かおるこ 小説の部屋

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連載第7回 新編 辺境の物語 第一巻

2021-12-31 13:28:17 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 7話

 第二章【シュロス月光軍団】②

 

「ということで、私たちは騎士団の接待役になりました」
 フィデス・ステンマルクは部屋に戻り、部下のナンリに会議の内容を説明した。
 ナンリは実戦経験は豊富だし戦術や剣の腕も確かだ。月光軍団にあっては部隊長だが、フィデスはナンリのことを参謀として扱っていた。
 会議ではカッセル守備隊と一戦を交えることとなった。山賊退治に乗じて国境を越え守備隊と戦うのだ。隊長のスワンは、捕虜を捕らえてローズ騎士団に見せ付けると息巻いたが、誰の目にも騎士団の出迎えをしたくないのは明白だった。スワンが騎士団入りを志願しながら入団できなかったことはフィデスも耳にしている。
「騎士団を避けるための出兵では士気が上がりません。フィデスさんは留守番役で良かったと思います」
 無謀な戦いに臨むよりは城砦に残った方がいい。
 ナンリは同じように接待役を任されたフラーベルを思いやった。通常の事務作業に加え、余計な仕事が増えて大変だろう。
「フラーベルさんは、州都に窮状を訴えると言っていたわ」

 州都か・・・

 しばらく会っていないが、州都の軍務部にはナンリの後輩が勤務している。スミレ・アルタクインという、その隊員は士官学校ではナンリの一学年下だった。全ての学科で優秀だったので、卒業後は州都の軍務部に配属された。だが、騎士団の接待費用については民生部の管轄だから、軍務部のスミレには関係がなさそうだ。


 東部辺境州の財政は豊かではない。月光軍団でも資金は枯渇していて、先月は給料が減額された。副隊長のフィデスも例外ではない。それでも支給されているのはまだマシで、若い隊員たちは無給で働いているのだった。
「出陣は見送るようにと、それとなく言ってみたのだけど、隊長の決意は堅かったわ」
「これでは、山賊、カッセル守備隊と敵が多い上に、同胞のローズ騎士団まで敵に回しかねないですね」
 このとき、後にこれが現実になろうとは、ナンリもフィデスも思いもしなかった。

 気が付くとオイルランプが暗くなりかけていた。
 フラーベルは空腹を感じた。忙しくて食堂に行くのを逃してしまった。
 出陣に向けての馬や食料の調達、これだけでも大変なのに、それに加えてローズ騎士団の接待までしなくてはならなかった。州都に宛てて、接待の費用に関する依頼書を書くのは気が重い。月光軍団の会計や人事異動などの書類が机に山積みになっている。これが片付くのはいつのことになるやら。ナンリが居残り組で良かった。各部隊への連絡や手紙の発送まで手伝ってくれるので徹夜しないですんでいる。
 とりあえず、州都への報告書を優先させることにした。
 ドアがノックされてナンリが入ってきた。
「食堂に姿を見せなかったから届けにきたわ」
 ナンリが差し出したトレイにはパンと蒸し野菜、チーズが載っていた。
 書類に埋もれた机から部屋の隅に移動し、仮眠をとるための寝台に並んで座った。
 ナンリがフラーベルの手を取り引き寄せ、もう一方の手で頬に掛かった髪の毛を撫でる。ナンリはフラーベルの額にキスをした。
 女性だけの部隊では、それぞれにパートナーを求める。
 シュロスで一番の美人、フラーベルはナンリのパートナーだった。
     *****
 月光軍団では出陣に備えて兵士の訓練をおこなっていた。広場に集められたのは、トリル、マギー、パテリアたちなど入隊して日の浅い隊員だった。訓練には部隊長のナンリが立ち会っていた。訓練を重ねているものの、兵士と呼べるのは入隊二年目のトリルぐらいだけで、マギーやパテリアは戦場で役立つレベルには達していない。補給部隊か食事当番が適当だろう。
 この戦いは王宮からやってくるローズ騎士団を避けるための出陣だ。こんな目的で戦場に駆り出され、若い隊員が命を落とすようなことがあってはならない。残された家族が嘆き悲しむことだろう。
 若い隊員たちは戦場で敵と遭遇することもないだろうし、まして一対一で剣を交えることはない。体力の強化に努めて訓練を終わることにした。


