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ペンネーム牧村蘇芳のブログ

小説やゲームプレイ記録などを投稿します。

禁断の果実 第24話(完)

2025-02-03 20:47:42 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完
 個人の持つ魔力は、個人の成長過程の途中において開眼する。
 成長過程の中で、剣の技を鍛えた、炎の魔法を好んで使った、
 多くの人を癒しの魔法で助けた、己を肉体を極限にまで鍛えた、
 等と、何か一つでも他人とは極端に違う何かをしている事で、
 魔力が生まれるのだ。
 人の体の7割が水で出来ている以上、魔力はどうしても水に傾きやすい。
 だが魔法を使う者は、好む魔法で魔力が決まるといっても
 過言ではないのだ。
 ケイトのように火を好めば火の魔力が、
 キャサリンのように風を好めば風の魔力が自らに宿る。
 自分の力をアップしてくれる魔力だが、
 これらにはそれぞれ長所と短所がある。
 火は水に弱いが金には強いといったものだ。
 だが“空”の魔力だけは例外で、弱点が無い。
 まあ、こんな魔力を得る者など滅多にいないのだが、
 王国内で語られる手出し厳禁の5人は例外中の例外であった。

 ケイトがイヴに聞かせた5人は、全員が空の魔力保持者だったのだ。
「一人目は、イルハン・ブラッド。
 王宮騎士団の参謀長よ。
 二人目は、サイラス・ウィン・レシーア。
 王宮魔法陣の一人で、セレネ魔法学院の理事長も兼任する、
 精霊魔法最高の使い手ね。
 あたしの妹の師でもあるわ。
 三人目は、セイクレッド・ウォーリア。
 王宮護衛団の責任者で六英雄の一人。
 “真紅の魔剣士”って二つ名を持つ悪即斬タイプよ。」
 ここでイヴは、疑問符丸出しの顔をした。
「え?
 でもセイクレッドって人、私に対する処罰は優しかったですよ。」
「ニードルでの強制労働が優しいわけないじゃない。
 国の仕事で一番死亡率が高い仕事なのに。」
「あ・・・!」
 言われてみればそうだ。
 極悪人を狙う以上、殺される確率は遙かに高いだろう。
 ひょっとしたら私は、騙されたのかしら?
 ケイトは、蒼白となるイヴの想いを気にもせず、続きを語る。
「四人目は、ポーラ・ウィン・アブドゥル。
 王宮魔法陣の一人で、魔法使いギルド“アーク”の長も兼任してるわ。
 あたしの師よ。
 そして最後の五人目は、レオン・フィレ・ウィリアムス。
 あらゆる投擲・射的武器のスペシャリスト。
 王国承認暗殺ギルド“ニードル”の長を務めてるわ。
 あ、イヴの長ってことにもなるわね。」
 イヴの青い顔色が、青を通り越して白くなったようだ。
 死亡率が一番高い仕事に入れられて、
 挙げ句の果てに長が危険人物ときたもんだ。
 だが、それでも既に覚悟を決めていたイヴに、迷いの色だけは無かった。
 内容はどうあれ、せっかく手に入れた表の仕事なのだから。
 堂々と大地を歩める世界に、やっと踏み出せたのだから。

 ソルドバージュ寺院の地下3階。
 親族のいない方々が亡くなった場合、ここにある共同墓地に納骨される。
 共同墓地は、駅のコインロッカーのような造りで、
 その小さな扉の一つ一つに亡くなった者の名と戒名が刻まれている。
 戒名は、一般的には種族名が付く。
 ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ホビット、などなど
 その者の種族がそのまま刻まれる。
 但し、国に対して功績を挙げた者には、
 種族に関係なく天使名が与えられる。
 功績の度合いにより、最下位エンジェルから始まり、
 最上位ヤーウェまでの多段階ランクだ。
 これに相反して、悪行を重ねた者には悪魔名が付く。
 ソラスからルシファーまでの多段階ランクが。
 ここに新たに納められた骨には、種族名が刻まれるのみであった。
 麻薬をばらまき、自らも破壊神と化したものの、
 それによって破壊した大半は
 ナンバー3の盗賊ギルド“セイル”に過ぎなかったからだ。
 悪人撲滅に一役かったような見方もあり、
 戒名を付けるのには僧侶の意見が分かれたため、
 種族名でまとまったようである。
 扉には小さな燭台が付いている。
 アリサは、新しい蝋燭をセットすると、静かに火を付けた。
 軽く十字をきり、死者に祈りを捧げる。
「願わくば、次なる生誕には温かな家族の元で。」
 長い蝋燭の火は、いつかは小さくなって消えてなくなる。
 その時は、納められた骨と灰が、
 寺院裏の共同埋葬地に埋められる時なのだ。
 生きとし生ける者は皆、水から生まれ地に帰る。
 この世界の言葉だ。
 死後、骨と灰だけになろうと、全てが腐食していこうと、
 最後はいつか必ず、皆、自然の中に帰るのだ。
 これからの者たちへ、大地の恵みを与えるために。

 禁断の果実(完)
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禁断の果実 第23話

2025-02-02 12:28:48 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完
 ケイトは、おもむろに扉を開けた。
 目の前の黒衣の美女は、ケイトに深々と頭を下げる。
「初めまして。
 禁断の果実の種の処分を依頼したイヴといいます。」
「あ、あなたがイヴ!」
「依頼が無事に終わりましたので、料金を支払いに来たのですが・・・。」
「あ、ど、どうぞ、入って。」
 まさか、ニードルの人間が依頼人だったなんて。
 応接室にイヴを通し、ソファーに座らせた。
 死の黒衣とまで呼ばれるニードルを相手にするのは、
 さすがのケイトも緊張する。
 そしてイヴは、持ってきたトランクをテーブルの上に静かに置いた。
「依頼料は、トランクごと受け取ってもらいたいのですが。」
「えぇ!?」
 ケイトは、失礼しますとトランクを開けて中身を確認した。
 中には、ルーフ金貨が山と入っていた。
 今では2年に1度しか製造しないとまで言われている、
 稀少価値も高い金貨であった。
 それが、トランクいっぱいに入っている。
 いくらなんでもこれはちょっと・・・。
「ね、ねえ、イヴ。」
「はい?」
「いくらなんでも、もらいすぎよ。
 いったい、何百枚入ってるの!?」
「あ、確かに。
 私からの仕事依頼料は、そのうちの200枚です。
 私の、シーフギルド当時の全財産です。
 今日から晴れてニードルの実行部隊になりましたので、
 その時のお金は全て手元から無くしたかったんです。
 もちろん、依頼をこなしてくれたお礼の意もありますが。」
「そ、それはありがと。
 でも、あのね、それでも多すぎるわ。」
 イヴは、1枚の書面を差し出した。
 ニードルからのものだ。
 ケイトはそれを受け取り、静かに読みふける。
 そして、ようやく納得の表情を見せた。
「そっか。
 私が果実の木を守っていたときに殺した50人近くの人間は、
 全員がシーフギルドの人間だったのね。」
 ようは、その人間すべてが賞金首の対象だったらしい。
 書面には、以下の文面が書かれていた。

