かおるこ 小説の部屋

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連載第61回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-03-04 12:39:49 | 小説

 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 10話

 第五章【王女様登場】②

 マリア・ミトラス王女様はそんなビビアン・ローラを無視して、跪いている月光軍団の副隊長フィデス・ステンマルクと部下のナンリに歩み寄った。
「フィデスさん、ナンリさん、顔を上げてください」
 他国の王女であっても二人は膝を付いて臣下の礼を示していた。
「フィデスさんとナンリさんは戦場において、この私が見習い隊員だと知って見逃してくれました。戦いの中にも相手を思いやり、平和を愛する心を持ち合わせているのです。あなた方こそ、まことの愛国者、真の勇者と讃えられるべきでしょう」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
 フィデスは王女様に頭を下げた。
「それに引き換え、ビビアン・ローラとやら、あなたは、罪もないナンリさんに対し無理矢理に規律違反をでっち上げて投獄したそうですね」
 マリア王女様は王室の一員にふさわしい威厳を取り戻してきた。
 静まり返った戦場に王女様の言葉が続いた。
「しかも、この二人に爆弾を持たせて自爆させようとしましたね。
 勝つためならば人の命を犠牲にしても構わないとは、何と卑劣なやり方ではありませんか。
 貴国の皇帝陛下がこの事実を知ったら、さぞやお嘆きになることでしょう。
 ローラ、お前は皇帝の権威をかさに着て、その名を汚す不忠者です」
 マリア王女様の熱い思いが込められた言葉に誰もが胸を打たれた。そこかしこからすすり泣く声も聞こえてきた。
「王女様、ただいまのお言葉をいただき感謝しております・・・これまでの苦労が・・・」
 月光軍団のフィデスは涙で言葉に詰まった。
「助けていただいたお礼ですよ。こちらこそ、ありがとうございました。
 それに引き換え、
 ビビアン・ローラ、お前は悪逆非道の輩です。
 見るも汚らわしい。今すぐここから立ち去りなさい」
 不忠者、悪逆非道、見るも汚らわしいと断罪された騎士団のローラは我を失った。
 自分だけが悪者扱いされている状況だ。この劣勢を一挙にひっくり返すには、王女とやらを一刀両断に斬り捨てるしかない。
「それほどまでに言うのなら王女と認めよう。王女なら最高の人質だ。お前を捕虜にして身代金を取ってやる。戦争だから当然の事さ。それとも、王室はお前なんかに身代金を払ってくれないのかな」
「何を言うのですか」
「王女様、ちょっとヤバくなってきました。逃げた方が・・・」
 アンナが王女様のドレスを引っ張った。
「この場で首を斬り落としルーラントの宮殿に送ってやる」
 言うや否や騎士団の副団長のビビアン・ローラが剣を振りかぶった。
「死ねっ」
 ガキッ
 あわやというその時、銀色の装束を纏った者が王女様に向けて振り下ろされた剣を受け止めた。鎧を付けているとはいえ自らの腕で受け止めたのだ。反動でローラはひっくり返った。
「ウガッ」
 ローラの剣がへし折れた。
 
 剣を受け止めた者はローズ騎士団の鎧姿だった。兜に覆われて確かめることはできないが、ついに仲間内からも公然と副団長に反抗する隊員が現れたのだ。
 果たして誰なのかと騎士団の隊員が取り囲んだ。
「バカ、何をするのよ。部下のくせに私に逆らうなんて」
 ローラは参謀のマイヤールに支えられて起き上がった。
「それでいいんです」
 正体不明の隊員が答えた。
「あたしが誰だか知りたくありませんか」
「王女を殺しそこなったじゃないの」
「ふふふ、あたしが誰だか知りたいようですね」
「・・・何をわけのわからないこと言ってんの」
「それほどまでに、何度もお願いされたなら」
 噛み合っていないこの会話・・・
「驚くなかれ、これがあたしです」
 騎士団の隊員が装束を脱ぎ捨て、続いて、被っていた兜を放り投げた。
「はあ?」
「誰だ・・・」
 副団長を取り巻いていたローズ騎士団の中からは中途半端な声が漏れた。
「レイチェル、ただいまです」
「おおっ」
 カッセル守備隊とシュロス月光軍団の隊員は、それなりの歓声を上げた。それもそのはず、マリア王女様を救ったのは、爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばされた守備隊のレイチェルだった。
 レイチェルは爆弾を抱え、そして爆発とともに地割れに落ちて消えた。誰もが助からないと思った。
 だが、奇跡的に無事だったのである。
 レイチェルは爆弾が爆発する寸前、変身能力を使って鋼鉄の肉体に変身したのだった。空中で力が尽きて地面の亀裂に落下したが、そこへ転がり落ちてきたコーリアスの血を吸って蘇ったのだ。

「よ、よかった、生きてて」
「生きていて当たり前、それが素人考えなのですよ」
 変身する時に膨大なエネルギーを使ったせいで、レイチェルの言っていることは意味不明になっている。
「幽霊じゃないの、もしかして」
「ユーレイなんかじゃ、あーりません」
「それなら、どうやって助かったのよ」
「ええと、爆発寸前、あたしは地割れに滑って、地面の底へと登りまして、バナナの皮で頭が滑って、ゴツンと岩にお尻をぶつけて目が回って、救急車で運ばれたというわけです」
「つまり、穴に落っこちて、頭をぶつけて気絶していたということね」
「早く言えばそういうことです」

「レイチェル、私を守ってくれて、ありがとう」
 マリア王女様が礼を述べた。
「そうだ、やっと、思い出した」
 レイチェルがローラを振り返った。
 話すことは意味不明、さらに何のために現れたのかさえ忘れていたレイチェルだったが・・・
「ローラ、許さん」
 バシッ
 レイチェルのパンチがローラの顎をとらえた。
「騎士団を倒すために、地割れの中から舞い戻ってきたのさ」
 

