かおるこ 小説の部屋

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連載第57回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-02-28 14:13:59 | 小説

新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 6話

第三章【奇襲攻撃】②

 使者として赴いたスミレはマーゴットの制止を振り切ってテントに入った。そこには、テントの支柱に片手を結わえ付けられたローラがうずくまっていた。
「ヒイッ・・・お助けを・・・ああ」 
 州都の軍務部のスミレだった。
「州都のお役人様か」
 駆け付けたのが騎士団ではなかったのでローラはガックリと肩を落とした。
 スミレとベルネの二人が名乗りを上げ交渉が始まった。
「カッセル守備隊は、ローズ騎士団に対し、即刻、ルーラント公国の領内から引き揚げることを求める」
 ベルネが騎士団は退却せよとの要求を突き付けた。しかし、交渉役スミレの返答は厳しかった。
「そんな身勝手な要求は受け入れられない。ここは、すでにバロンギア帝国の領土である」
 スミレはあっさりと要求を撥ね付けた。
「バロンギア帝国の旗が見えないのか」
 領土になったと言われても、守備隊のベルネはそう簡単には引き下がるわけにはいかない。
「騎士団が国境から撤退するなら助けてもいいが、拒否すればこの槍で突き殺す」
 守備隊が奇襲攻撃を仕掛けた目的はローズ騎士団を追い返すことにある。ローラの首を取るのはエルダの立てた作戦にはなかったことだ。
「やってみなさい。騎士団のローラを殺したら交渉は決裂よ。こちらは全軍で総攻撃するわ。それでよければ早く殺しなさい」
「ううむ」
 ベルネは槍を構えて首を捻った。 
 東部州都の軍人は交渉役だと言いながら、ローラを殺すように仕向けているようだ。月光軍団だけでなく州都の軍までもが騎士団を敵視しているのである。殺すのは得策ではないと思いつつも槍を頭上に掲げた。
「アヒッ、お助けを・・・」
 ローラが懇願した。
 助けに来てくれたと思ったのに州都のスミレは当てにならなかった。交渉どころか、むしろ敵を挑発して怒らせてしまった。シュロスの城砦で牢屋に押し込み、殴ったり辱めたことを恨んでいるのだ。
 これでは守備隊に殺されてしまう。こんな辺境の戦場で命を落とすことになろうとは・・・
「死にたくないんです、助けてください、スミレさん」
 騎士団のローラはなりふり構わずスミレに向かって命乞いをするのだった。
「助かりたいなら方法は一つだけ、守備隊の要求を全面的に受け入れて撤退することです、副団長」
「撤退なんて・・・みっともない」
「そんなこと言っている場合ですか。グズグズしていると殺されます。奇襲部隊はヤル気満々だし」
 思いがけない援軍を得て守備隊のベルネは、
「命が惜しいなら、兵を引いて退散しなさい」
 と、槍を構えてローラに詰め寄った。
 スミレもここぞとばかりに責め立てる。
「槍でひと突きに刺されたのではかないません、ローラ副団長、ここはいったん兵を引いてはいかがでしょうか」
「兵を引く・・・なんというか、ヒイッ」
 こちらに逃げればベルネの槍が突きつけられ、あちらへ逃げようすればスミレが立ち塞がる。狭いテントの中でローラはどうにも行き場がなくなった。
「は、はい、撤収でも、撤退でも、おっしゃる通りにしますので、それでご勘弁を」
 苦し紛れに撤退を受け入れざるを得なかった。
「ここから撤収するだけはダメです。シュロスの城砦ではなく王宮へ帰りなさい」
 なおもスミレに畳みこまれた。
「王宮ですか・・・」 
「シュロスに居座ることは許されません。帰るところは王宮しかない。いいですね、副団長」
 寄ってたかって撤退を迫られローラは要求に従わざるを得なかった。
「はい・・・王宮へ帰ります」
 ローラが力尽きたように首を下げた。

 ベルネがマーゴットに白旗を掲げろと命じた。騎士団が王宮へ帰ると決まったら、後方で待機するエルダたちに知らせるために白旗を掲げることになっていた。
「副団長、白旗を揚げたら降参したことになりますよ。いくらなんでも、それは認められない」
 スミレがわざとらしく白旗を出すのを引き留めた。
「降参したら部下に合わせる顔がない。というか、殺されたら部下の顔も見られないわけだ。お気の毒に、首と胴体がバラバラになって王宮へ帰るということになるのですね」
「待って、待ってよ・・・」
 ローラがスミレにすがりつく。撤退の要求を受け入れたと思ったら、次は降伏しなければならなくなってしまった。さもなければ、ここで首を刎ねられる。
「はい・・・降参・・・降参でも何でもしますって、やだ、もう、赦してください」
 戦わずしてローズ騎士団は降伏したのであった。
 スミレがミユウに命じて白い布を槍の先に結び付けた。
 守備隊と一緒になってローラを追及したので、州都軍務部のスミレが望んでいた結果になった。シュロスの城砦ではなく王宮へ引き揚げると認めさせたのは上々の成果だった。騎士団がいなくなればフィデスとナンリを解放できる。シュロスの奪還まであと一息だ。これから先は自分たちの仕事だ、二人の居場所を突き止めなくてはならない。

 守備隊の司令官エルダと隊長のアリスは戦況を見守っていた。奇襲攻撃が始まって間もなく叫び声や怒号が上がったが、それも収まり、宿営地には不気味な静けさが漂っている。作戦が成功した場合は合図の白旗が掲げられることになっている。
 しかし、旗はまだ見えない。騎士団を追い返す方が第一の目的なのだが、フィデスとナンリをの消息も気に掛かる。
 エルダは後ろを振り返った。離れた場所に止めた馬車にはリュメック、エリカ、ユキの三人を押し込んである。護送の馬車には、元リュメックの部下だったシャルロッテことロッティーを見張りにつけておいた。
「ローズ騎士団が降伏したら合図の白旗を掲げる手筈だけど、まだ上がらないわ」
 アリスが宿営地を覗いた。
「長引くようならリュメックたちを交渉の道具にします。三人を敵に引き渡して、それと交換に騎士団は撤退させるわ」
 エルダはリュメックを交渉に使おうとしている。捕虜を確保すれば騎士団としても攻め入った成果としては十分であろうと推測してのことだ。
「戦場に置き去りにされたことは絶対に許さない」
 エルダの決心は固い。
 その時だった、宿営地の大きなテントに白旗が翻るのが見えた。
「白旗が揚がった。騎士団が降伏したんだわ」
 これで目的の一つは達成したのである。

 敵陣を哨戒していた守備隊のスターチは騎士団の隊員を二人確保した。二人を人質にとってベルネたち奇襲攻撃の部隊はひとまず自軍近くまで後退した。
 かくして、カッセル守備隊の奇襲攻撃は成功したように見えたのだったが・・・
 
