新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 5話
第三章【チュレスタでの出来事】②
ローズ騎士団の隊列は動く宝石のようだった。
銀色に輝く鎧兜に白いマントを翻し颯爽と歩く姿に、沿道からは歓声が上がった。
副団長のビビアン・ローラを先頭に、参謀のマイヤール、副将格のシフォン、文官のニコレット、団員のハルナ、ミズキたちが続く。中でも今回の遠征を取り仕切る副団長のビビアン・ローラは一際目立つ美しさで周囲を圧倒している。金髪をなびかせ、自慢の脚線美を惜しげもなく見せつけていた。
ローズ騎士団の一行が到着したチュレスタの町は賑やかだった。宿はどこも満室で三軒続けて断られてしまった。
バロンギア帝国州都軍務部所属のスミレ・アルタクインは、温泉街の外れまでやってきた。そこには王宮から到着した荷馬車が駐屯していた。六台ほどの馬車が見える。情報によると騎士団の着替え、ワイン、菓子類などが積まれているのだった。ところが、馬車の見張り番は車座になって酒盛りをしているではないか。こんな緊張感に乏しいことでは困る、荷台には州都の金庫から運び出された金貨や銀貨も収められているのだ。
ローズ騎士団の視察旅行には想定外の費用がかかっていた。チュレスタに宿泊するのに合わせて、州都の軍務部にも追加の費用を届けるようにとのお達しがきた。無理難題ではあるが、王宮の親衛隊からの要求では断ることはできなかった。
そこで軍務部では調査のための監察官を派遣することになった。この役に指名されたのがスミレ・アルタクインだった。
監察とはいえ、王宮の親衛隊に対して金銭の使い道の是非を指摘するようなことはできない。あくまでも動向を「観察」して報告するだけだ。なにしろローズ騎士団はどこにいても目立つので、否が応でも目に入って「観察」ができる。
チュレスタに宿泊したのち、ローズ騎士団はシュロスの城砦へ向かう予定になっている。
スミレが監察役に応募したのは、シュロスには士官学校の先輩のナンリがいるからでもある。ナンリは優秀な先輩であったが、士官学校を卒業後は辺境の城砦に勤務を希望した。お互い辺境州にいるものの会うのは久しぶりだった。
チュレスタに来てみれば多額の費用の要求も納得した。隊員と世話係など三十人ほどだったが、宿屋を十軒も借り切っていたのだ。おかげでスミレは今夜の宿がまだ見つかっていない。
そういえば、温泉街の通りで三人組の女を見かけた。近くで見たのではないけれど、三人が着ていたのはバロンギア帝国の軍服か、あるいは工兵の作業服のように見えた。キャアキャアと騒いでいたので、兵士ではなく、まして、騎士団を迎えに来ているのではないことは明らかだった。それでも、軍服が横流しされているとしたら、それはそれで問題だ。
三人は客引きらしい女に声を掛けられて一軒の宿に入っていった。運よく宿が見つかったのか、あるいは下働きにでも雇われたのだろう。それより、今夜泊まるところを見つける方が先決だ。スミレはマントをしっかり羽織り、フードを被り直して宿を探すために歩きだした。
*****
ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラは風呂上りに身体を揉ませていた。
ここのマッサージ師は揉み加減が良く、つい居眠りしそうになった。王宮から帯同してきたメイドのレモンよりもずっと役に立つ。
「おっ、そこ、いい」
ふくらはぎを押されて思わず声を漏らした。
「気持ちいい、こんなの初めて」
「ありがとうございます、わたしは東洋の指圧という施術を学びまして・・・」
カッセル守備隊の三姉妹は、それぞれの持ち場に分かれてローズ騎士団の動向を調べていた。エリオットとクーラは宿の配膳係になり、レイチェルは馬車の世話係に潜り込んだ。
マーゴットは得意の魔術を活かしてマッサージ師になりすました。寝台に寝ているのはローズ騎士団副団長のビビアン・ローラだ。美人でスタイルは抜群だが、どことなく険がある。
「お前を専属にしてもいいよ、レモンはクビにするわ」
寝台の側では王宮から来たメイドのレモンがローラの脱いだ服を畳んでいた。
そこへ参謀のマイヤールが入ってきた。マイヤールもローラに引けを取らない超絶美人である。
「ローラ副団長、シュロス月光軍団が・・・」
マイヤールはマッサージ師に気が付いて、あっちへ行けと手を振った。
「月光軍団がどうかしたの。迎えに来たのなら待たせておきなさい」
「それが、ルーラント公国の軍隊と戦って、負けたという一報が入りました」
「なんですって! 」
ローラは驚いて跳ね起きた。話の邪魔になるのでメイドのレモンも部屋の外へ追い出した。レモンが廊下に出ると先ほどのマッサージ師が立っていた。マッサージしていた時とは打って変わって眼光が鋭く、副団長のいる部屋の中を窺っているように見えた。