 <作者より>

 本日もご訪問くださいまして、まことにありがとうございます。


連載第60回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-03-03 12:50:58 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 9話

 第五章【王女様登場】①

 カッセル守備隊のアリスがバロンギア帝国皇帝旗に追い詰められた、その時、
「お待ちなさい」
 透き通る珠のような声が響き渡った。
「お、お嬢様!」
 守備隊の人の輪が解けマリアお嬢様がしずしずと現れた。しかも、城砦を出る際に着ていた純白のドレス姿である。その出で立ちは荒涼とした戦場には似つかわしくない、まさにお嬢様そのものである。お付きのアンナが先導し、ドレスの裾持ち役を務めているのはロッティーである。
「そなた、ここを何処だと思っているのですか」
 マリアお嬢様がビビアン・ローラに向かって言った。言葉遣いも態度も堂々としていて、どことなく威厳すら感じさせる。
「ここは我がルーラント公国の領土内ですぞ。断りもなく他国の旗を、それも、皇帝旗を掲げることなど、この私が許しません」
 突如、現れたお嬢様は皇帝旗を降ろすように言った。
 ここはルーラント公国の領内だ。国境を越えて攻め入ったのはローズ騎士団である。騎士団の旗ならばともかく、バロンギア帝国皇帝旗を立てたとなると皇帝自身が越境したとも受け取れる。
 だが・・・アリスは不安である。所詮、お嬢様では心もとない。相手は皇帝旗だ、誰の目にも権威の差は歴然としている。これが王様か女王様ならまだしも、貴族のお嬢様対皇帝では、どう逆立ちしても勝てそうにはない。
 案の定、ローラは少しも動じない様子だ。
「誰だよ、お前は。偉そうな口を聞くんじゃない。それに、戦場でそんなヒラヒラしたドレスなんか着て、バカじゃないの。怪我をしないうちに引っ込みなさい」
 ローラは手を振って追い払おうとした。しかし、お嬢様は負けずに言い返す。
「バカとは何事ですか」
 今までだったら、ヒェーとか言って引き下がるところだが、今日のお嬢様は一歩も譲らない。
 いったいこの強気はどうしたことか。
「大丈夫かな、ついに頭がおかしくなった」
「お嬢様がおかしいのは、ずっと前からだけどね」
 月光軍団のマギーとパテリアが囁き合った。

「皇帝の権威が分からないから、バカだって言ってんの。このガキ、真っ先に首を刎ねてやろうか」
 ローラがマリアお嬢様を恫喝した。皇帝旗まで持ち出してきたからには、たとえ誰が相手でも騎士団としてはおいそれとは引き下がれない。
「ガキはさっさと消え失せろ。目障りなんだよ、だいたいお前は何者なのさ」
 ついにローラは右手を剣の柄に添えた。
 それでもお嬢様はまったく臆する素振りも見せず、悠然としてお付きのアンナを振り返った。
「目障りとまで言われては黙っていられません。アンナ、ここですよ」
「かしこまりました」
 お嬢様の脇からアンナが前に進み出て恭しく一礼した。
「こちらは、このお方は・・・」
 マリアお嬢様を仰ぎ見た。
 一斉に視線がお嬢様に注がれる。
「こちらのお方こそ、ルーラント公国、第七王女様であらせられます。これからは、マリア・ミトラス王女様とお呼びください」
 全員に衝撃が走った。
 マリアお嬢様は、実はルーラント公国の王女様だったのだ!!!
「「「おうじょさまあああ」」」
 トリルとマギー、パテリアにレモン、それにマーゴットとクーラたちが見事にハモった。
「王女様でしたか」
 アリスはその場に跪いて臣下の礼をとった。
 これは一大事だ。王女、即ち、それは王室の一員なのである。平民である自分たちには、畏れ多くて直に言葉を発するなど許されないくらい上の、そのまた遥か上の上の存在だ。その王女が辺境の軍隊に見習い隊員として所属していた。しかも、自分の部下として。これが一大事でなくて何であろうか。
 事態が呑み込めたとみえたのか、守備隊のスターチとリーナは膝を付いた。ベルネも慌てて地面に頭を擦り付けて平伏した。
 一番驚いたのはロッティーだ。リュメックたちを救出しようと、マリアお嬢様の乗った馬車に錠前の鍵を取りに行った。抵抗されたら殺してでも鍵を奪い取ろうという覚悟だった。それが、幌を捲って現れたのは王女様だったのである。もし、襲いかかっていたら反逆者になるところだった。
 一躍、王女様の側近になったのだ。これで勝ち組になれる。前の隊長を助けることなどすっかり忘れた。