 ケイト・セント・ウェストブルッグ様
    この度は、盗賊ギルド“セイル”の壊滅にご協力頂き、
    誠にありがとうございました。
    配当金は、1人当たりが1500リラと大変少額ではありますが、
    稀少価値の高いルーフ金貨にてお渡ししますので、
    これでご了承頂きますよう、お願い申し上げます。

    51人×15ルーフ=765ルーフ賞金配当

 金鉱山の産出が年々減少していることから、
 今では1ルーフの価値がかなり跳ね上がっている。
 昔は固定レートで、
    1リラ (銀貨)=10ラード(銅貨)
    1ルーフ(金貨)=10リラ (銀貨)
    ※おおよそ、金貨1枚が1万円、銀貨1枚が千円、
     銅貨1枚が百円の感覚。
 だったのだが、近年はルーフ金貨に限り、
 倍近い価値にまでなってしまっている。
 すっかり変動しまくっていた。
 昔は金が予定より多く産出しても、ゴールド輸出量規制法に基づき、
 市場に出回る金の量を一定に保っていた。
 だから固定レートでいけたのだが、今では資源減少の現れか、
 産出量が一定量にすら達していない有様なのである。
 イヴの全財産が200ルーフと語っていたが、だからって、
 イコール2000リラとは限らないのだ。
 ひょっとしたら、その2~3倍かもしれない。
「それもあって、私の最初のニードルでの仕事は、
 この金貨の配送業と言われたんです。
 でも、あなたに会えてよかった。
 ずっとお礼が言いたかったの。」
「お礼って言われても、結局は果実の種は木になるし、
 最悪の結果だと思うわ。
 処分出来たのは、麻薬中毒者を全員焼き殺した後で、
 母の錬金術に頼ってようやくだったもの。」
「そんなことない!
 私は、大好きなこの国が破壊神の手で滅ばないようにしたかったのよ。
 あなたは見事にそれを成し遂げてくれたわ。」
「・・・ありがとう、イヴ。」
 今度は、ケイトがイヴに深々と頭を下げて礼を言った。
 そしてその後で、
「じゃ、この金貨は確かにトランクごと受け取ったわ。」
 そして、確認するように、
「まさか、この金貨にまで魔鍵かけてないわよね!?」
 ちょっと間を置いてイヴが、堪えながらも笑ってしまっていた。
 トランクではなく“金貨”と語るあたり、
 ケイトは魔鍵の本当の恐ろしさを知っているのだろう。
 だが、それでもイヴは吹き出さずにはいられなかった。
 最初に渡していた箱の魔鍵に苦戦したのが、感じ取れたからだ。
 それを見たケイトも、つられて一緒に笑っていた。
「あ、ごめん。
 お茶も出してなかったわね。
 今、用意するから、ゆっくりしていってね。」
 ケイトが立ち上がった。
 ドールはお出かけなのか、自分で用意するらしい。
「じゃ、お言葉に甘えるわ。
 聞きたい話もあるし。」
「何?」
「ケイトなら知ってると思うんだけど、
 王国で手出し厳禁の5人って全員分かる?
 よかったら教えて欲しいな。」
 いつのまにか、2人はお互い名前で呼び合っていた。
 いい親友が出来たことに、お互いが喜んでいるようだった。
「え?イヴ知らないのぉ!」
 驚きながら、コーヒーとケーキを持ってきた。
 そして、向かいのソファーに再び座る。
「じゃあ、教えてあげるわ。まず、1人目は・・・。」
 今、イヴは、ようやく安らかな空間を得ていたようだった。
 今までは出来なかった、親友が出来た。
 何気ない会話も出来るようになった。
 ごく当たり前の事が、こんなに幸せなことに改めて身をもって知った
 イヴであった。

 元フォルター男爵の領地。
 現ガーディア国の領地に、ケイトの母アニスと妹のキャサリンが来ていた。
 裏結界器に類似した物が、腐敗した地の四隅に設置されている。
 それには、炎の精霊サラマンダーの模様が刻まれていた。
「それにしても、本当に随分と腐敗したものですわね。」
 アニスが、半ば呆れたように口に出した。
 農地拡大の一環で地を掘り起こしたところから、
 古き時代の廃棄物が大量に出没。
 それが全ての原因らしい。
 異常な腐臭を吐き出すそれらは、魔王ベルゼブブの死蠅に匹敵するほどの
 威力で、瞬く間に地を腐敗させていったのだ。
 地からは異臭がし、そこから生えた草木は枯れ果てて変色している。
 生活水となる川が近くに無いのが、唯一の幸いと言えた。
 この広大な腐敗した地を、本当に3年間で復活出来るのだろうか?
「じゃ、はじめま~す!
 皆さん、離れてて下さいね~!」
 キャサリンが辺りの人々に叫ぶ。
 土壌復活の有様を一目見ようと集まった、農業、林業を営む人たちだった。
 皆、固唾をのんで見守っている。
 キャサリンが、封魔術特有の印を結び、裏結界器を発動させる。
 ブブブと、奇妙な音を立てていた。
 刻印が赤く光る。
 すると、ゴオオと音を立てて裏結界器から炎が出現した。
 四辺が炎の壁となるや、その中では炎の精霊サラマンダーが出現し、
 枯れた草木や腐敗した地を焼いていく。
 見に来ていた人々は、凝視していた。
 こんなことをして大丈夫なのか?
「あ、あの・・・本当にこんなことして、大丈夫なんですか?」
 農地が焼かれる有様を見て、ついに耐えきれずに口に出していた。
 キャサリンはニコリと笑みを見せて応える。
「大丈夫ですよぉ。
 火は地を育む力を持っているんです。
 精霊サラマンダーは、あらゆる腐敗した地を元の地に戻すのと同時に、
 土壌を完全に再生してくれる、炎の上位精霊フェニックスを
 呼んでくれるんですよ。」
 説明している間に、炎で出来た巨大な鳥が結界内に出現した。
 周りで見ている皆が、感嘆な声を上げる。
 あの鳥に再生出来ない物は無い。
 必ずや復活する。
 ようやく、人々が安堵のため息をもらした。
「この裏結界器を、他の腐敗した地でも使えば、もう大丈夫ですね。」
「そうですが、また、この結界器が再利用出来るまで数ヶ月かかります。
 魔力を再蓄積するのに時間がかかるんです。」
「・・・なるほど。
 だから3年もかかるのか。」
「だから、あとは母の薬にも頼って下さい。」
 その母は、液体の薬品を小瓶に入れてきていた。
 とりあえずのサンプル分を持ってきたようだ。
「この液体は、水で10倍に薄めて使用して下さい。
 腐敗した地にかければ、瞬く間に土壌が復活します。」
 水で10倍とは、随分と濃縮した薬品らしい。
「国の錬成場を一部お借り出来ましたから、
 明日には、皮製の大きな水袋で1000袋を用意出来ますわ。」
 国の錬成場とは、主に国の病院“シーズン・ホスピタル”に供給する
 医薬品を作っているところである。
 作業員も約500名ほどおり、皆、現在の化学“錬金術”の知識豊富な
 メンバーの集まりであった。
 ちなみにそこは、アニスの実家が経営しているところである。
「ありがとうございます。
 早速、ご活用させていただきます!」
 その薬品に、アニスは禁断の果実を大量に使っていた。
 聞きもしないから答えもしないアニスだが、あのとき大量にもぎ取った
 果実は、全てこの薬品の原料となっていたのだ。
 麻薬の効果を無くすのには苦労したようだが、
 苦労した結果は得られたらしい。
 ついでにあのワクチンも大量に作ったらしく、
 それは国の錬成場を通して病院に高値で売っている。
 いったい、いくら稼ぐ気なんだか、この魔女は。
 その日の作業を終えた魔女とホエホエ娘は、
「まったく嬉しいわね~。
 こんな美味しい仕事が手に入るなんて、ケイトに感謝だわ。」
「お姉ちゃんも儲かったのかなぁ?
 儲かってるといいね~。」
 金のことしか頭にないようだった。
 が、母にして思えば、
『裏結界器を街中で使われなくて良かったわ。
 父さんにも感謝しなきゃいけないわね。』
 裏結界器の能力を間近で見ただけに、
 恐怖の念だけはなかなか消えなかった、母アニスであった。

