かおるこ 小説の部屋

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連載第33回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-31 13:31:15 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 5話

 第三章【チュレスタでの出来事】②

 

 ローズ騎士団の隊列は動く宝石のようだった。
 銀色に輝く鎧兜に白いマントを翻し颯爽と歩く姿に、沿道からは歓声が上がった。
 副団長のビビアン・ローラを先頭に、参謀のマイヤール、副将格のシフォン、文官のニコレット、団員のハルナ、ミズキたちが続く。中でも今回の遠征を取り仕切る副団長のビビアン・ローラは一際目立つ美しさで周囲を圧倒している。金髪をなびかせ、自慢の脚線美を惜しげもなく見せつけていた。

 ローズ騎士団の一行が到着したチュレスタの町は賑やかだった。宿はどこも満室で三軒続けて断られてしまった。
 バロンギア帝国州都軍務部所属のスミレ・アルタクインは、温泉街の外れまでやってきた。そこには王宮から到着した荷馬車が駐屯していた。六台ほどの馬車が見える。情報によると騎士団の着替え、ワイン、菓子類などが積まれているのだった。ところが、馬車の見張り番は車座になって酒盛りをしているではないか。こんな緊張感に乏しいことでは困る、荷台には州都の金庫から運び出された金貨や銀貨も収められているのだ。
 ローズ騎士団の視察旅行には想定外の費用がかかっていた。チュレスタに宿泊するのに合わせて、州都の軍務部にも追加の費用を届けるようにとのお達しがきた。無理難題ではあるが、王宮の親衛隊からの要求では断ることはできなかった。
 そこで軍務部では調査のための監察官を派遣することになった。この役に指名されたのがスミレ・アルタクインだった。
 監察とはいえ、王宮の親衛隊に対して金銭の使い道の是非を指摘するようなことはできない。あくまでも動向を「観察」して報告するだけだ。なにしろローズ騎士団はどこにいても目立つので、否が応でも目に入って「観察」ができる。
 チュレスタに宿泊したのち、ローズ騎士団はシュロスの城砦へ向かう予定になっている。
 スミレが監察役に応募したのは、シュロスには士官学校の先輩のナンリがいるからでもある。ナンリは優秀な先輩であったが、士官学校を卒業後は辺境の城砦に勤務を希望した。お互い辺境州にいるものの会うのは久しぶりだった。

 チュレスタに来てみれば多額の費用の要求も納得した。隊員と世話係など三十人ほどだったが、宿屋を十軒も借り切っていたのだ。おかげでスミレは今夜の宿がまだ見つかっていない。
 そういえば、温泉街の通りで三人組の女を見かけた。近くで見たのではないけれど、三人が着ていたのはバロンギア帝国の軍服か、あるいは工兵の作業服のように見えた。キャアキャアと騒いでいたので、兵士ではなく、まして、騎士団を迎えに来ているのではないことは明らかだった。それでも、軍服が横流しされているとしたら、それはそれで問題だ。
 三人は客引きらしい女に声を掛けられて一軒の宿に入っていった。運よく宿が見つかったのか、あるいは下働きにでも雇われたのだろう。それより、今夜泊まるところを見つける方が先決だ。スミレはマントをしっかり羽織り、フードを被り直して宿を探すために歩きだした。

     *****

 ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは風呂上りに身体を揉ませていた。
 ここのマッサージ師は揉み加減が良く、つい居眠りしそうになった。王宮から帯同してきたメイドのレモンよりもずっと役に立つ。
「おっ、そこ、いい」
 ふくらはぎを押されて思わず声を漏らした。
「気持ちいい、こんなの初めて」
「ありがとうございます、わたしは東洋の指圧という施術を学びまして・・・」
 カッセル守備隊の三姉妹は、それぞれの持ち場に分かれてローズ騎士団の動向を調べていた。エリオットとクーラは宿の配膳係になり、レイチェルは馬車の世話係に潜り込んだ。
 マーゴットは得意の魔術を活かしてマッサージ師になりすました。寝台に寝ているのはローズ騎士団副団長のビビアン・ローラだ。美人でスタイルは抜群だが、どことなく険がある。
「お前を専属にしてもいいよ、レモンはクビにするわ」
 寝台の側では王宮から来たメイドのレモンがローラの脱いだ服を畳んでいた。

 そこへ参謀のマイヤールが入ってきた。マイヤールもローラに引けを取らない超絶美人である。
「ローラ副団長、シュロス月光軍団が・・・」
 マイヤールはマッサージ師に気が付いて、あっちへ行けと手を振った。
「月光軍団がどうかしたの。迎えに来たのなら待たせておきなさい」
「それが、ルーラント公国の軍隊と戦って、負けたという一報が入りました」
「なんですって! 」
 ローラは驚いて跳ね起きた。話の邪魔になるのでメイドのレモンも部屋の外へ追い出した。レモンが廊下に出ると先ほどのマッサージ師が立っていた。マッサージしていた時とは打って変わって眼光が鋭く、副団長のいる部屋の中を窺っているように見えた。

