私は221Bの床になりたい

すーっと大きく息を吸い、そして長く吐き出しながら
私は薄く広く伸びていく。
一枚の透明な膜になって床に広がり絨毯との隙間にも潜り込む…
床とぴったり一心同体のようになって息をひそめる。
じわじわと床と馴染んで一体感が出てきたので、そのまま静かに待つことにした。

部屋の主がいなくなっても、ハドソンさんが二、三日おきに掃除をして毎朝カーテンを開けるから
この部屋は今でも住人が生活していたときのままだ。

今朝もカーテンが開けられて、窓から日が差し込んで眩しい。
もうすぐあの男が帰ってくるはずだ。
あの男…

日差しが暖かくついうとうとしていたら下でドアが勢いよく閉まる音がする。
あの男が帰ってきたのだ、シャーロック！
シャーロックが帰ってきた。

彼は相変わらず足音を忍ばせたりはしない。一段おきに階段を駆け上がってきた。
ドアを開ける。
さあ、早く入れ。入って来い！

彼の靴底の感触が伝わってくる。
冷たい。泥がついている。どこを歩いてきたんだか！

無造作に踏みつけながら部屋中を歩き回る。
いや観察しているのか…
安心しろ、暖炉の上のナイフも頭蓋骨も壁の銃弾の痕もソファーの位置もそのままだ。
3年前とどこも変わっていないよ、安心したまえホームズ君。
伝わったかな？いつもの椅子に腰掛けた。
観察は終わったのだろう。

あ、じっと見てる。いや見られてる。
気づかれたか？
近づいてくる。まずいな。
膝をついた。
彼の細くて長い指が、一度だって力仕事などしたことがない指が伸びる。
撫でられるのは…困りものだ。
んんんん・・・

「ハドソンさんワックスを変えたんだな。その他は変わりないようだが。」

ほぅ、椅子に戻ったか・・・

下でドアが静かに開閉したぞ。
あの感じは・・・マイクロフトか！
鍵を持っているのか？いや、マイクロフトに開けられないドアなど、ここイギリスにはないか！
階段を優雅に登ってくるな、シャーロックとは大違いだ。
気取ってる、とも言えなくはないが。

なんだ、ドアは開いてるぞ入って来い。
彼もまた観察しているのか。兄弟揃ってご苦労様なことだ！
どこも変わりはしないよ。

止めろマイクロフト！傘の先でつつくな。
私をつついた傘の先を見てどうする？

「ハドソンさんはワックスを変えたようだね。
弟よ、久しぶり」
「相変わらすダイエットには苦労してるようだな、マイクロフト」
「ふん。3年ぶりの挨拶がそれか」
「わかっているくせに。挨拶なんか無駄だよ。
それより頼んだことは手配できてるだろうな。」
「ああ、準備はできている。いつでも大丈夫だ。」
「そうか！それなら今夜決行だ。」
「どこに行く」
「ジョンのところに。今夜のパーティーに誘うんだ」
「なんて言うつもりだ？」
「？
いつも通りに？」
「そうか…3年ぶりに会ってこれではジョンも気の毒だな」
「何か言ったか？」
「いや」

あわただしく階段を降りていく音がして、マイクロフト一人が残された。
「この床・・・新しいワックスはなかなか感じがいいな」
照れるじゃないか！でも私はワックスじゃないんだよ。

＜続かない予定＞


追記
なんか一部で重大な誤解が生じてるような気がするからあえて言いますが
この床は私ではないです
私の願望でもないよ！
いや、ホント！信じて・・・・

って今度は別の誤解が生じたのでしょうか？＾＾；
あの、これは、私の完全オリジナル創作です




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