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禁断の果実 第22話

2025-02-01 21:02:35 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完
 フォルター男爵の領地。
 そこで暮らす人々に報が入ったのは、3日後のことであった。

 隣接する巨大12国家の1つ、ガーディア王国に吸収合併。
 領地民の、農業および林業を営む者への完全救済措置が決定。
 但し、救済期間は土壌活性化完了予定の3年後までとする。
 領地は、ガーディア王国領第6分地とし、
 責任者をフォルター男爵に任命する。
 この分地にての農業、林業、貿易を主な管理業務とする。
 分地と空港は、新設された王宮騎士団第5軍を警備隊とする。
 責任者は、アガン・ローダーとする。

 そのアガンは、室長と共に取調室の隣の部屋に来ていた。
 ガラスの様な壁の向こうの取調室の様子が、とてもよく見える。
 そして声も聞こえる。
 だが、それでも、こちらの声が取調室に聞こえることはない。
 また、姿も見えることがない。
 そんな、特殊な魔法壁の向こう・・・
 取調室には、セイクレッド・ウォーリアに質問されている
 イヴの姿があった。
 イヴは、自首してきたらしい。
「フォルター男爵は、ポストにアサッシンギルドとの連絡方法や、
 白紙の“雄羊の契約書”が投函されていたという。
 それは、おまえではないんだな。」
「ええ。
 私は種を奪取しただけにすぎないわ。
 だから、ひょっとしたら最初から
 何者かに監視されていたのかもしれない。」
 アガンと室長は、黙したまま聞いている。
「何故、そう言い切れる?」
「私は、早朝時間に王城前広場で盗賊共に狙われたわ。
 人混みにまぎれて仕事をする盗賊が、
 人通りの少ない早朝に表に出ることは異例なの。
 護衛団に狙われやすくなるだけだからね。」
「木の葉を隠すなら森の中ってやつか。
 人混みの中で盗賊稼業というのは、
 意外ではなく常識ということか。」
「そういうこと。
 でも、この国から南に10キロも離れた領地の人間の監視
 というのにも疑問があるわ。
 だから私は、領地と王国の間にある空港があやしいと思うの。」
「そこに、敵の本拠地が?」
「わからない。
 でも王国の外にそんな組織があるということは、
 私のいた盗賊ギルドにも無い情報だわ。
 だから確信が持てないのも事実よ。」
 だが、そんな情報でも、セイクレッドは手応えを得たような笑みを見せた。
 言うなれば不敵の笑みだ。
 イヴが、彼の表情にゾクリとする。
 彼は、王国では手出し厳禁とまで恐れられる5人のうちの1人。
 “真紅の魔剣士”であった。
「いや、それだけ聞けば充分だ。」
 そう言うと、セイクレッドはアガンと室長のいる部屋の壁を叩いた。
 まさか、気配で気付いたのだろうか。
 2人が隣の部屋へと移動する。
「アガン!」
 イヴが声を上げたが、アガンは黙したままだ。
 表情も変わらない。
 ビルの行動を止めた話の全容は、イヴも熟知しているからか、
 お互い何も言えなかった。
 それでも間をおいてイヴが、
「ありがとうね。」
 と、一言だけ口にした。
 アガンは軽く目をつむり、無言で頭を下げる。
 言葉が見つからないのか。
 それとも、これが彼の礼儀なのか。
 セイクレッドは、アガンに向けて語り出す。
「聞いてのとおりだ。
 新しい将軍殿には酷な話だが、
 どうやら空港が“奴ら”の接点になっているのは確かなようだ。
 俺が集めた他の情報と合わせると、空港のどこかに“奴ら”の支部がある。」
「奴らとは?」
 アガンは、フォルター男爵の領地と空港の警備が仕事となる。
 空港に何かあるとあっては、もはや他人事ではないのだ。
「ブラック・シープという、世界最大の闇組織だよ。」
 ブラック・シープとは、本拠地不明、構成人数不明。
 それでいながら盗賊ギルドと暗殺ギルドを顎で使う、
 最大の暗黒組織と言われている。
 そんな奴らの支部が、空港にあるという・・・。
 空港の警備とは表向きの台詞だ。
 実際には、空港の監視ではないか。
 女王はまさか、これを視野に入れて警備と語っていたというのか。
 1番に恐るべきは、女王の計画的な組織編成の凄さと言えた。
 カチン、カチンと、アガンの腰元で音がした。
 暗黒の魔剣が鞘から出たがっている。
 ブラック・シープを語る者共の血が吸いたくて、
 うずうずしているのだろう。
 アガンもまた、新しい巨大な敵の存在に内心歓喜していた。
「お任せ下さい。
 第5軍が、必ずや奴らの首を王に献上してみせましょう。」
 室長が、一任したと言わんばかりにアガンの肩を軽く叩いていた。
 そして、セイクレッドがアガンに語る。
「来たついでで悪いが、イヴを“ニードル”の本部まで連れていってくれ。
 彼女は今後、そこで働くことになる。」
 王宮魔法陣“闇夜の陣”に入る最後の1人はイヴであった。
 この台詞には、イヴ自身が驚いた。
「私が・・・ニードルに?」
「禁固数年後に外へ解放しても、
 他の闇組織から命を狙われている身ならば、
 逆に奴らの命を狙う部署に配属すれば問題ないだろう。」
「確かにそうですが・・・いいのですか?
 私が入隊しても?」
 ニードルの入隊試験は、かなり厳しいと言われている。
 100人受けても1人も合格しないことなど当たり前。
 そのうえ入隊試験自体が年に1回しかない。
 これに推薦入隊出来る者となると、
 余程のポテンシャルを秘めた者でなければ不可能だ。
 それでも、イヴは推薦合格なのだろう。
「魔鍵のイヴの話は、私も耳にしている。
 それだけの実力者なら、すぐに実践投入出来るはずだ。
 故に禁固は無い。
 3年間の、ニードルでの強制労働が実刑となる。
 それ以後は、普通にニードルの職員となるだけだ。
 除隊する事は可能だが、入隊したままでいる事の方を勧めるがな。」
 これだけの台詞を聞くや、イヴは深々とセイクレッドに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「ニードルの本部へはどう行けば?」
「一旦、城を出て右に曲がれ。
 王城区域西部にある、一番デカイ建物がそれだ。」
「わかりました。」
 イヴは、アガン、室長と共に、ニードルへと向かっていった。
 イヴをニードルに預けるや、アガンは室長と共に城へと戻っていった。