「それでどこの軍と戦ったの?」
「カッセル城砦の守備隊だそうです」
「私たちを出迎えもせずに、いったいどういう事よ」
 自分たちが来るのを知っていながら出陣し、しかも敗北するとは、スワンのヤツ、とんでもないヘマをやってくれたものだ。
「シュロスへ行ったら隊長を取り調べましょう」
「取り調べどころか牢屋に入れてやる、死刑でもいいくらい」
 ローラの顔がきつくなった。
「なんだっけ、その、敵の・・・ナントカ軍」
 頭に血が昇って月光軍団が戦った相手の名前が出てこない。
「カッセル守備隊です」
「それ、その守備隊とやらを叩きのめそう」
「副団長、いきなり戦うのですか。きれいな衣装が汚れちゃいますよ。それに、鎧兜や武器は軽装しか持ってないし」
 美人のマイヤールはローズ騎士団の衣装が汚れるのを気にした。
「急いでシュロスの城砦に行って対策を立てましょう」
「イヤ。温泉に入れなくなるじゃん。せっかくのんびりしていたのに休暇が台無しだわ。まったく余計なことしたものね」
「では、情報の収集は文官のニコレットさんに任せるとして、副団長は明日も温泉ですか」
「あたりまえ」

「・・・そんなこんなで、ローズ騎士団にも月光軍団の敗戦が伝わったのですが」
 三姉妹とエリオットはお互いの情報を持ち寄って作戦会議を開いた。マーゴットは立ち聞きしたローラとマイヤールの会話を報告した。
「明日も温泉でまったりするそうです。一大事だから急いでシュロスに行くかと思ったのですがね」
「おかげで作戦が立てられる」
「こっちは人数が少ないから、ゲリラ戦か奇襲攻撃でいこう」
「といっても、宿屋を襲撃するのは無理だ」
「そうだ、馬車だよ」
 レイチェルが閃いた。
「荷馬車が六台もあって衣装とかお金がぎっしり詰まってる。それを奪い取っちゃいましょう」
「荷物を横取りするか・・・それがいい。騎士団は困るだろうね」
「昼間からお酒は飲むし、豪勢な焼き肉パーティーやってるんだもの、お金が幾らあっても足りないわ」
「ところで、この四人で、どうやって馬車を襲うの」
「そこはね、山賊屋さんにやってもらうんです。ここへ来るとき出会った山賊屋さんが、温泉の湯治客の財布を狙うとか言ってたから、ローズ騎士団の馬車に金貨があると知ったらゼッタイにやってくれます」
「それがいい、さすがは山賊の嫁だ」
 作戦がまとまった。
 山賊たちをローズ騎士団の馬車の運転手として潜り込ませることにした。馬車の警備兵にマーゴットが調製した薬草を入れた酒を飲ませる。警備兵は体調不良になり、代わりの警備兵をかき集めなくてはならない。そこで山賊が採用され馬車の運転や警護に就くというわけだ。これで難なく荷物を奪いとることができる。

 レイチェルは温泉街の外れに潜んでいる山賊を尋ねた。
「奪うのはお金とお酒だけです。金貨や銀貨を手に入れれば、当分、仕事しないでも暮らせますよ。山賊屋さんのような危険な仕事はやめてください」
「任せておけ、レイチェル。やっぱりお前は山賊の嫁に向いてるわ」
 山賊の首領ミッシェルが荷物の強奪を請け合ってくれた。

    *****

 バロンギア帝国州都軍務部から派遣されたスミレのもとにも月光軍団が敗北したという情報が入った。真偽を確かめるべく、ローズ騎士団の荷馬車を警備する兵に尋ねたところ敗戦が事実であることが判明した。
 騎士団が来訪するというのに出陣していたとは何という誤った選択をしたのだろう。誰か止める者はいなかったのか。ナンリは大丈夫だろうかと、幾つもの疑問と不安がわいてきた。
 一刻も早くシュロスへ行きたい。ところが、ローズ騎士団は敗戦を知ってか知らぬか、予定通りもう一泊するようだ。

 スミレは騎士団の泊っている宿を監視した。
 メイドが玄関を掃除していた。例の三人組の一人だ。どうやら宿屋の世話係に雇ってもらったとみえる。そこへ他の二人が現れ、三人で何か相談していた。ときどき辺りを警戒して気にする怪しい素振りをみせた。もっと近くへ寄ろうとした時、玄関から騎士団の隊員が出てきた。非常事態にもかかわらず町へ繰り出そうというのだろうか。三人組は素早く身を翻して左右に消えた。その様子から、ただのメイドではなさそうだと思った。
 偵察しているのか・・・もしかしたら、ルーラント公国の偵察員だろうか。
 スミレは部下のミユウを思い出した。
 ミユウはカッセルの城砦に潜り込んで敵情を偵察しているはずだ。この時期にカッセルの城砦に潜入できたのは願ってもないチャンスである。
 偵察だけでなく、何か敵陣を混乱させるような策を取ってくれればいいのだが・・・

 

<作者より>

 東部州都軍務部に所属するスミレ・アルタクイン、以前にもちょっとだけ出ていましたが、本格的に登場しました。物陰からレイチェルたち三姉妹を見ている場面、ここではまだカッセル守備隊の隊員とは気が付いていません。


連載第32回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-30 13:09:05 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 4話

 第三章【チュレスタでの出来事】①

 

