M,D,J.-Mange, dort, joue-

主に販売品整理。挿絵ナシ。すべて簡易紙媒体です。

【R18】Cela vient soudainement.

2020-01-19 20:03:52 | 発売中
商品説明
辰巳一意とフレデリック。恋人同士のふたりは幸せな生活がこの先もずっと続くと思っていた。……その日までは。
ある朝目覚めると、辰巳とフレデリックの躰が入れ替わっていた!?
R18 BL小説です

著者名
ヒトミマサヤ

販売者
M,D,J.

書籍情報
製本サイズ:B6サイズ
ページ数:76
表紙加工:カラー
本文カラー:モノクロ
綴じ方:無線綴じ

【R18】Cela vient soudainement.


■ちょい読み
 その日、フレデリックFredericは目を覚ました瞬間に硬直した。
 この世に生まれてあと数年で半世紀。何時如何なる時でも取り乱すことなどないと自負しているフレデリックではあるが、さすがに目の前に自身の見慣れた金色の頭を見れば動揺を隠せずにはいられなかった。
「C'est pas vrai…」
 フレデリックにしては珍しく、有り得ないと呟いたのも致し方のない事だ。
 ともあれ一度目を閉じて再び目蓋を開いてみても何ら変わりのない状況に、フレデリックは困ったように眉根を寄せた。
 ――参ったな…。
 自身の身に有り得ない事象が起こっている事だけは辛うじて理解できる。そっと抜き出した左手を目の前に翳してみれば、薬指にブラックゴールドのリングがしっかりと嵌まっているのだから手に負えない。
 つまりは胸の上に乗った金色の頭…もといフレデリックの躰の中には、辰巳一意たつみかずおきが入り込んでいるのだろうか。
 それ以外には考えられなかった。…というより、辰巳以外の他人に躰を乗っ取られるなど考えたくもない。
 ともあれフレデリックひとりで解決出来る問題でない事だけは確かだった。
「ねえ辰巳、ちょっと起きて」
 フレデリックはゆさゆさと胸の上に乗った自分の肩を揺らした。
 さほど変わらない体格とはいえ、まるで見た目の違う二人である。まして自分を起こすなどという非現実的な行為にフレデリックは嗤笑ししょうを禁じ得なかった。
「あぁ? 朝っぱらからいったいなん…あ?
 不機嫌そうな声が自身のものでないという事実に、辰巳の言葉が途切れた。次の瞬間、勢いよく金色の頭が持ちあがる。
「はあっ!? っんだこりゃ!」
「うーん…、僕の顔と声でその反応はちょっと…」
「ざけんなタコ! いったいどうなってやがんだよ!」
「さあ。僕も目が覚めて驚いたよ」
 ふぅ…と小さな溜息を吐きながらフレデリックが言えば、目の前で辰巳が金色の頭をガシガシと掻く。その眉間に寄った盛大な皺に、フレデリックは僅かに顔を顰めた。
「ちょっと辰巳、僕の躰でそんな顔をしないでくれるかな。皺が出来たらどうしてくれるんだい?」
「知るか阿呆」
「それは聞き捨てならないね。僕の完璧な美貌を損なう事は、いくらキミでも許せないよ」
「だったら戻る方法考えろ」
 あっさりと吐き捨ててベッドサイドのテーブルから煙草を取り上げた辰巳へとフレデリックは火を差し出した。
 微かな音をたてて紫煙を吸い込む辰巳の…否、自分の姿。普段から見慣れた辰巳の仕草だが、自分のビジュアルでされる事にフレデリックは違和感どころか絶望を覚えた。どうにもオヤジくさいその姿に、むくむくと沸き上がる不満が溢れ出る。
「ちょっと辰巳。少しは僕の気持ちを考えて、もう少しスマートに振舞ってくれないかな!」
 自他ともに認めるナルシシスト。完全無欠のパーフェクトヒューマン。そう周囲の人間たちに評されるフレデリックが、すべてに関して無頓着な辰巳の振る舞いを見逃すはずもなかった。
「いいかい辰巳。キミがキミの躰で何をしようと僕はある程度は許せる。けど、今のキミの躰は僕のものだという事を忘れないでほしいね!」