 その少し後、
「あ、やっぱりイヴもこちらに来ましたか。」
 ルクターが、ひょっこりと現れた。
「ルクター!
 そうか、あなた、ニードルに所属していた暗殺者だったのね。」
「まあ、そうなります。」
 何を言われても、ルクターはお馴染みのノンビリ口調だ。
 しかし、ここが本当に暗殺ギルドなんだろうか?
 玄関を入ったロビーは広い。
 受付カウンターには受付嬢からおり、
 他のフロアには喫茶店やビリヤード場、ダーツ場まである。
 ゆったりと座れる3人掛けのソファーは、
 軽く目を通しても20はあるだろう。
 まるで、高級ホテルみたいだ。
 ルクターは、受付カウンターに顔を出した。
「副官、お久しぶりでございます。」
 同伴していたイヴが、ギョッとした。
 まさか、ルクターは、ここで2番目に偉い人なの!?
「新規登録者のイヴ宛てに仕事はありますか?」
 さっそく仕事ときた。
 職員の紹介などは後回しのようであった。
「暗殺の仕事は今のところありませんが、宅配業務が1件あります。」
 そう言うや、受付嬢はトランクをイヴに差し出した。
 見覚えのあるトランクだ。
「あ!
 私の盗賊ギルドで使っていたトランク!」
「盗賊ギルド“セイル”が壊滅した後、
 王宮護衛団が徹底捜索した中に見つけた物です。
 これには、あなたの全財産が入っています。」
 全財産と言っても、もはや金品以外は価値のないものばかりだ。
「中には現金しか入っておりません。
 物は全て金に換算しています。」
 イヴは、これだけ言われるや、すぐにピンときた。
「そうね。
 まだ彼女に会ってもいなかったし、仕事料も払っていなかったものね。」
「今すぐに行きますか?」
 ルクターに声を掛けられ、イヴが素直に首を縦にふった。
「行って来るわ。
 お礼も言いたいし。」
 ゼロからの出発に、イヴはむしろ喜んでいるようであった。
「では、これに着替えて下さい。」
 受付嬢が、着替え一式の入ったような背負い袋を手渡した。
 袋の皮生地は厚く、冒険者が欲しがるような丈夫な物だ。
「これは?」
「王国承認暗殺ギルド“ニードル”の、実行部隊の女性用制服です。
 全身をまとうタイプですが、季節に分けて4タイプの服が用意されており、
 とても動きやすく機敏と評判です。
 今は初秋の季節なので、秋向けの服を2着用意しました」
「ありがとう。
 更衣室はあるのかしら?」
「喫茶店フロア奥に、洗面所、バスルーム、更衣室等がございます。」
 冗談抜きで、ホテルのようであった。
 どこか矛盾な感覚を抱いたまま、更衣室へと向かう。
 そこで背負い袋を開けるや、目を見張るものがあった。
 暗殺ターゲットのリストがある。
 どこに住んでいるか、その者の名は、
 その者を殺した時に得られる報奨金は、などが綿密に記載されていた。
 組織で名を挙げたければ、この者たちを殺せということなのね。
 高級ホテルの一員になれたような表の景色とは裏腹に、
 現実は実力重視の厳しい仕事が、すでに待っていたのだった。

 ケイトと言えば、ふてくされていた。
 仕事の内容が錬金術絡みだっただけに、
 母に仕事を奪われたような感じがして、どこか腑に落ちなかったからだ。
 更には強敵スーレンを、妹キャサリンに奪い取られ面目丸つぶれの気分に。
 挙げ句の果てには、テリスから花捜索の仕事料を得たものの、
 肝心のイヴとは一度も会っておらず、
 人形娘も彼女の後の行動を理解していなかったからだ。
 タダ働きになるのかしら?
 後から聞いた話だが、
 どこかの馬鹿が母に呪いのある契約書を書かせたらしい。
 怪鳥ロックの羽根ペンに気を取られ、
 “忘却のインク”の存在に気付かなかった間抜けな馬鹿は誰だったのかしら?
 あれで書かれた契約書は、全て白紙と化してしまうのに。
 その母は、国から仕事を得たらしく、
 ここ数日は地下の錬成場をフル稼働している。
 何をやっているのやら。
 妹キャサリンも、新開発の製品の依頼を国から受けたようだ。
 あたしに、しょっちゅう“火”の事について聞いてくるから、
 その類のものを作っているんだろう。
 2人とも、見通し明るくていいな~。
 羨ましさ全開のケイトであった。
 喫茶店アリサにでも行って、ケーキ食べまくろうかな~。
 食にストレスのはけ口を求めるケイトであった。
 が、今回もそう簡単には外出を許さない。
 魔術探偵事務所の扉が、軽くノックされた。
「誰かしら?」
 覗き窓を覗く。
 そこには1人の女性が立っていた。
 随分と大きめなトランクを手にしている。
 が、そんな事は問題ではない。
 ケイトは、その女性の衣装に驚いた。
 上下ともに漆黒の衣装は、気温体感保護を施した特殊な服だ。
 その胸元に、鋭い銀の針を光らせたイラストがある。
 おそらくは、背中にも同じイラストがあるだろう。
 それは、王国承認暗殺ギルド“ニードル”のものであった。

