Journal de Tsurezure

雑多な日常、呟き、小説もUPするかもしれません。

2 六郷からの連絡に驚く山城

2025-03-01 16:11:10 | オリジナル小説

スマホの着信音と知らない番号を不思議に思いながら出ることにした。
 「山城(やましろ)、元気だった。」
  名前を呼ばれても、すぐには返事ができなかった、まさかと思いながら尋ねる。
 「六郷(ろくごう)君なのか?」
 そうだよと答えることに山城は驚いた、何年ぶりだ、いきなり、しかも彼女から連絡が来るとは思わなかった。
 「雑誌のインタビューを見て、懐かしくなった、声が聞きたかったのよ、ありがとう、じゃあ。」
 「ま、待てっ。」
 思わず引き止めた、もう少し話したい、声が聞きたい。
 「良かったら、今度、食事でもどうだ。」
 「ありがとう。」
 本の少しの沈黙の後。
 「今は動けないんだ、でも、声が聞けただけでいいよ。」
 動けないという言葉に、もしかして、具合が悪いのかと思い聞く。
 「相変わらず、感がいいね。」
 「会いに行く、教えてくれ、どこにいるんだ。」
 「嬉しい、でも、いいよ、それじゃあ。」
 「待て、六郷っっ。」
 切られてしまった。
 ナンバーを調べて、急いでかける。
 だが、彼女の声を聞くことはできなかった。
 
 山城は番号を調べた、かなり離れたところにある病院だ。
 後日、電話をかけたが、受付から彼女が電話に出ることは無理だと言われた。
 (そんなに悪い……のか。)
 スケジュールの調整をして、山城は車に乗り込んだ。
 
 車を降りた山城は、無意識にネクタイを緩めた。
 ビジネス向けのシャツは、ここでは場違いに見えた。
 病院の入り口に映る自分の姿を見て、思わず眉をひそめる。
(こんな格好で会うべきじゃなかったか……)
 だが、もう遅い。
 山城は深く息を吸い、病院のドアを押した。
 病院に行っても家族以外の面会はできない。受付でそう告げられ、山城はこのまま会えないのかと不安になった。

 そのとき、待合室の椅子に座っていた老人に気づいた。自分をじっと見つめ、手招きしている。
 不思議に思いながら近づくと、老人が低く囁いた。
 「……あんた、会いに来たのか。六さんに」
 六……六郷のことか? 。老人は小声で「着いてこい」と言った。
 「以前、同じ部屋だったんだ。六さんがな、『もし誰か訪ねてきたら、病室まで連れて来てほしい』って言ってたんだ。本当は駄目なんだが……」
 老人の声は、あまりに小さく、山城にははっきりとは聞き取れなかった。いや、聞こえたのかもしれないが、受け入れたくなかった。
 だが、その表情と声から六郷の状態がよくないことは察せられた。胸の奥がざわつく。
 「……彼女は今、どんな状態なんだ?」
 山城が尋ねると、老人は振り返り、わずかに首を振った。
 「……中に入っても、喋るな。見るだけにしろ」
 その言葉に、背筋が凍るような感覚が走る。
 話せない? それとも、話せる状態ではないのか?
 不安が募るが、それでも確かめずにはいられなかった。
 
 病室に入っても声をかけず、ベッドに近づく、だが、ほっとしたのは一瞬だ。
 これでは生きているとは言えない、電話の、あのときの彼女は、もしかして別人だったのではないかと思ってしまった。
 それほどに彼女は変わり果てた姿になっていた。
 昔の、学生時代の彼女を思い出そうとしたが、できなかった。
 (もっと早く、連絡してくれ……)
 そしたら、自分が、いや、彼女のことだ笑って断ったかもしれない。
 (声が聞けただけでいい……)
 彼女の言葉を思い出す。
 このまま、帰ったほうがいいのか、自分は。
 六郷は自分が、ここに来たことをわかっているのだろうか、いや。こんな状態では。
 痩せた青い顔を、見られたくないだろうな彼女は、だが、自分にできるのはこれくらいだ、これは最後のお願い、いや我儘だと思いながら顔を見る。
 そのときだ。
 瞼が、わずかに動いた気がした。
 ゆっくりと動き、開いた、唇も。それだけではない、手が僅かに動く。
 駄目だとわかっていても山城は呼んだ。
 「六郷、俺だ。」
 「やま、しろ……。」
 手をゆっくりと動かす、さぐるようにして枕の下から取り出したものは一枚の紙だ。
 「たの……む」
 振り絞るような声だ。
 紙を開くと震える字で『水樹』(みずき)と書かれていた。
 もしかして、人の名前だろうか。
 「わかった、任せろ。」
 その言葉に、六郷は安心したのかゆっくりと目を閉じた。
 