 その頃になって、ようやくローズ騎士団副団長のビビアン・ローラの元へ隊員が駆け寄ってきた。
 参謀のマイヤールに抱えられてローラはようやく自由の身になることができた。奇襲攻撃を仕掛けてきた守備隊に王宮へ戻れと脅され、命惜しさにハイと答えてしまった。守備隊の隊員は、しばらくテントにいろと言い残して出て行った。そうでなくても出ることができなかった。助かった安堵感から腰が立たなくなっていたのだ。
「白旗が出ていますが、降参してしまったのですか」
「まさか、アイツらに降参するわけないでしょ」
 ローラは嘘をついて降参したことを否定した。
「降参したなんて、そんなデタラメ、誰が言ったのよ、」
「メイドのミユウです。副団長が降伏して王宮へ帰るから騎士団は撤退準備に入るのだと」
「ありもしないことを言いふらしているんだわ。メイドと私とどっちを信じるの」
 自由になったことでローラには強気が蘇った。
 降伏したとあっては月光軍団からも笑われてしまう。このまま引き下がると思ったら大間違いだ、爆弾を使って一発逆転するしかない・・・
 今こそ、フィデスとナンリを利用するのだ。
 
 月光軍団の参謀のコーリアスはローズ騎士団のふがいなさに落胆していた。
 シュロスの城砦では偉そうに威張っていたのに、奇襲攻撃に遭ったら交戦もせずに白旗を掲げて降伏してしまった。王宮の親衛隊など所詮はお飾りに過ぎなかったのだ。だが、騎士団がシュロスから立ち去ればナンリが釈放されるかもしれない。ナンリを牢獄へ押し込んだのはコーリアスにも原因がある。騎士団に言い含められて罪を押し付けてしまったのだった。今度は自分が恨まれる番だ。
 あの二人は取り除いておかなければならない。そしてさらに、守備隊のエルダを目の前にしてこのまま引き下がるわけにはいかなかった。
 騎士団のローラと月光軍団のコーリアス、二人の思惑が合致した。
 それは、月光軍団のフィデスとナンリを使って反撃することだった。
 武器を積んである馬車から参謀のマイヤールが爆弾を取り出した。六本の筒状の爆弾が細い縄で繋いである。これを身体に括り付け敵陣に突撃させるのである。誰も考えたことのない究極の人間兵器だ。
 コーリアスがフィデスとナンリを連れてきた。マイヤールが命じてフィデスの身体に爆弾を縛り付け、ナンリも同じように六本の爆弾を巻き付けた。
「お前たちに爆弾を巻いて敵陣に送り込むわ。カッセル守備隊に向かって突撃するのよ」
 ローラは勝利のためなら味方の命を犠牲にすることなど少しも躊躇わなかった。

「騎士団が撤退するんだったら、こちらも撤収しましょうか」
 カッセル守備隊の隊長アリスは撤収を進言したのだが、エルダはじっと戦場を凝視している。
「まだ、待って」
 エルダは月光軍団のフィデスに会わずには帰れない。せめて一目だけでも無事な姿を見るまでは、ここから離れるわけにはいかなかった。
 しかし、その思いは打ち砕かれてしまう。
 最初に気付いたのはアリスだった。
 騎士団の陣営から三人が歩いてきた。一人は銀色に輝くローズ騎士団の鎧を着ている。他の二人は何とも奇妙な恰好をしていた。両腕を縛られ、胴体に筒状の物を巻き付けられていたのだ。
 そのうちの一人は月光軍団のフィデスだった。
「フィデスさん」
 離れていても見間違うことはなかった。

 ローズ騎士団の参謀マイヤールは立ち止まって目標を指差した。
「敵の陣営へ走りなさい。お前たちが爆弾になって守備隊を壊滅させるのよ」
「騎士団は、こんなことをさせるか」
 ナンリが必死で抗議する。
「ローラ様の命令よ」
 そう言ってマイヤールは導火線に火をつけた。
「突撃しなさい」

 

<作者より>

本日もお読みくださり、ありがとうございます。

フィデス最大のピンチ・・・これにエルダはどうするのでしょうか。


連載第56回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-02-27 12:56:29 | 小説

 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 5話

 第三章【奇襲攻撃】①

 そして一夜が明けた。
「テントがざわついている」
 ローズ騎士団の宿営地に物見に行っていたリーナが戻ってきた。
「マーゴットの薬が効いたんだ」
「そりゃそうよ、あれは毒だもの」
「さすがは毒女」
 宿営地で遭遇した月光軍団のトリルたちにも助けられた。騎士団に知られたらお仕置きが待っているだろうに、それを覚悟で手引きしてくれたのだ。両者の亀裂が深いという証拠だ。しかも、フィデスとナンリが宿営地にいるという情報が得られたことで、救出作戦が立てやすくなった。突撃隊は騎士団の副団長を捕縛し王宮に帰ることを認めさせる。その間にリーナは二人の捜索に回ることにした。
 
 ローズ騎士団と月光軍団の宿営地では体調不良を訴える者が続出した。重症ではないが、発熱したり、身体に力が入らなくなる隊員が現れた。食中毒かと思ったが元気な者もいて、食べ物が原因ではなさそうだ。どうやら不衛生な辺境の水が合わなかったのだろう。その証拠に月光軍団の隊員には誰一人として症状が出ていなかった。
 騎士団副団長のビビアン・ローラも熱が出て全身がダルくなった。寒気もするのでメイドのミユウに暖かい布団を持ってくるように言いつけた。このような事態になると王宮が恋しいと言う者が増えるだろう。国境を拡張して侵攻できたのだから、カッセル守備隊と交戦する前に撤収を考えてもよいかもしれない。
 ローラがテントで横になってうとうとした時だった。
 俄かに外が騒がしくなった。敵だ、奇襲だ、武器をなどと声が飛び交う。
「奇襲!」
 よりによって、こんな時に奇襲攻撃とは。ローラは起き上がろうとしたが身体が重くて動けなかった。メイドを呼んだが返事はない、使いに出すのではなかった。

 カッセル守備隊の攻撃が始まった。
 ベルネとマーゴットの二人は幹部がいそうなテントを目指して疾走した。スターチとクーラは騎士団の特徴である銀色の鎧兜を身に着けた者を見つけると槍で威嚇した。
 騎士団の隊員は慌てふためいた。奇襲攻撃に驚いてその場に倒れ込み、あるいは這いつくばって逃げだした。月光軍団のトリルたちは攻撃が始まると、仲間の隊員を集め炊事場の付近に避難した。予め集合場所に決めておいたのだ。お嬢様が約束した通り、守備隊は月光軍団には攻撃をしてこないようだ。トリルは目の前で騎士団の隊員が蹴散らされるのを見て小さくガッツポーズした。
 