「はぁー…ったく朝から面倒くせぇな。こっちこそてめぇの躰なんぞ御免なんだよクソが」
「ああ…っ!」
 ドスが利きすぎて悲壮感に欠けた悲鳴。何事かと辰巳が眉根を寄せる中、フレデリックは大げさに寝台へと突っ伏した。
「どうしよう辰巳…この上なく憎たらしい…」
「知るか。てめぇこそ俺のツラでなよなよすんな気持ち悪ぃ」
 くぐもった声に吐き捨て、辰巳が長々と紫煙を吐き出す。
「しかしまぁ、どうやったら戻れんだよこれ?」
 フレデリックは寝台に埋めていた黒い頭を持ち上げた。
「僕に聞かれても困る。だいたいこういう場合、入れ替わってしまった時と同じ状況になれば戻るというのがセオリーだと思うけれど、そもそも僕たちは寝ていただけで何か特別な事をしたわけじゃない。どうしたら戻れるかなんて皆目見当もつかないね」
 お手上げだとフレデリックが肩を竦めた瞬間、微かな羽音が聞こえて二人の視線はサイドテーブルに吸い寄せられた。音の出所は、フレデリックのスマートフォンだ。二人が思わず顔を見合わせた事は言うまでもない。
 液晶に表示された発信者は、クリストファーChristopherだった。フレデリックの、血の繋がらない同い年の弟である。
「クリスか…。まったくタイミングの悪い…」
 忌々し気に吐き捨てるフレデリックを横目に、辰巳は電話を奪い取った。
「ちょっと辰巳…!」
 フレデリックが制止する間もなく、辰巳は勝手にクリストファーからの電話を受けてしまう。フレデリックにとっての救いは、音声がスピーカーに設定されて相手の声が聞こえることくらいだろうか。
「やあクリス」
 辰巳が発したとは思えないほど穏やかな口調。だが、電話の向こうから返ってきたのは奇妙な沈黙。
 明らかにいたたまれない空気が流れ、辰巳がフレデリックを見る。
「何かおかしかったか?」
「ふふっ。キミは僕の真似をしてくれたんだろうけど、重大な事を忘れているね、辰巳」
「ああ?」
「僕は、クリスを相手に日本語では話さない」
 にっこりと微笑む黒髪のフレデリックに、辰巳はガシガシと金色の頭を掻いた。言われてみればその通りである。
「やあクリス。聞こえているかい?」
『いったい何の茶番だ?』
「残念だけど、これはお芝居じゃない。聞いたままの事が僕と辰巳の身に起こってる」
『信じられると思うか?』
「信じる信じないはキミの自由だよ、クリス」
 クスクスとフレデリックが低い笑いを零せば、回線の向こうから考えるような気配が伝わってくる。
『OK.フレッドは別として、辰巳がそこまでお前の真似事を続けてられるとも思えない。信じよう』
「あぁん? てめぇそりゃどういう意味だコラ」
『そのままの意味だろう。しかしお前、その声だと迫力も何もないな』
「好きでなってんじゃねぇんだよクソが」
 噛みつく辰巳に苦笑を漏らし、フレデリックはクリストファーへと要件を尋ねた。
『ああ。例の件なんだが…、その様子じゃ無理そうか?』
「いや、むしろ歓迎だよクリス」
 フレデリックの表の仕事は、航海士の知識がないと務まらない。むしろ本業の方が辰巳の仕事にもまだ近しいものがあると、フレデリックがそう言えばクリストファーはあっさりと納得した。
『なるほど。なら話は早い、今週中には頼む』
「分かったよ」
 通話が切れて沈黙した電話を見下ろし、辰巳が溜息を吐く。その隣で、フレデリックは渡航のためのスケジュール調整にいそいそと取り掛かった。
 辰巳の電話をとり上げるその表情が、頗る楽しそうに見えた事は言うまでもない。まんまと辰巳になりきり、本宅の若い連中を騙すフレデリックを目の当たりにした辰巳だ。
 どうせこんな非常識な事がいつまでも続く筈はないと、常識外れな性格をした自分たちを棚上げして辰巳とフレデリックは高をくくっていたのである。


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