「それでは訓練はこれで終わり。みんなは炊事場へ行って料理の下ごしらえを手伝いなさい」
「ふあーい」「だるーい」
 マギーとパテリアはあきらかにやる気がなさそうだ。
「返事がなってない、全員、駆け足っ」
「訓練で疲れたので走れません」「走って逃げよう」二人がぼやいた。
 年長のトリルが手を上げた。
「王宮からローズ騎士団が来るって本当ですか」
「そうだ。そろそろ王宮を発ってシュロスへ向かっているころだ」
「見たいなあ、王宮の人たち。きっと美人なんでしょうね」
「戦場に行って無事に帰ってこられれば、遠くからでも見られるようにしてあげる」
「やった」「戦場で逃げ回ってようね」
「ただし、ここではイモの皮むきから逃げられないぞ」
「あちゃ~」「これは強敵だ」

 トリルたちは炊事場で籠いっぱいのイモと戦うことになった。先輩格のトリルは皮むきに専念していたが、マギーとパテリアはイモなどそっちのけでおしゃべりしていた。
「ところでさ、戦場で敵に見つかったらどうするの」
「逃げるしかないでしょ」
「そうだよね、あたしたちより弱い敵なんているわけないし」
「強そうな兵士に捕まったら降参しちゃう」
「その前にイモに降参だ」

 ナンリは一人で城壁に上がった。ここからは城砦内を見渡すことができる。
 城砦の入り口は二基の塔を備えた頑丈な城門である。広場に続いて、兵舎、厩舎などが建っている。兵舎はコの字型をした二階建てで、一階はレンガ造り、二階と屋根は木造だ。兵舎の中には幹部の部屋、隊員の居室、それに、会議室、図書室などもある。
 向い側の壁には修復工事の足場が組まれていた。
 シュロスの城砦はかなり古く、壁や石積みが崩れているところがある。城壁は守りに欠かせないので常にどこかを修理していた。この間も石工が、壊れた壁の基礎部分からボロボロのレンガを掘り出した。石工が言うには、その古びたレンガは今の焼き方とは違っていたそうだ。シュロスの城砦は、もともとは蛮族を防ぐための陣地だったと聞いたことがある。古びたレンガは昔の砦の名残りだろう。


「・・・?」
 広場を歩く一人の女が目に留まった。あまり見かけたことのない女だった。城砦の女性はスカートにエプロンを巻いているのが普通だが、その女はズボンにチュニックというスタイルだ。ここの住民ではなさそうに見えた。
 旅芸人か、それならばいいが・・・
 しかし、女にはスキがない。鍛えられた体捌きだ。敵の偵察かもしれない。正体を確かめようと急いで螺旋階段を駆け降りると、階段の下で部隊長のジュリナに遇った。
「ナンリ、あなたも出陣よ」
 ローズ騎士団の接待役で居残り組だと思っていたが急遽、ナンリも出陣することになったというのだ。
「分った、急いで支度する」
 その前に怪しい女が気にかかる。しかし、ナンリが城壁の塔を出て広場に行った時には、すでに怪しい女の姿はなかった。

 

<作者からの一言>

 ナンリが見かけた怪しい女、実は彼女は・・・それは第四章で明らかになります。

 今日もご訪問くださり、ありがとうございます。

 来年も、よろしくお願いいたします。

 かおるこ

 


連載第6回 新編 辺境の物語 第一巻

2021-12-30 13:45:49 | 小説

 新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 6話

 第二章【シュロス月光軍団】①

 

 ここはバロンギア帝国東部辺境州、シュロスの城砦である。
 兵舎の会議室にシュロス月光軍団の幹部が集まっていた。隊長のスワン・フロイジアは背もたれのある椅子に座り、参謀のコーリアスや副隊長のフィデス・ステンマルク、ミレイ、文官のフラーベルは低いベンチに腰を下ろしていた。
 会議の中心は王宮からやってくるローズ騎士団への対応策だった。
「何もこんな時に来なくてもいいのに」
 隊長のスワン・フロイジアが軽く机を叩いた。
 このところ辺境の経営に目ぼしい成果は上がっていない。なにしろ、ルーラント公国は国境を引いて守っているので、カッセル守備隊との間には小競り合いがあるだけだ。そろそろ大きな戦功を挙げないと州都の軍務部に予算を削減されてしまう。
 そんな時に、よりによって、王宮の親衛隊ローズ騎士団が来るのだ。スワンは内心穏やかではなかった。