 水樹というのは誰だ、女性の、いや、今は男の名前でもおかしくないだろう。
 山城は受付に向かった、水樹という人物を捜すためだ。
 「水樹さん、ですか。」
 看護婦は不思議そうな顔をした。
 どうしたんだ、もしかしていないのか。水樹という名前は――。
 だが、このときの山城は気づかなかった。
 自分に向けられた、看護婦たちの視線に。

 「先ほど病室に、ねっ。」
 「ええ、入れ違いではないかしら。」
 看護婦の言葉に山城は急いで病室へと引き返した。
 水樹という人物がいるのか、中に入るのは躊躇われた。 
 ほんの少しドアを開けて中を見る、女性の後ろ姿が見えた、六郷に姉妹がいただろうか。
 少し躊躇ったが中に入る、女性が振り返った。
 肩口まで伸びた茶色のゆるくウェーブかかった髪、顔立ちは(似ている!?もしかして)
 六郷は結婚していたのか。
 「水樹さん、ですか」
 山城の言葉に頷く。
 どこか六郷に似ている。だが、それだけではない。
 「……あなたが、水樹さん?」
 山城の問いに、女性は小さく頷いた。
 「あなたが……山城さん?」
 彼女の声は僅かだか、震えていた。
 そのときだ、看護婦が病室に入ってきた、ベッドの六郷を見て微笑む。
 「六郷さん、今日はとてもご機嫌ですね。」
 だが、山城はその言葉よりも目の前の水樹の表情に目を奪われていた。
 その瞳に宿る感情は、喜びでもなく、悲しみでもなく——。
 「……会えて、よかった。」
 その言葉が、六郷に向けたものなのか、それとも山城に向けたものなのか、彼には分からなかった。

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Rencontre fortuite「阿部と村木の再会」

2025-03-01 13:27:27 | オリジナル小説

それは偶然だった、阿部は半年ぶりに日本に戻ってきた。
 短く整えられた髪に軽く日焼けした肌、長年の海外生活のせいか、洗練された雰囲気なだが、着ているスーツも日本人らしい無難なものではなく、少し遊びの入ったデザインだ。
 無造作に腕を組みながらベンチに座ったその仕草もだ。
仕事の基盤を、日本に移すためだ、出版業、本も最近は電子書籍が増えてきたが、紙の本の需要がなくなることはないことを改めて感じていた。
 有名な作家の言葉を疑ったわけではないが、不安だった。
 帰ってきてから会社立ち上げの準備で忙しかったが、やっと一息つける、今日は一日ゆっくりするぞと考えていた。
 公園の側まで来たとき、少し休もうと思ってベンチを見つけた。
 先客がいるが構わないだろうと、少し離れて腰掛ける。
 すると男が、こちらを見た。
 随分とくたびれた風体だ、髪も真っ白なので老人かと思ったが、そうではなかった。

 「阿部くん、じゃないか。」
 名前を呼ばれて驚いた、知り合いだろうかと相手の顔を凝視する。
 だが、記憶にない、誰だ?
 すると、男は村木だと名乗った。
 村木、まさか、高校のときクラスメイトの顔を思い出した。
 改めて顔を見ると確かに面影があった。
 だが、高校のときの記憶の中の彼とは思えなかった。
 まだ、そんな歳ではないだろうに着ている服もヨレヨレで背も曲がっている。
 正直、どんな生活をしているのかと思ってしまった。
 
