新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 7話
第二章【シュロス月光軍団】②
「ということで、私たちは騎士団の接待役になりました」
フィデス・ステンマルクは部屋に戻り、部下のナンリに会議の内容を説明した。
ナンリは実戦経験は豊富だし戦術や剣の腕も確かだ。月光軍団にあっては部隊長だが、フィデスはナンリのことを参謀として扱っていた。
会議ではカッセル守備隊と一戦を交えることとなった。山賊退治に乗じて国境を越え守備隊と戦うのだ。隊長のスワンは、捕虜を捕らえてローズ騎士団に見せ付けると息巻いたが、誰の目にも騎士団の出迎えをしたくないのは明白だった。スワンが騎士団入りを志願しながら入団できなかったことはフィデスも耳にしている。
「騎士団を避けるための出兵では士気が上がりません。フィデスさんは留守番役で良かったと思います」
無謀な戦いに臨むよりは城砦に残った方がいい。
ナンリは同じように接待役を任されたフラーベルを思いやった。通常の事務作業に加え、余計な仕事が増えて大変だろう。
「フラーベルさんは、州都に窮状を訴えると言っていたわ」
州都か・・・
しばらく会っていないが、州都の軍務部にはナンリの後輩が勤務している。スミレ・アルタクインという、その隊員は士官学校ではナンリの一学年下だった。全ての学科で優秀だったので、卒業後は州都の軍務部に配属された。だが、騎士団の接待費用については民生部の管轄だから、軍務部のスミレには関係がなさそうだ。
東部辺境州の財政は豊かではない。月光軍団でも資金は枯渇していて、先月は給料が減額された。副隊長のフィデスも例外ではない。それでも支給されているのはまだマシで、若い隊員たちは無給で働いているのだった。
「出陣は見送るようにと、それとなく言ってみたのだけど、隊長の決意は堅かったわ」
「これでは、山賊、カッセル守備隊と敵が多い上に、同胞のローズ騎士団まで敵に回しかねないですね」
このとき、後にこれが現実になろうとは、ナンリもフィデスも思いもしなかった。
気が付くとオイルランプが暗くなりかけていた。
フラーベルは空腹を感じた。忙しくて食堂に行くのを逃してしまった。
出陣に向けての馬や食料の調達、これだけでも大変なのに、それに加えてローズ騎士団の接待までしなくてはならなかった。州都に宛てて、接待の費用に関する依頼書を書くのは気が重い。月光軍団の会計や人事異動などの書類が机に山積みになっている。これが片付くのはいつのことになるやら。ナンリが居残り組で良かった。各部隊への連絡や手紙の発送まで手伝ってくれるので徹夜しないですんでいる。
とりあえず、州都への報告書を優先させることにした。
ドアがノックされてナンリが入ってきた。
「食堂に姿を見せなかったから届けにきたわ」
ナンリが差し出したトレイにはパンと蒸し野菜、チーズが載っていた。
書類に埋もれた机から部屋の隅に移動し、仮眠をとるための寝台に並んで座った。
ナンリがフラーベルの手を取り引き寄せ、もう一方の手で頬に掛かった髪の毛を撫でる。ナンリはフラーベルの額にキスをした。
女性だけの部隊では、それぞれにパートナーを求める。
シュロスで一番の美人、フラーベルはナンリのパートナーだった。
*****
月光軍団では出陣に備えて兵士の訓練をおこなっていた。広場に集められたのは、トリル、マギー、パテリアたちなど入隊して日の浅い隊員だった。訓練には部隊長のナンリが立ち会っていた。訓練を重ねているものの、兵士と呼べるのは入隊二年目のトリルぐらいだけで、マギーやパテリアは戦場で役立つレベルには達していない。補給部隊か食事当番が適当だろう。
この戦いは王宮からやってくるローズ騎士団を避けるための出陣だ。こんな目的で戦場に駆り出され、若い隊員が命を落とすようなことがあってはならない。残された家族が嘆き悲しむことだろう。
若い隊員たちは戦場で敵と遭遇することもないだろうし、まして一対一で剣を交えることはない。体力の強化に努めて訓練を終わることにした。
「それでは訓練はこれで終わり。みんなは炊事場へ行って料理の下ごしらえを手伝いなさい」
「ふあーい」「だるーい」
マギーとパテリアはあきらかにやる気がなさそうだ。
「返事がなってない、全員、駆け足っ」
「訓練で疲れたので走れません」「走って逃げよう」二人がぼやいた。
年長のトリルが手を上げた。
「王宮からローズ騎士団が来るって本当ですか」
「そうだ。そろそろ王宮を発ってシュロスへ向かっているころだ」
「見たいなあ、王宮の人たち。きっと美人なんでしょうね」
「戦場に行って無事に帰ってこられれば、遠くからでも見られるようにしてあげる」
「やった」「戦場で逃げ回ってようね」
「ただし、ここではイモの皮むきから逃げられないぞ」
「あちゃ~」「これは強敵だ」
トリルたちは炊事場で籠いっぱいのイモと戦うことになった。先輩格のトリルは皮むきに専念していたが、マギーとパテリアはイモなどそっちのけでおしゃべりしていた。
「ところでさ、戦場で敵に見つかったらどうするの」
「逃げるしかないでしょ」
「そうだよね、あたしたちより弱い敵なんているわけないし」
「強そうな兵士に捕まったら降参しちゃう」
「その前にイモに降参だ」
ナンリは一人で城壁に上がった。ここからは城砦内を見渡すことができる。
城砦の入り口は二基の塔を備えた頑丈な城門である。広場に続いて、兵舎、厩舎などが建っている。兵舎はコの字型をした二階建てで、一階はレンガ造り、二階と屋根は木造だ。兵舎の中には幹部の部屋、隊員の居室、それに、会議室、図書室などもある。
向い側の壁には修復工事の足場が組まれていた。
シュロスの城砦はかなり古く、壁や石積みが崩れているところがある。城壁は守りに欠かせないので常にどこかを修理していた。この間も石工が、壊れた壁の基礎部分からボロボロのレンガを掘り出した。石工が言うには、その古びたレンガは今の焼き方とは違っていたそうだ。シュロスの城砦は、もともとは蛮族を防ぐための陣地だったと聞いたことがある。古びたレンガは昔の砦の名残りだろう。
「・・・?」
広場を歩く一人の女が目に留まった。あまり見かけたことのない女だった。城砦の女性はスカートにエプロンを巻いているのが普通だが、その女はズボンにチュニックというスタイルだ。ここの住民ではなさそうに見えた。
旅芸人か、それならばいいが・・・
しかし、女にはスキがない。鍛えられた体捌きだ。敵の偵察かもしれない。正体を確かめようと急いで螺旋階段を駆け降りると、階段の下で部隊長のジュリナに遇った。
「ナンリ、あなたも出陣よ」
ローズ騎士団の接待役で居残り組だと思っていたが急遽、ナンリも出陣することになったというのだ。
「分った、急いで支度する」
その前に怪しい女が気にかかる。しかし、ナンリが城壁の塔を出て広場に行った時には、すでに怪しい女の姿はなかった。
<作者からの一言>
ナンリが見かけた怪しい女、実は彼女は・・・それは第四章で明らかになります。
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かおるこ