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禁断の果実 第21話

2025-02-01 13:19:29 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完
 この様な場面は、二人も願っていたに違いない。
 背丈から体格、構えまでが同一に見える二人は、
 年齢からいえば親子のような感覚だ。
 剣に気を込めて放出するのを得意とするレクスタン剣術は、
 ただそれだけの剣技ではない。
 もし、そんな技を使えば近くの床や柱はもちろん、
 天井までが木っ端微塵になる。
 ここでそのような技が厳禁なのは、
 両者、言われるまでもないことであった。
 女王エレナが、
 リラ銀貨を二人の間に一枚放り投げる。
 それが、床に落ちた瞬間、アガンが先制した。
 剣先を向け、突きの体制で喉元を狙う。
 ヴェスターが難なく剣で払ったかと思うや、
 アガンが、そのちょっとの反動を利用して
 迅速に背後に回りながら、胴元を剣で襲った。
 しかし、ヴェスターの剣はその動きを読んでか、
 振り向くことなく剣を背に回して難なく受け止めた。
 この時、軽くズンと鈍く響いた音がしたかと思うと、
 アガンが数歩後退して間合いを取り直した。
 瞬間の攻防は引き分けか。
 次はヴェスターから攻めてきた。
 剣を交錯させ、絡ませてアガンの剣をはじき飛ばす気だ。
 だが、アガンが剣と剣のかみ合わせを鍔もとまで引き寄せ、
 弾かせない。
 数秒の膠着。
 突如、アガンが背を向けず後退し、一気に面を狙おうとした。
 が、ヴェスターの反応が異常に早い。
 アガンの後退に合わせて、その動きについていく。
 頭頂が狙えない。
 ここでアガンは動きを止め、なんと剣先を己の方へ向けた。
 柄の部分で喉元を狙う。
 それでもヴェスターは合わせ、剣の峰ではじき返した。
 そしてお互い、正面から剣を振り下ろした。
 ヴェスターはこれを剣で受け止め、弾き、反撃する。
 この激しい剣と剣とのぶつかり合いの攻防が何分続いたろう。
 両者共に動き乱れず、息も切らさず、
 互角の金属音が部屋を轟かせていた。
「そこまで!」
 女王が叫ぶ。
 二人が静かに剣を納めた。
「どうでした、ヴェスター?
 彼の実力は。」
「素晴らしいですね。
 ここまで私と競り合える男は久しぶりですよ。
 まだ楽しんでいたかったんですが、やはり持ちませんでしたね。」
 その台詞の直後、二人の手にしていた剣が音を立てて割れた。
 なまくらな剣故にといったところだろうが、
 その限界を見抜いて止めた女王エレナの眼力も凄い。
「アガンも見事でした。
 では今後、与えられた仕事を忠実にこなせるよう努めなさい。」
「ヴェスター殿とお手合わせの機会をくださり、
 ありがとうございました。」
「では、謁見はこれにて終了とします。」
 言葉を交わし、アガンは室長と謁見の間を離れていった。
 テリスとルクターは、ヴェスターと共に離れていった。


 廊下を歩くテリスが、ルクターに声をかけた。
「あなた・・・何者なの?
 “ニードル”に所属って女王が言ってたけど、
 “ニードル”って何なの?」
「僕の副業ですよ。
 吟遊詩人だけでも充分やっていけるんですが、
 昔、ある事件がきっかけでスカウトされまして。」
「もう!
 あたしが聞きたいのは、本業とか副業とかじゃなくて、
 “ニードル”の仕事の中身よ!」
 この声には、ヴェスターも『おや?』
 といった表情を見せた。
「ご存じないのですか?」
「え、ええ・・・有名なんですか?」
「有名ですよ。
 極悪人を専門に狙う、
 王国承認のアサッシン・ギルドですから。」
 テリスが驚愕した。
 確かにルクターは、仕事休みの日といえば
 ガーディア王国に足を運んでいたけど、
 まさかそれが暗殺の仕事目的だったなんて。
 でも、王国が承認していて堂々と暗殺と語ることを、
 果たして暗殺と呼ぶのかしら?
 ハンターの間違いじゃないの?
 ヴェスターはルクターを見、静かに語る。
「デッド・シンフォニーのルクターと言えば、
 確かニードルの副官でしたよね。」
「まいったな、そこまでご存じでしたか。」
 ルクターは、何を言われても
 ニコニコ顔のノホホンぶりだ。
 キャサリンといい勝負かもしれない。
 話しながら歩いているうちに城の外へと出た。
 が、ヴェスターが
「こっちに寄りますよ。」
 と言って、王宮魔法陣の塔へ向かって歩き出した。
「私たちもですか?」
「ま、正確にはテリスさんに用があるみたいです。」
 みたい、ときた。
 どうやらヴェスターは、
 あらかじめ頼まれていたようである。
「あたしに?」
「もう1つの条件を聞いていなかったでしょう?」
 テリスがそれを語られてハッとした。
 聞かないでしまった私も私だが、
 女王が言わなかった2つ目の条件とは何だったのかしら?
 王宮魔法陣の塔を入るや、
 昇降機に乗って3階に着くボタンを押した。
 扉が閉まるや、体験したこともない奇妙な浮遊感が
 テリスとルクターを襲う。
 到着した感想は、
「三半規管が狂いそう・・・。」
「面白い乗り物ですね。」
 との、2者対極な応えであった。
 どっちがどっちの応えかは、語るまでもない。
「この塔には、王宮魔法陣の全ての部署が存在します。」
 廊下を歩きながら、
 ヴェスターが観光客相手に語るように説明しだした。
「1階には、聖刻の陣、
 2階には、皇王の陣、
 3階には、幻惑の陣、
 4階には、破封の陣、
 5階には、星界の陣があります。
 この塔のどこかに6つ目の陣が存在するという話もありますが、
 私は目にしたことがありません。」
 奇妙な絵が描かれた壁の前に着いた。
 その壁に突っ込む様に、ヴェスターが歩いていく。
 ヴェスターは壁に溶け込み、消えていった。
「幻の壁!」
 二人揃って声を上げるや、二人ともヴェスターに続いた。
 そこは、壁や床、天井にいたるまで渦巻き状の模様を描いた
 奇妙な部屋であった。
 目眩がしてきそうだ。
 幻惑の陣。
 ここは、全ての幻を扱う部署である。
 何故、こんな奇妙な部署が存在するのだろう。
「ようこそ幻惑の陣へ。」
 ルクターに負けない優男が、二人に声を掛けた。
「私はここの長で、イリス・ウィン・ソラリスといいます。」
「あなたがイリス!」
 テリスが驚愕の声を出した。
 幻術師であるテリスにとって、イリスは超有名人なのだろう。
「私のことを知ってくれているとは、光栄ですね。」
「亡き母に聞いたことがあります。
 ミリエーヌ家と互角以上の幻術の使い手の存在を。
 六感全ての幻術だけでなく、魔感幻術をも極めた天才がいると。」
 幻術魔法は、大きく6つに大別されている。
 嗅覚系幻術。
 視覚系幻術。
 触覚系幻術。
 聴覚系幻術。
 味覚系幻術。
 第六感系幻術。
 それぞれが、それぞれの感覚を狂わせることを目的としている幻術だ。
 特に敵の勘すら狂わせる第六感系幻術は、
 習得の難易度も高く容易ではない。
 魔感幻術とは、それ以上の難しい幻術で、
 習得出来る者はいないとまで言われた幻術だ。
 故に説明は出来ない。
「女王からの2つ目の条件は、あなたの口から語られるのですね?」
 テリスが正面から凛として語る。
 よくよく考えれば、夢のような条件だけで済むような甘い事など
 世の中には無い。
 では、ここで語られる条件とは何なのだろう?
「私の組織下に入ってもらい、
 幻惑の陣の仕事をしてもらいたいのです。
 あなたと、あなたの元に来る少女達に。」
「どんな仕事なのですか?」
 イリスは、真剣なテリスの声にニコリと笑みを見せ、
「まぁ、立ち話もなんですから、そこのソファーに座って下さい。」
 席につくことを促した。テリス、ルクター、ヴェスターの3人が座る。
 テーブルには、王国全体の地図が描かれている大きな紙があった。
 赤いインクペンでマーキングされている箇所がかなりあるが、何なのか。
「その地図にマーキングされている箇所は、王宮騎士団と王宮護衛団の
 駐在所です。
 国境沿いと国内地域に数カ所あるのが、騎士団の警備隊で、
 城下町に点在しているのが護衛団の支部です。
 これらの箇所からは、毎日、
 その日の内容をレポートした書面が上がります。
 それを回収してきてほしいのです。」
「つまり、レポートの回収員ですね?」
 何のことはない配送業務だ。
 無茶苦茶な内容でないことにホッとしたが、それは一瞬のことであった。
「更に、あなたがたにも、その回収した支部の状況を、
 あなた達の目で判断してレポートしてほしいのです。」
「それって・・・。」
「はい、目付役です。
 最近国内の動きに不穏があると、予言者フィアナ殿からの
 忠告がありましたのでね。」
 でもまあレポートぐらいなら・・・いいか。
「分かりました。
 お引き受けします。」
 でも、やっぱり、レポートだけでは済まないのだった。
「普段は、こういった仕事もしてもらいます。」
 イリスから、その仕事の内容を聞かされ、テリスは今度こそ蒼白となった。
 そんな仕事が普段の仕事だなんて!
「それは・・・!
 いいのですか、そんな事をしても?」
 目付役のレポートには一瞬だけの躊躇だったが、これには違うようだ。
 確かに、今時の少女たちにやらせる仕事としてはうってつけだろう。
 だが、これを組織的に実施させるとは。
「ここの部署は“幻惑の陣”なのですよ?
 幻惑の名に、最も相応しい仕事だと思いませんか?」
「・・・分かりました。
 宜しくお願いします。」
 少し考え込んでいたが、テリスが決心したようだ。
 どのみち、後には引き下がれないのだから。
 イリスが提示した内容は、言うなれば情報公開であった。
 少女たちに、喫茶店なり酒場なりで、ペチャクチャと周りに聞こえるように
 お喋りしてもらうというものである。
 本当の内容の時もあれば、嘘の内容の時もある。
 国民の、国に対する反応等は、
 国内に流れる情報で簡単に左右されるだろう。
 この世界に、新聞のような瓦版はあっても、インターネットは存在しない。
 紙は劣化してしまう以上、結局最後には古い情報は紙と共に
 風化されてしまう。
 だが、そういった情報すら、町中の会話を延々に続けていけば、
 何代にも渡って人々の脳に記録されていく。
 本当の情報、嘘の情報を円滑に操作する組織。
 それが幻惑の陣の正体であった。
「では、王宮魔法陣の一員になった証として、
 ペンダントを差し上げましょう。」
 大きく渦を巻いたような形のペンダントだった。
 銀で出来ている。
 裏には古代文字のような刻印が施されていた。
「これは?」
「ボルテクス・ペンダントと我々は呼んでいます。
 世界の構成を象徴する模様だと語る人もいますが、
 私は歴史には詳しくないのでよく分かりません。
 今では、幻惑の陣の一員である証となっています。」
 差し出されたペンダントを、テリスは決意を持って受け取った。
「宜しくお願いします。」
 嘘の証言すら真実にしかねない恐ろしい組織の一員になる。
 この真実に、テリスは今になって女王へ一種の恐怖心を抱いていた。
 喜びも束の間の厳しい現実に、間もなくアガンも知る事になる。
 王宮騎士団第五軍新設の真実。
 それは、ただの警備隊ではなかったのだ。