 チュレスタ超特急と言いたくなるほどの速さで温泉街に着いた。
「「「ありがとう、山賊屋さーん」」」
 三姉妹が声を揃えて言うと、馭者の山賊がシーッと唇に指を当てた。
「小さい声で言ってくれ。山賊と知られたら商売がやりにくいんだ」
 馭者台に座っていた首領のミッシェルが振り返った。
「あんたたち、帰りも乗せてやろうか、しばらくは温泉街の外れに停まっているよ」
「こっちは温泉客の懐を狙うって寸法さ」
「黙っていろ」
 首領のミッシェルが余計なことを言うなと髭面の山賊を睨んだ。
「帰りも頼むよ、馬車に乗せておくれ、山賊のやまちゃん」
「やまちゃんだと、そんな呼び方するなら、お前たちなんか二度と乗せてやるもんか」
「そんなー、レイチェルが嫁に行きたいって」
「言うてない」
 レイチェル、マーゴット、クーラの三姉妹は月光軍団との戦いに勝利したご褒美にチュレスタでの休暇を与えられた。カッセルの城砦には戻らず、温泉でゆっくり過すのだ。途中の山道で山賊に捕まったが、それは以前レイチェルを襲った山賊だった。チュレスタの温泉に行くところだと言うと馬車に乗せてくれた。
「山賊に知り合いがいるとは」
「それも、山賊の嫁だったなんて」
「違いますねん。嫁なんか、なりとうないわ。あたしより、ベルネさんの方がいいじゃん」
「ベルネさんは嫁というよりは女山賊だね」

 そうこうしているうちに温泉宿の通りにやってきた。道の両側には立派な構えの宿が立ち並んで客引きの呼び込みが賑やかだ。月光軍団から奪った作業服に着替えているけれど、それでも髪はボサボサ、顔も日に焼けている。戦場帰りの三姉妹はどことなく引け目を感じた。この先、エルダから渡された路銀で間に合うかどうか心配になってきた。早く宿を決めて温泉に入りたいのだが、宿の客引きは薄汚い三姉妹には声をかけてくれない。
 大きい宿は諦めてこじんまりした宿を見つけ、今夜の宿泊を頼んだのだがここも断られてしまった。
「あかん、断られてしもうた。団体さんが来るからどこも満室なんだって」
「レイチェルの話し方がおかしいからだ」
「すんまそん」
 レイチェルは変身した副作用が現れて話し方がヘンになっている。宿屋の主人に怪しまれてしまった。
「あーあ、また野宿か」
「せめて温かい食べ物が欲しいなあ」
 三人が、どこかに泊めてくれる宿はないかと、何度も通りを行ったり来たりしていると・・・

「あんたたち」と呼び止められた。
 やっと声を掛けられたので振り向いた。
「「エリオットさん」」
 そこに立っていたのはカッセル城砦のメイド長エリオットではないか。
「久しぶり~」「おっと、おっと、エリオット」
「あんたたち、会えてよかった」
「聞いてよエリオットさん。あたしたち勝ったんだよ。守備隊は月光軍団に勝ったんだよ」
「見せたかったでござるよ。三姉妹の大活躍を」
「みんな無事だったかい。怪我なんかしてないだろうね」
「この通りピンピンしてます」
「敵の兵隊は何十万人もいて、あちこちから矢は飛んでくるし大砲で撃ちまくってくるし、マジで凄かったんだから」
 クーラは戦闘の様子を百倍くらい大げさに言った。
「あたしが尋ねているのはお嬢様のことだよ。怪我でもしていないかと心配なんだ」
「何だ、あんなに頑張ったのに」
「だから温泉でまったりしにきたんだよ」
「そうでありんす。あたしたちのお陰様で勝ったみたいなもんです」
「そういう時はお陰様とは言わないのよ。敵に勝ったというのも、指揮官のエルダさんの作戦が的中したんでしょ」
「ピンポ~ン」「大当たり」
「ところで、レイチェル、何だか喋り方がおかしくないかい」
「かわいそうに、大砲の弾丸が頭に命中したんです。だから今みたいに訳の分からないことばっかり言ってるんです」

「話は変わるけど、何でエリオットさんがここにいるの」
「やっと本題に入れた。待っていたのよ、あんたたちが来るのを」
「泊るところを予約してくれてたんだ」
「宿が見つからなくて困ってたのよ」
「で、どこに泊まるの」「ヤッター、お風呂だ」「布団で寝られるぞ」「枕投げだ」「焼き肉食べ放題」「ケーキは別腹」
「バカ者。お嬢様ではあるまいし、あんたたちには布団も肉も贅沢だ。ケーキなんかあるわけない」
「あれれ、何か変だな」
「いいかいよくお聞き。ここでは大きな声で『勝った』と言ってはだめだよ」
 エリオットが声を潜めた。
「なんでまた、そんなご注意を」
「明日、バロンギア帝国のローズ騎士団がこのチュレスタの温泉に来るんだよ」
「ローズ騎士団!」
 クーラが叫んで慌てて口元を押さえた。
「そうさ、月光軍団の次はローズ騎士団ということよ」
「ギクッ・・・ボーゼンとする」
「あたしが一足先にチュレスタに来たのはエルダさんの指令なのさ」
「どこかで聞いたことがあるような話だわ。あたしたちもエルダさんにここへ行けと言われた」
「やっぱり、言った通りだろう」
「ということは・・・もしかして、まさか」
「そうだよ、ようやく分ったみたいだね。あんたたちはお客様ではなくて、温泉宿のメイドとして働くのよ。宿に潜入してローズ騎士団のことを探るってわけさ」
「最悪」
「メイドになるんだから、まずはその服から着替えなさい・・・それ、カッセル守備隊の軍服じゃなさそうだね」
「これ、月光軍団からいただいたの。新品だよ」
「エリオットさん、私たち、着替え持ってないんですけど」
「任せなさい、メイド服ならちゃんと用意してきた」
「「手回しが良すぎる」」
 三姉妹は温泉で寛ぐどころか、メイドになってローズ騎士団の動向を調べることになった。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 レイチェルたち三姉妹がエリオットと出会ったこの場面、この様子を別の角度から見ている人物が・・・