 「今も小説、書いているのか。」
 村木は首を振った。
 「具合でも悪いのか、顔色がよくないぞ。」
 村木は頷いた後、ぽつりと水樹が亡くなったと呟いた。
 「水樹、誰だい。」
 村木は答えなかった、もしかして妻だろうか。
 (結婚していたのか)
 「事故でね、もう随分と前だけど。」
 亡くなったのか、だから、こんなに変わってしまったのか。
 「彼女、水樹を預けたんだ。」
 意味がわからなかった、水樹というのは奥さんだろう、水樹を預けたって、どういうことだろう。
 「水樹の子供は水樹だよ、自分では育てられないから頼んだようだ、六郷って覚えているかい。」
 ろくごう……高校時代のクラスメイトだよと言われてハッとした。
 変わった名字の女がいたことは覚えていた。
 それにしても妻の水樹は子供に自分と同じ名前をつけたのだろうか。
 おかしくないかと思ってしまった。
 「水樹は子供は産めない、小説だけ。愛してるのは、僕では頼りなかった、六郷に預けたのもわかる。」
 その声は疲れきっているように思えた。
  「小説を書くんだ、水樹は六郷も喜んでいた。」
 話の内容が代わり阿部は少しだけ、ほっとした。
 「本当か、実は今、出版の仕事をしているんだ、日本で腰を落ち着けようと思って。」
 そうか、村木は笑った。
 「水樹はいなくなった、六郷も、僕だけが蚊帳の外だ。」
 「じゃあ、子供は、水樹って子はどうした、今どこに……」
 「僕は、どうすればよかった。六郷は手放さい、水樹を、死んでもね……。」
 それはどういう意味だ、だが、村木は笑うだけだ、阿部を見て情けないだろう自分は、そう言わんばかりだ。
 「知っていれば六郷に預けるなんてしなかった、だが、水樹は僕を信じてくれなかったんだ、僕は置いていかれた……。」
 「村木、お前の子供だろう、おかしいぞ。」
 「水樹が、僕の子、そうだったら……。」
 村木は黙りこんだ後、上を、空を見上げた。
 「駄目だった、僕は勝てなかった、水樹に、六郷にも……」 
 「さっきから、あの女の名前ばかりだ、六郷が何だ?」
 村木は微かに笑った。
 「今でも信じられない、でも本当だった、勝てないと思った、君だって。」
 男が阿部を見た。
 「……僕は駄目だった。」
 それが最後の言葉になるとは思わなかった。

 あれから数日。
 村木のことが気になった阿部はモヤモヤとしていた。
 もしかして、村木は自分に何か伝えたかったのではないだろうか。
 そんな事を思ってしまうのだ。
 無理にでも聞くべきだったか、いや、あの様子では話さなかったかもしれない。
 
 (六郷は……村木の娘に、いったい、何をした?)
 (六郷が水樹(娘)を手放さなかったのは理由があるのか?)
 答えが分からないまま、村木は消えてしまった。
 新聞の訃報で知った阿部は驚いた。
 
 あのとき自分は村木を助けるべきではなかったか、連絡先を渡しておけば。
 だが、受け取ったとしても、あのときの村木は疲弊していた。
 全てに疲れきっていた、そう。
 (生きることも……)
 だが、水樹(娘)は、まだどこかにいる筈だ。
 (帰国したばかりの俺は、何も知らなかった。)
 (ただ、日本に戻ってきただけ。ただ、新しい仕事を始めようと思っただけ。)
 探そうと思った、村木の娘を。
 彼の娘を、それが今の自分にできる唯一のことだとしたら。
 阿部は決心した。
 必ず、村木、水樹という娘を見つけ出すと。
 

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医者の共謀 復讐前

2024-10-08 14:23:06 | オリジナル小説

 こんな気持ちになるとは本当に不思議だ、忘れていたわけではない、復讐なんてするつもりなんてなかったのに、まさか偶然にも色々な出来事が、そして現れたのだ、勿論、本人ではない、だとしたら今、こんな気持ちにはならなかっただろう。
 現れたのは、あの男の妻という女性だ、カルテ、名前を見てまさかと思ってしまった、そして話を聞いていて思った、妻という女性は幸せではないと思った、なのに子供を希望している。
 でも、それは本心からなのかと思ってしまった、彼女の夫は自覚などないのだろう。
 他人を傷つけているなど思ってもいないのだ、これっぽっち、微塵もだ、妻だから当然と思っているのだろう。
 なんだか腹が立って、思ったのだ、だが、正直、一人ではと思ってしまう。
  
 総合病院ともなると朝から患者は大勢で待合室のロビーが混雑するのは珍しいことではない。
 高齢者もだが、若者や女性が多いのは最近の風潮もあるのだろう。
 男女二人で来ている若いカップル、昔なら考えられなかったかもしれない。
 
 「お疲れ様です」
 「はい、お疲れ、休憩はきちんととってね」
 看護婦の声に女医は両手をあげて大きく伸びをした、空腹を感じて昼をどうしようかと思いながら近くのコンビニに行こうかとロビーに出たとき思わず足を止めた。
 一人の医者の姿を見たからだ、最近、勤務医となった男は女医の知り合いだ。
 少し前までは非常勤として要請があれば来ていたのだが、できるなら、正式にという上からの言葉に後押ししたのは女医だ。
 腕は良いのだ、だが、人付き合いが良くない、人より才がある者は、どんな仕事にも、こういう人間は少なからずいるものだ。
 中肉中背、身長も人並みだ、わずかに白髪の入り交じった髪、後ろ姿なので顔は見えない。
 だが、想像はつく、仏頂面というわけではないが、真面目で冗談を口にすることもないのだ。
 患者と話しているのだろうか、いや、それなら診察室の筈だ。
 待合室でなんて、好奇心が抑えきれないまま近寄って行った。