「費用はどうするんですって、フラーベル」
「経費の大部分は州都に負担してもらうしかないですね。このところ周辺の街道で城砦宛ての荷物を積んだ馬車が襲われてまして、何かと出費がかさんでいます」
 経理や事務を担当する文官のフラーベルが答えた。
「隊商を襲っているのは山賊の仕業でしょう。カッセル守備隊に、山賊退治、おまけにローズ騎士団の相手なんか、やれっこないわ」
 山賊退治の方がまだマシだ、スワン・フロイジアはそう思った。
 ローズ騎士団がこの辺境に来る目的は一つしかない。標的はこの自分なのだ。
 騎士団一行の名簿をチラッと見ただけで背筋が寒くなった。副団長のビビアンの名前が一番上に書かれていたのだ。
 ビビアン・・・
 騎士団のビビアンには一生忘れられない恨みがある。
 スワンもかつては騎士団への入団を目指していた。厳しい考査をくぐり抜け最終候補に残ったのだが、最後の試験で落ちてしまった。格闘技の実戦でさんざんに叩きのめされたのだ。その相手こそ、副団長のビビアンだった。勝ったビビアンは騎士団の要職に上り詰め、敗れたスワンは東部の辺境に追いやられた。
 何という差がついてしまったのだろうか。
 副団長のビビアン、正しくはビビアン・ローラという。
 騎士団の団長と副団長は代々に亘って同じ名前を引き継ぐという決まりがある。団長はローズ、副団長はローラと称している。それゆえ、現団長クレイジングのことは誰もが「ローズ様」と呼び、副団長のビビアンは「ローラ様」と呼ばれているのだった。

 ビビアンが、いや、ローラが騎士団を率いてシュロスにやってくる。
 辺境にへばりついているスワンを見て笑うだろう。いい気になって威張り散らすことだろう。それだけで済めばよいのだが・・・
 みんなの前で土下座させられたら、月光軍団隊長の権威は丸つぶれだ。
 スワンはビビアン・ローラが来る前に逃げ出したくなった。せめて一行が到着する時に出迎えることだけはしたくない。跪いて頭を下げローラを迎えるなんて絶対にお断りだ。
 それには・・・何か口実を設けて城砦を留守にすればいい。逃げるのではない、ローラなんか無視してやるのだ。
「とにかく、私は出迎えなんかしないから、誰かに任せるわ。適当な人員を手配してよ」
 隊長のスワンはあっさり丸投げしてしまった。

 副隊長のフィデスと文官のフラーベルは首をすくめて顔を見合わせた。
 ローズ騎士団を迎えるとなると、宿舎の確保をはじめ、料理やワインの手配をしなくてはならない。ローズ騎士団は王宮の親衛隊である。最近、皇帝の何番目かの弟の子女が名誉団長に就任したということだ。ローズ騎士団の応接には細心の注意が必要だ。だが、辺境の城砦では豪勢なもてなしはできないし、そんなことに費やす資金も時間もないのが現状だ。
 接待の役を押し付けられるのは文官のフラーベルになるだろう。フィデスにも役目が回ってきそうだ。このところフィデスは主力部隊から外されていた。
 フィデス・ステンマルクは騎士団一行の日程表に目を通した。
 主な団員は七、八名。他にメイドやお付きもいるようだから相当な人数になる。王都からはかなりの日数が掛かる日程になっていた。辺境の視察を兼ねて、あちこち見物してくるのだろう。シュロスからちょっと足を伸ばせばチュレスタの温泉がある。大きな旅館が何軒もあるので、そこならゆっくり寛ぐことができよう。温泉に入って身体を休めそのまま王都へ帰ってくれればいいのだが。
「カッセルの状況はどうなの。司令官が辞めたそうだけど」
 隊長のスワンは騎士団の接待よりはカッセル守備隊の方が気になっている。
「はい、隊員の補充を募集しているようですが・・・今のところ新しい司令官が赴任したとは聞いてません」
 参謀のコーリアスが答えた。
 司令官が不在ならば、これはいいチャンスだ。
「騎士団の接待は・・・フラーベル、あなたに任せるわ。費用は州都が負担するよう依頼しなさい」
「はい」
 文官のフラーベルが小さく頷いた。
「よし、月光軍団はカッセルを攻めることとしよう。山賊退治のついでに守備隊を誘い出すのよ」
 スワン・フロイジアが立ち上がって拳を挙げた。