 ローラは軽装の胸当てだけを着けてテントから首を出した。駆け回る足音、怒鳴り声、鎧がぶつかる音。初めて経験する戦いに恐れおののいた。攻撃してきたのが守備隊なのか、あるいは山賊なのかさえも定かではなかった。山賊には苦い思い出がある。悪夢が蘇った。
 テントの周りに騎士団の隊員の姿が見えないのが何とも心細い。テントに隠れようとしたところへ敵兵が現れた。
「た、助けて」
「ローラ様、奇襲です、守備隊の奇襲です」
「お、お前か」
 そこにいたのはメイドのミユウだった。持ってこいと頼んだ布団を抱えている。こんな混乱した状況にあっても忠実に命令を実行している。ミユウを戦場に帯同してきて良かった。部下には見捨てられたのに新米のメイドが駆け付けてくれたとは皮肉なことだが・・・
「鎧を着て守備隊と交戦してください」
「やっぱり守備隊か」
 メイドの報告で襲ってきたのはカッセル守備隊だと判明した。いつの間にか、宿営地の近くにまで忍び寄っていたのだった。
「みんなどうしたのよ、何で助けに来ないのよ。参謀を呼びなさい」
「体調が悪くて倒れたんです。怪我人も出ています。副団長、このままではいけません、槍を取ってください」
「何ということよ、ヤバすぎる」
 ローラはミユウが持ってきた布団をひったくるようにして奪い取った。
「お前は外にいろ、敵が来たら誰もいないと言うのよ」
 そう言ってテントの入り口を閉ざした。
「情けないヤツ」
 居場所を教えるなとは聞いて呆れる。これでも王宮の近衛兵なのか。シュロスで威張り散らしていたのは単に虚勢を張っていただけだった。テントに隠れて怯えている姿こそがローラの本性だ。
 ミユウがテントから出ると、そこへ攻撃部隊が馬を駆って走ってくるのが見えた。

 駆け付けたのはベルネとマーゴットだった。
 大きなテントの前にメイドが立っているのが見えた。
「そこをどきなさい。中を調べるわ」
 カッセル守備隊のベルネに詰め寄られミユウは思わずたじたじとなった。なるほど、これが月光軍団を壊滅させた相手か。敵の戦士は身体も大きく、のしかかってくるような圧力を感じた。しかし、州都の軍務部に所属する者としては守備隊の戦闘員などに負けたくない。足に力を込めて相手を睨み付けた。
「ここにはローズ騎士団の副団長はいない」
 テントの中のローラに聞こえるくらいの大きな声で叫んだ。
「メイドは下がっていろ。騎士団の副団長に用があるんだ」
「だから、ここには・・・うわっ」
 ミユウはテントに飛び込むと、布団を被って隠れているローラに当たりを付けて蹴った。
「ふげぃ」
 狙い通り、ローラが悲鳴を上げた。
 守備隊のベルネがテントを覗いた。メイドが、ここだと言わんばかりに丸まった布団を指差している。協力的なメイドである。マーゴットが布団を捲ると、すね当てと胸覆いだけを身に着けた騎士団の隊員がガタガタと震えていた。
「ローズ騎士団の副団長ですね」
「い、いえ、違います、違いますって」
 マーゴットが顔を確かめた。 
「副団長のローラに間違いないわ。チュレスタであんたの肩を揉んでやったでしょ」
「えっ・・・」
 ローラがマーゴットに気が付いた。
「あの時のマッサージ?」
「そうよ、宿に潜り込んで偵察してたんだ」
 正体がバレたと悟ったローラはメイドを盾にして背後に隠れた。
「助けて・・・お前がなんとかしろ」
「なんとかしろと言われても・・・いいですよ、分かりました。副団長ローラ様のご命令とあれば、このメイドのミユウが戦いましょう」
 ミユウは槍を手に取ると、
「どうなっても知らないから」
 と言いながら、背後を確かめ狙いを付けながら槍を引いた。
 ボゴ、槍の石突きがローラの鳩尾を直撃した。
「おげえ・・・痛いっ、ゲボボボ」
 ローラがお腹を押さえてのたうつ。
「すいません、だって、槍の稽古なんかしてないもん、メイドだから」
「出て行け、お前なんかクビだ」
「ハイハイ」
 ミユウがテントを出ていった。ローラは嫌でも敵と向かい合わなければならなくなった。それもたった一人で。
「ウッヒ」
 胸元に槍の穂先が付き当てられブルブル震えた。これは敵わぬと布団を引き寄せ身体に巻き付ける。
「カッセル守備隊が参上しました。部隊長のベルネです」
「はい、守備隊の隊長様、いえ、部隊長様でございますね」
「この槍を少し動かせば、あなたの命はなくなるんですよ、副団長殿」
「そんな危ないことは、やめて、おた、お助けを、ウヘッ」
 ローラはじりじりと下がり、ついに、テントの隅に追い詰められて逃げ場を失った。
「王宮の親衛隊である偉い奴に乱暴はするなと、そう言われてきた」
 ベルネは布団に槍を突き刺し撥ね上げた。
「要求を聞いてくれるのなら、槍を収めてもいい」
「ミユウ、助けて、どこにいるの」
「メイドなら逃げました。クビにしたんじゃなかったんですか」
 ベルネが槍の先でローラの耳元を叩いた。
「アヒッ、命だけはっ・・・命だけは助けてください、何でも聞きますから」
 ローラは命惜しさにそう答えるしかなかった。
 
 州都の軍務部のスミレ・アルタクインが確認すると、月光軍団の隊員には身体の不調を訴える者もおらず、怪我人もいなかった。カッセル守備隊は月光軍団には攻撃を控えているようだ。そこへ部下のミユウが駆け付け、騎士団のローラが敵に発見されたと報告した。それを聞いて月光軍団のトリルたちは手を取り合って喜んだ。
 ここまでは予想通りだ。昨夜、部下のミユウが敵の偵察と遭遇し、カッセル守備隊の目的が騎士団を追い帰すことにあると判明した。ローラの命まで奪うことまではしないだろう、スミレは交渉役を買って出ることにした。
「ミユウ、案内してくれ、敵と交渉してみよう」
 スミレはミユウを伴って副団長の元へと走った。
 宿営地にはあちこちに騎士団の隊員が倒れていた。毒による食あたりのためだとしても、騎士団は応戦するどころかローラを助けに向かおうともしない。

 逃げたはずのメイドがテントに戻ってきて、見張りをしていたマーゴットに、交渉役を連れてきたと言った。メイドの後ろに控えている騎士は重装備だが、剣は抜かずに鞘に納めている。交渉役は「バロンギア帝国、東部州都の軍務部所属スミレ・アルタクイン」であると名乗った。

 

<作者より>

 ここから6回ほど、休まず投稿してまいります。

 


