甲南一期会(こうなん いちごかい)












一期会(いちごかい)の皆様の情報などを載せて会員様の親睦を図ります

北村 多平君からの情報

2013-02-27 13:53:34 | 日記
神戸新聞の記事からのお話

1期下の 名物男 南里 章二 君 変な奴が多かった甲南でも特に目立つ奴の一人で

甲南高校の教師をしていた方が退職 しただけで 神戸新聞の記事に

かなりの名物人間だったようです





西村 温知 先生も去年退任されたようですが

皆さんリタイアの時期になってきているのかも

北村 ハックル様 情報有り難うございました


オォ~~ 柿原先生の喜寿

2013-02-21 20:28:56 | 一期会関係者のイベント案内

片山君から角田君へのメールから

柿原先生(カッキン)を囲むパーシモンの会からの情報ですが貴重な情報をぴただきましたので ご報告いたします

あの 下宿の壁にプレイボーイのピンナップを張っていた 兄貴的な先生の喜寿のお祝いが



新高 16年組の発起人さん幹事さんのおかげで盛大にお祝いする事になったので

喜ばしい事なので 早速引用させていただきます


角田様
下記のように案内が届いておりますのでお知らせいたします。 特にこの案内は必要
ないのかもしれないのですが、一応神戸の私の方に入ってきておりますので東京のメ
ンバーにお知らせしいたします。
 一部柿原先生を囲むゴルフの会(パーシモンの会)に入っておられるメンバーには
直接ハガキが送られています。



                               一期会  片山


柿原先生の喜寿を祝う会のご案内


日時 平成25年3月16日(土)
    午後6時00分受付開始
    午後6時30分開宴

場所 芦屋 ホテル竹園芦屋3F
    住所 芦屋市大原町10-1
    TEL 0797-31-2341
費用 会費 12,000円(当日お持ち下さい)
    先生へのお祝いの品代を含む

我らの恩師柿原先生が先日めでたく喜寿を迎えられました。
パーシモン会として、先生の喜寿をお祝いするとともに
会員同士の親睦を深める会を開催したいと思います。
ご多忙中とは存じますが、是非ご出席いただきますよう
お願い申し上げます。
なお準備の都合上、出欠のご返事を3月5日までに発起人代表
岸本へお願い申し上げます。

       発起人代表 岸本吉正 新高 16
       
       幹事    小林 宏 新高 16

お祝いしたい 同級生諸君は 片山君か このブログのコメントまで



幹事さんへの連絡先を紹介します


発起人 岸本 吉正 さん 幹事  小林 宏 さん

このような企画有り難うございました

甲南一期会 の有志一同 感謝感激です      

このブログ 初めての 教養講座  能についての考察

2013-02-13 08:22:25 | ためになる話
山村師匠からのメール その2

コレは一般の方が 能 についての 予備知識が無いので

能 が 非常に分かりづらいと思われていることに

よく分かるような 予備知識 を与えてくださる 講義です

少し長いのですが 学生時代を思い出して お読みください


以下メールそのまま引用



能楽について    山村(旧姓星丘) 和敬
 
能は、正直なところ解りにくい芸能だと思いますが、ちょっと知っておくともしかすると興味を持って観ることができるかも知れないことを書いてみたいと思います。

能では、ほとんどの曲目が前半・後半に分かれています。
主人公のことを“シテ”と呼びますが、前後半で“前ジテ”“後ジテ”と呼び分けられており、前ジテでは若い女性だったのに、後ジテでは鬼になったりすることもあります。 前半ではおじいさんだったのに後半では、武士になったり神様になったり・・・
年齢も、人格もすっかり変わってしまうことが多いのです。
これが、「能は解りにくい」という一つの要因かもしれません。
演じる人、役者の方は変わりませんので、前後半の間に“中入り”というのを設けて、その間も、舞台の上は休みなく続けられていますけれど、シテは幕の裏で着替えをしたり水を飲んだり、気分を変えたりしているわけです。
その時間稼ぎのために、「間狂言(あいきょうげん)」なる狂言方の出番が用意されてもいます。