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禁断の果実 第20話

2025-01-31 21:12:45 | 小説「魔術ファミリーシリーズ」ウェストブルッグ1<禁断の果実>完

 城内では、緊急の会議が行われていた。
 女王のエレナ・リブ・ガーディア。
 王宮室室長アルバート・レージ・ラングリッツ。
 王宮魔法陣の長、予言者のフィアナ・ウィン・リノット。
 そして、決して表には顔を出さないという6人目の王宮魔法陣。
 たった4人での会議であった。
「ミシェル。」
 6人目の王宮魔法陣が、エレナに名を呼ばれた。
「はい。」
 声は女性のものであった。
 かなり若く背も低い。
 おそらく、予言者フィアナ同様に20歳以下かもしれない。
 顔をフードで隠している為はっきりとは言えないが、
 女王の前で無礼ではないのか?
「以上の事由から、
 この者等が参入いたしますが宜しいですね?」
 机上には、それぞれに書面が渡されている。
 ミシェルの部署には配属される3人の名があった。
「御意。
 ただ、ここにあるルクター・ソーンは、
 既に我が部署にて勤めておりますが?」
「あら!?
 そういえばそうね。
 彼は“ニードル”の副官でしたわね。」
 女王は気付かなかったらしい。
 ミシェルに言われて『あらま』といった感じだ。
 でも、たいした事じゃないから特に気にしない。
「さて、フィアナの部署も、ラングリッツの部署も、
 彼等の参入に異論はありませんね?」
「ありません。」
 2人、声を揃えての応えであった。
 書面によると、フィアナの直轄
 “星界の陣”に配属されるわけではない。
 幻術師イリスの管轄する
 “幻惑の陣”に配属されるらしい。
 イリス本人は、王宮魔法陣の塔で何やら準備中らしく、
 会議には顔を出していなかった。
 配属者は1名。テリス・ミリエーヌであった。
 ラングリッツの部署も同様に1名である。
 アガン・ローダーだ。
 ルクターを除けば、合計で4名が新規参入するらしい。
 さて、そうなるとミシェルの部署に配属される
 残り2名は誰なのだろう。
「では、今回の緊急会議はこれまでとし、
 私は彼が到着次第謁見に入ります。
 ラングリッツ、準備を願いますよ。」
「承知致しました。」
 エレナ女王は、そう言うや席を立った。
 続いて、ミシェルもその場を去った。
 フィアナとラングリッツの2人が、
 その場に残った。
「フィアナ殿、
 何故ヴェスター殿に予言の全てを語らせず、
 また、フィアナ殿自身が倒れて意識不明だ
 などと嘘をついたのです?」
「予言の対象者に予言を語ることは、
 禁じられています。
 語れば予言は言霊となり、
 それに支配されることになるからです。
 予言は占いではないのですから。」
「なるほど。
 ところでフィアナ殿。
 これで、文字通りの無敵となりますかな?
 我らの王国は。」
「此度の彼等の参入は、
 来るべき対戦の下準備にすぎません。
 辺りの他国との戦だけで考慮するなら、
 王宮騎士団の四将軍で十分です。
 彼等4人にも、明確な説明をお願いいたします。」
 フィアナは、そう言うや席を立った。
 予言者は、常に先へ先へと時代を読む台詞を語る。
 これまでも。これからも。

