竹田君よりのメッセージ
竹田賢治です。
昨日はありがとうございました。
ろくにお礼も言えず、また、
はじめての参加で、スピーチの時間もみじかかったので、失礼なことを言いました。
神戸学院は学生数では兵庫県下でトップになりましたが、歴史が比較的あたらしく、
旧制甲南高等学校を母体とする甲南大学の伝統や香りにはかないません。
以下は少し、長くなりますが、我慢してお読みください。
私は1浪して甲南に舞い戻り、文学部に入りました。
国語が好きでしたので、国文にしようかとも思いましたが、
高1の時の西田先生からのドイツ語の手ほどきや、ヘルマン・ヘッセを読んでいたこと、
また、大学の教員になりたくて、独文にしました。ゼミは2人でした。
授業以外にも石渡先生から1対1の特訓もしていただきました。現在の私があるのはすべて石渡先生のおかげです。
大学院は国立には入れず、関大に拾われました。
当時は修士号があれば、よほどの馬鹿でないかぎり、ドイツ語の教員になれた時代です。
今は博士号を持っていても就職の口はありません。
博士課程の2年目に神戸学院に奉職、42年間、勤めました。
その間、甲南高校や大学、関大、甲南女子、武庫川女子にも非常勤講師で出講しました。
武庫女では国文に高田昇先生がおられました。
神戸学院では英語の佐野先生が専任講師として在職されており、ずいぶんと、お世話になりました。
40才までは、トーマス・マンやゲーテをかじっていましたが、
やっぱり、日本文学(とくにその季節感)も好き。その頃、出会ったのがドイツ語俳句です。
以来、ほぼ40年間は「ついに無芸無能にして、此一筋に繋がる」(芭蕉)です。
私はドイツ文学者としては「おちこぼれ」ですが、ドイツ語俳句研究者としては他にいないので、珍しいだけです。
俳句の実作は芦屋にホトトギスの故・稲畑汀子先生(息子さんは甲南で、目下、主宰)がおられ、
月1回の句会に参加、朝日俳壇(添付ファイル)にも投句していました。
私の研究業績はグーグルで検索していただくと出てきます。
今回、はじめての単著を出しました。添付ファイルをご覧ください。
自費出版(500部)ですので1冊でも買っていただければ幸いです。
敬具 竹田賢治
ファイル1
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