 「先生、良かったらお茶しませんか」
 缶コーヒーを貰ったんですが、苦手なんですよと女医は声をかけた。
 「よかったら、うちの診療室で、そのほうがいいでしょう」
 返事はなかったが、じろりと睨まれたことに女医はしめしめと思いながら、今なら誰もいませんからと言葉を続けた。

 「いやー、あんな顔をするんですね、先生も」
 「何が言いたい」
 「女性に興味がないと思っていたんですよ」
 医者と弁護士、警察、お役所仕事という仕事が高給という構図は昔もだが、今も変わらない、若手の医者でも独身は少ないのは青田刈りというわけではないが、婚約者がいたりすることも多い。
 将来のコースが決まっていたりするのである程度の年を重ねると既婚者というのは珍しくない、だが、その反面、独身というのも一定多数はいるのも現実だ。
 
 数日前、待合室で医者が女性と話していた姿を見て女医は興味を抱いたのだ。
 だから駄目元で、そう思い聞いてみたのだ、知り合いかと、出てきた言葉は想像した、期待した答えではなかった、だが女医はらしいなと思ってしまった。
 缶コーヒーを手渡すと伺うように男を見た。
 「噂ではあなたのこと、ゲイではないかっていう人ももいるけど」
 馬鹿馬鹿しいといわんばかりに男は眼を細めた。
 
 元々は非常勤として勤めていたのだ、できるなら、そのスタイルを変えたくないと思っていた、だが、気持ちが変わった、それはあの男の話を聞いたからだ。
 偶然、昔の知り合いに会ったのだ、実家の家業を手伝っているという、その男は自分と親しいというわけでも仲がいいというほどではなかった。
 長話などするつもりではなかった、が、気が変わったのは男の様子に感じるものがあったからだ。
 「後悔してるよ、あんな男と」
 憎々しいといわんばかりの男の声と表情には、どんな言葉をかけても無駄だろうと思ってしまった。
 だから、相づちを打ち、曖昧な返事で誤魔化したのだ。
 
 世の中には似ている人間がいるという話を聞くことがある。
 だが、それは自分には関係のない場所、世界の事だと思っていた。
 そう思って生きてきたのだ。

 一枚の紙を見せつけるように男の前でひらひらさせる、見ると男に問いかける女医の言葉に男は眉間の皺を深くした。
 見たいでしょうと言われ、男は手を伸ばした。
 「検査、だと」
 肝心の部分が書かれていないと不満を口にする男に女医は意味ありげな視線で男を見た。
 不妊検査と言われて男は一瞬、無言になった。
 「結果は来週なんだけど」
 知りたいでしょうと言われて男は返事ができずにいた。
 
 彼女と言葉を交わした事も数えるほどだ。
 ただ、廊下で会ったりすると会釈されて笑いかけてくる、挨拶を交わす程度だけだ。
 自分は仕事しか頭になく、それが全てで周りの、家族の事など眼中にはなかったのだ、なのに。 
 ここしばらく、彼女の姿を見ないなと思ったとき知ったのだ。
 亡くなったと。
 それだけなら良かったのだ。
 
 「真面目な性格だったからな」
 「あの男にしたら、珍しかったんだろうな」
 「だからって、やりすぎだ」
 「よく捕まらなかったな」
 「そりゃあ、コネとかじゃ、オヤジさんが寄付をしていたしな」
 「でも、いつまでも親にって」
 「見捨てられるぜ、親子だからって続かないだろう」
 
 噂を口にするのは一部の人間だけだ、本当かどうかはわからない。
 自分には関係ないと聞こえないふりをして数年が過ぎた。
 ところが、数日前、目の前に現れたのだ、それだけではない。
 
 「不妊検査だけどね、彼女、結果を聞きに来るけど、どうするの」
 「教えてくれないか」
 「ここにいたらいいんじゃない、顔出しはしないで、こっそりと」
 盗み見を、いや、覗き見をしろというのか、それでも医者かと女医を睨みつける厳しい視線、だが、相手は気にする様子もない。
 「驚いたわ、彼女の」
 このとき、女医の顔は笑顔から別の表情に変わった。
 「忘れたのよね、なのに今更だわ、こんな気持ちになるなんて」
 自嘲的な、その笑いは長くは続かなかった。
 
