モニターを見ながら、女が楽しそうに笑っている。
独房という部屋に案内されたときの男の表情は見物だった、最初は出してくれ、説明させてくれ、家族や友人が心配している筈だと繰り返していた。
だが、数日が過ぎてくると大人しくなった、元、愛人が亡くなった事を知らせてみた、諦めたような表情を見せたが、その後、信じられない嘘だと言い始めた、自分を正
当化しているのだろう。
もし、愛人が死んだことが○○だと知ったらどんな反応を見せるだろうか。
こんな目にあわせたのが、実の両親だと知ったら、どんな顔をするだろうか。
そして全ての筋書きを考えたのが、隣を見て女はにっこりと笑いかけた。
「満足してくれた」
その問いかけに女は頷いた、外国人で公人で金がある自分、だが、それだけだ、こんな筋書きを考える彼女(彼)を尊敬する。
モニターに映る男は知っているだろうか、自分の妻の正体を、何故、浮気しても文句を言わなかったのか、別れようとしなかったのか。
彼女が本当は、だということを。
最後には種明かしをしたら、どんな顔をすると思うと聞かれて女は笑った、勿論、ばらすのは本当に最後の時だが、それまでは楽しませて貰うつもりだ。
大丈夫だよ、妻は僕たちのことには気づいていないし、今日は夕方までは帰ってこないからね、病院なんだ。
その言葉に愛人は安心したように、服を脱ぎ始めるとベッドに潜り込んだ、続いて男も裸になると女の体に抱きついた。
付き合い始めて半年程が立つがたつが、体の相性は抜群だ、それに美人だ、やはり離婚を考えてしまうのも当然のことかもしれない。
行為の後、彼女は自分を誉めてくれるのも今まで付き合った男とは違うと、そんなところも気に入っていた。
「あらっ、今、物音がしなかった、帰ってきたんじゃない」
男は驚いた、まさかと思いながら服を着替えようとしたとき、いきなりドアが開いた、だが入ってきたのは妻ではない、数人の男性だ。
「な、なんだ、君たちは人の家に、勝手に」
「いました、行為に及んでいたようです、今からレベル確定を」
若い一人の男がいきなり男に向かってベッドに腰掛けるようにと声をかけた、女にもだ。
もしかして泥棒かと思ったが、違うと思ったのは態度と服装だった、裸のまま、ベッドに腰掛けた二人の男女は困惑したのはいうまでもない。
「確認の必要はないよ、青井君、彼の睾丸、腹部の皮膚を見たまえ」
「先生、僕には、あっ」
青年は声をあげた。
裸のままではと下半身にシーツを巻き付けていたので分からなかったのだ、わずかですが、黄色に青井斑点がありますと言われて男は驚いた。
そのとき、どうぞ、奥さんと男が部屋の外に声をかけた。
部屋に入ってきた妻の姿を見て夫と愛人の二人が顔色を変えたのはいうまでもない。
だが、浮気の現場を見て普通なら怒る、泣く、罵倒するなどの感情表現がないことに男は驚きというよりも不気味さを感じた。
入ってきた妻に男性が話しかける。
「どうします、あなたの許可と承諾さえいただければ、今からご主人を、その際の手続きもこちらで行います」
「な、何を言っているんだ」
男は妻と話している男性に向かって叫んだ。
「ああ、失礼」
妻と話していた男性は男に向かって軽く手を振った、すると男のそばにいた若い男性が我々は管理局の者ですと説明を始めた。
「あなたは以前、外国人の女性と関係を持ちましたね、企業接待という名目ですが」
愛人と妻のいる前で、その質問はと思ったが、部屋の中の空気と自分に向けられた視線に耐えられなかった。
「実は、その外国人、あるウィルスの保菌者なんですよ、そしてあなたは、今の愛人と出会うまでにも他の女性と関係を持ったようですね、神崎という女性に心当たり
は」
名前を出されて男は渋い顔になった。
「夫の会社で働いていた女性だと思います」
妻の言葉に男は、何故、口を出すんだと言わんばかりの表情になった。
「亡くなりました、あなたとの接触が原因です」
ご覧になりますかと男が胸ポケットから一枚の紙、写真を取り出したが、それを見た男と覗き込んだ愛人の顔色が変わった。