「船弁慶」という曲目がありますが、題名からするとあたかも弁慶がシテかと思いきや、前ジテは「静御前」、後ジテは「平の知盛の亡霊」という、人格どころか性別まで変わってしまうという・・・・ そんなものもあります。
前半は、静御前が義経との別れを惜しんで舞う「舞い」を見せるのがメインで、後半は、船の行く手を阻もうとする平知盛の亡霊がなぎなたで立ちはだかるのに対し、弁慶たちがそれを鎮めようと祈祷する。 その息詰まる対戦が見せ場ということになります。
この「船弁慶」には、義経も当然ながら登場しますが、「子方」といって子どもに演じさせる役どころになっています。 静御前と恋をしている訳ですから、子どもではおかしいのですが、能ではシテ以外をあまり目立たせないような演出がなされるのです。
この辺りも写実的な現代劇に慣れ親しんだ目からすると、小学校の学芸会よりも完成度の低いものじゃないのか知らん?・・・・ と感じてしまうかもしれませんね。

能では、シテが多くの場合「面」をつけます。いわゆる”能面“です。
シテの他にツレと呼ばれるシテの仲間も一緒に面をつけることもありますが、限られた曲目だけです。
そもそも、お面をつける演劇というのは世界中にあったようですが、ほとんどは廃れてしまって、現在でもしっかり残っているのは日本の“能”ぐらいだと言われています。

“能面”は、基本的には表情が変わりません。
“面(おもて)を照らす”とか“曇らす”とか、多少上を向くか下を向くかで、喜び・悲しみを表現していると言いますが、ほとんど自己満足の範疇だと思われます。

能の中に、数はそんなに多くはありませんが面をつけないものがあります。(安宅・芦刈・小袖曽我など) 直面と書いて“ひためん”と呼ばれますが、このときも顔に表情を作ってはいけないことになっています。

テレビドラマを初め、ほとんどの演劇では顔の表情で演技をすることが多いと思いますが、それを封じているのが能なのです
嬉しさを表現するために微笑み、怒っていることを表現するために怖い顔をする・・・・という方が観客にはずっと解りやすいのですが、それをあえてさせないのです。 表情だけでなく、仕草も極力控えめにしなければなりません。
見た目の演技という意味では信じられないぐらいジミな演技をすることになります。

能に比べ、「目ぢから」など顔の演技を一つの売り物にする歌舞伎の方がより一般に支持されているのは充分うなずけるところです。
 
では、何故「能」がそんなことにこだわっているかということなのですが、これは多分、能では「感情」の動きを観客の想像力にゆだねているということだと思います。
どういうことかと言いますと、「能」を見ながら観客が自ら過去に経験した悲しみや、怒り、恨み、喜び、というものをそれぞれの場面で思い浮かべてくれることを期待しているということになるでしょうか。 能の物語の舞台は昔々のことで現代では経験できるものではありませんが、例えば子どもを助かりようのない戦場に送り出す場面では、放射能でどうなるか分らない地に家族同様に暮らしてきた牛や馬を残してきた人にとっては、その悲しさは容易に想像できることでしょう。 もし、それがペットだったりわが子だったら、その苦しさは役者の演技力を借りるまでもなく、悲しみ・苦しみの感情は溢れるに違いない。 むしろ、大げさな演技で、観客の感情のほとばしりを邪魔してはならない・・・・ という考えがあるのだと思います。

現代演劇では、悲しみの状況を役者自ら最大限に悲しんでみせてその気持ちを伝えようとするわけですが、それをすると観客の想像力をかえって邪魔する恐れがあると考えている訳です。 

「七騎落ち」という能があるのですが、これは頼朝が石橋山の合戦で苦戦して味方が大勢やられてしまったため、船で一旦引き揚げることになりました。
その段取りを土居の実平(シテ)というものに任せるわけですが、たまたま船に同乗するのが頼朝を含めて8人になってしまいます。 そうすると、頼朝が言うにはおじいさんの為義も父の義朝も負けたときは八騎だったから、八騎は縁起が悪い、一人船から降ろせ・・・と無茶苦茶なことを言います。

忠臣としては主君の言うことを聞くのが常識の世のことです。
実平は、誰を降ろすべきか悩みます。
たまたま、端っこに乗っていてしかも最も年寄りの岡崎義実に声を掛けますが猛反対されます。 それどころか、命を二つ持っているものが降りるべきだと主張されてしまいます。 命が二つというのは、親子で乗っているものという意味なのですが、実は土居の実平の子供、遠平も乗っていたのです。
その意見は尤もだと思った実平は、自分の子どもに「お前が降りろ」というのですが、遠平に自分はまだ稚いけれど主君のために充分役に立つ自信はある・・・・ と反発されてしまいます。 実平は「まあそこまで言うなら・・・・」と自分が降りようとすると子どもの遠平が思い直して「やっぱり自分が降りる」とけなげに申し出ます。
父の実平にしてみると、客観的に考えるとやっぱり、自分の方が役に立つ筈だと思うからこそ息子の申し出を褒めながら、心を鬼にして船から降ろすことにします。
しかし、陸には敵の侍が大勢います。 結果は日を見るよりも明らかです。息子の命を諦めなければならないという悲しさ・寂しさ・苦しさを、ただじ~っと沖を見つめるだけの演技で表現するのです。
が、観客の想像力が豊かであればその方がより深い悲しみとして伝わる・・・・としてもおかしくないのではないでしょうか?