 月光軍団のフィデス、ナンリ、州都のスミレとミユウも片膝を付き臣下の礼を表した。ローズ騎士団のローラとマイヤールは事の成り行きに唖然として突っ立ったままだ。
 
 マリアお嬢様、今や、ルーラント公国第七王女様、マリア・ミトラスは、背筋をピンと伸ばし凛として話し出した。
「そなたを我がルーラント公国への侵略者と見做す。今すぐ、その旗を降ろしなさい」
 皇帝旗を降ろせと言われたが騎士団のローラは、
「笑っちゃうわ」
 と、相手にしない。
「潔く旗を降ろしなさい、さすれば助けて進ぜよう」
 あくまでも威厳たっぷりに諭す王女様である。
「助けるとは聞いて呆れる。あんた、王女だって言うなら証拠を見せなさい」
「はあ・・・」
 これにはマリア王女様は返答に窮した。王女様だという身分証明書などあるはずがない。一番弱いところをつかれてしまい、先ほどまでの余裕と威厳はたちまち消え失せた。
「証拠といっても・・・」
「ほらね、証拠なんてないじゃない。コイツは王女を騙る偽物だわ。ニセ王女に決まってる」
 ローラが攻勢を強めるのでメイドのレモンが王女様に声援を送った。
「王女様、ガンバレー」
「ハーイ、レモン」
 王女様とレモンはハイタッチで励まし合う。気を良くした王女様はすっかり軽いノリに戻った。
「そうだった。カッセルで女王様ゲームをやって私が勝ったことがあったでしょう。王女様だから勝ったのよ。いずれは女王様になるんだから」
 王女様は得意顔だ。
 ところが、カッセルに捕虜になっていた月光軍団のパテリアは、
「いえ・・・あれは、その、みんなでこっそり、わざとお嬢様に勝たせようとしたんですよ」
 と、秘密を暴露してしまった。
「えっ、本当なのアンナ」
「すみませんでした。負けたら王女様が泣くだろうと思って、私が皆さんに頼みました」
「やっぱり、そうだったのか」
「こりゃあ、ダメだ」
 今度は落ち込むレモンと王女様であった。

 貴族の娘だと聞かされていたのが、実はルーラント公国の王女であったとは。ミユウも驚きを隠せない。
 真贋を問われているこの場を如何したものか。ローズ騎士団を追い返すことができるのなら、敵国の王女でも何でも構わない。ニセ王女と疑われているのであれば、適当にそれらしい証拠を持ち出してみよう・・・
 ミユウが進み出た。
「ルーラント公国第七王女様には、このような荒涼とした戦場にお出ましいただき、誠に畏れ多いことでございます」
「メイドのミユウちゃんだったわね。私が王女と知って、さっそく召使いに志願しようというのですか、いい心がけですこと」
 ミユウがズッコケる。
「私はシュロスへ来る前、諸国を放浪しておりました。ルーラント公国にも潜入して、いえ、貴国に立ち寄ったついでにカッセルの酒場で踊っていたこともありました」
 ミユウが王女様のドレスに施された刺繍を示した。王女様の着ているドレスにはきれいな白い百合の花が刺繡されている。
「白い百合の花の刺繡、それこそ、ルーラント王室の文様ではありませんか。間違いありません、本物の王女様でございますね」
 そう言われて王女様がドレスの文様を自慢げに見せた。
「よく知ってたわね。ほら、これで王女だって分ったでしょう」
 ミユウはしめたと思ったのだが、
「黙れ、メイドの分際でこんなヤツの肩を持つな」
 またしてもローラに退けられた。
 メイドの証言、それも、味方のはずのメイドによって敵国の王女だと決めつけられローラは頭に血が上ってきた。 
「王女が軍隊に入って、こんな辺境に来るなんてあり得ないわ」
「これからは王家の一員といえども、お城に引きこもってばかりではなく、人々の生活や世間の有り様を見なくてはいけません。そのためにわざわざ辺境に来たのです。これも王女の務めです」
「王女様、エラーイ」
 メイドのレモンが拍手したのでローラに睨みつけられた。
「ふふん、それほどまでに言うのなら」
 騎士団のローラが剣を抜いた。
「世間を見せてあげよう。この世は力がすべて、剣に貫かれて死ぬがいい」
「やれるものなら斬ってみなさい。そんな邪剣に、この私が斬れるものですか」
 王女様は微動だにせず、却ってローラを挑発した。ローラはカッカときて剣を持つ手がワナワナと震えた。

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 この巻は戦闘シーンが多かったのですが、ここは王女様のはじけっぷりが全開します。


連載第59回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-03-02 13:44:19 | 小説

<作者より>

 今回掲載分には人が命を落とす場面があります。

 

 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 8話

 第四章【エルダの死】②

「どうした、司令官、もう観念したか」
 エルダが苦しい息で顔を上げた。ハアハアと荒い息を吐く。
「フィデスさんの・・・ことは」
 最後の力を振り絞り身体を起こす。どうにか四つん這いになったが、下を向くと口から血が垂れた。
「ゴホッ・・・助けて、く・・・ださい。私は、私、この・・・世の、ゲエッ」
 エルダは自ら吐いた血だまりに突っ伏した。
 ローズ騎士団のビビアン・ローラは剣を抜きエルダに突き付けた。
「正義の剣で成敗してくれる」
 剣が振り下ろされた。
 エルダの太ももに剣が突き刺さった。ローラはわざと急所を外したのだ。
「うずっ、うううっ、ぐひひひい」
「せいぜい苦しむことね」
 ローラはコーリアスを呼び寄せた。月光軍団のコーリアスたちにも一太刀浴びせてやることにした。
「お前たちの番だ」
 言われてコーリアスが前に出る。ついに恨みを晴らす時がきた。エルダに降伏させられた復讐だ。月光軍団の参謀コーリアスは剣を抜いて斬りかかった。続けとばかりに副隊長のミレイが槍を振りかぶった。
 月光軍団が復讐を果たしたのだった。
 カッセル守備隊のエルダは全身を朱に染め、血だらけで横たわっている。
「あうっ・・・ぐっ・・・」
 もはや、うめき声を漏らすだけになった。
 エルダの最期の時が迫っていた。
「あの世へ行きなさい・・・」
 ローラは剣を持ち替えるとエルダの胸にズブリと突き刺した。
 エルダは何度もブルブルと痙攣した。そして、最後にひときわ激しく引きつり、ついに動かなくなった。

 カッセル守備隊司令官エルダが死んだ。

「勝ったわ。ローズ騎士団はカッセル守備隊に勝った」
 参謀のマイヤールがバロンギア帝国皇帝旗をこれ見よがしに振り回した。
 勝負は決した。ローズ騎士団がカッセル守備隊に勝利したのである。
 