 

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。


連載第5回 新編 辺境の物語 第一巻

2021-12-28 13:00:12 | 小説

 新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 5話

 第一章【カッセル守備隊】③

「ほら、遊んでないで仕事よ」
 シャルロッテがレイチェルに向かって言った。
「はい、何でしょう、シャル・・・ロッティーさん」
 シャルロッテは副隊長のイリングの仲間内からはロッティーと呼ばれている。レイチェルもあだ名で呼んだ。
「気安く呼ばないで、上官なんだから」
 クズみたいな新入りにあだ名で呼ばれてムカついた。
「これから、監獄の掃除させるわ、付いてきなさい」
 シャルロッテ、いや、ロッティーがレイチェルたち七人を連れて行ったのは地下の監獄だった。いわゆる地下牢である。
 錆びついた鉄格子の扉を開けると、ギギーッと大きな音がした。薄暗い階段を下りると牢屋があった。ベルネが先頭で地下牢に入ると、どんよりとして空気に混じり、かび臭い悪臭が襲ってきた。
 地下牢は岩をくり抜いた穴倉である。岩肌が剥き出しの壁、低い天井からは水が染み出ていて地面には水溜りがあった。
「マリア、今後は貴族だからって特別扱いは許さないわ」
 ロッティーはお嬢様を名指しした。
「あんたの部屋は取り上げる。これからはあたしがあの部屋を使うの。今夜からはこの地下牢がマリアの寝床よ」
 ロッティーが掃除用具のブラシとバケツを渡した。地下牢で寝泊まりすることになったお嬢様のために、ベルネたちまでもが監獄の掃除をさせられるのだ。
「きれいに掃除をするのよ、いいわね」
 そう言い残してロッティーは階段を上がろうとしたが、
「ギャア」
 地下牢の階段に人が倒れていたのを見て飛び上がった。
「誰、こんなところに」
 スターチが覗き込むと若い女性がうつ伏せで倒れていた。ぐったりして目を閉じている。顔は薄汚れ、服はあちこち破れていた。
 扉が開いた形跡はない。いつの間にこの地下牢に入ってきたのだろう。
「ケガしているみたいね、医務室に連れて行こう」
「待ちなさい、怪しいヤツだったらどうするの」
 ロッティーがベルネの背中に隠れた。
 突然、見知らぬ女が地下牢に現れた。門番の目をくぐり抜けて城砦に入るだけでも難しいのに、どうやって地下牢に侵入したのだろう。

「この人、お友達です」
 お嬢様が階段に倒れている女は自分の友達だと言った。貴族のお友達にしては、やけに汚い格好だ。
「入隊の日に来なかった人・・・そんな気がするんです」
「それだよ、お嬢様・・・でも、誰だっけ」
「ええと、実は私も知らないんです」
 友達と言っておきながら、当てにならないお嬢様であった。

 そういえば、試験に合格したものの、隊の召集日に姿を見せなかった女がいた。一度しか顔を合わせていなので、誰も名前が思い出せなかった。
「ああ、そうかもしれない。いきなり逃げたヤツがいたっけ。逃亡したあげく、戻ってくるなり監獄とは自業自得ね」
 ロッティーは、逃亡した隊員が戻ってきたことにした。
「あんたが見つけたんだ。手当してやればいいじゃん、ロッティー」
 ベルネは自分たちは牢屋の掃除をするのだから、ロッティーに医務室へ連れて行くように頼んだ。
「何であたしが、こんな女の面倒を見なくちゃいけないのよ」
「ロッティー、これも何かの因縁よ。さあ、運んでください」
 皆で手を貸して女を抱きかかえ、嫌がるロッティーに背負わせる。
「ちょっと待って、重たいっ」
「待たない」
「エイッ」
「うわっ」
 ベルネがブラシの先でグッと押したので、女を背負ったままロッティーが倒れ込んだ。女の下敷きになってバタバタもがいている。
「痛い、助けて」
「助けて欲しかったら、地下牢をお嬢様の寝床にするのは取り消しにするんだね。いいでしょう」
「ここで寝ろなんて酷い」「掃除なんかしたくない」
 ここぞとばかりみんなで攻めた。
「ロッティーをきれいに掃除してやろう」 
 ベルネはロッテイーの顔をブラシで擦った。
「ヤメて・・・」
「ブラシのあとは泥水をぶっ掛けようか」
「分かった、分かりました・・・命令は取り消します」
 ブラシで擦られたうえに泥水を掛けられてはたまらない、ロッティーは苦し紛れに命令を撤回した。おかげでお嬢様の地下牢暮らしは回避された。