もっとも、このようなドラマティックなものは少なく、例えば後ジテとして神様が現れ、地球の安寧を祈って舞いを舞う・・・・ などの「神様もの」。 あるいは、戦で命を落とした武将が通りすがりの僧に、戦の様子を見せながら弔ってもらい、やがて成仏して行く・・・・ というような「修羅もの」等。 型にはまったような能も多いのですが、そこには背景や人間関係の違いがあってそれぞれ固有のものになっています。
能の中で謡われる文句は、もともと解りにくい言葉である上に、韻を踏むためにだけに使われている文章があったり、お経の中の一節を引用していたり、何の予備知識もないままに「能」を観て理解できる人は、そうはいない筈だと思います。

「羽衣」という有名な能があります。 「羽衣伝説」というものは世界各地にあるそうですが、能の羽衣ほど清らかなものは他にはないのではないでしょうか。 衣をたてに夫婦になったり、衣を取り返すために一時的に男に仕えてみたり・・・・ そんなことは一切ありません。
三保の松原で、美しい衣を見つけた漁師が「家宝」にしようとその衣を持って帰ろうとするのですが、そこに天人が現れ「衣なしでは天に帰ることができないので返してほしい」と言います。 漁師は「天人の羽衣」なら国の宝物にする・・・・ と応じようとしません。
しかし、天人の嘆き悲しむ様に哀れを感じた漁師は、「天人の舞」を見せてくれるなら衣を返そうと申し出ます。 喜んだ天人が、舞うために衣をまず返してほしいと言うと、漁師は「衣を返してしまうと舞わずに天に昇るのではないか?」と疑います。 そのときに発せられる天人の言葉が『いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを・・・・』というのです。
偽りのある人間界には疑うということもあるかもしれないが、そもそも偽りのない天には疑うという心も存在しないのですよと、優しく諭すような、はたまた哀れむような言葉。 
これも、けっしてオーバーでなく、押し付けがましくなく、しっとりと語るのが能なのです。

能の出演者は、笛や鼓の囃子方をはじめ、ワキ専門の人、狂言専門の人、地謡の人という具合に、一曲の能は思いのほか大勢の力で出来上がっています。

囃子方やワキ方、狂言方などの専門職はもとより、出演者は皆それぞれで練習を積み、本番前の全体練習(申し合わせ)は一度きりだと聞いています。
それを可能にしているのは、一つにはそれだけ伝統を重んじる保守的な面があるということになるでしょうが、もう一つは各自の芸に対する真面目さと自信のなせる業だという気がします。
シテを演じるものは、ワキやツレのことはもちろん、囃子のこともすべて熟知した上でなければ上手く演じられないと言われます。
舞台全体の調和を図るのがシテの重要な役割の一つであるのでしょう。

そう言えば、「能」は「歌舞伎」のように連続何日も公演を続けることはありません。 続けても客が入らないという面もあるかもしれませんが、実際は続けるだけの体力は残っていないのではないでしょうか。
指揮者がいないオーケストラをたった一回の全体練習で仕上げることの大変さを、真面目なシテは一身に背負っているのかもしれません。

(文責 山村)


山村師匠の 能 にたいする 愛情と理解から生まれた アドバイス

ホンの ど素人の 変酋長にも 深く響き入っております

同級生諸君 チョットはためになったと思うのは 変酋長 出・愚痴 だけでしょうか



こういう企画は 大歓迎

一期会メンバーの教授諸君や 博士さんたち 医学博士諸君に 他の学術的な考察原稿の投函もお願いしたいものです

神戸 サテンドールでの 松岡先生の健康講座を思い出しています


そんな硬いものでなくとも コレが言いたい!!と言う物でも 大歓迎です

ためになる話 ゼヒゼヒ よろこんでぇ~~

他の専門家の方々も宜しくお願いします メールいただければ多少のデッチ揚げで記事にしたいと思っています


宜しく    変酋長  デ。愚痴

山村師匠からのメール その1

2013-02-12 00:06:45 | 一期の近況
山村師匠 から頂いた

メールを引用させていただきます



さて、毎週水曜日、テニスをする前に開いている「謡曲教室」ですが、謡曲というのは、能の中から「囃子」「舞い」「間狂言」を抜き去ったものです。
登場人物の台詞(話し言葉であったり節が付いていたりします)と、地謡(じうたい)といって、物語のストーリーや場面の描写などナレーションの役割をする謡の部分を指します。

