「諦める」て生きるにあたり、ダンナにも受け入れてもらわなあかんことがも一つ。
私(ウチ)は多分ご承知の様に車椅子生活。
え〜中途障害で、所謂脊損の下半身不随なんですね。(経緯はまたいつか💦)ということは、脚は踏ん張れないので腕の力only。とはいえ、術後のリハのお陰で、車椅子かベッドやトイレの移乗…着替え…等多少の身の回りのコトは自分で出来るんですが、1番怖いんは、何かの拍子にコケること。流石に、床から車椅子は難易度が高いので💦訓練はしたのですが、無理でした😞
なので、ダンナが居てない時に……どうしても直ぐに帰宅出来ひん時に……何かあったらどうするか?っていう不安が付きまとっていた訳です。ダンナは、出来るだけどうにかして駆けつけるなり、何かその都度考えるからと言うてくれてましたけど。
物理的に無理な時やその時の状況で、連絡するのが性格上辛いコトもあるし、連絡出来ひん状況も考えられる訳でして……そんな時にダンナが自分を責めるんが兎に角イヤで…。
というコトで、何かあっても「しゃーないやん?」って思うコトに私はなったんです。最悪……最期に間に合わへんかっても「しゃーないやん?私は、後悔ないよ?」って。
誰しもが明日のこと…いや一瞬先は闇なんですが、やはり身体にハンディがある分急変したり、事故の可能性が上がる気がするのです。せやから、心配も人一倍かけてると思うからこそ、ダンナが居てない時に何かあっても自分を責めることなく事実を受け入れて欲しいって思ってまうんです。
コレは、私の個人的見解やしマイナス思考に思う方も居てはるでしょうが……
一緒に居てるからには、出来るだけ楽しく笑顔で居てたい!相手を責めたくない!そんな理想的思考からきた結論なんですかね?