 スミレはフィデスの肩を支えエルダの側へ連れて行こうとした。だが、フィデスは身体を強張らせ動こうとしない。動けないのだ。
「ううっ・・・うう、あはあ、あはあ・・・あああ」
 フィデスが身体を震わせ泣き出した。
 スミレがフィデスの手を取り、冷たいエルダの手に重ねた。
 ああ、いやあああああ、ひっ、ひいいっ」
 フィデスがエルダの身体の上に崩れ落ちた。

「エルダさんが死んだ・・・殺された」
 後方に待機していたカッセル守備隊隊長のアリスは、エルダが殺されるのを黙って見ていることしかできなかった。止めに入ることもローラに抵抗することも何一つ出来なかった。

 ところが・・・ローズ騎士団のビビアン・ローラが立ち去ろうとした時だった。
 エルダの足が目に入った。
「何だ、これは?」
 訝しく思うのも無理はない。エルダの膝下の部分は「蓋」が開き、金属の紐や歯車が飛び出していたのだ。
「歯車? 何でこんなものが」
 ローラは剣の先で「蓋」の中の歯車を突き刺した。
 その瞬間、
 ビギッ
「うぐわっ、ぎひっ」
 剣の先がピカリと光った。エルダの足から稲妻が発射されたのだ。
「ああう、うっ」
 激痛が走った。
 ローラがむやみやたらに剣を振り回したので稲妻が四方へ飛び、その一つが月光軍団のコーリアスの胸に当たった。
「うわあっ」
 コーリアスは稲妻に吹き飛ばされ爆弾で出来た地割れに転落していった。
「オウッ、うう」
 ローラは全身が痺れて膝から崩れ落ちた。
 これこそエルダの執念の一撃だった。

 エルダの足から発射された稲妻でローズ騎士団のローラが撃たれた。ローラは地面に蹲っている。不思議なことに、すぐ側にいたフィデスやスミレは稲妻に弾かれることはなかった。
 フィデスは思わずエルダの手を取った。カッセルを発つとき怪我をしたのを治してくれたエルダの指だ。その手を握っていると爆風で受けた痛みが薄れてくるのだった。
 これでナンリを助けられるかもしれない。フィデスはエルダの手を持ち上げてナンリやベルネの頭上へ向けた。

 そこで奇跡が起こった。

 エルダの手を向けられた守備隊のベルネとスターチ、月光軍団のナンリたちが意識を取り戻したのだ。
 エルダの魔法だ。
 カッセルにいた時、エルダの指先で包丁で切った傷がすぐに治ったように・・・

「何が・・・いったい」
 起き上がったベルネは周囲を見回した。地面には爆風によるとみられる地割れが広がっている。その向こうにはエルダが倒れていた。
 エルダは血だらけで横たわっていた。
 死んだのだ。
 州都のスミレや月光軍団のフィデスの姿が見えた。ローズ騎士団のローラもいた。いずれが敵か味方か。
 そこへ月光軍団のナンリが這ってきた。
「敵はローズ騎士団」
 ナンリが言うとベルネも頷いた。

 後方に待機していたカッセル守備隊のロッティーはあまりの衝撃に立ち尽くしていた。
 ローズ騎士団の爆弾攻撃により守備隊はなぎ倒されてしまった。爆風でロッティーがいる場所も激しく揺れるほどだった。
 そして、司令官のエルダが死んだ。
 エルダはローズ騎士団に刺し殺された。気の毒ではあるが、戦場で命を落としたのは致し方ないことだ。エルダの死によってカッセル守備隊の敗北は決定的となった。ここまで敵が攻めてくるかもしれない。ロッティーはベルネやアリスたちを見捨てて逃げることにした。どうせ逃げるなら、前隊長のリュメックたちを救出しようと思った。
 リュメックたちが押し込められている馬車の幌を捲った。
「ロッティー、何があったの」
「ローズ騎士団の攻撃で守備隊は・・・全滅しました。爆弾でやられたんです。司令官は」
「司令官がどうした」
「エルダさんは・・・いえ、エルダは死にました」
「やった。ざまあみろだわ、エルダのヤツ」
 リュメックがエルダの死を喜んだ。ロッティーも気分がいい。
「ここから出して自由にしてよ、錠前の鍵を持ってきなさい」
「はい。リュメック様」」
 ロッティーは迷うことなく引き受けた。
 リュメックたちは鎖で縛られ頑丈な錠前が取り付けられている。鍵はお嬢様の乗っている馬車にあったはずだ。ロッティーは錠前の鍵を取りに行った。
 アリスたちを見捨ててカッセルの城砦へ帰る。今回はリュメックの側に味方した方が得策だ。考えてみれば、これで振り出しに戻っただけのことではないか。生き残っているのはマリアお嬢様とアンナだけ、この二人を襲って錠前の鍵を奪い取るのは容易いことだ。リュメックを自由の身にして、その代わりにお嬢様を置き去りにする。いや、お嬢様だろうと何だろうと殺してしまえばいい。
 ロッティーはお嬢様の乗った馬車に近づいたが、幌に手を掛けたところで迷いが出た。
 リュメックたちを助けるか、それとも、お嬢様と逃げた方がいいのか。
 勝ち組になりたい・・・勝ち組に・・・マリアお嬢様を殺害して鍵を奪うと決めた。
 これでいいんだ。
 そう決心した時、馬車の幌が内側から巻き上げられた。
「ロッティー、出迎えご苦労」
「ははーっ」