私の父は、元々能楽の血筋に生まれ、小鼓の家元に仕込まれ将来を嘱望されていたそうですが、故あって別の道を進んだ後、“名誉師範”というアマチュアを指導する立場の資格の下、いろいろな職業の方に「謡曲」「鼓」「笛」「太鼓」「仕舞」などを教えていました。 私はまったく見向きもしなかったのですが、大学卒業を目の前にしたころ、謡曲ぐらい習っておくのも何かの役に立つかもしれないと思い立ち、父に謡曲を習い始めたのでした。
 結婚式などでそれなりに役立ちました。 しゃべることの苦手な私に、スピーチは短めにして後を謡曲でごまかすという作戦を与えてくれたのです。

 が、還暦を迎えたころ、思いがけなく大いに役立つときがやってまいりました。
 芦田氏に教えてほしいと言われたのがキッカケです。 
 たまたま、テニスを継続的にやっていた仲間に声を掛けたところ、それなら一緒にやろうかということになり、稽古場としてテニスコート近くのマンションのカルチャールームを借りて続けています。
もちろん、私には正式な資格がある訳でもないし、幸い食べるに困ることもないので貸室の料金を全員で負担する以外にはほとんど費用をかけずにできています。 教本も、私の家にある古いものを拡大コピーして使うようにしていますので、今後年金額が少々目減りしたとしても続けることは可能だと思っています。
 何だか、生徒募集の文言のようになってしまいましたが、実際のところ水曜日に一緒にするのであれば、あと数名は充分受け入れ可能です。
 能楽の深淵さは別にして、大きな声を出す絶好のチャンスと考え、健康保持の一環としての謡曲もけっこうお勧めです。

 昔、村上文男氏とは共通の友達の結婚式で謡曲を披露することになり、その一節を教えたことがあったのですが、今彼は独学で稽古を積んでいます。
関西に集まったときや旅行先で、誰か可愛そうな人を見つけては観客として座らせ、ぶっつけ本番の東西合同発表会?もどきをしています。
今はまだ、観客は一被害者でしかありませんが、いずれ自ら観客を申し出る人が出現することを信じつつ、これからもゆっくりじっくり一歩一歩進んで行こうと思っているところです。

  現在の生徒さん
    芦田隆義 林高滋 村上文男 森脇太郎 他一名
                

以上 生徒募集とも受け取られるメールでしたが 

この機会を生かして 旧交を温めなおすのも良いかと お勧めです

リタイヤしてすることが無いメンバーさん達 

見学大歓迎 

観客希望の方もしくは 参加希望か 興味のある一期会メンバーは 

山村師匠か 生徒さん各位にお尋ねいただくか

このブログのコメントに書き込んでいただければ 連絡取れるように計らいます


山村師匠から 能の手ほどきも頂きましたので次回に披露いたします



山村師匠の写真がこんな古いのしか・・・懐かしい紅顔の美少年時代

角田さんから提供いただきました

古典芸能を護り続けて

2013-02-11 07:09:22 | 一期会関係者のイベント案内
村上 文男 さんからの紹介で 芦田 隆義 さんからのメールを参考に

古典芸能 「謡曲」教室を開催して 日本の古典芸能を護り続けている



同級生の活動を紹介いたします

主催者は 山村 和敬 さんで 旧姓星丘さんです

山村 和敬 師匠を中心に  芦田 隆義 さん 村上 文男 さん 岡 裕 さん 林 高滋 さん 森脇太郎 さん(順不同)

記者はダレが兄弟子やら分からないので失礼いたします

山村流 謡曲教室を開いて 日本の 古典芸能の 謡曲に研鑽されているのです

ビックリしたのは 豪華手製?? の謡曲本 



非常に美しいオリジナルの 謡曲本です

謡曲本 題名

金髪で龍を頭に頂いいるのが、「竹生島」。

扇が     「吉野天人」。

月に白頭巾は 「橋弁慶」。

赤い獅子髪は  「猩々」。

甲冑の武士は  「経正」。

以上 5曲 はすでに おさらいをしている演目で

これらの豪華本の 装丁は 森脇 太郎 さんです

すばらしい活動に 花を添える 豪華謡曲本

現在 休会中との事ですが

入会希望者又はお問い合わせは

山村 和敬 師匠か このブログのコメントまで