連載第55回 新編 辺境の物語 第三巻 

2022-02-26 13:15:32 | 小説

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 後編 4話

 第二章【薬草鍋】②

 カッセル守備隊はローズ騎士団の食べ物に毒を入れようとして月光軍団に見つかって・・・

「それで、お嬢様はここで何をしているんですか」
 突然話が変わり、トリルがお嬢様に尋ねた。
「まさか、戦いに出てきたんじゃないでしょうね」
「正解。私たちは戦争をしにきたのです」
「お嬢様が戦うのですか、それなら喜んで降参しましょう」
「よし、全員、ギロチンにしてあげるね。先ずはレモンから」
「レモンはギロチンになりたいわ」
 いつになく明るくはしゃぐレモンである。
「こんな近くまで偵察に来ているだなんて、ローズ騎士団に見つかったらどうするんです。ゼッタイに捕まっていましたよ」
 トリルの言う通りである。騎士団に発見されていたら偵察は失敗していただろう。もちろん、トリルには騎士団に告げ口する気はさらさらなかった。
「それはね、この野菜をみんなに食べてもらおうと思って来たのよ」
 お嬢様にしてはなかなか上手い言い訳をした。作戦の大事な要(かなめ)、薬をしみ込ませた青菜を鍋に混入できるかどうかの分かれ目だ。
「守備隊の人が差し入れですか。一応、敵なんですけど」
「下手な変装までしてくるとはゼッタイ怪しい」
 やはり敵国同士だ。友情なんて芽生えるわけがない。作戦を見破られてしまったのでレイチェルは戦う覚悟を決めた。懐に隠し持った短剣を探る。それに呼応してミユウも戦闘態勢をとった。
 ところが、戦場の緊張感など少しも持ち合わせていないお嬢様がこう言った。
「怪しくなんかありません。この葉っぱには、たっぷりと毒をかけてあるのです。これを騎士団に食べさせて・・・」
 アンナが慌てて口を塞いだのだが手遅れだった。お嬢様は一番大事な秘密を漏らしてしまった。
「ああ、いえ、その、お嬢・・・もう、大バカお嬢様は、なんということを言ってしまったのですか」
「私たちの食事に毒を入れようとしたのね」
「あーあ、バレちゃったじゃないですか。お嬢様のせいですよ」
「うっかりしてました」
「それは、つまりですよ、騎士団だけに食べさせればいいんです。パテリアちゃんたちには無理に食べなさいとは言いませんので」
 アンナが何とかその場を取り繕うとしたが、
「だめだわ・・・また出直してきます、ほら、お嬢様」
 と、お嬢様の手を引っ張って逃げようとした。
「トリルちゃんたち、今の話は聞かなかったことにしといてね」
「アンナ、まだ大切な任務が残っているではありませんか、この毒を・・・」
「お嬢様、作戦は失敗したんです。早く逃げないとヤバいんです」 

 レイチェルがお嬢様の背中を押して立ち去ろうとしたとき、
「待ってください」
 月光軍団のトリルが呼び止めた。
「ギクッ」
 ここで捕まればローズ騎士団に引き渡されてしまう。捕虜になり、暴行も覚悟しなければならない。奇襲作戦は失敗して守備隊は敗北である。
「それ、本当に毒がかけてあるんですよね」
「毒というよりは素晴らしい薬です。腹痛に効き目のある薬草・・・ちょっとお腹が痛くなるくらいなんですよ」
 痛くなる薬草とは毒なのだが、アンナは薬であることを強調した。
 トリルとマギーは何やら囁き合っていたが、
「いいわ、それ、入れてください」
 と、薬の掛かった草を食事に混入してもいいと返事した。
「いいんですか、これ薬草、いえ、本当は毒なんですけど」
「ゼンゼンかまいません。意地悪な騎士団に仕返しがしたくって」
 トリルは自分たちも毒キノコを食べさせようとしたくらいだから、守備隊が毒の野菜を用意してくれたのは大歓迎である。
「ほら、私の言った通りでしょう、これでアノ作戦も成功よ」
 お嬢様は得意顔になった。
「アノ作戦・・・毒草の他にもまだ作戦があるんですか」
「もちろんですよ、この毒で体調を悪くさせておいて、こっちは、バシーっと奇襲攻撃をかけるんです」
 調子に乗ったお嬢様は奇襲攻撃の情報まで漏らしてしまった。
「お嬢様、あなたはどこまで世間知らずなのですか」
「はて、何かいけないことを言いましたっけ」
「全部です、全部いけません。いいですか、事前に教えてしまったら奇襲攻撃になりません。突然だからこそ奇襲なんです。これではフィデスさんとナンリさんを助ける計画だって、うまくいくかどうか心配になってきました」
「でも、ローズ騎士団にバレなければいいんじゃないの」
「さすがはお嬢様」「確かにそうです」「賛成」「黙っていようね」「明日が楽しみ」
 お嬢様の失言が功を奏して守備隊と月光軍団の双方がまとまった。一人、ミユウだけは脱力感に見舞われるのだった。
「それじゃ、お嬢様、炊事場へ行って毒を入れましょう。こっちですよ」
 トリルが案内しようとすると、
「いえ、私はここまでです。だって、恐ろしい猛毒じゃないですか」
 肝心なところでは腰が引けるお嬢様である。
「あら、お嬢様、極秘作戦のために来たのではなかったのですか」
「危険な仕事はレイチェルに任せるわ。この私に万一のことがあったら、それこそルーラント公国の一大事よ」

 ミユウにとっては、ますます驚くことばかりだった。
 カッセル守備隊は奇襲攻撃を仕掛けてくる。偵察隊は食べ物に毒を混入させ、弱らせておくために忍んできたのだった。本来ならば対抗策をとらなければならないのに、トリルたちは敵の作戦に同調してしまった。騎士団に恨みがあるとはいえこれでは裏切り行為だ。
 だが、本当に騎士団だけを標的にするというのなら、毒の混入でも奇襲攻撃でも、やらせてみるのも面白いかもしれない・・・
「では、ここだけの話ということにしましょう」
 それぞれが握手し、すっかり話がまとまった。
「あなたも、よろしくね」
 お嬢様に手を差し伸べられた。ミユウはこれから戦う敵と握手などするつもりはなかったが、思わず握手してしまった。お嬢様のおかげで奇襲攻撃を探知することができたという感謝の意味である。
「私たちは騎士団だけを攻撃します。月光軍団のみなさんには手を出しません。攻撃が始まったら、安全な場所に避難しててください」
 ローズ騎士団だけを攻撃するのが狙いだとお付きのアンナが約束した。
「・・・そしてフィデスさんとナンリさんを探して救出したいのです」
 アンナがそう付け加えた。 
 フィデスとナンリを助ける! 
 ミユウは奇襲攻撃を歓迎したくなってきた。さっそく上司のスミレに報告しなくてはならない。
 