 城門前に、ヴェスターとフォルターは来ていた。
 そこには、国民の警護を勤める警察の様な組織、
 王宮護衛団の支部がある。
 城内関係者以外の入城許可も、ここで申請出来る。
 警備班のうちの2人が、受付をしていた。
 ヴェスターは、フォルターの事を話した。
「そちらの方の謁見の件でしたら、
 王宮室室長から承っております。
 あと、アガン・ローダー、テリス・ミリエーヌ、
 ルクター・ソーンの3名も来られるようにとの、
 任意訪問による謁見が求められていますが、
 いかがなさいますか。」
 フォルターが、ズイと前に来た。
「彼等に聞かれたくない話もある。
 私の謁見が終了してからという条件なら受けるが、
 それで宜しいだろうか?」
 警備班2人は、この問いに迷うかと思ったが、
 いともアッサリ、
「はい、宜しいです。」
 と、了承してしまった。
 たぶん、ある程度の質問事項を
 予測していたからの対応だろう。
 実にスムーズで良い。
「じゃ、私が3人を迎えに行ってきます。」
 ヴェスターが背を向け、歩き出す。
「ヴェスター殿。」
「なにか?」
「女王殿は、私の考えも
 お見通しかもしれませんな。」
 嬉しそうな表情と声色に、
 ヴェスターも笑みで応えていた。
 王の謁見の場は、普通、王の威厳を示すべく、
 王の両脇に凄腕の騎士または剣士を従えている。
 飼い慣らされた猛獣等も珍しくない。
 が、ここガーディアの女王の場合は例外中の例外で、
 右脇に王宮室室長を1人構えるのみであった。
 城内では魔法を詠唱出来ないので、
 凄腕の魔法使いが右脇に・・・
 などといったことは間違ってもない。
 剣士の1人も付ければいいのにと思うだろうが、
 女王自身が凄まじいまでの剣士であることから、
 彼女自身が剣士を側に構えることを嫌っているのだ。
 室長自身、帯剣しているわけではない。
 女王直属の護衛団“白銀”は、
 ヴェスターを含め全員で7人いるが、
 城内でその存在を確認したことのある訪問者はいない。
 そしてそれは、
 今しがたやってきたフォルター男爵にも同じ事が言えた。
「謁見の場を設けていただき、感謝致します。
 女王殿。」
「フォルター男爵のことは、
 我が宮殿の予言者から聞き及んでおります。
 そして、謁見の場を設けた理由も承知しております。」
 フォルターがピクリと反応した。
「では、私の処罰をお願いしたい。」
「なんの処罰ですか?」
 こう言われ、フォルターは一瞬、唖然とした。
「先程、理由を知っていると・・・。」
「処罰については知りませんし、興味もありません。」
「ですが、私は暗殺ギルドを利用したのですぞ。
 それを・・・。」
「あ、その件でしたら、何もお咎めはありません。」
 唖然を通り越して、呆然としてしまった。
 何もないとはどういうことだ。
「何故です?」
「あなたの依頼した暗殺ギルドの方々は、
 特に何もしなかったからです。」
「そんな馬鹿な!
 私は奴らに、種奪還を邪魔する者どもを
 処分するように依頼したのですぞ!」
「その前に彼等はこの国から消滅しましたので。
 むしろ哀れむべきかもしれません。」
 フォルターには話が見えなかった。
「・・・奴らは、何故消滅したのです?」
「ウェストブルッグ家の次女キャサリンの、
 強制送還魔法にて排除されたのです。
 今頃はワニとピラニアの餌にされて、
 骨も残っていないことでしょう。」
「彼女は無事なのですか?」
「その時は傷一つありませんでしたから、
 ご安心なさい。」
 フォルターはホッと胸をなで下ろした。
 が、そうなると、やはり分からなくなる。
「では、謁見の場を設けたがっている
 という私の理由はどこにあると?
 私は暗殺ギルドを利用したという
 処罰を受けるべくですな・・・。」
「嘘おっしゃい。」
 途中で台詞を遮るように女王が語った。
「あなたは、あなたの国を我が王国へ
 吸収合併を望んでいるのではありませんか?」
 フォルターはギクリとした。
 まさか、そのような将来的構想までをも
 覗かれていたとは夢にも思っていなかったからだ。
「・・・確かにそうですが、
 では、その理由もご存じなのですか?」
「林業と農業を復活させたいそうですね?
 国を無くしてでも。」
「私の国に住んでいる国民には、
 それで生計を立てていた者が少なからずいます。
 しかし、2年続いた原因不明の土地の汚染化に伴い、
 彼等に生活補助金を支払いながら
 土地を復活させようと試みていたのですが、
 結局は・・・。」
「薬品開発者のビルに裏切られ、手段を絶たれたと。」
「はい。
 もはや、私の力では及びませぬ。」
 もはや、藁にもすがる思いなのだろう。
 国民を助けるが為の、最後の手段なのだ。
「吸収合併は構いませんが、条件があります。」
「どの様な条件ですか?」
 エレナは、3つの条件を提示した。
 それを聞き終えたフォルターは、
 またも呆然とした。
「それは、あまりにも私に有利すぎませんか?
 こちらの国に対するメリットは・・・。」
「国土の拡大と貿易空港の確保。
 加えて優秀な人材の参入とあれば、
 私には十分すぎるメリットです。
 土地の復活と国民の生活保護は、
 それらのメリットを得る為なら苦ではありません。」
「承知致しました。
 では、そのようにお願いします。
 しかし、やはり私の処罰もしていただかなければ
 気が済みません。」
「暗殺ギルドへの介入罪ですか?」
 エレナはつまらなそうに語った。
 あまりにも生真面目すぎるからだ。
 でも、まあそこまで言うなら・・・。
「では10日の間、
 強制労働者の監視役を命じます。」
「監視役?
 労働の方ではないのですか?」
「ええ、あなたにしか
 監視出来ない人物でしょうから。
 キツイですけど宜しくお願いしますわ。」
 エレナは、そう言うや、
 フォルターの腰元にぶら下がっている黒球を指した。
 ファルターが、まさかといった表情を露わにした。
「彼とのお話は可能かしら?」
「・・・はい。」
 フォルターが黒球を手に取り、
 もう片方の手で印を結ぶ。
 黒球が妖しく光り出した。
「ギランだったわね。
 聞こえるかしら?」
「・・・ああ、
 聞きたかねえが、聞こえてるぜ。」
 女王に対しても容赦ない台詞である。
「ふふ、いきのいいこと。
 あなた、私に忠誠を誓って
 王宮魔法陣の管轄下で働くのよ。
 いいわね?」
 女王も容赦ない。
 選択の余地はないとでもいいたいようだ。
「ふざけんじゃねぇ!
 誰がてめえなんか。」
「なら、永遠にその中で暮らす?」
「・・・ぐ、汚ねえぞ。」
「あら、私はあなたに
 そこからの脱出の機会を与えてるのよ。
 感謝してほしいくらいだわ。
 もちろん、ギアスの魔法はかけるけどね。」
 ギアスとは、強制契約魔法と言われ、
 契約を破棄するような行いをすれば最後、
 小さなヒキガエルになるという恐怖の魔法だ。
「ち、仕方ねえ。
 ここにいるよりはマシだ。」
 エレナは、その台詞を聞くや立ち上がった。
「室長、王宮魔法陣のポーラを呼びなさい。
 彼にギアスをかけ、
 ミシェルの元で働かせるようにと。」
「御意。」
 こうしてまず1人、
 魔影のギランが王国に吸収されたのだった。
「まさか、女王殿は彼等を
 組織の一員に入れてくれるのですか?」
「ええ、あなたの部下3人も・・・
 あ、そういえばルクターは
 呼ぶ必要無かったわね。」
「は?」
「あ、いいえ。
 なんでもないわ。」
 ルクターは、この王国公認の
 暗殺ギルド“ニードル”の副官も兼任している。
 そこは、王宮魔法陣の6つ目の部署
 “闇夜の陣”が管轄しているのだ。
 だからつい、あんな台詞が出たのだろう。
 そうこうしているうちに、
 王宮魔法陣六賢者の一人、
 ポーラ・ウィン・アブドゥルが姿を見せた。
 ポーラ・ウィン・アブドゥル。
 王国では絶対に手出し厳禁とまで
 恐れられている5人のうちの1人だ。
 身長170と長身で、
 その身をまとうローブは薄手で
 肌に密着するタイプらしく、
 完璧なプロポーションを惜しげもなく
 露わにしている。
 ブロンドのロングヘアーまでが
 妖しげな光を宿しているようだ。
 普段使用する武器は携帯していないが、
 その様を見たら誰もが女王様と言いたくなるだろう。
 6つのうちの1つの部署“破封の陣”を任される他、
 魔法使いギルド“アーク”の長も兼任している。
 ケイトの師だ。
 ポーラが女王エレナに促され、黒球へと近寄った。
 そして妖しく語り出す。
「ギアスをかけてまで組織下におこうとするなんて、
 余程の人材なのね。」
「ケッ、余程マシな人材がいねーんだろ。
 さっさとかけたらどうなんだよ。」
 ポーラがクスクスと笑う。
「噂に違わぬ悪態ぶりね。
 いいわよ。」
 詠唱不可能と言われる城内で、
 魔法が詠唱される。
 ギアスという禁呪ですら、
 この魔女は平気で行使するのだ。
「さ、フォルター様。
 ギアスが完了しましたから、
 出してやってくださるかしら。」
「分かりもうした。」
 フォルター男爵が解放の印を結び、
 ギランが現れた。
 だが、この男が本当にギランなのか?
 身長150程しかなかった短身は、今は170ある。
 顔立ちも整っており、唯一、髪型が以前のままと言えた。
「これは・・・
 そうか、そういうことか・・・。」
 ギラン本人とフォルター男爵が、
 驚いた後に納得した表情を見せた。
「妹と弟は逝ったか・・・。」
 エルフの奇形児は、妹、姉、弟、兄の順で
 自分より歳上の兄弟の生命を吸い取ると言われている。
 中には外観はそのままに寿命のみを吸い取るケースもあるが、
 長男であるギランは、今やその兆候も微塵に感じていなかった。
 女王エレナは、静かにそれを見、口を開いた。
「では、フォルター男爵とギランの謁見はこれで終了します。
 ポーラ、ギランを連れていきなさい。
 フォルター殿も監視役につき、ポーラにご同行願います。」
「は。
 では我が国の吸収合併による国民救済の件、
 宜しくお願い致します。」
 こうして3人は、その場を去っていった。
 そして、
「室長。
 ヴェスターとアガン、テリス、ルクターの4人を呼びなさい。
 次の謁見を始めます。」
「御意。
 しかし、フォルター殿はよくあっさりと
 国を明け渡しましたもので」
「国境から10キロも離れた小国を
 手中に収める事は非常に困難です。
 だから、普段は今まで通りにフォルターに指揮してもらう。
 これは彼にとっても計算済みで、
 今の環境を少しも壊すことなく、
 我が国から120%の援助を得る為の画策だったのですよ。」
「なるほど。
 だから進んで吸収されることを望んだと。」
 女王エレナは妖しげな笑みを浮かべた。
「ま、私の条件が彼の想像以上の内容である事は、
 おそらく分からないでしょうけどね。」
 黒の剣士と銀の剣士を含む4人が、数分後に現れた。

