昨日の続きで、許容と気付きについて書きたいな、と思うのですが。
これまた、とても難しいテーマなので、上手く伝えられるかどうか…
今日もなんだか難しめ、です…
頑張ります
ホメオパシーの学校ハーネマンアカデミーの永松昌泰学長がいわゆる花粉症などのアレルギーについて語られる時、 「自己と非自己の峻別」 という言葉を使われます。
化学物質過敏症も、多岐に渡るアレルギーということで、これに当てはまるでしょう。
講義内容が出版されているので、そこから抜粋しますと・・・、
では、アレルギーとは一体どういうものかというと、免疫に関係することであり、その免疫とはそもそも何かというと、自己ではないもの、いわゆる「非自己」に対して、「自己」が攻撃をするというものです。「自分でないものは入ってくるな」と、排除的に攻撃しようとする、そのようなものを、私たちは免疫と呼んでいるわけです。
・・・中略・・・ ですから本来人間というものは外側と内側、つまり「自己」と「非自己」とが、うまく関係し合いながら成長していくものであるわけです。ですが、そこのところでなにか不具合が起こる。・・・中略・・・ その、外側をどのように受け入れるかという、そこに不具合が起きているということは、本当は非常に深いところにその原因があるということなのです。
ですから、なぜその現象が起きているのか、異常が起きているのか、根本的なところで解決することが重要です。・・・中略・・・ 根本的な解決というのは、本当は現象のレベルではなかなか捕まえることのできないエネルギー的とも表現したくなるような、人間存在の非常に深いレベルからもたらされます。
(*ハーネマンアカデミー 考えるBOOKS① 花粉症とホメオパシー/永松昌泰 P3~5より引用)
花粉症とホメオパシー/永松昌泰
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もう1つ、学校の1年次の課題図書だった「病気が教えてくれる、病気の治し方」に、とても興味深い記載があります。
アレルギーとは、異物にたいする過剰反応のことだ。体の免疫機構はアレルギー抗原にたいして抗体を形成する。体内に侵入した危険な異物から体を守る大事なはたらきだが、アレルギー体質の人の体はこれをやりすぎてしまう。武装を固めて、敵のイメージを新しい領域へとしだいに広げていく。ひとつ、またひとつと敵を増やしていく。敵に対抗するために、ますます武装を強化する。武装を強化すれば、もちろん攻撃性が高くなる。アレルギーの場合も、心から抑圧されて体におりてきた抵抗と攻撃性の高まりである。アレルギー体質の人は、自分の中にある攻撃性に気づかないため、それを実現することができない。
攻撃性が意識から体におりて、そこで暴れ出したのがアレルギーである。体は心ゆくまで抵抗し、攻撃し、戦って勝利をおさめる。あっけなく終わりを迎えないために、無害な相手までも敵になる。花粉、動物の毛、ハウスダスト、洗剤、煙、食物など、なんでも敵になる。
アレルギーが治るのは、敵に回した領域と意識的に取り組んで、これを意識の中に取り入れ同化したときである。
アレルギー=物質化した攻撃性
アレルギー体質の人は次の点について考えてみよう。
1.意識の中に攻撃性があることが嫌で、体にその処理を押し付けるのはなぜか?
2.直視できないほどの大きな不安を抱えているのは、人生のどの領域か?
・・・中略・・・
5.愛、つまり他をなかへ入れる能力について、どう考えているか?
(*柏書房 病気が教えてくれる、病気の治し方/トアヴァルト・デトレフゼン&リューディガー・ダールケ P129~133より引用 )
病気が教えてくれる、病気の治し方
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ここに書いてあることがすべてなので、自分があれこれ書く必要はないと思われるのですが、
最初にこの課題図書を読んだ時には、とても不快に感じて、あまり納得できませんでした。
けど、レメディでだんだんと治癒が進んできた時に、自分の中に気付きが起きてきました。
「治癒するのは、敵に回した領域と意識的に取り組んで、これを意識の中に取り入れ同化したとき」というのは、今振り返るとまさにその通りだと実感しています。
なんのことか、というのまでは、ここには詳しく書けないですが…
抽象的にいうと、今まで「白か黒!」だった自分が、「灰色」もステキだな~と思えた、という感じでしょうか?