「じゃあ、この人を医務室に連れて行くね」
 レイチェルとマーゴットが女を担いで階段を上がった。スターチが目配せしてお嬢様たちに早く外に出るよう促す。
 最後に残ったベルネは、
「ロッティー、お嬢様の代わりに、あんたがここで寝るんだ」
 そう言って地下牢の扉をギギーッと閉めた。
「えっ・・・待って、待ってよ」
 ガチャリと閂が落とされた。
「嫌だっ・・・行かないで」
 ロッティーは地下牢に置き去りにされてしまった。
     *****
 女は寒々とした寝台に横たわっていた。

 私は誰・・・
 断片的に記憶は残っているが、覚えていることといえば・・・
 ベッドに縛り付けられ、天井の眩しい照明を見ていた。しばらくすると深い眠りに落ちた。目が覚めると右手と左足にギプスが嵌められていた。自分の物ではないように重く感じた。
 何日かして連れて行かれたのは、石やレンガの積み重なった廃墟だった。ぽっかりと開いた穴倉に突き落とされ、稲妻が光り、風が吹きつける暗闇を彷徨い・・・気を失った。
 気が付くと、この寝台に寝かされていた。助けてくれた人たちの話では、地下牢に倒れていたということだった。
 
 包帯を取ってみると、右手と左足には蓋があり、その中には歯車のような部品と、それを繋ぐ金属線が埋め込まれていた。
 これを見られてはいけない。
 私は普通の人間ではないのだ。

<作者の一言>

 地下牢で発見された女性は後々、物語の主役となります。


連載第4回 新編 辺境の物語 第一巻

2021-12-27 13:03:58 | 小説

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 前編 4話

 第一章【カッセル守備隊】②

 アリスがカッセル守備隊に赴任して五日が過ぎた。
 辺境だから覚悟はしてきたが、それにしても、ここはなんという田舎なのだろうか。
 カッセルの城砦は高い壁に囲まれた五角形をしている。城門を入ると広場があり、その周囲には兵舎、武器庫、厩舎など主要な建物が立ち並んでいる。キープという領主の居住塔は主が不在だ。領主は普段は州都に住み、めったにカッセルには来ない。
 住民が暮らす地区には市場、鍛冶屋、酒場などの店もあり、城塞都市としての機能は揃っている。だが、城壁の外には畑が広がり、ヒツジや牛を飼う農家が点在しているだけだ。
 城壁の上から眺めると地の果てまで水平線が続いている。
 折り重なった灰色の山に、くすんだ暗い空が広がっている。荒れて貧しい大地、石ころだらけの道がどこまでも続いていた。その道を行くと、ボニア砦という地獄の最前線があると聞かされた。
 ボニア砦に比べればほんの少しはマシだが、カッセルの城砦もこの世の果てに変わりはない。
 一片の希望もない世界。これがアリスに与えられた住処なのだ。
 バロンギア帝国との国境に近い西辺境州、不毛の土地、カッセルの城砦。いつまでここにいるのだろう。ここで死ねということなのか。
 戦場で戦闘に巻き込まれたら、一撃で重傷を負い、苦しみながら、泣きながら、いつしか冷たくなっていくのだ。何という悲惨な最期だ。どうせなら一太刀で斬り殺される方がいい。できることなら、剣の達人に斬って欲しいと願った。