 


連載第31回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-28 13:59:36 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 3話

 第二章【帰還】②

 こうしてアリスがカッセル守備隊の新隊長に就任した。エルダは司令官となり、カエデは副隊長に、ロッティーは城砦監督という地位に就いた。それもこれも人事はすべてエルダの一存で決められたのである。

 アリスの初仕事は給料の支給だった。隊員たちに未払いの給料を支払い、リュメックの隠し財産を活用してベルネたちには一時金を与えた。その裏でアリスは自分の昇給も忘れてはいなかった。事務官のミカエラに、隊長になったのだから基本給を倍増するように交渉した。一時金を受け取るより基本給を高くした方が得策だ。
 アリスは隊長という地位を楽しみたかった。
 隊長は威張れる、わがままが言える。さっそく身の回りの世話をするメイドを雇うことにした。出兵している間にメイドを募集したと聞いたので、そこから自分専用に引き抜いてみよう。これからはルームサービスを取ってメイドに料理を運ばせ、兵舎の食堂には行かない。以前はマリアお嬢様と一緒に調理の下ごしらえをしたものだが、炊事の手伝いなんか永久にお断りだ。
 給料がアップしても辺境では使う場所がないから、がっちり貯め込んでやろう。商人からたっぷり賄賂を取ってやる。というか、隊長様には付け届けの品物を持ってくるのが礼儀だ。
 不倫がどうのと言わせない。凱旋将軍様なのだから。
 ところが・・・そんな都合のいい願望はあっけなく吹き飛んだ。

「給料のことですが」
 エルダが給料のことを切り出した。
「みんな一時金と未払いの給与を受け取って喜んでました」
 支払わなかったらベルネたちに何をされるか分からない。上官を殴るのを生きがいにしているような部下なのだ。アリスは事務のミカエラに泣き落としで頼み込んだ。
「でも、守備隊の厳しい財政状態を考えたら、私たちは遠慮しておきましょう。給料は据え置きです」
「そんなことって」
「ミカエラさんにそう言っておきます。今度は泣きついてもダメですから。いいですね、隊長」
 全部バレていたのだ。きっとミカエラがエルダに密告したに違いない。
「アリスさん、誰のおかげで隊長になれたのですか。まさか、自分の力で今の地位に就いたと思っているんじゃないでしょうね」
「エルダさんのお力添えでございます」
 確かに、隊長になったのではなく隊長にしてもらったに過ぎない。
「まあ、大きな部屋で寛げるのなら、給料のアップは取り下げてもいいですよ」
「それなんですが、この部屋は捕虜に使ってもらうことにしましす」
「はあ」
 エルダは前隊長が使っていたこの広い部屋を捕虜に宛がうと言うのだ。隊長に就任したアリスはたった一晩で暖かいベッドを取り上げられてしまった。
「捕虜は大切にしましょう。フィデスさんは戦場でお嬢様たちを見逃してくれたことがありました。その恩返しです」
 エルダは前隊長には暴行を加えたあげくに投獄しておきながら、敵の捕虜は大事にするのである。アリスにはエルダの気持ちが理解できない。
「あの、実は、その、私・・・」
 エルダが珍しくしどろもどろになった。
「フィデスさんのことが気に入ったんです」
      *****
 カッセル守備隊が帰還した時、ミユウは群衆に紛れてその様子を見ていた。
 バロンギア帝国東部州都軍務部の偵察員ミユウはカッセル城砦のメイドに採用された。敗戦の混乱の中、人手不足だったこともあって簡単にメイドになることができた。酒場の主人の紹介状を見せたら、何の疑いもなく採用されたのだった。
 さっそく、先輩のメイドに連れられて兵舎の中を見て回った。一階は隊員の部屋、会議室、食堂などがあった。二階は貴賓室や隊長の居室があり、新入りのメイドは立ち入り禁止だという。入れないのは残念だが幹部の居所はおおかた把握できた。
 すでに、城壁の高さを目測で計ったり、城砦の橋が跳ね上げ式、城門はカンヌキ式であることも確かめてある。
 初めての仕事として隊員の部屋を掃除するように言われた。一階の隊員の部屋に入った時、ちょっと引っかかるものを感じた。その部屋は寝具が二組あるのだが、二段ベッドの上の段には行李が幾つも置かれていた。これでは一人は床で寝るしかない。先輩のメイドがこの部屋を使っているのは貴族のお嬢様だと笑っていた。
 ところがである、ミユウが兵舎のメイドに採用された日の夕刻、全滅したはずのしんがり部隊が撤収してきた。それも、シュロス月光軍団を撃退し、捕虜を奪っての凱旋であった。
 しんがり部隊で生き残ったのは十人にも満たなかった。凱旋とはいえ、かなりの犠牲者を出したのだろう。ところが、隊長の演説を聞いて驚いた。部隊は十二人で、全員揃って帰還したのだという。僅か十二人の部隊に月光軍団は敗北したのだ。
 捕虜を土下座させ、指揮官と名乗る者が頭を踏み付けたのを見て、ミユウは唇を噛みしめ一人その場を立ち去った。バロンギア帝国軍が進攻することを期待していたミユウにとっては信じられない光景だった。
 どうしてこのまま州都に戻れようか。カッセルに居残って凱旋した守備隊に一泡吹かせてやるのだ。バロンギア帝国でそれができるのはミユウだけだ。
 とくに、群衆の前で捕虜を土下座させた指揮官は絶対に許すことができない。
 敵は勝利に浮かれて油断をしている様子だ。先ずは捕虜の安否を確認することが先決だ。捕虜は監獄に入れられることだろう、明日は監獄を調べることにした。
       