「それでどこの軍と戦ったの?」
「カッセル城砦の守備隊だそうです」
「私たちを出迎えもせずに、いったいどういう事よ」
自分たちが来るのを知っていながら出陣し、しかも敗北するとは、スワンのヤツ、とんでもないヘマをやってくれたものだ。
「シュロスへ行ったら隊長を取り調べましょう」
「取り調べどころか牢屋に入れてやる、死刑でもいいくらい」
ローラの顔がきつくなった。
「なんだっけ、その、敵の・・・ナントカ軍」
頭に血が昇って月光軍団が戦った相手の名前が出てこない。
「カッセル守備隊です」
「それ、その守備隊とやらを叩きのめそう」
「副団長、いきなり戦うのですか。きれいな衣装が汚れちゃいますよ。それに、鎧兜や武器は軽装しか持ってないし」
美人のマイヤールはローズ騎士団の衣装が汚れるのを気にした。
「急いでシュロスの城砦に行って対策を立てましょう」
「イヤ。温泉に入れなくなるじゃん。せっかくのんびりしていたのに休暇が台無しだわ。まったく余計なことしたものね」
「では、情報の収集は文官のニコレットさんに任せるとして、副団長は明日も温泉ですか」
「あたりまえ」
「・・・そんなこんなで、ローズ騎士団にも月光軍団の敗戦が伝わったのですが」
三姉妹とエリオットはお互いの情報を持ち寄って作戦会議を開いた。マーゴットは立ち聞きしたローラとマイヤールの会話を報告した。
「明日も温泉でまったりするそうです。一大事だから急いでシュロスに行くかと思ったのですがね」
「おかげで作戦が立てられる」
「こっちは人数が少ないから、ゲリラ戦か奇襲攻撃でいこう」
「といっても、宿屋を襲撃するのは無理だ」
「そうだ、馬車だよ」
レイチェルが閃いた。
「荷馬車が六台もあって衣装とかお金がぎっしり詰まってる。それを奪い取っちゃいましょう」
「荷物を横取りするか・・・それがいい。騎士団は困るだろうね」
「昼間からお酒は飲むし、豪勢な焼き肉パーティーやってるんだもの、お金が幾らあっても足りないわ」
「ところで、この四人で、どうやって馬車を襲うの」
「そこはね、山賊屋さんにやってもらうんです。ここへ来るとき出会った山賊屋さんが、温泉の湯治客の財布を狙うとか言ってたから、ローズ騎士団の馬車に金貨があると知ったらゼッタイにやってくれます」
「それがいい、さすがは山賊の嫁だ」
作戦がまとまった。
山賊たちをローズ騎士団の馬車の運転手として潜り込ませることにした。馬車の警備兵にマーゴットが調製した薬草を入れた酒を飲ませる。警備兵は体調不良になり、代わりの警備兵をかき集めなくてはならない。そこで山賊が採用され馬車の運転や警護に就くというわけだ。これで難なく荷物を奪いとることができる。
レイチェルは温泉街の外れに潜んでいる山賊を尋ねた。
「奪うのはお金とお酒だけです。金貨や銀貨を手に入れれば、当分、仕事しないでも暮らせますよ。山賊屋さんのような危険な仕事はやめてください」
「任せておけ、レイチェル。やっぱりお前は山賊の嫁に向いてるわ」
山賊の首領ミッシェルが荷物の強奪を請け合ってくれた。
*****
バロンギア帝国州都軍務部から派遣されたスミレのもとにも月光軍団が敗北したという情報が入った。真偽を確かめるべく、ローズ騎士団の荷馬車を警備する兵に尋ねたところ敗戦が事実であることが判明した。
騎士団が来訪するというのに出陣していたとは何という誤った選択をしたのだろう。誰か止める者はいなかったのか。ナンリは大丈夫だろうかと、幾つもの疑問と不安がわいてきた。
一刻も早くシュロスへ行きたい。ところが、ローズ騎士団は敗戦を知ってか知らぬか、予定通りもう一泊するようだ。
スミレは騎士団の泊っている宿を監視した。
メイドが玄関を掃除していた。例の三人組の一人だ。どうやら宿屋の世話係に雇ってもらったとみえる。そこへ他の二人が現れ、三人で何か相談していた。ときどき辺りを警戒して気にする怪しい素振りをみせた。もっと近くへ寄ろうとした時、玄関から騎士団の隊員が出てきた。非常事態にもかかわらず町へ繰り出そうというのだろうか。三人組は素早く身を翻して左右に消えた。その様子から、ただのメイドではなさそうだと思った。
偵察しているのか・・・もしかしたら、ルーラント公国の偵察員だろうか。
スミレは部下のミユウを思い出した。
ミユウはカッセルの城砦に潜り込んで敵情を偵察しているはずだ。この時期にカッセルの城砦に潜入できたのは願ってもないチャンスである。
偵察だけでなく、何か敵陣を混乱させるような策を取ってくれればいいのだが・・・
<作者より>
東部州都軍務部に所属するスミレ・アルタクイン、以前にもちょっとだけ出ていましたが、本格的に登場しました。物陰からレイチェルたち三姉妹を見ている場面、ここではまだカッセル守備隊の隊員とは気が付いていません。