 あんなことをしなければと、大きなため息をついた。
 あんなこと・・・年上の書記官に夢中になり、妻がいると知りつつ何度も密会を重ねた。それが上司に知られカッセルに左遷されてきた。
 そう、アリスは不倫をしたのだ。
 一時の快楽に身を委ねたために、明るい未来は閉ざされてしまった。

 カッセル守備隊はリュメック・ランドリーが隊長を務めていた。副隊長にはイリングと、事務を担当する文官のミカエラがいる。アリスは「副隊長補佐」という肩書でイリングの補佐役に配属された。アリスはこれまでは文官として経理や備品の管理、書類整理の仕事に就いていた。軍隊にいても実戦に赴いた経験はただの一度としてなかった。
 しかし、今回は実戦部隊の副隊長補佐に任命された。通常ではあり得ない人事異動だが、これも不倫をした代償だった。不倫は公にはしないと、軍務部が請け合ってくれたからいいようなものの、部下に知られたらたちまちバカにされるだろう。
 その部下というのが問題だった。
 最前線の城砦で戦地初体験の副隊長補佐に従う部下などいるはずもない。そこで、アリスの部隊の兵士は全員が新たに採用されたのであった。辺境に行くのを志願するのはよほどの変わり者だ。考査の結果、合格したのは僅かに八人だった。しかも、兵士の経験がある二、三人を除いてほとんどが役立たずだった。肩書は兵士だが見習い隊員の扱いで、実態は単なるメイドか雑用係に過ぎなかった。

 アリスは薄暗い廊下に佇み、柱に隠れるようにして窓の外を眺めた。
 兵舎の前の広場には、問題の八人の部下がたむろしている。訓練のために集まっているのではない。勝手に町をうろつかないよう、とりあえず広場にいてくれと指示しただけだ。
 もっとも、実戦経験のないアリスでは剣や槍の使い方は教えられない。
 逃げることなら得意だわと、自嘲気味に笑った。
 あと、不倫も・・・

 部下たちはアリスの命令通り広場に留まっていた。
 じゃれ合っているのはレイチェルとクーラだ。どう見ても訓練とはほど遠く、子どもの追いかけっこにしか見えない。
 木の下で本を広げているのは自称魔法使いのマーゴットである。見ていると、マーゴットの身体がフワリと浮かんだ。足元には白い煙が立ち上り、雲に乗っているかのように見えた。アリスは戦場で敵が迫ってきたら、あの魔法で逃げられるかもしれないと期待した。ところが、雲が破れて足を踏み外しマーゴットは地面に落下した。あんな魔法では使えない、アリスはがっかりした。
 広場の中央で睨み合っているのはベルネとスターチだ。この二人は戦場での経験がある。つまり兵士であり、もっと言えば荒くれ者だ。部下であっても、アリスは怖くてまともに目を合わせられない。暴力沙汰でも起こさなければいいのだが。

 そして、さらに問題の、いや、問題外の二人がいる。
 マリアとアンナだ。
 この二人、マリアはお嬢様、アンナはそのお付きと名乗っている。マリアは子爵の娘だというが、どうせ落ちぶれた貧乏貴族なのだろう。そうでもなければこんな辺境に来るわけがない。しかも、世話係のアンナによると花嫁修業だというから笑わせる。
 マリアお嬢様は何かと言うと泣いてばかりだ。
 鎧兜や剣を見ては怖がり、寝床が硬いと言ってメソメソ泣いた。そもそも辺境の城砦なのだから、幹部を除いて寝台など宛がわれてはいない。大抵は兵舎の床に横になって布を被って寝るだけだ。アリスだって他の隊員と雑魚寝をしているくらいである。ところが、地位を利用して賄賂でも贈ったとみえて、マリアには個室が与えられ、綿の入った特注の布団で寝ているというから驚きだ。
 貴族のお嬢様どころか、まるで王女様ではないか。
 そのお嬢様は朝の行進中にぶっ倒れた。そんなに速く走れませんというのだ。ダラダラ歩いていただけなのに、まったく足手まといだ。
 何でお嬢様なぞを採用したのだろうか。あれよりダメな者がいるとでも言うのか・・・

