三人の男女が帰った後、翌日、起きたばかりの彼女の顔色は悪かった、具合が悪いのかとマルコーは気になって手伝いはいいから、休みなさいと声をかけたのだ。
その日、電話をして自分を訪ねてきた男女のこと、キンブリーの協力があって帰って行った事をノックスに報告すると、退役軍人、レイブンの名前が出たのかと友人は電話の向こうでもしばし無言になった。
「ネェちゃんに、話したか」
一応はと言いながら、もしかして、まずかったのかとマルコーは尋ねた。
「名前、出したのか、レイブンの、そうか、仕方ねぇな、少し休ませてやってくれ、ネェちゃん、ああ、見えてナイーブなところがあるからな」
一体何がと思ったが友人の答えは、どこか歯切れが悪い、いつものざっくばらんな長じてない事が気になったが、深く尋ねる事はしなかった。
とりあえず休ませようと思った、ところが、翌日、療養所を訪ねてきた男を見て驚いた。
フルーツの缶詰とバラの花束を抱えて、やってきた男はお見舞いに来たんだよとニコニコと笑っている。
どうしてとマルコーが聞くと、ノックス医師から聞いてね、で、彼女の容態はと聞かれて、ストレスだと思うとマルコーはどこか気まずそうに答えた。
「さあ、アーンして」
男は、にこにこと笑いながら、フォークで突き刺した桃を差し出した。
断る事ができないというか、返事をする気力もなかった、食べなければいけないんだろうと口を開ける、二日ばかり寝込んでいて、何も食べていないせいか甘い桃の汁は胃袋に浸みて、美味しいという感想しかない。
思わず口から漏れた呟きに眼帯の男は笑いながら、高級缶詰だからと言葉を続けた。
「倒れたと聞いた時は驚いたよ」
どうして来たんです、セントラルからここまで、結構な距離なのにと尋ねると、お見舞いだよとブラッドは笑った。
「まあ、療養所の事については気になっていた、後で説明するつもりだが、なんだね、その顔は」
「すみません、迷惑を沢山というか、一杯」
「女性の我が儘というものは大抵の場合は許されるものだ、知らないのかい」
手を伸ばすと、少し眠った方がいいねと女の頬にかかる髪を、そっと払った。
レイブンという男は、なかなかのやり手でねとブラッドレイはマルコーの顔を見ながら君の友人には息子がいたねと話し始めた。
「仕事を斡旋すると話を持ちかけたんだよ、父親を取り込む為にだろう、ところがね」
気づいた人間がいてねとブラッドは手をテーブルのカップに手を伸ばして、紅茶を一口啜った、誰だと聞いたのはスカーだ。
「軍の施設内にレイブンが姿を頻繁に見せるようになって、その時点では、まだ退役していなかった、講座廃止、学校設立の噂が持ち上がっていた最中だ、レイブンは講師達にも接触していた、それで調べたんだろう」
「調べたと、どうやって」
尋ねたのはスカーだ。
「軍人と結婚した女性もいたから、多少はわかったようだが、ところが講師でない人間が軍の施設内でレイブンと話していた、その人物がノックス医師の息子だと知って、何かを感じたんだろうね、で、彼女に話した、まあ、相談だ」
分かるだろうとブラッドから意味ありげな視線を向けられてマルコーは、はっとした、彼女に話した、相談したのは同じ日本人、つまり生徒達ではないのかと。
「学校設立、建設、ノックス医師にも何か話があったんだろうね、レイブンが医師の息子に持ちかけた話は自分の利益にしかならないだろう、それで」
ブラッドは不意に視線を外すようにドアへと向けた。
「まあ、向こうにしてみれば痛いところを突かれただろうな、ははは」
えっ、マルコーとスカーは訳が分からないという顔になった。
「何かしたのか」
「誰にでも知られたくないこと、弱みはあるということだよ、それで」
不意にイスから立ち上がったブラッドはドアへ向かうと、ノブに手をかけた。
「寝てたんじゃないのかい、盗み聞きかい」
違います、立ち聞きです、ドアの向こうに立っていた彼女にブラッドは手招きした。
入りなさいと言われて女は少し困ったような顔をしながらも部屋に入ると、どこか居心地が悪そうな感じだ。
「今回の件だがね、ここに来た人間は自分に取り入ろうとして勝手に動いたということだ」
「だから、なんです、都合のいい言い訳みたい」
その言葉にブラッドは、あの男も色々と思うところがあるんだろう、今回の学校設立の件はしばらくは保留になるだろうと話し始めた。
「そうなんですか」
じゃあ、この話は、もう終わりですねと少しほっとしたように女だが、いや、続きがあるんだよとブラッドは言葉を続けた。
レイブン、彼が後妻に来ないかと言っている、三年前に妻を亡くしているからね。
金はある男だ、町医者の助手よりいい生活をさせると言っていたな、どうするねと女の顔を見たが、どこか面白がっているようにも見える表情だ。
「金はなくても困るけど、あっても困るんですよ」
「なんだね、苦労したのかい」
わずかに俯いた彼女は無言だった、その様子にブラッドはマルコーとスカーに視線を向けた。
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