Journal de Tsurezure

雑多な日常、呟き、小説もUPするかもしれません。

「阿部と村木の再会」

2025-02-26 10:25:28 | 小説

それは偶然だった、阿部は半年ぶりに日本に戻ってきた。
 短く整えられた髪に軽く日焼けした肌、長年の海外生活のせいか、洗練された雰囲気なだが、着ているスーツも日本人らしい無難なものではなく、少し遊びの入ったデザインだ。
 無造作に腕を組みながらベンチに座ったその仕草もだ。
仕事の基盤を、日本に移すためだ、出版業、本も最近は電子書籍が増えてきたが、紙の本の需要がなくなることはないことを改めて感じていた。
 有名な作家の言葉を疑ったわけではないが、不安だった。
 帰ってきてから会社立ち上げの準備で忙しかったが、やっと一息つける、今日は一日ゆっくりするぞと考えていた。
 公園の側まで来たとき、少し休もうと思ってベンチを見つけた。
 先客がいるが構わないだろうと、少し離れて腰掛ける。
 すると男が、こちらを見た。
 随分とくたびれた風体だ、髪も真っ白なので老人かと思ったが、そうではなかった。

 「阿部くん、じゃないか。」
 名前を呼ばれて驚いた、知り合いだろうかと相手の顔を凝視する。
 だが、記憶にない、誰だ?
 すると、男は村木だと名乗った。
 村木、まさか、高校のときクラスメイトの顔を思い出した。
 改めて顔を見ると確かに面影があった。
 だが、高校のときの記憶の中の彼とは思えなかった。
 まだ、そんな歳ではないだろうに着ている服もヨレヨレで背も曲がっている。
 正直、どんな生活をしているのかと思ってしまった。
 
 「今も小説、書いているのか。」
 村木は首を振った。
 「具合でも悪いのか、顔色がよくないぞ。」
 村木は頷いた後、ぽつりと水樹が亡くなったと呟いた。
 「水樹、誰だい。」
 村木は答えなかった、もしかして妻だろうか。
 (結婚していたのか)
 「事故でね、もう随分と前だけど。」
 亡くなったのか、だから、こんなに変わってしまったのか。
 「彼女、水樹を預けたんだ。」
 意味がわからなかった、水樹というのは奥さんだろう、水樹を預けたって、どういうことだろう。
 「水樹の子供は水樹だよ、自分では育てられないから頼んだようだ、六郷って覚えているかい。」
 ろくごう……高校時代のクラスメイトだよと言われてハッとした。
 変わった名字の女がいたことは覚えていた。
 それにしても妻の水樹は子供に自分と同じ名前をつけたのだろうか。
 おかしくないかと思ってしまった。
 「水樹は子供は産めない、小説だけ。愛してるのは、僕では頼りなかった、六郷に預けたのもわかる。」
 その声は疲れきっているように思えた。
  「小説を書くんだ、水樹は六郷も喜んでいた。」
 話の内容が代わり阿部は少しだけ、ほっとした。
 「本当か、実は今、出版の仕事をしているんだ、日本で腰を落ち着けようと思って。」
 そうか、村木は笑った。
 「水樹はいなくなった、六郷も、僕だけが蚊帳の外だ。」
 「じゃあ、子供は、水樹って子はどうした、今どこに……」
 「僕は、どうすればよかった。六郷は手放さい、水樹を、死んでもね……。」
 それはどういう意味だ、だが、村木は笑うだけだ、阿部を見て情けないだろう自分は、そう言わんばかりだ。
 「知っていれば六郷に預けるなんてしなかった、だが、水樹は僕を信じてくれなかったんだ、僕は置いていかれた……。」
 「村木、お前の子供だろう、おかしいぞ。」
 「水樹が、僕の子、そうだったら……。」
 村木は黙りこんだ後、上を、空を見上げた。
 「駄目だった、僕は勝てなかった、水樹に、六郷にも……」 
 「さっきから、あの女の名前ばかりだ、六郷が何だ?」
 村木は微かに笑った。
 「今でも信じられない、でも本当だった、勝てないと思った、君だって。」
 男が阿部を見た。
 「……僕は駄目だった。」
 それが最後の言葉になるとは思わなかった。

 あれから数日。
 村木のことが気になった阿部はモヤモヤとしていた。
 もしかして、村木は自分に何か伝えたかったのではないだろうか。
 そんな事を思ってしまうのだ。
 無理にでも聞くべきだったか、いや、あの様子では話さなかったかもしれない。
 
 (六郷は……村木の娘に、いったい、何をした?)
 (六郷が水樹(娘)を手放さなかったのは理由があるのか?)
 答えが分からないまま、村木は消えてしまった。
 新聞の訃報で知った阿部は驚いた。
 
 あのとき自分は村木を助けるべきではなかったか、連絡先を渡しておけば。
 だが、受け取ったとしても、あのときの村木は疲弊していた。
 全てに疲れきっていた、そう。
 (生きることも……)
 だが、水樹(娘)は、まだどこかにいる筈だ。
 (帰国したばかりの俺は、何も知らなかった。)
 (ただ、日本に戻ってきただけ。ただ、新しい仕事を始めようと思っただけ。)
 探そうと思った、村木の娘を。
 彼の娘を、それが今の自分にできる唯一のことだとしたら。
 阿部は決心した。
 必ず、村木、水樹という娘を見つけ出すと。
 