     *****
 その頃、稲妻に弾かれて地割れの中へと落下した月光軍団のコーリアスは、黒い怪物に喉元を噛み付かれていた。
「グフフフ」
 コーリアスの血を吸い尽くした怪物がむっくりと起き上がった。
     *****

 エルダを殺害された無念を晴らしたいアリスたちだったが、バロンギア帝国皇帝旗によって行く手を阻まれていた。
「これを見なさい」
 副団長の危機と見るや、参謀のマイヤールが皇帝旗を持って駆け付けたのだ。
「バロンギア帝国皇帝の旗よ」
 風にたなびく皇帝旗を見てカッセル守備隊のアリスはたじたじとなった。
「よくお聞き。恐れ多くもローズ騎士団の名誉団長は皇女様なのです。私たちに逆らうということは、皇女様に、そして、偉大なるバロンギア帝国皇帝陛下に弓を引くのと同じことだわ」
 アリスの鼻先を皇帝旗が掠めた。
「神聖な皇帝旗、この旗に私たちの血が付くようなことがあったら、どうなるか分かっているわよね」
 これではアリスたちは手が出せない。
「お前たちのような下賤な奴らとはわけが違うの」
 皇帝旗のおかげでローラが生気を取り戻した。
「まずはお前たちを血祭りにあげる。次はカッセルの城砦だ。たかが辺境の城砦、そんなものはバロンギア帝国の軍勢で跡形もなく破壊してみせよう。住民を一人残らず惨殺し、その死体を踏み付けて一挙に王宮へ進撃する」
 バロンギア帝国とルーラント公国では戦力の差は歴然としている。全面衝突になればどう見てもルーラント公国に勝ち目はない。
「お前たちの浅はかな行為で、ルーラント公国はこの世界から消えてなくなるのだ」
 バロンギア帝国皇帝旗に威圧されたカッセル守備隊はなすすべもなかった。
「皇帝旗の前に跪きなさい。順番に処刑してやろう。首を刎ねようか、それとも、爆弾で吹き飛そうか。どちらでもいいから、好きな方法を選ぶことね」
「首を刎ねるのも爆弾も、どちらも性に合わないというか・・・」
「性に合わせろ」
 ローラはアリスを怒鳴りつけ皇帝旗を地面に立てた。

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 


連載第58回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-03-01 13:17:57 | 小説

 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 7話

 第四章【エルダの死】①

 フィデスの身体に巻き付けられた筒状の物、それは爆弾だった。
「レイチェル、一緒に来て」
 エルダが叫んで飛び出した。
「アリスさん、後は頼みます」
 エルダが振り返った。
 振り向いた顔を見てアリスは不安が過った。
 死ぬつもりだ・・・

 前へ進めばカッセル守備隊を巻き添えにしてしまう。
 フィデス・ステンマルクは爆弾を巻かれたまま地面に蹲った。
「ナンリ、動かないで、ここにいるのよ」
 部下のナンリとともにこの場で死ぬことを選んだ。
 その時、守備隊の陣営から数人が走ってくるのが見えた。
「フィデスさん」
「エルダさん・・・」
 カッセルの城砦を去って以来の再会だ。
 ローズ騎士団に捕らえられ、シュロスで投獄されていた時も、ずっと会いたかったエルダ。
 だが、こんな形で会うことになろうとは・・・
 何という運命なのだ。
「爆発するわ、エルダさんも危ない」
「助けます」
 エルダはフィデスの身体に巻き付いた縄を解こうとした。
 手が震える。頭が混乱する。どこを外せばいいのだ。
「レイチェル、急いで」
 レイチェルも縄を緩めにかかる。
 その間にも、一本、また一本と爆弾の導火線が火花を散らした。
「熱っ」

 守備隊のベルネとスターチはナンリの元へ駆け付けた。宿営地の奥へ回り込んでいたリーナも急を聞きつけて走ってきた。
「待ってろ、ナンリ、すぐに外してやる」
 しかし、縄は厳重に縛られている。
 州都軍務部のスミレ・アルタクインと部下のミユウも二人を助けるために飛び出した。
 月光軍団のフィデスとナンリを使った人間爆弾攻撃。騎士団は何という酷いことをするのだ。
 守備隊の陣営からも数人が駆けてくるのが見えた。爆弾で吹き飛ばされる危険を冒してまで助けに来たのだ。
「エルダさん」とフィデスが叫んだ。
 この女がカッセル守備隊の司令官エルダか・・・
 エルダが月光軍団のフィデスを助けようとしている。もはや、敵も味方もない。スミレはエルダと力を合わせてフィデスの爆弾を外そうとした。
「うっ」
 導火線の火花が熱い。燃え尽きた時が死ぬ時だ。
 スミレは小刀でフィデスを縛っている縄を切り始めた。しかし、身体を縛ってある縄と爆弾を巻き付けた縄が絡み合っている。爆弾の方から先に切断しなければならないのだが無情にも導火線がどんどん短くなっていった。
 落ち着け・・・だが、焦った。

 ローズ騎士団のビビアン・ローラは、ついにカッセル守備隊の司令官エルダを視界にとらえた。
 エルダは無謀にも飛び出してきた。浅はかな司令官だ、どうやっても助けられるわけがないではないか。フィデスと心中でもすればいいのだ。

 ミユウがナンリの身体に巻き付いた縄を切り離した。
「取れましたっ」
 爆弾は六本。爆弾を掴んだまま、どうするか迷った。持って走るか、投げるのか。
「ああ」
 指が痙攣して爆弾から離れなくなった。
 フィデスに括り付けられた爆弾も外れた。しかし、繋いでいた縄が解けて六本がバラバラと落ちた。
「レイチェル!」
 エルダが悲鳴に近い叫び声をあげた。ここはレイチェルの変身能力に賭けるしかない。
 レイチェルの足元には爆弾が六本。一本ずつ投げていては爆発してしまう。投げるのは諦めた。レイチェルは爆弾を掴んでミユウに駆け寄った。
「渡して」
 ミユウが持っていた爆弾を強引に奪い取った。
 もう間に合わない。
 変身だ。
 身体のパワーは足りないが変身するしかなかった。
 レイチェルは十二本の爆弾を抱え込んで身体を丸めた。
 胸元のルーンの星を握りしめる。
 力を・・・与えてください。
 レイチェルが爆弾を抱え込んだ。