 女王は頭を下げた4人を見、
「頭を上げ、我に顔を見せよ。
 お目通しを許します。」
 4人の顔を見た。
 そして、彼等にフォルター男爵の小国が
 この国に吸収合併される事を聞かせたのだった。
「では、我々の処遇は、
 この王国の組織下ということになるのですね。」
 アガンが語った。
「その通りです。
 そしてあなた方は、
 それぞれ別の部署に配属されることになります。
 もっとも、フォルター殿は今まで通り
 貿易を指揮してもらうことになるので、
 見かけは変わらないでしょうがね。」
「え?」
 テリスが思わず疑問の声を上げた。
「吸収するとはいっても、
 国境から10キロ離れたあなた方の国を
 簡単に目の届く位置に持ってくるのには、
 この方が都合が良いのです。」
 皆、沈黙して聞いていた。
 女王は構わず話し続ける。
「ルクター・ソーン。
 あなたは今まで通りになさい。
 “ニードル”に所属している事が、
 既に王国の為に仕事していることになりますので、
 それで問題ありません。」
「はい、わかりました。」
 ルクターも、
 それは予想していた感じがあったようだ。
 特に驚きはない。
「テリス・ミリエーヌ。
 あなたには王国南端にて、男女の衣服を中心とした
 ファッション専門店を経営して下さい。
 住居を含んだ店舗は、こちらで全て用意します。」
 テリスは、今の女王の台詞が信じられずにいた。
「そんな・・・夢みたいな話・・・
 よろしいのですか?」
「もちろん条件が2つあります。」
「それは?」
「まもなくですが、
 王宮騎士団の第一軍が帰還します。
 その時、家族と帰るところを失い、
 奴隷となっていた少女たちが一緒にやってきます。
 その少女たちの面倒を見てほしいのです。
 つまり、孤児院を兼ねたファッション店です。
 少女たちは店員として働かせて構いません。
 宜しくお願いしますよ。」
「ありがとうございます!」
 満面の笑みのテリスであった。
 いきなり夢が叶ったのだから、
 至極当然の笑みだ。
 2つ目の条件など何でもOKなのか、
 テリスは聞きもしない。
 それが、己の甘さであると気付かずに。
「アガン・ローダー。
 あなたには新設する王宮騎士団の
 第五軍将軍を勤めてもらいます。
 部下は少数ですが百名程つけます。
 普段の仕事は、フォルター男爵の国だった
 地域全土と空港の警備です。
 詳細は王宮室室長のラングリッツに聞いて下さい。」
「第五軍将軍?」
 アガンもテリス同様、信じられないようだ。
 新設する五つ目の部署の責任者を任されるなど。
「戦争に赴くことは、
 余程のことでは無い限り出ることはないでしょう。
 ただ国の警備は、
 その土地を熟知している者でなければ勤まりません。
 分かりますね?
 貴方を特別視しているわけではありませんのよ。
 宜しく頼みますね。」
「はい。
 大役を受け、光栄に思います。」
 アガンもまた、テリス同様、
 単純に受け入れてしまった。
 女王の真意などには気付きもしない。
 その台詞に女王エレナはニコリと笑みを見せた。
「そこまで光栄に思ってくれるなら、
 一つ私の願いを聞いてくれるかしら?」
「は、王の願いならばなんなりと。」
「じゃ、そこのヴェスターと
 一戦交えてみせてくださる?」
 王宮室室長が、
 二人に刃の無いなまくらな剣を手渡した。
 先にヴェスターが立ち上がり、構える。
「では皆さん、少し離れていてくださいね。」
 楽しそうな声色は毎度のことだが、
 これは本当に楽しいのかもしれない。
 それはアガンも同じことか。
「宜しくお願いします。」
 立ち上がり、静かに構えていた。

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