自分とノックスの講義は受けるといった彼女は必ず顔を出していた、ところが一週間前から姿を見せなくなった。
住んでいるところも知らないし、何かあったのだろうかと思ってしまう、いずれバイトをするような事を言っていたが忙しいのだろうか。
「ああ、姉ちゃんか、講義を受けに来ないって」
その日、午前中の講義が終わって、昼食を食べていたとき、マルコーの質問にノックスは不思議そうな顔になった。
「いや、いつも来てるじゃねえか」
友人の言葉にマルコーは?という顔になった。
「いや、ここ数日は顔も見ないから」
ノックスは言いかけようとしたが、突然、おーいと手を振った。
「奢ってやるぞ、こっちに来い」
食堂に入ってきたのは白い髪の女性だ、最近、最近、講義を受けに来たイシュヴァール人の女性だ、知り合いかいとノックスに尋ねるとニヤニヤと笑っている。
「やっぱり、気づいてなかったのか、おい」
サングラスを取った相手の顔を見て、えっとなったのも無理もない。
髪を染めたのかねとマルコーが尋ねると色々と事情があってという返事だ、だが、声も顔つきも元気がない、すると、丸刈りにするしかねぇなとノックスが呟いた。
「黒に染めたらどうだ、まあ、髪なんていずれ伸びるだろうが」
「やったんです、でも、洗ったら真っ白です、以前より、白くなった気が」
「ものは考えようだ、いずれ白髪になるのか少し早くなったと思えばいいんじゃねぇか」
友人の容赦ない言葉に、それは言い過ぎじゃないかと思った、だが、こんなのは錬金術でもどうにかなるもんではないだろう、その言葉にマルコーはぐっと言葉を飲み込んだ。
「奢ってくれるんですよね」
ノックスの皿を見た女は、ローストビーフサンドを掴むと女は、ご馳走様ですとかぶりついた。
「おい、それは楽しみに取っておいた奴」
こんな真っ白な髪なんて、駄目だ恥ずかしくて表を歩けないと思っていたのは十日程だ、慣れとは恐ろしいと思いながら帽子を取ると芝生の上にごろりと寝転んだ。
「格好いいよ、ハルさん」
「そうだよ、ここは外国、どんな恰好をしてもありだよ」
「2.5ミュージカルのキャラみたいだよ」
「そうそうアニメキャラの○○に似てない」
励ましてくれるのは自分より年下の子供達ばかりだ、ありがとうというしかないだろう、顔を伏せたまま、地面に寝転んで、のの字をかきながら、もし、このまま元の髪色に戻らなかったらどうしようかと思う。
子供の頃の髪色は茶色っぽくて、周りからは外人と冷やかされたものだ、だが今は、本当に外人だよ、そんな事を思いながら起き上がろうとして視線に気づいた。
すぐそばには褐色の肌の男が立っていた、講師のスカーが自分を見下ろしていた。
(な、何っ、睨まれている)
「最近は講義に来ないが、どうした」
そういえば、ここ数日、出てなかった、もしかして怒られている、自分を見下ろす男の鋭い視線は怖い、どんな返事をすればいいのだろうか、曖昧に愛想笑いで誤魔化すのは日本人特有の者だが、ここは外国、そんな事をしても意味がない気がする。
「坊主にしろはまずかったな、まあ、言ってしまったもんは仕方ねえ、マルコー、頼む」
慰めてやれと言われてマルコーは、はあっという顔になった。
「ケーキでも奢ってやれば機嫌もよくなるだろう」
また勝手なことを、友人の性格は分かっているつもりだが、さすがに坊主になんて、自分だったら絶対に口にはできないと思ってしまう。
仕方ないとマルコーは席を立った。
午後の講義の事もあるので帰ってはいないだろうと思い、建物の外に出て歩いていると見つけた、だが、一人ではない、傷の男スカーも一緒だ。
だが、様子は変だと思ったのは彼女は地面に座り込んでスカーは立っているのだ。
「スカー先生って、怒ると怖いんでしょ」
「男子生徒、ぶん殴られたとか、女相手でも」
「まさか、そこまでしないでしょ」
「真面目に受ける気がない奴は出て行けって、追い出されて泣き出した子もいるって噂、知らないの」
自分の近くを通り過ぎようとした女性の会話が何故か耳に入る、もしかして怒られているのだろうか、確かに傍から見ても、穏やかというか、普通ではないと思ってしまう。