「レイチェル・・・ごめん」
 エルダはレイチェルを変身させようとする自分を呪った。
 
 守備隊のレイチェルは他の人を助けるため犠牲になろうとしている。スミレはフィデスを抱きかかえ、エルダの手を掴んで腕の中へ抱きすくめた。
 敵も味方も、誰であっても死なすわけにはいかない。

 ドッ、ズドッーン、
 レイチェルが抱えた十二本の爆弾が一度に爆発した。
 地面が激しく揺れ動き、突風が襲った。辺り一面に黒煙が立ち込めた。
 
 バサッ、バサッ
 黒煙を突き破って黒い鳥が空に舞い上がる。
 宙を舞う黒い鳥。
 それは、月光軍団を襲撃したあの怪物だった。隊長のスワン・フロイジアの命を奪った怪物が出現したのだ。
 しかし、黒い鳥は羽ばたくことをやめ、そのまま落下していく。
 地面に激突するかと思ったが・・・
 そこには爆発の衝撃によってできた地割れが広がっていた。
 バサバサ、ズ、ズドーンッ
 黒い鳥は地面の割れ目に吸い込まれるように地中に消えた。
「見た・・・今のは」
 月光軍団のトリルとマギーが顔を見合わせた。
「あの怪物だった」
「でも、どこから?」
 二人には守備隊のレイチェルが姿を変えたようにしか見えなかった。見間違いでなければ、爆弾を抱えたレイチェルが黒い鳥に変身したのだ。
 
 土煙が収まった。
 そこには守備隊のベルネや月光軍団のナンリたちが倒れていた。スターチとリーナは重なり合って倒れ、ミユウのメイド服はビリビリに破れていた。
 十二本の爆弾が爆発した破壊力ではね飛ばされ、誰も起き上がることができない。
 レイチェルの姿はどこにもなかった。
 レイチェルが爆弾を抱えて蹲った辺りの地面は大きく割れて、ぽっかりと穴が開いていた。月光軍団のフィデス、カッセル守備隊のエルダ、そして、その場にいた全員を守るためレイチェルは犠牲になったのだ。
 月光軍団のフィデスは爆風の衝撃ではね飛ばされた。
 あちこちが痛み、服には血が滲んでいる。すぐ側に東部州都軍務部のスミレが倒れていた。
 スミレが覆い被さってきた直後に爆発したのだった。盾になって守ってくれたおかげでフィデスは直撃を回避できた。しかし、爆弾を抱いたレイチェルがいた場所は陥没し深く地面が割れていた。レイチェルは命と引き換えに自分たちを守ってくれたのだ。
「エルダさんは・・・どこ」
 エルダは数メートル先で仰向けに倒れていた。
 フィデスは地面を這って進み、エルダの身体を揺すった。エルダは戦闘服が破れ肩や脚が剥き出しになり髪が焦げている。
「しっかりして、エルダさん」
「あ・・・ああ」
 エルダがうっすらと目を開けた。
「あ、あ・・・?」

 ローズ騎士団のビビアン・ローラは高笑いをした。
 人間爆弾攻撃で月光軍団のフィデスだけでなく、カッセル守備隊のエルダをはじめ、州都のスミレまでも吹き飛ばすことができた。エルダは一人の隊員に爆弾を抱えさせたのだった。そのせいで爆発の威力が削がれたものの、近くにいた守備隊は誰もが倒れ込んだまま立ち上がることができない。
 爆弾を抱えろとは、バカな命令を出したものだ。司令官の頭の程度が知れる。その隊員は爆発によって粉々になって地割れの中に消え失せた。今更ながら爆弾の威力を見せつけられた。
 今こそ、総攻撃をかけて守備隊に最後の止めを刺す時だった。
 ところが、ここでいささか作戦に狂いが生じた。功を焦った月光軍団のミレイとコーリアスがローラを差し置いて突撃したのだ。コーリアスは守備隊のエルダには拭いきれない恨みがある。戦場で鞭打ちにされた屈辱を晴らし、隊長のスワンの仇を取る機会が到来したと意気込んだ。
「覚悟しろ」
 コーリアスがエルダに襲いかかった。
 ビビアン・ローラは黙ってこれを見逃すわけにはいかなくなった。月光軍団のコーリアスに手柄を与えてはならない、守備隊のエルダの命を奪うのは自分の役目である。
 ローラはエルダの元へ小走りに向かった。
「そこをどきなさい」
 月光軍団のミレイとコーリアスを遠ざけ、
「お前が司令官か」
 エルダを見下ろした。
「う・・・」
 エルダは顔をもたげた。
「バロンギア帝国、ローズ騎士団副団長ローラである。見ての通り我々の勝ちだ」
 ローラはエルダの髪を掴んだ。
「司令官に止めを刺してやろう」
 エルダの頬に一発、平手打ちを叩き込んだ。
 ビシッ
「あうっ」
 左右の頬を三発、四発と叩く。エルダの反応がなくなった。
 ローラは倒れたエルダの顎を蹴り上げた。
 ガツン
「ぐ、げっ」
 エルダはのけ反って吹っ飛び、後頭部を地面に激しく打ち付けた。フィデスの所にまで、ゴツンという音が聞こえるほどだった。
「死んじゃうっ」
 フィデスが金切り声を上げた。
「敵だぞ。コイツを助けたいのか。フィデス、やっぱりお前は裏切り者なんだな」
 ローラはエルダの顔を靴底で踏みにじった。
「そんなことだから月光軍団は負けたんだ。私が仇を取ってやるのさ、ありがたいと思いなさい。コイツを殺したら次はお前を始末するからな」
「ひどい」
 フィデスは両手で顔を覆った。ローラは本気で殺そうとしている。危険を承知で自分を救ってくれたエルダ。その窮地を黙って見ていることしかできないのか。
「ここは堪えてください」
 スミレがフィデスを制止した。
 ルーラントのカッセル守備隊は敵である。ローズ騎士団が守備隊の司令官を倒そうとするのは当たり前の行為だ。それは正しい。戦場ではそれは正しいことだ。しかし、自分たちを殺そうとしたのは同胞のローズ騎士団だった。敵であるエルダはフィデスを助け、守備隊のレイチェルは自らを犠牲にして全員を守ってくれたではないか。カッセル守備隊は月光軍団の味方なのだ。
 フィデスのためにもエルダを助けてやりたいが・・・

 

<作者より>

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 まさかの展開・・・エルダは? レイチェルは?