    〇 〇 〇

 街道に出たのは陽が沈むころだった。
 シュロス月光軍団は惨めな撤退を続けていた。鞭で打たれて怪我をした参謀のコーリアスや副隊長のミレイは馬車に乗せられ、負傷者は仲間の隊員に支えられて歩くしかなかった。これでは行軍の速度は上がらない。
 今夜も野宿するのか・・・
 帰還の指揮を執るのはフィデスの部下のナンリだった。
 休憩のたびに点呼を取り、全員揃っているかどうか数えた。戦場から退避していた数名が合流して八十三人になった。ここまで一人の脱落者を出さずに来たのは奇跡に近い。行方不明になったキューブの消息も気に掛かる。隊長のスワン・フロイジアと魔法使いのカンナには気の毒なことをしてしまった。命を落とした二人の遺体を運ぶことは叶わなかった。布を掛け、木の葉で隠して埋葬するのが精いっぱいだった。
 退却を始めた時は敵が襲ってこないかと不安だったが、国境を越えてその心配はなくなった。このまま進めば、明日にはシュロスの城砦が見える所までたどり着くことができる。
 道の先に農家とおぼしき小屋が見えた。ナンリはトリルとマギーを伴って食料を分けてもらえないかと頼みに行った。そこは牛を飼っている農家だった。幸い、月光軍団と知るとパンとチーズをくれた。今夜はこれで凌げる。
 ナンリは焚き火に枝をくべた。隣ではトリルが眠っている。自分も徹夜すると言っていたのだがすぐに寝入ってしまった。過酷な撤退行軍にあってトリルたちはよく働いている。副隊長や部隊長のジュリナが怪我をしたので若い隊員に頼らざるを得ないのだ。
 寝ずの番のはずがナンリもウトウトしてしまった。
 捕虜になったフィデスさんはどうしているだろう。守備隊のエルダに頭を下げたのだ、よもや虐待されることはないだろう。
 エルダのことを思い出す。
 戦闘能力は皆無で、宙吊りになったときは「助けて」と叫んで気絶した。
 不思議な女だった。
 チラリと見たエルダの足。あれは見間違いではない。確かに「蓋」の付いた足だった。しかし、そのことは誰にも口外すまいと決めている。
 エルダはローズ騎士団がシュロスへ来ることも知っていた。偵察を送り込んでいたのだ。それで思い出した、シュロスの城砦で不審な女を目撃したことを。しんがり部隊の兵士に似たような女がいた・・・
 そう・・・間もなくローズ騎士団がシュロスへ到着するころだ。
       *****
 そのころ、バロンギア帝国ローズ騎士団の一行はチュレスタの町に向かっていた。夕方にはチュレスタに到着できそうだ。この温泉で二日ほど寛ぎ、最後の目的地シュロスに向かう予定だ。
 ローズ騎士団の衣装は銀色の軽装の鎧兜、白いマント、長い脚を見せ付けるようなミニスカート。まさに都会の、王宮の香りだ。その分、戦闘には不向きであることは否めないところだが、これは致し方ない。
 副団長ビビアン・ローラは馬車の中から周囲を眺めた。
 水平線まで見渡せる澄んだ青空。湧き上がる雲。こんもりとした森。そして遠くには緑の山々。
 辺境の最前線というから、もっと荒れ果てた光景を想像してきたが、思いのほか豊かで拓けた土地が続いている。これも皇帝の威厳の成せるところだろう。いや、ここはまだバロンギア帝国の領土にはなっていない。チュレスタと隣接するロムスタンなど力ずくで帝国に併合してしまえばいいのにと思った。
 シュロスへ着いたらどうやってスワン・フロイジアを虐めようか。手始めに隊員の前で土下座させてやろう。
 いや、そんな必要はない、スワンは騎士団の衣装を見ただけで跪くのだ・・・そうするのが当たり前のように。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 


連載第30回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-27 13:08:38 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 2話

 第二章【帰還】①

 ああ、生きて帰ることができた。
 カッセル守備隊のアリスは大の字になって寝台に寝ころんだ。
 ここは隊長室だ。前の隊長を追い出して自分の部屋にした。天井はアーチ造りで、床板もピカピカに磨かれている。執務用の机があり、床には絨毯が敷いてある。暖炉もある。窓も大きくて開放的だし、カーテンは二重になっている。寝台には柔らかい布団までもが用意されていた。広々として居心地の良い部屋だ。
 この広い部屋を一人で占領しているのだ。正確には一人ではなくエルダと一緒だったが。
 シュロス月光軍団に勝利した。凱旋したのだ。一昨日まで戦場で敵に追いかけられ、逃げ回っていたのが嘘のようだ。
「うははは、うはっ」
 アリスはこみ上げてくる喜びを押さえることができない。誰に聞かせることもなく独り言をつぶやく。
「隊長になってしまいましたよ。一番偉いのですよ。誰もあたしには逆らえません」
 そう、アリスは副隊長補佐からカッセル守備隊の新隊長に昇進したのだった。
「まあ、エルダさんには頭が上がらないけど・・・」
 アリスが新隊長ならば、エルダは指揮官から新司令官に昇格した。