「すみません、スカー先生」
いきなり、大きな声で叫んだ彼女は地面に額をつけた、つまり、土下座だ、近くにいた人間は何事と驚いた顔で足を止めて見る、無理もない。
駄目だ、放っておけない、マルコーは二人に近づいた。
「スカー君」
何かあったのかねと、自分に気づいたスカーの顔は少し戸惑ったような顔つきだ。
その時、グーッと音がした、それは明らかに空腹を訴える音だ、自分ではない、スカー、でもなかった、すると一人しかかいない。
軍の建物を出たところにある喫茶店は軽食、デザート何でもありの店だった。
女性なのでてっきり、オシャレのつもりで染めているのかと思ったとマルコーは事情を聞いて改めて納得した、気弱な少女の付き添いで変装して講義を受けたのか。
「スカー君は見た目は怖いと思うかもしれない、強面だが、誤解されやすいというか、実際はそうじゃないんだ」
後で自分からも事情を説明しておくからとマルコーは言葉を続けた、フォローしているつもりだが、彼女の表情を見るとできているのか、そうでないのか微妙なところだ。
店員に手渡されたメニューを見て悩んでいる様子の彼女は頷くと、いいんですかと無言になった。
「チョコとイチゴの濃厚フォンダンショコラ、カシスベリーのソルベ添え、でも、クラッシックストロベリーのショートケーキも美味しそうだし、迷います」
どっちも七百円です、高いですよねという言葉にマルコーは無言になった、もしかして自分が選択、選べということだろうか、一度聞いただけではケーキの名前など、まるで魔法の呪文だ、こういうときは、あれだ、両方、頼みなさいというしかない。
ケーキなんて久しぶりだと思いながら食べようとして、ふと視線を感じる、マルコーがじっと自分を見ている事に気づいた。
「半分こしません」
幾ら奢りだからといっても自分だけでバクバクと食べているのはよくない、一人で食べるより一緒に食べる人がいると、もっと美味しく感じますよと言いながら皿をマルコーの前にぐいっと押しやるとマルコーは遠慮するが、そこは強引にだ、結局、二皿のケーキは仲良く半分ずつ食べる事になった。
「ケーキだけで足りるかね、他に何か頼もうか」
断ろうと思いつつ、やはり物足りないと思ってメニューを見ると、カツサンドとアボガドとエビのベーグルサンドが美味しそうだと思い注文する、これも半分ずつだ。
「マルコーさんは好き嫌いとかないんですか、肉が駄目とか、魚は嫌いとか」
「あまりないね、肉、魚、野菜も殆ど食べるが、どうしたんだい」
「食べ物の好みって大事ですよね」
意味が分からずマルコーは不思議そうな顔になった。
その日、ノックスとマルコー、スカーは軍の建物内のカフェで、講義の事を話していた。
「最近、若い女の受講生が増えたらしいな」
ノックスの言葉にスカーは、一瞬、むっとした顔になった、そういうことは関係ないと小声で呟くように返事をするが相手は聞こえてないのかわざとスルーしているのか、気にするそぶりもない、そんな二人のやりとりをマルコーは珈琲を飲みながら黙っている。
そのときだ、ここでしたかと近づいてきたのは彼女だ。
「あのー、マルコーさん、今日、夕飯、奢りますから食べに行きませんか」
何故、自分を誘うのかとマルコーは不思議そうな顔になった、ケーキを奢ってくれたじゃないですか、そう言われても、半分ずつ、分けて食べてしまったのだ。
「おい、何、企んでる」
「嫌だなあ、ノックスさん、友人が集まって食事をするだけなんです、是非とも来てほしいんです、でも一人ではなくて、そのー」
「おいおい、そりゃ、魔女の集会、いや、サバトだな、で、マルコーは生け贄か」
スカー君に頼みなさいと首を振ったマルコーに、駄目なんですと彼女は首を振った。
「実はケーキを食べてた時、見られてまして男と一緒だと言われてしまったんです、その時点で認定されてしまいまして、参りました」
「おおっ、バツイチともなると女は怖いなあ、なあマルコー」
「バツイチ、いや、私は」
マルコーは何か言いかけて視線を動かしてノックスはニヤニヤと笑っているそして、ここまでくるとスカーも気づいたようだ。