 


連載第57回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-02-28 14:13:59 | 小説

新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 6話

第三章【奇襲攻撃】②

 使者として赴いたスミレはマーゴットの制止を振り切ってテントに入った。そこには、テントの支柱に片手を結わえ付けられたローラがうずくまっていた。
「ヒイッ・・・お助けを・・・ああ」 
 州都の軍務部のスミレだった。
「州都のお役人様か」
 駆け付けたのが騎士団ではなかったのでローラはガックリと肩を落とした。
 スミレとベルネの二人が名乗りを上げ交渉が始まった。
「カッセル守備隊は、ローズ騎士団に対し、即刻、ルーラント公国の領内から引き揚げることを求める」
 ベルネが騎士団は退却せよとの要求を突き付けた。しかし、交渉役スミレの返答は厳しかった。
「そんな身勝手な要求は受け入れられない。ここは、すでにバロンギア帝国の領土である」
 スミレはあっさりと要求を撥ね付けた。
「バロンギア帝国の旗が見えないのか」
 領土になったと言われても、守備隊のベルネはそう簡単には引き下がるわけにはいかない。
「騎士団が国境から撤退するなら助けてもいいが、拒否すればこの槍で突き殺す」
 守備隊が奇襲攻撃を仕掛けた目的はローズ騎士団を追い返すことにある。ローラの首を取るのはエルダの立てた作戦にはなかったことだ。
「やってみなさい。騎士団のローラを殺したら交渉は決裂よ。こちらは全軍で総攻撃するわ。それでよければ早く殺しなさい」
「ううむ」
 ベルネは槍を構えて首を捻った。 
 東部州都の軍人は交渉役だと言いながら、ローラを殺すように仕向けているようだ。月光軍団だけでなく州都の軍までもが騎士団を敵視しているのである。殺すのは得策ではないと思いつつも槍を頭上に掲げた。
「アヒッ、お助けを・・・」
 ローラが懇願した。
 助けに来てくれたと思ったのに州都のスミレは当てにならなかった。交渉どころか、むしろ敵を挑発して怒らせてしまった。シュロスの城砦で牢屋に押し込み、殴ったり辱めたことを恨んでいるのだ。
 これでは守備隊に殺されてしまう。こんな辺境の戦場で命を落とすことになろうとは・・・
「死にたくないんです、助けてください、スミレさん」
 騎士団のローラはなりふり構わずスミレに向かって命乞いをするのだった。
「助かりたいなら方法は一つだけ、守備隊の要求を全面的に受け入れて撤退することです、副団長」
「撤退なんて・・・みっともない」
「そんなこと言っている場合ですか。グズグズしていると殺されます。奇襲部隊はヤル気満々だし」
 思いがけない援軍を得て守備隊のベルネは、
「命が惜しいなら、兵を引いて退散しなさい」
 と、槍を構えてローラに詰め寄った。
 スミレもここぞとばかりに責め立てる。
「槍でひと突きに刺されたのではかないません、ローラ副団長、ここはいったん兵を引いてはいかがでしょうか」
「兵を引く・・・なんというか、ヒイッ」
 こちらに逃げればベルネの槍が突きつけられ、あちらへ逃げようすればスミレが立ち塞がる。狭いテントの中でローラはどうにも行き場がなくなった。
「は、はい、撤収でも、撤退でも、おっしゃる通りにしますので、それでご勘弁を」
 苦し紛れに撤退を受け入れざるを得なかった。
「ここから撤収するだけはダメです。シュロスの城砦ではなく王宮へ帰りなさい」
 なおもスミレに畳みこまれた。
「王宮ですか・・・」 
「シュロスに居座ることは許されません。帰るところは王宮しかない。いいですね、副団長」
 寄ってたかって撤退を迫られローラは要求に従わざるを得なかった。
「はい・・・王宮へ帰ります」
 ローラが力尽きたように首を下げた。

 ベルネがマーゴットに白旗を掲げろと命じた。騎士団が王宮へ帰ると決まったら、後方で待機するエルダたちに知らせるために白旗を掲げることになっていた。
「副団長、白旗を揚げたら降参したことになりますよ。いくらなんでも、それは認められない」
 スミレがわざとらしく白旗を出すのを引き留めた。
「降参したら部下に合わせる顔がない。というか、殺されたら部下の顔も見られないわけだ。お気の毒に、首と胴体がバラバラになって王宮へ帰るということになるのですね」
「待って、待ってよ・・・」
 ローラがスミレにすがりつく。撤退の要求を受け入れたと思ったら、次は降伏しなければならなくなってしまった。さもなければ、ここで首を刎ねられる。
「はい・・・降参・・・降参でも何でもしますって、やだ、もう、赦してください」
 戦わずしてローズ騎士団は降伏したのであった。
 スミレがミユウに命じて白い布を槍の先に結び付けた。
 守備隊と一緒になってローラを追及したので、州都軍務部のスミレが望んでいた結果になった。シュロスの城砦ではなく王宮へ引き揚げると認めさせたのは上々の成果だった。騎士団がいなくなればフィデスとナンリを解放できる。シュロスの奪還まであと一息だ。これから先は自分たちの仕事だ、二人の居場所を突き止めなくてはならない。