 

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キルジョイ 野獣の言い訳

2024-10-05 17:18:48 | 小説

 

 四十九歳という実際の年齢は彼を相応ではなく、それ以上老けさせていた。
 だが、周りが思うほど、本人はそれを気にしてはいないように見えた。
 いや、そう、思わせていたのもしれない。
  

 イーアン・レイドロウ、彼を知る人物は大抵が、ああ、あの教授ねと言った後、少し無言になる。 
 大学内では有名で知らない人間はいないだろうからだ。
 生真面目で几帳面、礼儀正しくて厳しい性格、協調性は少し難有りかもしれないかもしれない。
 変わり者で偏屈、でも大抵の場合、人間というものは歳を取ると、そんなものではないだろうか。
 勿論、例外もあるかもしれないが。
 彼の容貌が関係していることも原因の一つだろう、子供の頃に犬に噛まれた顔の左半分に大きな傷があるのだ。
 自身が、これを気にしてはいなければ問題はないのだ。
 
 
 初めて結婚で彼は顔の傷が妻に不快感を与えないかと不安を感じていた。
 だが、数年後に離婚を経験して悟ったのは問題は顔の傷ではなく、自身にあるのだということだった。
 マーガレット、妻だった女性がキスを好まないと知ったのは夜の生活を経て、しばらくしてからだった。
 自分もだが、相手を不快にすることほど嫌な事はない。
 だが、わかっていても、やってしまうのだ。

 自分の講義の最中、反抗的な態度を見せた生徒に顔の傷をわざと見せつけるようにして注意をする。
 相手の驚き、戸惑いと生徒自身が悪い事でもしたような表情を見せるとき、彼は自分が最低な人間のように感じてしまうのだ。
 悪かったと思うのだが、自分がひどく人間らしく思えて彼は安心する。

 彼の毎日は大学と自宅を往復することで大半が占められていた、静かで変わり映えないものだ、ときに自身が何か刺激が欲しいと思うことはあっても、そこに行き着く過程と労力を考えると億劫になってしまうのだ。
 少し上等なワインとコーヒーを買い、自宅で本を読み、テレビを見る、流行のドラマはどれもが、同じ内容に思えてしまう。 少し前まで心理的、ホラー、オカルトなものが書店やテレビでも多かった。
 だが、今は恋愛ものだ、正直なところつまらないというか興味がなかった、多分、今の自分に、生活に関係していないからだろう。
 けれど、人生とは、ほんの少しの出来事が掛け違えたボタンのように起こってしまうことがある。
 つまり、彼の見に起こったのは、そういうことなのだ。

 静かな図書室での会話、その中に出てきた本のタイトルを偶然耳にして、彼は思わず耳を傾けた。
 
 「まだ、戻ってきてないの、ごめんなさいね」
 「いえ、こちらこそ」
 決して流暢とは言えない英語り響き、思わず、そちらを見るとカウンターの司書と話している女生徒の後ろ姿が目に入った。
 「とっくに期間は過ぎてるのよ、まったく、困ったものだわ」
 司書の女性は憤慨したように怒っている、親しげな会話の様子から、その女生徒は以前から、その本を読みたいと思っていたのだろう。
 「難有りだわね、エーリック先生様は、以前にもあったのよ」
 司書の声が皮肉交じりに聞こえるのは決して気のせいではない。
 そして、自分の顔、左半分の傷が醜く歪んだのも当然かもしれない。
 。
 
 カウンターから離れた女生徒がゆっくりと奥へと進んでいく、髪の色、体つきからして外国人、アジア、東洋人は小柄というが、それは随分と昔のことだ。
 静かに隣に立ち、本を探している振りをしながら、本のタイトルを口にする。
 「本を持ってる、私の書棚にね」
 正直なところ、そんな事を何故、言い出したのか、自分でも驚いていた。
 だが、こちらを見た女性の顔、その表情に後悔はしなかったというのが、正直な気持ちだった。
 
 
 自宅のアパートまでの距離は長くはない、隣をわずかに遅れて歩く姿にわずかに苛立ちを感じた。
 だが、途中で、もしかしてと気づいた、自分の歩調が速すぎるのだと。
 ここは大学内ではない。
 他人と外を歩くのは久しぶりで、その為だろうか、距離がつかめなかった。
 ただ、歩いているだけだというのに、ほんの少し息を吸い込み、糸口を探す。
 「先生の講義、受けたことがあります」
 正直なところ驚いた、そうなのか、独り言のように呟きが聞こえたのだろう。
 けれど車と人の声が、この瞬間だけ、何故か大きく響いた気がして、彼女の声がよく聞き取れなかった。
 


 アパートに着いたが、彼女は部屋に入ろうとしない。
 切れ切れの単語と表情に、ああ、そういうことかと、わずかながらに理解した。
 遠慮、謙虚、それらは東洋人、特有のものなのだろうか。
 「性的、迷惑行為を危惧しているなら不要だ、私は女性に対して興味がない、だからといって、同性愛者という訳でもない。
 

 言い訳をしておけばよかったと。
 そう思ったのは、随分と後になってからだった。

 


 

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