風が吹いている。
とても強くて、身体を屈めないと飛ばされそうになるくらいだ。
太陽はとぎれとぎれに射しているけど、絶え間なく雲が流され、光と熱が拡散する。
昨日、君と歩いた、穏やかだったこの高原は、まるで戦場のような有様だ。
木々は、折れよとばかりに震え、二人がボートを漕いだ湖は、波しぶきを上げる。
声を出さずに、さよなら、と君は言った。いや、正確には、そう唇が動くのを見た。
そして、僕は呆然と立ちつくし、去っていく君を、ただ、目で追っていた。
涙が頬を伝い、視界がぼやける。
頭の中で、あのメロディーが流れた。
君とよく聴いた曲。そう、一緒にコンサートに行った時、君が泣いていた曲。
何かがいけなかった。何が。
若さと若さがぶつかって、自分勝手なわがままが、いつからか二人を捉え、分かっているつもりで何も出来なかった。
小さな幸せに気付かず、大きな夢を風船のように膨らませ、戸惑う君をただ引っ張っていた。
そう、悪いのは僕だ。
もう後戻りは出来ない。
いや、決めつけるのはまだ早い。
昔、父が言っていた、失って気付く大切なモノ。
君なしで、僕は生きていけない。
愛しているという叫び声が、心からほとばしる。
迷子になった子供が、母親にすがり付く様に、君にすがり付きたかった。
急に我にかえり、君と二人で降りた駅に行くと、君は少しうつむいて、静かに電車を待っていた。
近づくと電車が入ってきて、僕に気付いた風もなく、君は乗り込む。
僕が大声をだすと、君は驚いたように振り向き、僕を見た。
涙で目が光っているのが見えた。
「愛してる!」、と言った僕の怒鳴り声に、かすかに君は頷いた。
立ちつくしている僕の前を、電車が動いていく。
君と僕の視線が絡み合って、時が止まる。
僕たちの一年は終わってない、これは、つぎの一年の始まりだ、と言う声が、教会の鐘のように響き、君が、唇で、愛してる、と動くのが見えた。
走り去る電車を、ホームの端まで追いかけ、やがて、見えなくなるまで見つめた。
風は依然として止む気配がない。
僕の身体を揺さぶり、心を揺さぶる。
眠れない一夜を、膝を抱えて過ごし、この高原にまた来ている。
今日、家に帰ろう。
君が待っているはずの家に。
二人の新しい一年が始まる場所に。
駅に向かっていく僕は、少し速足で、少し微笑んで、少し晴れやかだった。
風の音が、激しく響いた。