 
 「検査結果ですが、安心してください、不妊に当たる要素はありません」
 「そうですか、よかったです」
 だが、言葉とは反対に女性の顔、その表情は少しばかり、いや、嬉しそうには見えない。
 「この場合、もしかしたら夫側に不妊の原因があるかもしれません」
 頷く女性に女医は言葉を続けた。
 「ご主人はかかりつけの病院はご存じないでしょうか」
 昔と違い今では不妊の原因を調べる方法も変わってきている。
 男性は女性と違い、プライドのせいもあって、病院で調べて貰うという事を嫌っている。
 「ご主人は個人経営者ですか、ああ、会社勤めでしょうか」
 女性は頷きながら、会社名を告げた。
 「それでしたら調べることは可能です」
 医療関係の間で一部の法律が変わったんですと女医は言葉を続けた。
 「奥様は子供が欲しいと思っていますね、ですが、今のご主人に不妊の可能性があった場合は、どうされます」
 その言葉に女性は、困ったような、わからないといいたげな表情になった。
 
 

 あのとき、迷いながらも声をかけた、そして女の顔、声に一瞬、言葉を失った、似ているのは顔、容姿だけではなと思ってしまった。
 錯覚かもしれない、だが、古い記憶が新しい記憶に塗りかえられたような、そんな気がした。
 今更だが、あのとき駄目だったこと、手に入らなかったものが今ならと思ってしまった。 

 人工授精で妊娠は少し難しいかもしれないわね、女医の言葉に男は何故と尋ねた。
 「夫婦仲が良好とはいいがたいのよ、多分、夜の回数もね」
 「そうなのか」
 「話をしていて、もしかしてと思ったけど」
 男の顔が険しくなったのは女医から手渡されたカルテだけではない、数枚の写真を見たからだ。
 「君は医者だろう」
 「医者も人間よ」
 そう言って女医は殺してやりたいと呟いた。
 「あっ、言っておくけど患者を、ではないわよ」
 協力してくれない、女医の言葉に男は目を閉じた、だが、長く考えることはしなかった。
 「医者失格というのは、君だけではないようだ」
 その言葉に女医は、少しだけ眼を大きく見開いた、予想しない返事が返ってきたのか、それとも。
 だが、にっこりと笑いながら言葉を続けた。
 恨んでいるのは、あの男だけよと、仕返しをして不幸になる人間がいる、決して気持ちの良いものではないが当然の報いだと思ってしまう。
 代わりに、妻という女性が救われる、幸せになるのだ。
 これは悪いことではないと女医は自分に言い聞かせた。
 そして実行することにした、一人ではない、そう思うと安心した。
 いや、楽しくなってきた、心の底からだ。

 

 医者のイメージは魍魎の美馬坂教授

 

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騙されたのは、誰 (女とホスト)

2024-10-03 08:39:48 | オリジナル小説

 

自分の腕、顔で稼いでいるという実感が沸いてきたのは最近のことだ。
 この仕事をはじめて最初の頃は客もつかずにヘルプとして働くだけだった、嫌になって辞めてしまおうかと考えたこともあった。
 ところが、ある女が自分目当てに来るようになって変わったのだ。
 高価なブランデー、シャンパンを注文して現金で支払う事には驚いた。
 その夜、久しぶりに店に来た女の言葉に驚いた。
 会話も態度も、自分は全然、楽しめないと言われて男は内心むっとしたが、その不満を顔に出すことはしなかった。
 「あなた、悪いことしてるわね」
 意味がわからず、何故と聞き返す、だが、全然心当たりがないわけではない。
 「若い女の子から自分が立て替えるとか、ホストと客じゃない、恋人同士って言って口説いてるんでしょ」
 どうして、そのことを知っているのかと思ってしまう、いつもなら言い訳の言葉がすぐに出てくるのだが、女の視線に何かを感じて、すぐには言葉が出てこない。
 今日、ここに来たのは、確認の為よと言われても意味が分からず、何故と思ったとき、女が言った。
 オーナーを呼んでくれると。

 「僕に用って、どうしたんだい、ミサキちゃん」
 若いオーナーだが、イケメン、ハンサムと言われて女モテる、本人も自覚しているので初対面の相手に対しても、まるで以前からの知り合いのような笑顔を向けるのだ。 
 「明日、開店前に、あなたに話があるって人が、それと、こちらのホストにも、大丈夫、別れた、いえ、捨てた女でないことは確かよ」
 笑いで返すつもりだったが、女の顔を見てオーナーの口元から、笑顔と続くことばいは出てこなかった。