 話は城砦に帰還中の時点に遡る。

 アリスは勝利を喜ぶ隊員から、勝ち組、最強戦士、凱旋将軍などと持ち上げられていた。
「もうすぐ城砦が見えてきますのであまり浮かれないようにしてください」
「はいはい、指揮官、いえ、司令官殿」
「いいですか、カッセルに帰ったら、たくさん仕事が待っています」
「司令官ともなるとお忙しいですねえ」
「アリスさん、あなたの仕事です。真っ先に、あの逃げた隊長をクビにしてください」
 アリスたちが勝利を収めたので、今や隊長のリュメック・ランドリーは部下を見殺しにして逃亡した卑怯者になったのだ。
「そして、あなたが新しい隊長になるんです、アリスさん」
「あの隊長はそう簡単には辞めないと思うけど」
「でしょうね。だから、こっちからクビを宣告するんです。嫌だなんて言ったら牢屋に押し込むか、殺せばいいんです」
「ギクッ。クビにして牢屋に入れて殺すだなんて」
「裏の仕事はリーナさんかベルネさんが請け負ってくれます。二、三人殺すだけですから」
「その・・・殺すというのはやめてください、戦場ではないのですから。話し合いで解決するとか、自発的に退任してもらうとかでもいいんではないでしょうか」
「甘いです。そんなことでは隊長は務まりません」
 あっさり撥ね付けられた。月光軍団との戦いは終わったが、今度は仲間内の主導権争いが始まろうとしている。
「隊長がそうおっしゃるのならば・・・殺すのは最後の手段にしましょう。とりあえずは協議の場を設けて説得してみることにします」

 カッセルの城砦に到着するとアリスたちの部隊は大歓迎を受けた。
 なにしろ、しんがりとして、敗戦処理を任された部隊が逆転勝利を収めて凱旋してきたのである。敵の軍隊の旗や馬車を奪い、捕虜を連行してきたとあって、まさしく英雄扱いだった。
 大勢の群衆の前で捕虜にした月光軍団の副隊長を土下座させた時、アリスは完全に舞い上がった。
 今こそ人生最高の瞬間だ。

 その興奮と勢いのまま隊長のリュメック・ランドリーと対決した。
 これがまた凄かった。
 エルダは自分たちがしんがりを押し付けられ、いかに大変だったか、そして、苦労の末、月光軍団に勝利したことをまくし立てた。リュメックには一切の反論を許さず、今すぐ辞職しろと迫った。リュメックが言い訳めいたことを口にするとエルダはたちまち逆上して、手近にあったカップを投げつけた。
「ぶっ殺すぞ」
 会議室の外にまで聞こえそうな大声で怒鳴った。
 これがエルダの言う話し合いか・・・
 アリスは追及する立場でありながら巻き込まれないように壁際に避難した。
「優しく言ってあげているのだから、さっさと辞めなさい」
 エルダの勢いに押されてリュメックは声も出せない。
「辞めないのなら、うちの戦闘員にやらせるわ」
 エルダの背後にはベルネ、スターチ、リーナの三戦士、それにカエデとロッティーが控えている。
「あなたたちの出番よ。好きなようにやりなさい」
「殴ってもいいんですか」
「当然。コイツを殴ったら報奨金として金貨二枚あげる」
「そんな規定ありましたっけ」
「いま決めたの。これからは何でも私の自由にできるのよ」
 ベルネたちは待ってましたと襲いかかった。ベルネは前の部隊では上官を殴って解雇されたことがある。それが、上官を殴れば報奨金がもらえるとあっては大喜びだ。
 隊長のリュメックの顔面を殴り、ワインのビンでぶちのめした。副隊長のイリングは壁に掛かっていた鉄の盾で叩きまくった。逃げようとしたユキはリーナが肩に担いで椅子に叩きつけた。

 シャルロッテことロッティーはカエデの後ろにこっそり隠れた。
 リュメック・ランドリーが悲鳴を上げ、イリングが倒れる。ロッティーはとうてい正視できなかった。戦場に置き去りにされたとはいえ、元はリュメックの部下だったのだ。今やエルダとアリスが勝ち組になり、逃げたリュメックは負け組となった。もしかしたら自分がこの立場に置かれていたかもしれない。エルダに従ってきてよかったと思うのだが、かつての上司が痛め付けられる姿を見るのは耐えられなかった。
「ロッティー、あんたを忘れていた」 
 エルダに見つかってしまった。
「あんたは隊長の取り巻きだったよね、違うとは言わせないよ」
「隊長の部下でした。でも、部隊を追われて一緒に置き去りになりました」
「そうだよね、それなら、リュメックを殴れるだろう」
 戦場でも同じようなことがあった。月光軍団の参謀を鞭打ちにしろと言われた。あの時は戦場の高揚感もあり、仲間外れになりたくない気持ちがあった。しかし、今度は以前の上官であり同僚だ。見捨てられたとはいえ手を上げらえるものではない。
 迷っているとエルダに睨まれた。戦場で見せたような恐ろしい目付きだ。
 グスッ・・・ロッティーは堪えきれず鼻を啜った。
「泣いてんの? ロッティー」
 エルダが薄笑いを浮かべた。
「あんたなんか助けるんじゃなかった。コイツらを殴れないなんて、意気地なしね」
 見かねてカエデが間に入り「ロッティーに殴らせるのはやめておきましょうよ」と助け船を出した。アリスも同調して「戦場で勝利に貢献したんだし、もう私たちの仲間だわ」と引き留めた。
 エルダは腰に手を宛がって考えていたが、
「それならロッティーには別の役を与える。リュメックの部屋を片付けなさい。あんな大きな部屋は取り上げる、私物はすべて没収よ」
 と言った。
 部屋の掃除ですむのならとロッティーは胸を撫でおろした。