「濃厚接触で感染するんです、このウィルスは海外から持ち込まれたものですが、どうしました」
あたし、死ぬのと愛人が叫んだ
一体どういうことだ、自分がウィルスの保菌者、そして感染した女性は死ぬだと、信じられない、男は呆然とした。
妻と話している男達が、時折自分を見る、今、目の前で起きている、自分に降りかかった出来事が信じられなかった。
これでは離婚は決定的だ、別れなければならないだろう、そう思っていると、別れるなどという選択はないですよと男が言った。
どういうことだと思っていると、あなたと彼女、隣にいる愛人を見て、あなた方は、○○かったんですよ言われた。
「あなたは、これから隔離病棟に、戸籍も抹消されます、このウィルスの存在を世間から消す為にです」
「家族は、両親がいるんだ」
すると男は首を振った、答える気はないらしい。
「あ、あたしはどうなるの、感染してるの、死ぬなんて嫌よ」
「どうでしょう、先生」
若い男が女性を見る、その表情、視線に女の顔色が一層、青くなった。
「私たちの仕事は保菌者の確保だよ」
それ意外は関係ないというより、興味がないと言いたげな男は、奥さんと声をかけた。
「最後に何か言いたいことは、もう、会うことはないんですから」
男の言葉に妻はそうなんですかと不思議そうに尋ねた。
「ええ、施設に入ったら出ることはないんです」
この瞬間、体、足が震えた、男は信じられないというように男を、いや妻を見た、助けてくれとすがりつくような視線だった。
突然、叫び声を上げて女が部屋から飛び出した、追いかけようとした若い男に病院に行ったところで追い返されるだけだ。
「可哀想に」
妻の呟きから感情が読み取れず、自分の膝が震えていることに気づいた男は唇を噛んだ。
言葉が出てこなかったのだ。
「ニュースに出てたよ、飛び込みらしい」
その日、男は自分の元愛人が自殺したことを知って驚いた。
信号待ちの歩道で、突然、奇声をあげて車の前に飛び出したというのだ。
「女性が感染すると脳に異常をきたすんです」
説明されても頷くしかできなかった。
自分は、ここから出る事はできない、ずっと、一生、いや、死ぬまでだ。
「あたし達、悪いことをしたのかしら、たった一人の息子を」
「やめろ、会社には大勢の人間が、社員を犠牲にはできないだろう」
夫の言葉に妻は頷いた、自分の一人息子が外国の公人に見初められて、欲しいと言われた時は驚いた。
現在、夫の会社は経営が苦しい、家族経営、小さな会社なら諦めもつくが、そうではない、大きな会社だ、社員だけではない、取引先にも色々と世話になってきた。
そんなとき、援助するという話を持ちかけられた、その見返りとして息子だ。
息子と結婚したいというなら話はわからないでもない、だが、相手の女性は笑った。
「彼とのセックスは刺激的だったけど、ああいう男が」
英語ではない、どこの国の人間だろうかと夫婦は通訳の人間に何を言っているのかと尋ねた。
だが男は答える代わりに、この取引はあなたの会社だけでなく、あなた自身にもプラスになる筈ですとにっこりと微笑んだ。
「実は息子さんの奥さんにも話を通してあります、承諾してくれましたよ」
結婚して半年後に初めての浮気、だが、その後も隠れて息子は浮気をしていたらしい。
妻である彼女も愛想が尽きたのだろう。
「ああ、信用して貰うのが先ですね」
二ヶ月あまりで会社の運営、下り坂を滑るように落ちていた業績が立ち直ったときは信じられなかった。
そして目の前に積まれた代償に二人は驚いた、人世の半分をすぎた老夫婦には十分、使いきれないほどの金だ。
これは自分が見せる誠意なのだから遠慮も金を返す必要もないと言われて二人は驚いた。
そして、もし息子をくれるなら、これ以上のものを用意すると言われて無言になった。
二人の背中を押したのは息子の嫁だ。
息子一人、でも会社で働いている人たち全員と引き替えにしたら、どちらが大切です。
義理の娘の言葉に夫婦二人が決断を下したのは当然かもしれない。