 「神崎と申します」
 翌日、店に尋ねてきたのは眼鏡をかけた小太りの男性だが一人ではなかった、長身で体格のいい男性が三人ともサングラスをかけている。
 「ああ、彼らの事は気になさらず、雇い主がつけてくれたのです」
 オーナーの顔、表情が硬いのは仕方ないと隣に立っていたホストは思った、この男、一般人ではないかと思ったとき。
 「実は沢野良子さんの代理として来たのです、彼女は、この店に借金があるそうですね」
 「えっ、ええっ、そうです」
 頷く若いホストはテーブルの上に差し出された一枚の紙を不思議そうに見た。
 「こちらの方が確実ですからね、その前に領収書の明細を確認したいのですが」
 ホストの表情が固まった。
 「あの、実は」
 オーナーの方をチラリと見る、意味ありげな視線でだ。
 「すぐに取ってきます」
 店の奥に姿を消したが、それほど時間がかからずに戻ってきた。
 手渡された数枚の紙を神崎はじっと見た。
 すると蕎麦に立っていた男が明細の紙をスマホで撮り始めた。
 「これは、依頼主も見せなければなりません」
 ほんの数分、だが沈黙を破ったのは神崎だ。
 「ところて、これは綴りが違いますね、いや」
 若いホストに紙を手渡し、神崎は笑った。
 「どういうことでしょう」
 何を聞かれたのか、意味が分からずオーナーとホストはちらりと互いの視線を交わした、何か都合なことがあっただろうかと思ったが、沈黙は長くは続かなかった。
 そばにいた男が神崎に小声で囁くように先生と呼びかけた。
 「時間が迫っています」
 「そうか、仕方ないな」
 領収書をオーナーに手渡すと、小男は私の仕事は今回借金の返済なんですとオーナーに笑いかけ、それ以上はと腰を上げた。
 小男が、店を出ると若いホストは、ほうっと息をついた。
 「俺、明日にでも銀行に行ってきます」
 オーナーは頷いた、だが、その顔色は少し前、開店前とは違う。
 「綴りが違うと言ったな」
 「さっきのことですか」
 「適当な紙を出したのがまずかったかもしれない」
 

 翌日のこと。
 「これを現金にかえてくれ」
 窓口の行員は窓口に差し出された紙を見ると頷いた、だが、確認するように再び紙を手に取るとお客様と声をかけた。
 「これはお取り扱いできません」
 何を言われたのか、すぐにはわからなかった、小切手が偽物だっていうことか、騙されたのか、そんなホストに行員はお待ちくださいと行員は首を振った。
 
 「お客様、この小切手は特殊扱いですので、当銀行では扱えないのです」
 別室に案内され、いかにもお偉いさんといわんばかりの男に説明を受けたホストは、意味が分からなかった。
 「なんだ、もしかして金額に問題があるのか、高すぎるとか」
 男はとんでもないと首を振った。
 「はあ、どういうことだ意味が」
 「この小切手は日本国内では取り扱い出来ないと言っているのです、海外の銀行系列です、お聞きしたいのですが、あなたのご職業は」
 「見ての通りのホストだよ」
 少し前なら髪を染め、金髪でアクセサリーをふんだんにつけて着飾っていたホストが多かったが、今は違う。
 黒髪にスーツ、仕立ての良い、そういうスタイルだ。
 「この小切手が扱えるのは海外、それもトップ、サーの称号を持つ方、特殊業務に携わっておられる方、専用の銀行です」
 何を言われているのか、すぐには理解できなかった、換金できないのか、頭の中の疑問を口にすると相手は首を振った。
 「あなた様の名前が書かれている以上、窓口に行けば換金できます、イタリアですが、ここはスイス銀行の口座と直結しています」
 このときになって相手の視線にホストは初めて気づいた。
 「ホストの方でも、ここの顧客はおられます」
 「どういった経由で、この小切手を、まさか」
 「おい、盗んだとかいうんじゃないだろうな」
 「とんでもありません」
 男は言葉を続けた。

 小切手を窓口に出せば書かれた金額の金が目の前に、そう思っていた、ところが事態は予想もしないことになってしまった。
 仕方ないオーナーに話して海外、イタリアの銀行に行くしかないのか、とんだ出費だ、小切手の金額を今から書き直してやる。
 家に帰る気にもなれず、オーナーに相談しようと思い、店に向かった、ところが。
 
 店に入ると開店前だというのに騒がしい。
 「あっ、ケイタ、遅かったな、大変なんだ」
 仲間が慌てたように声をかけてくる。
 「どうしたんだ」
 「酒だよ、おまえ、仕入れにも関わってたよな、海外の酒を安く仕入れることができたって」
 「あっ、ああ、それが」
 「偽物だって分かってたのか」
 「なんだ、それ」
 首を振ろうとしたとき、おい、ケイタと自分を呼ぶ、オーナーの声が聞こえた。
 