「さて、隊長」
 アリスはエルダに呼びつけられて弾かれるように壁際から離れた。
「隊長、コイツラの処分を決めてください」
「処分ですか」
 痛めつけておいてから処分を決めろと言われてアリスはたじろいだ。医務室で手当てを受けさせるなどと言ってもエルダが認めるとは思えなかった。牢屋に監禁するしかないだろう。
 それを言わせるエルダが怖くなった。
「リュメックさんには、どこかで休んでいただいて・・・部屋は・・・そうでした、ロッティーが片付けているんでしたっけ、でしたら、別の部屋を用意しましょうか」
「別の部屋とは監獄ですよね、隊長」
「ええ、まあ、その方向で検討してもいいかと」
「決まり。リュメック、イリング、ユキ。お前たちは監獄へ行きなさい。命が助かっただけでも、ありがたいと思うことね」
 前隊長たちの監獄行きが決まった。裁判もせずに一方的にエルダが言い渡したのだった。前隊長のリュメックは椅子の陰で怯えて震えていた。
「言っておくけど、入る時は生きているけど、出る時は死体かもね」
 出る時は死体、それも酷いが、いきなり殺すことだけは止められた。

 ロッティーはカエデと一緒に隊長室の掃除した。私物を捨てろという命令だった。今夜からはエルダがこの部屋の主になるのだろう。掃除係を言いつけられてもイヤとは言えない自分が情けなかった。
 サイドテーブルの中身を掻きだしたとき、ロッティーは小さなカギを見つけた。カギを見て、前隊長に隠し財産があったのを思い出した。リュメックは金貨や銀貨をため込んでいた。確か、チェストの一番下の引き出しだったはずだ。一度だけ見せてもらったことがあったが、かなりぎっしりと詰まっていたのを覚えている。
 カエデと一緒にカギを開けた。
「うわ、いっぱいある」
 びっしり並んだ金貨と銀貨、ネックレスや指輪などの宝石を見てカエデが驚いた。守備隊の財政状況は厳しいというのに、こんなに貯め込んで隠し持っていたとは知らなかった。
「持って行ってエルダさんに見せましょう」 
 ロッティーも頷いた。
 本来ならば経理を預かる事務官のミカエラに報告するところだが、もはやカッセル守備隊はエルダが取り仕切っている。エルダがいうところの報奨金もここから出すことになるのだろう。リュメックの隠し財産はそっくりエルダに差し出すことにした。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。感謝しております。

 この巻では、エルダについては、その行動や周囲の人の反応だけで描き、エルダ自身が心情を吐露することは控えめにしております。


連載第29回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-26 14:00:57 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 1話

【フィデスの独白ー1】

 

 小さな窓から射しこむ陽の光だけが私の希望です。
 私は暗く冷たい牢獄に閉じ込められています。もう何日経ったのかも分かりません。毎日のように暴行されています。さしたる理由もなく殴られたり、あるいは辱めを受けたりと、それは酷いものです。胸や背中には鞭で打たれた傷痕が残っています。宙吊りなってぶら下がったまま気を失ってしまったこともありました。
 戦いに負けたのですから仕方ありません。

 エルダさん・・・私はその人の名を何度も口にしました。
 エルダさん、助けてください。
   
     〇 〇 〇

 ・・・私はカッセル守備隊との戦さに敗れて捕虜になりました。捕虜として連行されるとき、私たちは馬車に乗せられました。私たちというのは捕虜は二人で、若い隊員のパテリアも一緒でした。
 私を捕らえたのは指揮官のエルダです。エルダはとても残酷な女です。平気で残虐なことをする女でした。戦闘が終結した後で、無抵抗の仲間に暴行を加え大怪我を負わせたのでした。戦場での出来事とはいえ、あまりにも酷い仕打ちでした。
 きれいな顔をしていますが、その仮面の下は恐ろしい怪物なのです。
 エルダは人間ではありません。
 私はエルダに一瞬でも好意を抱いたことを恥ずかしく思います。
    
 馬車には守備隊の隊員が乗っていました。そのうちの一人はお嬢様と呼ばれていました。もう一人は身の回りの世話をするお付きです。馬車が動き出して間もなく、お嬢様が私たちの身体を縛っていた縄をほどいてくれました・・・・・・

 ・・・・・・馬車が揺れるたびに木の枠に身体がぶつかります。パテリアの身体にも当たりますが、縛られていては避けることができません。
「アンナ、この人たち、かわいそうですよ」
 お嬢様がそう言うと、お付きのアンナが縄をはずしてくれました。
「マリアお嬢様のお心遣いです。逃げたりはしないでください」
 私はパテリアを抱きしめました。仲間と引き離され、パテリアはどんなにか不安でしょう。それは私も同じです。カッセルでは監獄に押し込まれたり、そして畑仕事や水汲みなどの強制労働が待っているのです。
 もう二度とシュロスへは帰れないかもしれません。