「ねばならない」自分だったのが、「ま、いいかー」と思えるようになった。
「どうすべきか」で動いていた自分が、「どうしたいか」で自然に動けるようになった。
「苦手な人」はいるけれど、「嫌いな人」はいなくなった。
そんな風な気付き と許容の広がりがちょっとずつ起きたのと同時に、化学物質過敏症が知らず知らず良くなっていってました。
これを自分の力だけでなんとかするのは、とてつもなく大変だし不可能ではないかと…。
自分の場合は、それをホメオパシーのレメディの力を借りたわけですが、他にも自然療法の手法はたくさんあるので、自分に合った方法を探せばいいのだと思います
とはいえ、自分もまだまだ許容を広げなければならない途上です~。
これは、誰にとっても一生の旅なのだと思います。
長々、読んでくださりありがとうございました
これまた、とても難しいテーマなので、上手く伝えられるかどうか…
今日もなんだか難しめ、です…
頑張ります
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ホメオパシーの学校ハーネマンアカデミーの永松昌泰学長がいわゆる花粉症などのアレルギーについて語られる時、 「自己と非自己の峻別」 という言葉を使われます。
化学物質過敏症も、多岐に渡るアレルギーということで、これに当てはまるでしょう。
講義内容が出版されているので、そこから抜粋しますと・・・、
では、アレルギーとは一体どういうものかというと、免疫に関係することであり、その免疫とはそもそも何かというと、自己ではないもの、いわゆる「非自己」に対して、「自己」が攻撃をするというものです。「自分でないものは入ってくるな」と、排除的に攻撃しようとする、そのようなものを、私たちは免疫と呼んでいるわけです。
・・・中略・・・ ですから本来人間というものは外側と内側、つまり「自己」と「非自己」とが、うまく関係し合いながら成長していくものであるわけです。ですが、そこのところでなにか不具合が起こる。・・・中略・・・ その、外側をどのように受け入れるかという、そこに不具合が起きているということは、本当は非常に深いところにその原因があるということなのです。
ですから、なぜその現象が起きているのか、異常が起きているのか、根本的なところで解決することが重要です。・・・中略・・・ 根本的な解決というのは、本当は現象のレベルではなかなか捕まえることのできないエネルギー的とも表現したくなるような、人間存在の非常に深いレベルからもたらされます。
(*ハーネマンアカデミー 考えるBOOKS① 花粉症とホメオパシー/永松昌泰 P3~5より引用)
花粉症とホメオパシー/永松昌泰
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もう1つ、学校の1年次の課題図書だった「病気が教えてくれる、病気の治し方」に、とても興味深い記載があります。
アレルギーとは、異物にたいする過剰反応のことだ。体の免疫機構はアレルギー抗原にたいして抗体を形成する。体内に侵入した危険な異物から体を守る大事なはたらきだが、アレルギー体質の人の体はこれをやりすぎてしまう。武装を固めて、敵のイメージを新しい領域へとしだいに広げていく。ひとつ、またひとつと敵を増やしていく。敵に対抗するために、ますます武装を強化する。武装を強化すれば、もちろん攻撃性が高くなる。アレルギーの場合も、心から抑圧されて体におりてきた抵抗と攻撃性の高まりである。アレルギー体質の人は、自分の中にある攻撃性に気づかないため、それを実現することができない。
攻撃性が意識から体におりて、そこで暴れ出したのがアレルギーである。体は心ゆくまで抵抗し、攻撃し、戦って勝利をおさめる。あっけなく終わりを迎えないために、無害な相手までも敵になる。花粉、動物の毛、ハウスダスト、洗剤、煙、食物など、なんでも敵になる。
アレルギーが治るのは、敵に回した領域と意識的に取り組んで、これを意識の中に取り入れ同化したときである。
アレルギー=物質化した攻撃性
アレルギー体質の人は次の点について考えてみよう。
1.意識の中に攻撃性があることが嫌で、体にその処理を押し付けるのはなぜか?
2.直視できないほどの大きな不安を抱えているのは、人生のどの領域か?
・・・中略・・・
5.愛、つまり他をなかへ入れる能力について、どう考えているか?
(*柏書房 病気が教えてくれる、病気の治し方/トアヴァルト・デトレフゼン&リューディガー・ダールケ P129~133より引用 )
病気が教えてくれる、病気の治し方
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ここに書いてあることがすべてなので、自分があれこれ書く必要はないと思われるのですが、
最初にこの課題図書を読んだ時には、とても不快に感じて、あまり納得できませんでした。
けど、レメディでだんだんと治癒が進んできた時に、自分の中に気付きが起きてきました。
「治癒するのは、敵に回した領域と意識的に取り組んで、これを意識の中に取り入れ同化したとき」というのは、今振り返るとまさにその通りだと実感しています。
なんのことか、というのまでは、ここには詳しく書けないですが…
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抽象的にいうと、今まで「白か黒!」だった自分が、「灰色」もステキだな~と思えた、という感じでしょうか?
「ねばならない」自分だったのが、「ま、いいかー」と思えるようになった。
「どうすべきか」で動いていた自分が、「どうしたいか」で自然に動けるようになった。
「苦手な人」はいるけれど、「嫌いな人」はいなくなった。
そんな風な気付き と許容の広がりがちょっとずつ起きたのと同時に、化学物質過敏症が知らず知らず良くなっていってました。
これを自分の力だけでなんとかするのは、とてつもなく大変だし不可能ではないかと…。
自分の場合は、それをホメオパシーのレメディの力を借りたわけですが、他にも自然療法の手法はたくさんあるので、自分に合った方法を探せばいいのだと思います
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とはいえ、自分もまだまだ許容を広げなければならない途上です~。
これは、誰にとっても一生の旅なのだと思います。
長々、読んでくださりありがとうございました
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