 守備隊の司令官エルダと隊長のアリスは戦況を見守っていた。奇襲攻撃が始まって間もなく叫び声や怒号が上がったが、それも収まり、宿営地には不気味な静けさが漂っている。作戦が成功した場合は合図の白旗が掲げられることになっている。
 しかし、旗はまだ見えない。騎士団を追い返す方が第一の目的なのだが、フィデスとナンリをの消息も気に掛かる。
 エルダは後ろを振り返った。離れた場所に止めた馬車にはリュメック、エリカ、ユキの三人を押し込んである。護送の馬車には、元リュメックの部下だったシャルロッテことロッティーを見張りにつけておいた。
「ローズ騎士団が降伏したら合図の白旗を掲げる手筈だけど、まだ上がらないわ」
 アリスが宿営地を覗いた。
「長引くようならリュメックたちを交渉の道具にします。三人を敵に引き渡して、それと交換に騎士団は撤退させるわ」
 エルダはリュメックを交渉に使おうとしている。捕虜を確保すれば騎士団としても攻め入った成果としては十分であろうと推測してのことだ。
「戦場に置き去りにされたことは絶対に許さない」
 エルダの決心は固い。
 その時だった、宿営地の大きなテントに白旗が翻るのが見えた。
「白旗が揚がった。騎士団が降伏したんだわ」
 これで目的の一つは達成したのである。

 敵陣を哨戒していた守備隊のスターチは騎士団の隊員を二人確保した。二人を人質にとってベルネたち奇襲攻撃の部隊はひとまず自軍近くまで後退した。
 かくして、カッセル守備隊の奇襲攻撃は成功したように見えたのだったが・・・
 
 その頃になって、ようやくローズ騎士団副団長のビビアン・ローラの元へ隊員が駆け寄ってきた。
 参謀のマイヤールに抱えられてローラはようやく自由の身になることができた。奇襲攻撃を仕掛けてきた守備隊に王宮へ戻れと脅され、命惜しさにハイと答えてしまった。守備隊の隊員は、しばらくテントにいろと言い残して出て行った。そうでなくても出ることができなかった。助かった安堵感から腰が立たなくなっていたのだ。
「白旗が出ていますが、降参してしまったのですか」
「まさか、アイツらに降参するわけないでしょ」
 ローラは嘘をついて降参したことを否定した。
「降参したなんて、そんなデタラメ、誰が言ったのよ、」
「メイドのミユウです。副団長が降伏して王宮へ帰るから騎士団は撤退準備に入るのだと」
「ありもしないことを言いふらしているんだわ。メイドと私とどっちを信じるの」
 自由になったことでローラには強気が蘇った。
 降伏したとあっては月光軍団からも笑われてしまう。このまま引き下がると思ったら大間違いだ、爆弾を使って一発逆転するしかない・・・
 今こそ、フィデスとナンリを利用するのだ。
 
 月光軍団の参謀のコーリアスはローズ騎士団のふがいなさに落胆していた。
 シュロスの城砦では偉そうに威張っていたのに、奇襲攻撃に遭ったら交戦もせずに白旗を掲げて降伏してしまった。王宮の親衛隊など所詮はお飾りに過ぎなかったのだ。だが、騎士団がシュロスから立ち去ればナンリが釈放されるかもしれない。ナンリを牢獄へ押し込んだのはコーリアスにも原因がある。騎士団に言い含められて罪を押し付けてしまったのだった。今度は自分が恨まれる番だ。
 あの二人は取り除いておかなければならない。そしてさらに、守備隊のエルダを目の前にしてこのまま引き下がるわけにはいかなかった。
 騎士団のローラと月光軍団のコーリアス、二人の思惑が合致した。
 それは、月光軍団のフィデスとナンリを使って反撃することだった。
 武器を積んである馬車から参謀のマイヤールが爆弾を取り出した。六本の筒状の爆弾が細い縄で繋いである。これを身体に括り付け敵陣に突撃させるのである。誰も考えたことのない究極の人間兵器だ。
 コーリアスがフィデスとナンリを連れてきた。マイヤールが命じてフィデスの身体に爆弾を縛り付け、ナンリも同じように六本の爆弾を巻き付けた。
「お前たちに爆弾を巻いて敵陣に送り込むわ。カッセル守備隊に向かって突撃するのよ」
 ローラは勝利のためなら味方の命を犠牲にすることなど少しも躊躇わなかった。

「騎士団が撤退するんだったら、こちらも撤収しましょうか」
 カッセル守備隊の隊長アリスは撤収を進言したのだが、エルダはじっと戦場を凝視している。
「まだ、待って」
 エルダは月光軍団のフィデスに会わずには帰れない。せめて一目だけでも無事な姿を見るまでは、ここから離れるわけにはいかなかった。
 しかし、その思いは打ち砕かれてしまう。
 最初に気付いたのはアリスだった。
 騎士団の陣営から三人が歩いてきた。一人は銀色に輝くローズ騎士団の鎧を着ている。他の二人は何とも奇妙な恰好をしていた。両腕を縛られ、胴体に筒状の物を巻き付けられていたのだ。
 そのうちの一人は月光軍団のフィデスだった。
「フィデスさん」
 離れていても見間違うことはなかった。

 ローズ騎士団の参謀マイヤールは立ち止まって目標を指差した。
「敵の陣営へ走りなさい。お前たちが爆弾になって守備隊を壊滅させるのよ」
「騎士団は、こんなことをさせるか」
 ナンリが必死で抗議する。
「ローラ様の命令よ」
 そう言ってマイヤールは導火線に火をつけた。
「突撃しなさい」

 

<作者より>

本日もお読みくださり、ありがとうございます。

フィデス最大のピンチ・・・これにエルダはどうするのでしょうか。