 そういえばと、アリスは指を折って数えた。広場に居るのは七人だ。八人いるはずなのに一人少ない。
「ええと、もう一人は・・・誰だっけ」
 顔も名前も忘れてしまったが、採用試験の時、地味な服を着て廊下の隅に蹲っている女がいた。合格したと聞かされたのだが召集日に姿を見せなかった。いきなり逃げたのだ。
「あーあ、逃げちゃうなんて、羨ましい」
 逃げられるものならば自分も逃げたいと嘆くアリスであった。
「あんな部下には給料なんてもったいないわ。こっちまで減らされているんだから」
 赴任してから判明したのだが、カッセル守備隊の財政状況はかなり逼迫していた。そのため、お嬢様やレイチェルたちは見習い隊員扱いで無給となり、兵士のベルネたちにも最低水準の金額しか支給されないことになった。
 アリスも副隊長の支給基準から「補佐」で減額になり、さらに不倫の分を減給されてしまった。それも、なにもかも、身から出た錆と受け入れるしかなかった。
「ああ、またやっかいなヤツが来た」
 広場にいるベルネたちの元へ一人の隊員が近づいてきた。副隊長のイリングの部下のシャルロッテだ。シャルロッテは何かと理由を付けてアリスの部下をこき使う。特に、仲間のユキと一緒になってお嬢様を標的にしてイジメているのだ。
 アリスは面倒なことには係わり合いになりたくないので窓の側から離れた。

 

 <作者の一言>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 アリスが広場にいる部下を眺める場面の解説です。

 カメラのアングルとしては、アリスの目線で部下たちを映し、次にカメラは広場のシーンとなり、それぞれの隊員を順次、紹介していきます。そこへシャルロッテことロッティーが現れるので、カメラはアリスのいる部屋の窓を外側から映して、スッと引っ込むアリスをとらえるというような感じです。ここでは登場人物を紹介していきますが、一人の隊員は逃亡してしまったようなので数が足りません。実は逃げたのではなくて、いずれ舞い戻ってくるのですが、それは第四章で明らかになります。

 


連載第3回 新編 辺境の物語 第一巻

2021-12-26 13:12:59 | 小説

 

新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編

第一章【カッセル守備隊】①

 ××歴1450年頃のことである。某大陸の中央にはバロンギア帝国が君臨していた。
 バロンギア帝国は周辺の国々との国境を広げ、さらに版図を拡大しようとしていた。西方の蛮族を平定し、北に位置する共和国の勢力を押さえ込んでいた。
 東の国境はルーラント公国と接している。ここではバロンギア帝国の東部辺境州シュロス地方と、ルーラント公国の辺境カッセル州とが対峙していた。両国は長年にわたり、この地域に隣接するロムスタン州、およびチュレスタの帰属を巡って争いが絶えなかった。
 ルーラント公国はバロンギア帝国に比べてはるかに劣る小国だった。そのため、国境には土塁を築き、砦を建てて防御に努めているのだった。

 これは国境を隔てて向かい合う二つの勢力、カッセル守備隊とシュロス月光軍団の物語である。

 バロンギア帝国の東部辺境州に属するシュロスの城砦には、女性だけで構成されるシュロス月光軍団があった。隊長のスワン・フロイジア、参謀のコーリアス、副隊長のミレイ、騎士と歩兵を合わせて300人ほどの勢力だった。
 ルーラント公国の西の辺境、カッセルの城砦にはカッセル守備隊がある。こちらも女性だけの部隊である。しかし、最近は除隊者が相次いで部隊は衰退の一途をたどり、隊長のリュメック・ランドリー、副隊長のイリング以外には司令官や作戦担当者がいないありさまだった。

   〇 〇 〇

 山賊から逃れたレイチェルは二日間歩いてカッセルに到着した。
 丘の上に腰を下ろしてカッセルの城砦を見渡した。
 城砦は高い城壁に囲まれている。城壁の前には二重の土塁があり、敵の進入を防ぐ木柵、空堀が設けられていた。さすがは辺境の最前線だけのことはある。城砦には二基の塔を備えた立派な城門が見えた。町の住民か、あるいは商人らしき人々が橋を渡って行き交っている。門を固めて警備する兵士の姿もあった。
 この城砦で働くのかと思うと胸が高まった。

