10話
第五章【王女様登場】②
マリア・ミトラス王女様はそんなビビアン・ローラを無視して、跪いている月光軍団の副隊長フィデス・ステンマルクと部下のナンリに歩み寄った。
「フィデスさん、ナンリさん、顔を上げてください」
他国の王女であっても二人は膝を付いて臣下の礼を示していた。
「フィデスさんとナンリさんは戦場において、この私が見習い隊員だと知って見逃してくれました。戦いの中にも相手を思いやり、平和を愛する心を持ち合わせているのです。あなた方こそ、まことの愛国者、真の勇者と讃えられるべきでしょう」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
フィデスは王女様に頭を下げた。
「それに引き換え、ビビアン・ローラとやら、あなたは、罪もないナンリさんに対し無理矢理に規律違反をでっち上げて投獄したそうですね」
マリア王女様は王室の一員にふさわしい威厳を取り戻してきた。
静まり返った戦場に王女様の言葉が続いた。
「しかも、この二人に爆弾を持たせて自爆させようとしましたね。
勝つためならば人の命を犠牲にしても構わないとは、何と卑劣なやり方ではありませんか。
貴国の皇帝陛下がこの事実を知ったら、さぞやお嘆きになることでしょう。
ローラ、お前は皇帝の権威をかさに着て、その名を汚す不忠者です」
マリア王女様の熱い思いが込められた言葉に誰もが胸を打たれた。そこかしこからすすり泣く声も聞こえてきた。
「王女様、ただいまのお言葉をいただき感謝しております・・・これまでの苦労が・・・」
月光軍団のフィデスは涙で言葉に詰まった。
「助けていただいたお礼ですよ。こちらこそ、ありがとうございました。
それに引き換え、
ビビアン・ローラ、お前は悪逆非道の輩です。
見るも汚らわしい。今すぐここから立ち去りなさい」
不忠者、悪逆非道、見るも汚らわしいと断罪された騎士団のローラは我を失った。
自分だけが悪者扱いされている状況だ。この劣勢を一挙にひっくり返すには、王女とやらを一刀両断に斬り捨てるしかない。
「それほどまでに言うのなら王女と認めよう。王女なら最高の人質だ。お前を捕虜にして身代金を取ってやる。戦争だから当然の事さ。それとも、王室はお前なんかに身代金を払ってくれないのかな」
「何を言うのですか」
「王女様、ちょっとヤバくなってきました。逃げた方が・・・」
アンナが王女様のドレスを引っ張った。
「この場で首を斬り落としルーラントの宮殿に送ってやる」
言うや否や騎士団の副団長のビビアン・ローラが剣を振りかぶった。
「死ねっ」
ガキッ
あわやというその時、銀色の装束を纏った者が王女様に向けて振り下ろされた剣を受け止めた。鎧を付けているとはいえ自らの腕で受け止めたのだ。反動でローラはひっくり返った。
「ウガッ」
ローラの剣がへし折れた。
剣を受け止めた者はローズ騎士団の鎧姿だった。兜に覆われて確かめることはできないが、ついに仲間内からも公然と副団長に反抗する隊員が現れたのだ。
果たして誰なのかと騎士団の隊員が取り囲んだ。
「バカ、何をするのよ。部下のくせに私に逆らうなんて」
ローラは参謀のマイヤールに支えられて起き上がった。
「それでいいんです」
正体不明の隊員が答えた。
「あたしが誰だか知りたくありませんか」
「王女を殺しそこなったじゃないの」
「ふふふ、あたしが誰だか知りたいようですね」
「・・・何をわけのわからないこと言ってんの」
「それほどまでに、何度もお願いされたなら」
噛み合っていないこの会話・・・
「驚くなかれ、これがあたしです」
騎士団の隊員が装束を脱ぎ捨て、続いて、被っていた兜を放り投げた。
「はあ?」
「誰だ・・・」
副団長を取り巻いていたローズ騎士団の中からは中途半端な声が漏れた。
「レイチェル、ただいまです」
「おおっ」
カッセル守備隊とシュロス月光軍団の隊員は、それなりの歓声を上げた。それもそのはず、マリア王女様を救ったのは、爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばされた守備隊のレイチェルだった。
レイチェルは爆弾を抱え、そして爆発とともに地割れに落ちて消えた。誰もが助からないと思った。
だが、奇跡的に無事だったのである。
レイチェルは爆弾が爆発する寸前、変身能力を使って鋼鉄の肉体に変身したのだった。空中で力が尽きて地面の亀裂に落下したが、そこへ転がり落ちてきたコーリアスの血を吸って蘇ったのだ。
「よ、よかった、生きてて」
「生きていて当たり前、それが素人考えなのですよ」
変身する時に膨大なエネルギーを使ったせいで、レイチェルの言っていることは意味不明になっている。
「幽霊じゃないの、もしかして」
「ユーレイなんかじゃ、あーりません」
「それなら、どうやって助かったのよ」
「ええと、爆発寸前、あたしは地割れに滑って、地面の底へと登りまして、バナナの皮で頭が滑って、ゴツンと岩にお尻をぶつけて目が回って、救急車で運ばれたというわけです」
「つまり、穴に落っこちて、頭をぶつけて気絶していたということね」
「早く言えばそういうことです」
「レイチェル、私を守ってくれて、ありがとう」
マリア王女様が礼を述べた。
「そうだ、やっと、思い出した」
レイチェルがローラを振り返った。
話すことは意味不明、さらに何のために現れたのかさえ忘れていたレイチェルだったが・・・
「ローラ、許さん」
バシッ
レイチェルのパンチがローラの顎をとらえた。
「騎士団を倒すために、地割れの中から舞い戻ってきたのさ」
<作者より>
本日もご訪問くださいまして、まことにありがとうございます。