「食べる前に、言って」
 東部州都軍務部のスミレ・アルタクインはシチューのボウルを遠ざけた。炊事場の片隅で夕食のシチューを一口食べたところ、部下のミユウから腹痛を引き起こす毒薬が混ぜられているとを告げられた。
「安心してください。それには毒は入れてません。鍋は騎士団用と月光軍団用に分けましたので。もっとも、こちらには肉も入っていませんが」
「ミユウも食べたんでしょ、それなら安心だわ」
「いえ、私はスミレさんの後にします」
「毒見係か、私は」
 ミユウは守備隊の偵察部隊と遭遇した経緯を報告した。双方とも戦闘にならなかっただけでなく、まるで友達に再会したような雰囲気だったという。おまけに、月光軍団のトリルたちは騎士団の食べ物に細工することまで承諾したのだ。
「その場にいた私も驚きました、敵が偵察していたのですから。しかも、お互いに仲良く意気投合したのです。騙されていると思ったくらいでした」
 偵察の目的は食事に調合した薬を混入するためだった。その効果が表れたころに奇襲攻撃を仕掛けるという。薬だか毒だかの入った鍋は騎士団だけに食べさせた。月光軍団の隊員が食べたシチューには毒は入っていない。とはいえスミレの食欲は失せてしまった。
「毒を入れたからには奇襲攻撃をさせるしかないわ」
「攻撃隊はせいぜい五、六人でしょう、それでは副団長か参謀を捕獲するのが限界です」
 ミユウの話では守備隊の狙いは騎士団だけだという。
「あの女が慌てふためく姿を見てみたいものだわ」
 副団長のビビアン・ローラに辱めを受けた恨みは消えていない。思い返すたびに悔しくて腹が立ってくる。守備隊が騎士団を酷い目に遭わせてくれれば少しは気分が晴れるというものだ。スミレはローラがスゴスゴと退散する姿を想像した。
「ナンリさんとフィデスさんの監禁を解くことも希望が出てきた。なんとかして二人を取り戻したいわ」
「守備隊は自分たちの手で二人を助けだそうとしているようでした」
「ううむ・・・」
 スミレは首を傾げた。
 騎士団を撤退させるのも二人を救出するのも、その点では守備隊とは合致している。しかし、捕らわれているフィデスとナンリを解放するのはそう簡単ではないことだ。監視も厳しい。州都のスミレが頼んだところで騎士団が解放してくれる見込みはない状況である。
「奇襲のうえに救出作戦とは・・・無理があるなあ」
「何だか、ややこしい作戦ですね。敵である守備隊が騎士団から月光軍団を助け出そうというのですから」
「ますます分かりにくいわ。いったい、どっちが敵で味方なのか混乱してきた」
「少なくとも、あたしはお味方です」
「私たちはルーラント公国と戦う、つまりカッセル守備隊と戦うのが使命なのだ、ということを忘れないように」
「そこなんですが、月光軍団と守備隊は友達みたいで、一種の友情が芽生えているようでした。あれでは戦えません」
「フィデスさんを丁重に扱ったことといい、いつの間にか、シュロスとカッセルは友好国になったようだな・・・」
「守備隊が二人を助けようとしているのも友情なのですかね」
 見習い隊員を見逃して戦場で親切にされたくらいで、フィデスを助けようとするものだろうか。ミユウが思い出すのはカッセルの城砦で見た、司令官のエルダとフィデスが抱き合っている光景だった。
    *****
 そのころシュロスの城砦ではフラーベルとニコレット・モントゥーが抱き合っていた。
「ああ、ああ、フラーベル、フラーベル様」
 ローズ騎士団のニコレットは恍惚としていた。フラーベルの美しい顔、そして、伸びやかな太もも。何という甘美、この上ない幸せだ。
 ずっとこうしていたい。フラーベルのモノになりたい。いっそのこと、ローズ騎士団が帰還して来なければいいのに・・・そうしたら、この幸せが永遠に続くだろう。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 


連載第54回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-02-25 12:33:33 | 小説

 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 3話

 第三章【薬草鍋】①

バロンギア帝国ローズ騎士団が進撃を続ける。カッセル守備隊の抵抗を受けることなく国境を越えて進軍していった。副団長のビビアン・ローラは、このまま一気にカッセルの城砦に攻め込み、爆弾で城壁を破壊してやると息まいた。とはいえ、本音のところでは、領土を拡張するだけで戦争を終了させたいのだった。
 その日はルーラント公国の領内で陣を張った。宿営地にはローズ騎士団の旗とともにバロンギア帝国旗も翻っている。すでにここはバロンギア帝国の支配下と言ってもよかった。
 宿営地には、三角の屋根に周囲を布地で覆い、内部は板敷という本格的なテントも建てられている。これはローズ騎士団専用であり、月光軍団は中央の柱に屋根を架けた簡易テントか、さもなくば野宿をさせられる。
 宿営地の入り口の街道には、武器や食料を積んだ馬車が何台も停車していた。奥まった場所に停っている一台は見張りが配置されていて、いかにも物々しい雰囲気だった。それもそのはず、馬車には爆弾が積まれ、さらに、月光軍団の副隊長フィデスが監禁されているのだ。
   *****
 カッセル守備隊は気付かれることなくローズ騎士団の宿営地の近くに集結していた。
 食事の支度の時間を見計らって、レイチェル、マリアお嬢様、アンナが敵陣に向かった。レイチェルが手にした籠には薬をしみ込ませた青菜が入っている。これを食事の鍋に混入するのが任務だ。
「お嬢様、離れずに付いてきてください」
 お付きのアンナがお嬢様を振り返った。お嬢様は敵陣が近くなり人声が聞こえてくると怖くなったのか、段々と遅れだしてきた。
「だって、こんな服、誰かに見られたら恥ずかしいわ」
 マリアお嬢様は質素な麻のチュニックにスカートを着ている。カッセルの城砦を抜け出すときに三姉妹が着ていたものだ。村の娘に見せかけて炊事場に近づこうという作戦だが、色白で気品のあるお嬢様はどう見ても村娘には見えない。戦場では顔見知りに会うことなどないだろうに、いかにもお嬢様らしい心配をした。
「大丈夫です、その恰好ではどう見てもお嬢様には見えません、きれいなドレスを着てこそですから」
「まあ、うれしい」
 褒めているような、いないような言い方だったが、アンナに言われてとりあえずお嬢様は納得した。
「お嬢様、今回の戦いはこの任務が成功するかどうかに掛かっているんです」
「そうでした、この葉っぱには毒が振りかけてあるのでした」
「これは毒ではなくて薬です、消化を良くする薬草の一種ですよ、お嬢様」
「マーゴットは毒だって言ってたわ」
 あれほど毒は使わないようにと指示されたのに、マーゴットが使ったのは腹痛を起こす毒薬だった。
「だからレイチェルに持ってもらったの」
「それじゃ、あたしは毒の当番ですか・・・どれ」
 籠の中を覗いたレイチェルが思わずのけ反った。
「真っ赤だ」
 毒薬のせいで青菜はしおれ、赤や黄色の混じった緑黄色野菜に変色していた。誰が見ても毒々しい。
「こんなもの食べさせるの、さすがに、これはマズいよ」
「マーゴットが隊長さんで試したから、全然、平気」
 そういえば、出てくるときに隊長の姿が見えなかった。隊長のアリスは毒草の実験台にされてしまったのだ。
「バッチリですよ、何人でも殺せます」