 オーナーのそばには長身の銀髪の男が立っていた、いや、周りにも数人のスーツ姿の男が立っていた。
 書類と酒の瓶を手にして話している、英語でないと思った。
 一体、何があった、店内にいる男達は何者だ。
 小人のような小男もいれば長身の、まるで映画俳優のような長身のすせとりとしてた男性もいる。
 正直、わけがわからず不安になってしまう。
 「この酒を仕入れに関わったのは」
 あなたですねと聞かれて思わず頷く、この状況を少しでもいいから説明して欲しいと思ったが、オーナーを見ると顔色が悪い。
 「偽造酒、どういうことなのか、私にも」
 オーナーの声は当惑、いや、驚いているのか、しばしの沈黙の後。
 「偽造酒は、この市場に数え切れないほどあります、そして顧客の信頼を失うのは我が国にとっては恥、死ねと言っているようなものです」
 偽造という言葉にホストは驚いた言葉が出てこない、自分はいい酒が安く手に入ると言われて。 
 「実際、いるんです、わかりますか」
 責任を取ってと男がオーナーだけではない、自分を見ている、サングラスで表情はわからない、だが、冷たい視線だと言うのはわかる、いや、このとき、店内の視線が自分に集中していることに若いホストは気づいた。
 「あなたは経営者、お分かりの筈」
 返事はない、沈黙の返事に男がミスターと呼びかけ、隣のホストを見た。
 「ミスター・神崎から聞かされて驚きました、偽造酒のことではありません、沢野良子という女性、どうして、あの女性を騙そうなど」
 突然、出てきた名前にホストは驚いた。
 ご存知なんですかと思わず尋ねる、ホストは驚いた、自分と出会ったとき彼女は普通のOLに見えたからだ。
 「Mr.神崎が出てきたんです、何もないなんてことはないでしょう」
 小太りの男の姿を思い出した、メガネをかけた、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた弁護士の顔を。
 「あの、神崎さんは今、どちらに」
 ホストか尋ねた、小切手のことを思い出したからだ、すると忙しい方ですから本国でしょうねという簡素な答えがかえって来た。
 「イタリアです、忙しいんでしょう、今回のことでドンは怒っているようですし、偽造酒だけでなく日本のホストが娘をprese in giro(馬鹿にした)」
 男の唇が薄っすらと開いた、そこから出てくるのは日本語ではない、いや、英語でもなかった。
 
 
 男たちが出ていき店内にはオーナーとホストたちだけになった。
 「嘘だろ、あんな、普通の女が、マフィアの娘、う、嘘だ」
 床に崩れるように膝をついた男は名前を呼ばれて、顔を向けねるとぞっとした。
 オーナーの視線、いや、店内のホストたちの目が自分に向けられていたのだ、それは仲間を見る視線ではない。
 「ケイタ、おまえ、どう責任を」
 そんなことを言われても、責任など取れない、小切手は換金できない、店は、仕事は。
 オーナーの言葉に若いホストは返事ができなて、いや、どうすればいいのか、分からなかった。
  
    

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恨んでいたと言われた男の末路

2024-10-02 12:34:55 | オリジナル小説

 彼氏はいるのかなあ、独り言のように呟いた言葉にそばにいた男はいないだろうと断言するように、手にしていた缶コーヒーを飲み干した。
 一ヶ月前、突然、やってきた事務員の女性の事が気になっているようだが、そばにいた男は内心、呆れたように心の中で吐いた。
 おまえみたいな、豚みたいな男、相手にされるわけないだろうと。
 仕事ができても、それだけでは見た目も大事なんだと言いたい。
 だが男は、その言葉を腹の中で毒づいた。
 人は見かけによらないという言葉通り、目の前の男は仕事ができる、それも自分以上に。
 だから、仲良くしているのだ。
 
 社内でも女にモテると思っていた男は、その日、仕事帰りに寄った飲み屋で、そのカップルを見つけて驚いた。
 豚のように太った男、だが、その男と一緒にいるのが、美人なのだ
 なんで、あんな男と思ったが、もしかして金目当てかと思った。
 女は美人局、マッチングアプリの女かもしれない、男から金を引き出そうとしているのかと、そうでなければ不釣り合いだ。
 よし、助けてやるかと思い、二人に近づいた男は声をかけた。
 
 知っている人間に出会ったことで男の顔色は一変したが、女の方は平然としていた。
 女に名前を呼ばれて男は驚いた、自分を知っているようだが、だが、覚えがない、すると同じ会社でしょうと女は笑った。
 事務員の顔を思い出し、別人じゃないかと男は驚いた。
 
