コリー専門 マザーレイク http://homepage3.nifty.com/mother-lake/
台風26号が接近していますね。こちらは朝から波のうねりの音が聞こえました。台風が接近している時は、2日前くらいからうねりの音が聞こえます。特に早朝は良く聞こえるので、とっても不気味です。
さて、今日はパー婆さんの四十九日でした。愛犬の供養はどうすればいいかと、いざとなると皆さん迷われると思います。私も15年前にシンディーを亡くした時にはどうしたらよいのかわからなくて、図書館に行ったほどでした。
何冊か、供養について書かれた本がありましたが、結局は自分で考えて、自分の気が済むように供養するしかないって思いました。それが一番良いのではないかと・・・。
シンディーの時は、あまりにも突然で、気持ちが動転していたこともあり、火葬場から持ち帰った遺骨をそのまま庭に埋めてしまいました。でも後でとても後悔しました。冷たい土の中に一人寂しく眠っているシンディーがかわいそうで・・。何度か掘り返すことも考えましたが、それも可愛そうな気がして、結局そのままです。
それ以来、遺骨は手元に置くと決め、自分が死んだときに一緒に海に散骨してもらうことにしました。すでに親族にはそう伝えてあります。
遺骨を残すことは、いつまでも思いが残るので良くないと書かれた本が殆どでした。でも、自分の中でちゃんと割り切っていて、心の整理がついているのなら、それでもいいと思っています。遺骨を抱きかかえて泣きじゃくる・・なんてこと、ありませんから・・・写真を見て涙ポロポロのことはあっても。
今日からパーもこちらの仲間入りです。四十九を過ぎたら、遺影を飾ることにしています。3年前までは初代コリーのメーテルとその娘のジェイ、そしてシンディーだけだったのに、あっという間に満員御礼です。
ちょっと派手なオレンジ色のフレームにしてみました。遺影の写真は今年の4月26日にドッグランへ行った時のものです。12歳になったばかりでした。
パーは晩年、とても良い笑顔の写真が沢山撮れました。それまでは「鉄の女」のイメージよろしく、硬い表情が多かったのですけどね。どれも素敵だったのですが、この写真が一番幸せそうだったので、これに決めました。
四十九日までは、こうして遺骨をいつも傍らに置き、いつもと同じように朝晩のごはん、お水をあげてました。大好きだった牛乳も毎朝・・・もちろん、オヤツの時間もね(*^_^*)
例によって、足形を取った残りの粘土でコリー像を作りました。
勇ましくセキュリティーに励んでいたパー婆さんのイメージで・・・。本当はもっと尻尾はマキマキしていましたけどね(笑)
余った粘土で作るので、途中で足りなくなっちゃって、ちょっと平べったくなっちゃいました。ま、ついでに作っただけなので、これでもいいよね。粘土が乾燥してから、ニスを3回上塗りして完成です。
そしていつものように、こんなに綺麗な骨壺カバーを作っていただきました。パーのイメージカラーは「淡い紫」だったので、紫系で・・・とっても可愛くて綺麗でしょ。
置く場所ないよ~~って心配していたけど、何とか並びました~~!!
かなりキツキツですが・・・もうこれ以上は無理なので、数年はこのままでいてね。
ギュウギュウ詰めです~(^_^.)
左から、つっちゃん、マーキュン、ローズ、ハジハジ、そしてパー。なんだか、マーキュンが一番窮屈そうね(笑)
それぞれ、イメージに合ったカバーと御花で飾っています。ホコリで汚れてしまわないよう、ビニールをかけています。
ちなみに、マーキュンが一番重いです。一番長生きしたけど、骨は一番しっかり残っていました。
パー、みんなと並べて良かったね。窮屈だけど、いつか棚を用意できるまで我慢してね。
とっても綺麗ですよ・・・パー。
婆ちゃんの足形です。みんなのもとってあります。
いつも、火葬場で購入して、その場で足形を取り、帰宅後に作成していました。パーの時もそのつもりだったのですが、火葬場に行ってみたら、ない・・・・(*_*)
メーカーが製造をやめたので、もう在庫はありませんとのこと・・・がぁ~ん。。。大ショック。
でも、小型犬用の物はあったので、とりあえず足形だけは今でなくちゃ・・・ということで、小型犬用を2セット購入しました。ところが、パー婆さんは意外と足が大きくて、小型犬用粘土2つでは足りず、結局もう一つ購入して、3つ分でなんとか間に合いました。
帰宅後、ネットで探したところ、やはり製造中止になっているようでしたが、そのおかげで在庫処分価格になっていたので、とりあえず、今いるコリーズの分をまとめ買いしちゃいました(^_^.)生きている時に足形を作ったっていいんだもんね。
そんなこんなで、パー婆さんを無事に天国へ送り出せたかな??もうとっくに行ってるよ~~って??
