弥助はモザンビーク出身で、モザンビークには「ヤスフェ」という名前が多い。このことから、もともとの名前がヤスフェで、それを信長が日本風にアレンジしたのではないかと考えられる。
地球が丸いことを理解したはじめての日本人
イエズス会の宣教師が信長に献上した品物の中に地球儀があった。信長は、地球が球体であることを説明されると、「理に適っている」とすぐに理解したという。
当時の日本人は、地面は方形だと考えていた。江戸時代に入ってさえ、朱子学者の林羅山が「万物を観るに、皆上下あり。上下なしと言うが如きは、これ理を知らざるなり」と、地球球体説を主張するイエズス会のキリシタンを論破したというから、信長は非常に柔軟で理解力があったと言えるだろう。
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