 翌日、男は事務員を見つけると声をかけた、よかったら夕食をと声をかけたが、用があるのでと断られてしまった。
 「付き合ってるのかな、あいつと」
 その言葉に女はちらりと男を見ると、軽く首を振った後、男の顔をまじまじと見た後、似てますねと呟いた。
 「あなた、知りあいに似てます」
 「いい男かな」
 「顔はよかったですよ、女性にもモテていました」
 でも、続く言葉を女は飲み込んだようにみえ、男は尋ねた。
 思わず聞き違いかと思ったが、恨まれていたんでしょうという言葉に男はどきりとした。
 最近、その言葉を聞いたからだ。
  
 あなたを恨むわ、不思議なことに言葉だけは覚えていた。

 「その男性、死んだんです」
 はっきりと言われて男は驚いた。
 「でもね、気の毒な事に」
 人違いだったんですと言いながら、女は笑った。
 事務員の女は男の顔をじっと見ながら言った。
 「本当に似ています、もしかして」
 続く言葉を聞きたくなくて男は足早に、その場を立ち去った。
 
 自分にそっくりな男が刺されて亡くなった。
 数日前のニュースです、女の言葉を思い出し、スマホを取り出して調べようとした。
 だが、毎日、色々なニュースがテレビやネットに溢れているのだ簡単には見つからない。
 そうだ、動画サイトならと思って調べようとしたとき、どんとした衝撃に思わず転けてしまった。
 「大丈夫ですか」
 男が自分に声をかけてくる、だが、歩きスマホをしていた自分が悪いのだと言い訳して立ち上がる、ところが。
 相手の男が、小さな声を漏らした。
 「なんで、あ、あんたっっ」
 自分の顔を見て相手は驚いているようだ、何故と思い、声をかけようとした瞬間。
 「おおいっっ、ここだ」
 まるで、自分の存在を知らせようとしているようだ。
 「ここにいる、あの男だ」
 周りの人間が振り返ると男を見た、まるで、そう。

 ビルの中の喫茶店で珈琲を飲んでいるのは気分を落ち着けるためだ。一体、どういうことだ、自分は何もしていない、それなのに。
 あのとき、通行人達が一斉に自分を見たのだ。
 自分は何もしていない、恨まれるようなことなど。

 あなたを恨む、不意に思い出した、何故だと自問自答する。
 
 「ここにいたのか」
 突然、声をかけられてかおょをあげると見知らぬ男が自分を見下ろしていた。
 初めて見る顔だ、相手は自分の向かいの席に座ると。
 「恨まれているよな、君は」
 「な、なんだ、突然」
 いきなり、失礼だろう、だが、男は笑いながら、それは自分じゃないのかと返してきた。
 「普段から人の事を見下していただろう、豚やろうって、そのくせ、仕事になると助けてくれと寄ってくる」
 笑いながら言われて男は相手の顔をじっと見た。
 まさか、この男、いいや、そんな筈はないと思った。
 だが、男が口を開くたびに事実だと認めざるえない。
 「彼女は君を恨んでいたよ、随分と」
 「何を言って、るんだ」
 女性に気のあるふりをして恋愛感情を弄ぶ、ひどいねと言われて男は何か言いたげな顔になった。
 だが、言葉が出てこない。
 「事務員ばかりを狙うのは金目当てかい、君のほうが」
 美人局じゃないかと言われて男は席を立とうとした、だが、できなかった。
 見られている、視線に気づいたのだ。
 少し離れたところから一人の女が自分を見ている、このとき思い出した。
 平凡だが、事務員の顔は似ているのだ。
 
 「どうするんだ、僕になにをしろというんだ」
 ついて来いと言われて案内されたのはアパートの一室だ。
 そこで男は女達の相手をさせられた、普通の男なら悪くはない待遇だろう、だが、女達は男を罵倒した。
 
 取り柄は顔だけ。
 役にも立たない。
 女を馬鹿にしていない。
 
 ベッドの上で拘束されたまま、無理矢理女達に奉仕させられた後、今度は男達の相手だ。
 殴られ、蹴られて、暴力だけではない、セックスの相手もさせられた。
 男達は女性達の妻や愛人だ、抵抗使用にも体力は限界だ。
 そうして、男は自宅に戻った。

 翌日、出社した男は事務員の女性に声をかけられた。
 顔色がよくないで、すると、太った男が近寄ってきた。
 「どうしてんだ、具合でも悪いのか、女とデートだろ、ほどほどにしろよ」
 しかし、返事ができない。
 わかるのは恨まれた結果、こうなってしまったということだけだ。
 仕返しされたのだ、だが、その事実を現実を、どうやって切り抜ければ良いのか、わからなかった。

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