パーが亡くなった時、私は「生まれ変わって戻ってきて」とは言えないと考えていました。なぜなら、我が家は当分の間、増員はしないつもりですし、自分の年齢からしても、あと数頭が限界でしょう。亡くなった子みんなに、生まれ変わって来てほしいなんて言えないなぁ・・・って、思ったのです。
だから、「いつかまた来世で・・」としか言えないって・・・・
けれど、なぜかパーが息を引き取ってしばらくして、私はどうしても、こう言いたくなりました。
「また、戻っておいで」
最近、ふっと感じました。あの時、そう言ってしまったのは、私がそう願っていたからというより、パーがそれを希望していたからじゃないかって。パーが、「また戻ってきたいです」って、私に伝えたんじゃないかって。
パーは本当に忠実な子でした。家を守り、家族を守り、そして何より私を守ってくれました。私を見つめるパーの眼は、他のだれより信頼に満ちたものだったと思います。
亡くなった時、私はパーに言いました。
「パーは忠犬だったね。忠犬って言うのはね、日本人が犬を褒める時の、最高の褒め言葉なんだよ」
ブログを読ませて頂いて、時間は大事に使わないといけないなと思いました。特に一緒にいれる時間は短いんだとひしひしと感じます。
毎日感謝です。
前シェル前ペルシャのお骨がある屋上の物置の棚に
一緒にする予定でしたが 猛暑の為作業ができず
まだ リビングにいます^^;
私はまだそばにおいて置きたいのです。
同じトライなだけに パー婆さんの話は涙が出ます。
写真もほんとにいいお顔。
うちは 認知症になってからほとんど無表情で
いい顔の写真がとれませんでした。
なんて優しい可愛い素敵な笑顔でしょう…
楽しかったんでしょうね。
思わず涙でました(/o\)
なるべく早くご家族に
良いタイミングで戻ってきてくれますように…☆
マザーレイクさんと縁があってお付き合い
させていただきとてもハッピーになった後の
パーちゃんの知らせでした
我が家でも中々納骨できなくてみんな家に
います。子供もいないので私も最後は
皆一緒でいいと思っています(笑;)
まだ子犬を迎えるかどうか決めかねているときに
マザーレイクさんのHPを見ていて、
いちばん印象に残ったのがパーちゃんでした。
ありがとう、パーちゃん。
ラスクとうちとの縁結びをしてくれました。
パーちゃんの姿を7月に、一度だけですが
拝見できたことを今も嬉しく思っています。
遺影の笑顔、ホントにかわいいです。
パーちゃんと同い年のうちのmomoですが、
9月はじめより咳をしはじめ、ステロイドを処方されて少し改善していました。
ところが。
追加のお薬をもらいお医者に行った後の夕飯の直後、
いつもと違うただならぬ様子に、救急でもう一度受診。
なんと、胃捻転になってしまっていたのです。
5分5分以下の生存率と言われ、
泣きながら手術に送り出しました。
もしかしたらもう、会えないかもしれないと思うと、
…表現できない悲しさに襲われました。
術後、数日間祈り続けましたが、昨日、10日ぶりに家に帰ってきてくれました。
ひとまわり小さくなり痩せたmomoですが、
家に帰れて安心したように、
起きているときは大好きな台所にきて
料理する私に「なにかください!」とついてまわっています。
そんな何気ないひと時がとても幸せです。
神様がくれた大事なだいじな時間です。
momoは確実に近い未来にやってくる別れの悲しみと、
その乗り越え方を、
練習させてくれたのかもしれません。
KISAKIさんのブログでも、
たくさんのことを教えていただいています。
これからもときどき覗かせてくださいね。
この写真、具合が悪くなる前の、最後の元気だった日の写真なんです。ちょうど、最後のお産だった08キッズの誕生日でした。だから余計、良い顏しているのかな?
12年・・・あっという間でした。
我が家はまだ、認知症になるまで長生きした子はいないので、いいのかわるいのか・・。
パーは最後まで親孝行で、それがよけいに悲しかったりします。でも、そうしてくれたパーの為にも、あかるく見送ってあげなくてはと思います。