 州都でおこなわれた入隊試験には簡単に合格した。辺境に派遣される新設部隊とあって、応募してきたのはごく少数で、しかもみな変わった人たちだった。
 戦場から帰ってきたばかりの荒々しい女兵士がいた。本を広げて何やら呪文を唱える少女もいた。
 中でもレイチェルが一番気になったのは、会場となった兵舎の入り口で泣き出した志願者だった。まだ幼い顔立ちでレイチェルよりも年下に見えた。その少女は一緒に来た仲間に引きずられ、涙ながらに抵抗していたが、ついに悲鳴を上げて倒れ込んでしまった。
 仲間の女性から「しっかりするのです、お嬢様」と叱られていた。
 あのお嬢様はどうなったことやら。たとえカッセル守備隊に採用されたとしても、厳しい訓練に付いていけず、たちまち逃げ出すだろう。

 よし行くぞと決心して城砦へ続く道を歩き出した。
「おっ」
 突然、風が舞い上がった。
 黒い鎧兜に黒いマントを着て、レイチェルの行く手を阻むかのように立ち塞がる一人の姿が目に入った。
「逃がさないぞ、レイチェル」
「また現れたな、ニーベル」
 レイチェルは臆することなく睨み返した。ようやくカッセルの城砦までやってきたのだ。ここで邪魔されるわけにはいかない。
「ううっ・・・ぐふう」
 目に見えぬ圧力が一気に襲いかかる。息苦しくなるほどの凄まじい空気の波動だ。
「ヤバい、うぐぐぐ」
 右手の肘がビリビリと揺れた。何ということか、ニーベルの威嚇を受けただけでレイチェルの身体に変化が起き始めていた。慌てて手を隠した。
 その隙をついてニーベルが地面を蹴った。
 ガシッ
 レイチェルは思い切りはね飛ばされ、したたか背中を打ち付けた。
「どうした、変身しないのか、レイチェル」
 ニーベルの顔がすぐ前に迫っていた。手を伸ばして遮ろうとしたとき、レイチェルが首に掛けていたペンダントが飛び出した。
「それは?」
 ニーベルが赤と青の石のペンダントを見咎めた。
「ルーンの星・・・なぜ、お前が持っているのだ」
「崖の洞窟で寝て、起きてみたら首に掛かっていたんです。これ、ルーンの星って言うんですか」
「そうさ、これには不思議な力が宿っていると言われている。正しき者が持っていればどんな苦境も乗り越えられる。しかし、邪悪な心の人間が持てば、その身を滅ぼしかねない」
「持っていてもいいんですか」
「お前が授かったのだ。大事にしておけ」
 ニーベルが印を結ぶと音を立てて足元の大地が裂けた。
「今日はこのまま帰るとしよう・・・だがな、レイチェル、何時の日かお前が死ぬのを必ず見届けるぞ」
 ニーベルは地割れの中に飛び込んで姿を消した。
「ああ、びっくりした」
 レイチェルは袖を捲って右手を確かめた。腕は元通りに戻っていた。
 危ういところで変身を免れたがニーベルには気を付けなければならない。レイチェルを変身させようとしているのだ。

 それは、レイチェルが生まれる遥か以前のことだった・・・
 その昔、地下の世界に住む一族があった。しばしば地上の人々と争い、何人もの犠牲者が出た。地下の世界を滅ぼすため、軍の決死隊が送り込まれた。決死隊の隊長がレイチェルの曽祖父だった。彼らの活躍で地下の一族は滅亡した。しかし、ごく少数、生き延びた者がいた。今でも地上の人々に紛れてひっそりと暮らしている。
 ニーベルもその一人だった。
 そして、レイチェルには地下の世界の呪いが掛かった。
 レイチェルの身体は激しい攻撃を受けると、硬い金属質に変化を起こす。腕も足も黒く光る金属に覆われ、背中には翼が、手には鋭い爪が生える。顔までもがこの世の物とは思えない不気味な姿になってしまうのだ。
 さらに、変身には膨大なエネルギーを消耗する。変身を繰り返せば命を落としかねない。ニーベルはそれを知っていてレイチェルを変身させようと付け狙っているのだった。
 変身するにも、また、体力を回復させるにも・・・必要なのは人間の血だ。
 レイチェルには人の生き血が欠かせない。

 

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