仕事を終え、行きつけの酒場に腰をおろすと、いつも粋の良いママさんが珍しく着物を着て、割烹着(今の若い女は、割烹着を知らンそうだ。)をつけて、やけにしっとりとした・・?格好をしている。
「ネェ、今日珍しいものが入ったのでご馳走するわネ。」そう言いながらコトコトと、カウンターの向こう側で盛り付けをしている。
「何だと思う?蕗の薹とタラの芽が田舎から送って来たの。昨日、兄夫婦が採りたてを送り、そして今日でしょ、ホーント便利よね。それで田舎を思い出し、いつも着物姿で料理していた母のように私もこんな格好してみたの。」
「ハイ これ。これは、タラの芽の天ぷらとゴマ和え・・・こっちは蕗の薹のおひたし。 特に美味しいってものじゃないけど、何となく郷愁が感じられるし、なんてったって今、春を食べているって気がするでしょ。」
割烹着のママは手際よく料理の用意をしながら、合間にそつなくお酒を注いだりもしてくれている。 男も、北国で生まれ育ったので、山菜採りの事はよく覚えていた。
ーーーすっかり雪が融けた頃、隣の婆ッちゃは村のわらす(童・・わらし)等を、村のはずれの野山に山菜採りに連れて行ってくれる。土筆(つくし)だの蕗の薹だの、そしてワラビやノビロやタラの芽等々。半年も雪に閉ざされていた北国の春は懐かしい土の香りがしている。
婆ッちゃは土手の堤にわらす等を座らせ、いろんな話をしてくれたものだ。 「ほだばよ、爺ッちゃとこのベコがよ、ちち(乳)がようけ出るもんじゃけに、おまンらの家にもろうともらって・・・。」 そんな話を遠くに聞いたような気もするが、少年だった男には一学年上の、いっちゃんの横に座ったというだけで胸はドキドキと、寡黙の少年にしていた。
あの時のいっちゃん、今どうしているのだろう。 あれから30年・・・・・
「しーさん、どうしたの・・? 蕗の薹持ったまま、なぁーんにもしゃべらんと・・・。」
完
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