「し、静かに」
 レイチェルがお嬢様を止めたがすでに遅かった。
 ガサガサ
 木の陰に誰かいる。レイチェルは身構えた。
「誰・・・」「あれ」「まあ」
 木の後ろから現れたのは月光軍団のトリルとマギー、パテリアたちだった。
「誰かと思ったらば、マリアお嬢様ではありませんか」
 変装したにもかかわらずパテリアにはあっさり見破られてしまった。
「もうバレたなんて・・・貧しくて貧乏で、みすぼらしくて薄汚れた村娘になったつもりだったのに」
「残念ですが、どこから見ても、貧乏でみすぼらしい娘には見えません」
「ほほほ、そこがお金持ちのつらいところです」
「つらくなるほどお金があるとは、さすがは貴族のお嬢様ですね」
 月光軍団の隊員トリルやマギーたちは食事の支度をしていたが、適当にサボって炊事場の裏の山にあがっていた。そこで、バッタリお嬢様たちに遭遇したのだ。まさか宿営地で守備隊のマリアお嬢様に出会うとは思いもよらぬことだった。
「お嬢様、会いたかった」
 シュロスの城砦ではローズ騎士団に虐められ、こき使われ、辛く苦しいことばかりが続いている。パテリアにとってはカッセルで捕虜になっていた時期の方がマシだった。
 お嬢様の顔を見て沈んでいた気持ちが一気に明るくなった。ところが、お嬢様はいつもの調子でこう言うのだった。
「パテリアちゃん、今度こそ召使いにしてあげる」
「会うんじゃなかった」
 お嬢様もパテリアも友達気分が抜けていない。敵同士だというのに、まるで緊張感のない会話だ。
「すみません、この人たちは誰ですか」
 トリルの背中から騎士団のメイドのレモンが顔を出した。後ろにはミユウもいる。二人も月光軍団の隊員と一緒になって炊事場を抜け出していた。
 パテリアが紹介した。
「あなたたちは初めてだったよね。こちらは、カッセル守備隊のレイチェル、それにマリアお嬢様とお付きのアンナさん。こう見えても、お嬢様は由緒ある貴族の家柄なのよ」
「よろしくね」
「この二人は、メイドのレモンちゃんとミユウちゃん。レモンちゃんは騎士団のメイドだけど召使いみたいにされてる、かわいそうなの」
「レモンです。どうぞよろしくお願いいたします」
 レモンが膝をついてお辞儀をした。
「よろしい挨拶ですね。私、もう一人召使いが欲しいところだったわ。レモン、私の召使いになりなさい」
 初対面でもいきなり召使いに欲しがるお嬢様であった。

「ところで、パテリアちゃんはシュロスへ戻って、お元気にしてましたか」
 それとなく、お付きのアンナが尋ねるとパテリアは表情を曇らせた。
「それが、実は・・・」
 パテリアはシュロスの城砦に無事に帰ったものの、そのことを騎士団から強く責められたと話した。
「大変だったのですね」
「捕虜にされていた方が、みんな優しくしてくれて・・・」
 パテリアが顔を覆って泣き出したのでアンナが抱きしめた。
「私は鞭打ちぐらいですんだけど、フィデスさんとナンリさんは」
 パテリアがフィデスとナンリの名を口にした。
「フィデスさんはどうしているの、心配だわ」
 アンナは何も知らないふりをして詳しい情報を聞き出すことにした。
 パテリアの話すところによると、月光軍団のナンリは敗戦の責任を取らされ投獄され、自分たちの見ている前で拷問を受けた。フィデスも帰還した後は監禁されてしまったということだった。
 
 州都軍務部所属のミユウにとっては、何とも理解できない状況が繰り広げられていた。宿営地の目と鼻の先で敵が偵察していたのである。こんな近くまで守備隊が忍び寄っていたとは思ってもみなかった。いきなりの不覚だ。
 それなのに、月光軍団のトリルたちは応戦するどころか、まるで友達同士のようなおしゃべりをしている。もっとも、守備隊の偵察員というのはお粗末すぎる。どうみても偵察任務をしているとは思えない。お嬢様はレモンとハイタッチしていた。初対面なのに意気投合したようだ。しかし、レイチェルという隊員だけは身構えた様子からかなり訓練されていると思えた。
 かつてカッセルに潜入していたときには顔を見られないよう努めていたが、念のためフードを目深に被り直した。
 相手の関心はフィデスに向けられているので、少し新しい情報を与えて反応を見ることにした。
「私、何度か食事を運んだことがあります」
 ミユウはお嬢様のお付きのアンナに向かって言った。お嬢様と違ってアンナはまともに話が通じそうである。
「二人は守備隊の見習い隊員を見逃したことにより、規律違反を問われたのです。私は、牢獄に閉じ込められていたフィデスさんとナンリさんをお世話しました」
「フィデスさんには戦場で助けてもらったのに牢屋なんて」
「かなり厳しくお咎めを受けましたが、二人は気丈にも頑張っています」
 ローラによって暴行され、辱めを与えられたことは言わないでおいた方がよさそうだ。
「親切にしてくれた人が牢屋に入れられるなんて気の毒です。今度は私たちが助けてあげる番だわ」
 そう言ってお嬢様が手を合わせた。
 お嬢様はフィデスのことを気遣っている。そればかりでなく二人を助け出そうとしている気配が感じられる。うっかり本音を口にしたのだ。守備隊の作戦の一部が明らかになってきたのでミユウはお嬢様に感謝した。
「二人とも従軍しているのかしら」
 守備隊にはフィデスの安否に関する情報までは伝わっていないとみえる。
「はい、城砦の牢屋から連れ出されて、この宿営地にいます。でも、監視がいて側には近寄れません」
 ミユウが答えた。これくらいは相手に教えてもいいだろう。

 

<作者より>

 この第三巻はほぼ戦場の場面が続きます。できるだけ冗長にならぬよう、手際よく書いたつもりですが、いかがでしょうか。


 