 アンナが水筒を差し出し、お菓子も勧めてくれました。甘いチョコレートです。空腹で疲れている身体にはとても助かりました。
 私は軽く頭を下げました。
 ところが、パテリアは、
「ねえ、何でお嬢様って呼ばれているんですか」
 と、馴れ馴れしい口調で尋ねるのです。
「タメ口はいけません」
 案の定、アンナにたしなめられました。
「お嬢様は、とある貴族のご令嬢です」
 貴族と聞いて私は座り直しました。
「高貴なお方とは存じ上げず失礼いたしました」
「いいんですよ、私は人から頭を下げられることには慣れておりますので」
 お嬢様の話は微妙にズレていますが貴族の娘とあれば納得です。
「そんな偉いお嬢様が守備隊に入って、こんな田舎の戦場に出てくるなんてあり得ない」
 パテリアは貴族のお嬢様と分っても相変わらず友達のような話し方をします。
「そうなのよ、私はイヤだって言ったのに、皇位・・・」
 お嬢様の言葉をアンナが遮りました。
「いえ、その、実は、花嫁修業でして」
 戦場で花嫁修業とは聞いたことがありません。
「それは、まあ、とんだ花嫁修業でしたねえ」
 私が労わると、お嬢様は言いました。
「そうですよ。敵の悪い人たちが追いかけてきて、剣を振り回して襲ってきたんです」
 敵の悪い人というのが、私たちのことだと気付いていないようです。
「お嬢様、この人たちが、その敵の悪い人なんですよ」
「それを早く言ってよ」
 お嬢様は馬車の荷台から身を乗り出しましたが、すぐに首を引っ込めました。
「ヤバい、外にはベルネさんがいる。捕まったらイジメられる」
 それから、私たちを振り返って、
「この人たちは・・・それほど悪いようには見えませんね」
 と言ったのでした。
 これには喜んでいいのやら分かりません。
「フィデスさんは戦場でお嬢様のことを助けてくれたのですよ。もう忘れちゃったんですか。部下のナンリさんも、早く逃げなさいと言ってくれではありませんか」
「ああ、そうでした。その節はいろいろご親切にしていただきました」
 一件落着したようです。
 それから暫くしてお嬢様とパテリアは互いに寄り添って眠ってしまいました。

 私は守備隊の三人の姿が見えないことに気が付きました。三姉妹という三人組です。中でもレイチェルという隊員のことが気に掛かっています。シュロス月光軍団が敗北したのも実はレイチェルに原因があるのではないかと思ったのです。戦いのさ中では混乱して考えがまとまりませんでしたが、馬車に揺られながら一つの可能性を思い付いていました。
 それは・・・月光軍団を襲った黒づくめの鎧を着た怪物とレイチェルとが同一人物ではないかということです。
 私と部下のナンリに怪物が迫ってきました。殺されると覚悟したのですが、どうしたことか、怪物は急にその鋭い爪を引っ込めました。私たちは助かったのです。そのとき私は、レイチェルが身に着けていたペンダントが怪物の首にぶら下がっているのを見たのです。怪物が奪い取ったのだとばかり思い込んでいましたが、今でもレイチェルがそのペンダントを持っているとしたらどうでしょうか。
 そうです。レイチェルが怪物に姿を変えたと考えると辻褄が合うのです。
 レイチェルが戻って来た時に確認しようとしたのですが、混乱の中でそれはできませんでした。
 しかも、三姉妹は帰途の部隊にはいないのです。そのことをお付きのアンナに訊くと、三姉妹はご褒美に温泉に行ったとのことです。

 私は来た方角を振り返りました。
 遠くには人を寄せ付けない灰色の丘が見えました。空にはどんよりとした雲が垂れこめています。この空の下、月光軍団は無事に撤収できるでしょうか。敗戦の失意の中、多くの負傷兵を抱え撤収していくのです。シュロスまでは過酷な道のりになることでしょう。撤収部隊の指揮はナンリが執っています。冷静なナンリならば、きっと、困難な任務でも遂行してくれると思います。
 そうでした、王宮からローズ騎士団がシュロスへ向かっているのでした。しかし、この敗戦では出迎えどころではなくなってしまいました・・・

 カッセルの城砦が近づくとそれまでの雰囲気が一変しました。私たちは馬車から降ろされ縄で縛られました。沿道には守備隊の帰還を一目見ようと大勢の人が集まっていました。副隊長補佐のアリスは手を振って声援に応え、凱旋将軍を気取っています。
 私たちは小突かれながら歩きました。見せしめにされたのです。
 城砦の門に着きました。
 エルダは出迎えた人々の前で土下座するように言いました。人が見ている前では偉そうに見せたかったのでしょう。
 仕方ありません、私は捕虜にされたのですから。
「カッセル守備隊、ただいま戻りました。月光軍団を打ち負かし、大勝利で凱旋しました」
 アリスがそう叫ぶと群衆の間から大歓声が上がりました。

 こうして私たちの捕囚生活が始まったのです。

 

<作者より>

 この第二巻では、フィデスの独白の部分だけは一人称で書き進めてあります。

 今回掲載した箇所には、こっそり伏線を忍ばせておきました。

 フィデスが投獄されているのは・・・