連載第53回 新編 辺境の物語 第三巻

2022-02-24 13:37:40 | 小説

 新編 辺境の物語 第三巻 カッセルとシュロス 後編 2話

 第一章【宣戦布告】②

 ローズ騎士団と月光軍団の合同軍がシュロスの城砦を出陣した。
 騎士団は30人、月光軍団は40人、合わせて70人の兵力だ。親衛隊である騎士団は王宮を留守にはできない、新たに増員したものの30人が限界だった。シュロスの城砦には留守役として文官のニコレットなど数人を残してきた。人数は限られているが、それを補うために王宮の軍隊から強力な爆弾を取り寄せた。爆弾は弩級を使用して発射するタイプと、小型化して細い筒状にしたものとがあった。守備隊は凶暴な攻撃をすると知ったローラが爆弾で対抗しようとしたのである。
 騎士団の副団長ビビアン・ローラは、投獄していたフィデスとナンリを牢屋から連れ出した。この二人には特別な使い道を用意してある。敗戦の責任を償わせるためだ。戦場に幾つも死体が転がっていても何の不思議もない。
 月光軍団の参謀コーリアスと副隊長のミレイも陣に加わった。二人は自ら道案内の役を買って出た。敗戦の罪を軽くしてもらおうとローズ騎士団にすり寄ったのである。それは表向きの話で、コーリアスは守備隊のエルダから受けた屈辱を晴らし、その命を奪うことが目的だった。月光軍団の陣営には下働きとしてトリル、マギー、パテリアも従軍している。荷物の運搬や食事の世話が仕事だ。同じく世話係の中にはメイドのレモンとミユウの姿もあった。さらには、東部州都軍務部所属のスミレ・アルタクインも参陣していた。
 宣戦布告をして出陣したもののローズ騎士団はいくつもの不安材料を抱えていた。
 一つは辺境の地に不慣れなことだ。山や川の地形、街道の経路、変わりやすい天候まで、これらをよく知っている月光軍団のコーリアスやミレイに道案内を頼らざるを得ない。
 二つ目は王宮が恋しくなってきたことである。団員の中にはシュロスの逗留が長引いて、王宮へ帰りたいと言う者がでてきた。ローラ自身、いつまでもこんな辺境の城砦にいるのは決して本意ではない。
 それだから短期決戦で戦闘を終結させなければならない。もし、守備隊が城砦から出てこないようなら国境を拡充するだけでもよいのである。ローズ騎士団副団長のビビアン・ローラは、無抵抗の国境を侵略しルーラントの領土にバロンギア帝国の皇帝旗が翻る光景が目に浮かべた。
「皇帝旗が足りなくなったら、どうしよう」

 ローズ騎士団と月光軍団の隊列はシュロスを後に街道を進軍し、最初の宿営地に到着してテントを張った。宿営地はシュロスの城砦からそれほど進んでいない地点であった。月光軍団の荷運びが遅れているためだ。月光軍団の隊員は徒歩で従軍していた。トリルとマギーはズシリと重たい荷物を背負っている。騎士団のためにこき使われ、おまけに戦いになったら人間の盾にするぞと言われてはやる気が上がらなかった。
「あーあ、重いよ」
「肩にズシリとくる」
 これでも少し軽くなった方だ。メイドのミユウが二人の荷物を引き受けてくれたのだ。
「騎士団の犠牲は嫌だっ」
「その前に荷物で潰されそう」
「また、ミユウに担いでもらおうよ」
「あの子は怪しいと思ってたけど、案外いい人だわ」
 ミユウは自分の身長より高い『背負い籠』を担いで元気に先頭を歩いていた。それに比べ、心配なのはパテリアだった。ローズ騎士団に鞭で打たれてからすっかり元気がなくなってしまった。
 二人は立ち止まって休憩した。道端にはキノコがひょっこり頭を出している。
「これ毒キノコじゃないの」
「うん、いかにも毒々しい」
「騎士団の食べ物に混ぜて食わしてやりたい」
「あの副団長に効き目があるかな・・・あっちの毒の方がキツイかも」

   *****

 シュロスの城砦に留まったフラーベルは久し振りに気が休まるのを感じた。
 ローズ騎士団と月光軍団が出陣していったシュロスの城砦は、ようやく平穏な日常を取り戻していた。騎士団では文官のニコレット・モントゥーなど数名が留守部隊として残っているだけだった。副団長のビビアン・ローラの姿が見えないだけでもホッとする。
 静まり返った事務室の奥で、フラーベルはニコレットと並んで寝台に座っていた。いったんは重ねられた指をふりほどいたが、ニコレットに引き寄せられて肩にもたれた。耳に息がかかり、そして首筋にキスをされた。
「フラーベルさん・・・こうしてみたかった」
 ニコレットが長い脚をフラーベルの脚の間に滑らせた。長くてきれいで、ほどよい肉付きの太もも。二人とも揃って美脚だ。ふくらはぎが擦れ、太ももが交錯して絡み合う。
 あっと、声を出したのはニコレットの方だった。フラーベルの右脚がニコレットの太ももの付け根に当たっている。
「私、謝らなくちゃいけないと思ってるんだ」
 思いがけない言葉にフラーベルは耳を疑った。
「シュロスに滞在してお金を出してもらって、それなのに、ナンリさんやフィデスさんを投獄したでしょう。今になってみると気の毒なことしたと思うわ」
 王宮からローズ騎士団が来て、こんなに優しい言葉をかけられるのは初めてのことだ。
「仕事とはいえ少しやり過ぎだった、ごめんね」
 騎士団のニコレットが謝罪の言葉を口にした。フラーベルはとたんに心が晴れてくるような気がした。
「フィデスさんやナンリは無事に帰ってこれるのですか」
「そうね・・・今度こそカッセル守備隊に勝たなくちゃ。ローラさんなら勝てる。だけど、勝利には月光軍団の協力が必要だわ。フィデスさんたちを従軍させたのはそのためなの。きっと、全員で凱旋してくるわよ」
 フラーベルの手前、そう答えたのだが、ナンリやフィデスが二度と帰れないことはニコレットも参謀のマイヤールから聞かされていた。
「私もそう信じてます」
「そうしたら、二人を釈放してもいいけど。それには・・・分かってるわよね、フラーベルさん」
 ニコレットは脚を開いて太ももの付け根をフラーベルの膝に密着させた。
「あなたの恋人はナンリさん、そうだったわね」
 フラーベルは小さく頷いた。
「何時だったか、ナンリさんの名前、うわ言のように繰り返してたのを聞いちゃった」
 ローラに痛めつけられて気絶した時のことだろう。目を覚ますとメイドが介抱してくれていたがニコレットにも聞かれていたのだ。怒られるのと覚悟した。
「ナンリさんが羨ましい。だって、きれいなフラーベルさんと愛し合えるのだから」
 今度は身体を入れ替えてフラーベルの上に覆いかぶさってきた。
 ニコレットに逆らってはいけない。ナンリに知られたら気を悪くするかもしれないが、これも二人を助けるためだ。
 フラーベルが、留守部隊で残ってくれて感謝してると言うと、ニコレットは、うれしいと言ってしがみついてきた。さすがは王宮の親衛隊とあって、ニコレットの美しい顔、均整の取れた身体、ツヤツヤした髪にはうっとりしてしまう。
「好きです、ニコレットさん」
 フラーベルは、ミユウというメイドから言われたことを思い出した。
『スミレさんからの伝言です。ニコレットさんとはできるだけ親密になっておいてください』

   〇 〇 〇

 その頃、カッセルの城砦では・・・
 城砦の門から出てくるのは商人か農夫くらいで、守備隊の部隊が出陣する気配はみられなかった。村芝居の一座が幟旗をはためかせて出ていったかと思うと、入れ替わるようにして貴賓用の馬車が横付けになった。馬車には純白のドレスに着飾った娘が乗り込んだ。お付きも数人いる。そこへボロを纏った村娘たちが近づいたが、従者にすげなく追い返された。おおかた菓子でもねだったのだろう。
 軍隊の動きと言えば、兵士や工夫たちが城壁の点検をしたり、突入を防ぐ柵を修理しているくらいだ。どうやらバロンギア帝国のローズ騎士団に恐れをなして籠城作戦をとろうというようである。村芝居の一行が出て行ったのはカッセルの城砦に見切りを付けて早々と逃げ出したのかもしれない。

 カッセルの城砦を出た貴賓馬車は鬱蒼とした林の中で停車した。乗っているのは四人。貴族の娘マリアお嬢様とお付きのアンナの二人。守備隊のスターチとロッティーは召使いに扮している。
「早く脱いでください、お姫様ごっこは、もう終わりです」
 ロッティーがマリアお嬢様を急がせる。
「脱いだら、そこの戦闘服に着替えて・・・ほら、もたもたしないっ」
 今度はスターチに怒鳴られた。
 そこへ村芝居の一行もやってきた。派手な衣装を着たのはベルネだ、珍しく着飾ったので恥ずかしがっていた。村芝居の馬車には隊長のアリスと司令官のエルダが乗っていた。
 守備隊は変装して密かにカッセルの城砦を抜け出していたのだ。いつぞやのように、バロンギア帝国の偵察員が探っているかもしれない、それを欺くための変装だった。
「全員、揃いましたか」
 アリスが声を掛けた。
「三姉妹がまだです」
「あの三人は・・・歩きだったものね」
 三姉妹は乗り物ではなく徒歩での行軍だった。
 しばらくすると、レイチェル、マーゴット、クーラの三姉妹が歌を口ずさみながら、のんびりと歩いてきた。
「タラッタ、ラララ、タッタララ、花を召しませ、ラッタッタ」
 クーラが雑草の束をベルネに差し出した。
「おっと、ベルネさんはカエルが大好物だったわね」
「またカエルか。それよりステーキがいい、牛飼いの娘たち」
「これでも、正体がバレないようにしてるんでございます」
 三姉妹は麻の上着と長いスカートにエプロンを掛けただけの質素な服を着ている。辺境でよく見かける村の娘に扮しているのだ。
 マリアお嬢様はというと、いつまでも脱いだドレスを丁寧に畳んでいた。
「お嬢様お急ぎください。そんな調子では日が暮れますよ」
 またしてもロッティーに突っ込まれた。
「その衣装、どうするのですか。まさか戦場に持っていくのではないでしょうね」
「あら、召使いのロッティーさん、もちろん持っていきますのよ」
「それだけで馬車の半分を占めているではありませんか。武器や食料は置くところがありません。ドレスを積み込むのならお嬢様は歩いてください」
「歩けだなんて酷い召使いだわ」

 馬車の陰に集まって作戦会議となった。
「奇襲攻撃」
 と、エルダが言った。
「こちらは十一人だけだから、まともに正面から当たったのでは勝機はありません。奇襲攻撃をかけ宿営地に突撃します。そのために、前日の夜に食べ物に薬を混ぜて身体を弱らせてください」
「毒は任せてね」
 魔法使いのマーゴットの出番だ。
「毒ではなくて薬です。あまり効き目が強く出ない程度に調合してください」
 食べ物に混ぜる薬はローズ騎士団だけに効果が現れるようにしたい。とはいえ、食事に混入すれば全員の口に入ってしまうのは避けられない。エルダは毒ではなく腹痛を引き起こす薬草にしてと念を押した。
 敵の宿営地に潜入して薬を混入するのはレイチェル、マリアお嬢様、アンナの三人に決まった。お嬢様では心もとないが、戦闘に参加するよりは危険が少ない役目を当てた。奇襲攻撃部隊としてベルネ、スターチが敵陣に突入する。マーゴットとクーラも騎士団の顔を知っているので奇襲攻撃に加わる。レイチェルを奇襲部隊からはずしたのは、もう変身させたくないというエルダの思いだった。
「狙うのはローズ騎士団だけです。突撃したら騎士団を襲い、王宮に帰ることを承諾させてください」
 バロンギア帝国の皇帝と繋がりの深い騎士団は国境から退却して王宮へ帰ってもらうだけでよいと言うのだ。
 エルダの意見には隊長のアリスも大いに賛成である。騎士団が退去して帰ってくれればとりあえず戦闘は回避できる。月光軍団とは、お久しぶりですとか、先日はどうもなどと旧交を温めるだけですむだろう。
 ところがエルダは、
「フィデスさんとナンリさんの居場所を捜索し消息が知りたいんです」
 と、本音を漏らした。
 ローズ騎士団が撤収すればフィデスとナンリの様子も知れようというものだが、二人が従軍しているかどうか、そこまでは確かめる術がない。
 そこへ新たな荷馬車が到着した。手綱を引いているのはリーナだった。 
「三人を積んできました」
「ご苦労様」
 アリスが幌を捲ると、守備隊の前隊長リュメックとイリング、ユキの三人が乗っていた。監獄からは出したが、逃げられないように馬車の中でも厳重に縛り上げてある。
「騎士団が帰るのを拒否したら交渉の道具として使うわ。こういう時のために生かしておいたのよ」
 エルダが冷たく言い放った。
「交渉を有利に運ぶため敵に差し出す。それが、あなたたちの役割というもの」
 アリスにはこの三人を敵に引き渡したらどうなるか容易に想像がついた。前回の敗戦の恨みを晴らすためにシュロスでは間違いなく処刑するだろう。それを分かっていてリュメックたちを敵に渡すのだ。
 そして、前隊長の部下であったロッティーもエルダのやり方に背筋が寒くなる思いがするのだった。
 気に入らない者は味方でも抹殺する。フィデスのためには危険を覚悟で敵陣に突撃するというのに・・・
「こいつらの見張りはロッティー、あなたよ、いいわね」
「は、はい」
 おとなしくエルダに従うロッティーであった。

 

<作者より>

 本日もご訪問くださいまして、ありがとうございます。

 第三巻は戦場のシーンが続きます。