洋画家 吉田緑 ーWeb Photo Diaryー

日常の出来事、目にする花々の私感、様々のことを徒然に・・・

「モネの池」というタイトルの作品

2009年09月08日 | 絵について
来月開催予定の仙台の藤崎百貨店のフランスフェア(仮称)に出品依頼がありました。通常の画廊での個展とは違い、フランスの食料品や特産品が並ぶいわゆる物産展らしいですが・・

今回私なりに「フランス」ということを意識して調べたりもしてみました。
日本における「フランス」のイメージは・・・
特に首都パリは文化、流行の発信地、『芸術の都』『花の都』としてのイメージが日本人の間に過剰に強く、イメージと現実とのギャップによる『パリ症候群』という適応障害にかかる日本人もいるー(Wikipedia参照)
ということらしいです。

フランスはモネなど印象派の発祥の地であり、とりわけパリは近代の文化の中心都市であったことは言うまでもありませんが・・
モネは以前から大好きな画家の一人です。
モネが丹精こめて作った花が咲き乱れる庭のある「ジベルニー」というところは、ツアーもたくさんありいつか訪れたいところです。
アメリカの「ターシャの庭」もそうですが、花を育て愛でそれを描くという、理想的な生活は憧れでもあります。


東洋趣味はどのようなものだったのでしょうか・・
当時パリはエッフェル塔ができ、万博(1889年)で日本の文化が広く紹介されてヨ多くの人たちがジャポニズムに染まり、そしてモネは・・パリから北西に位置するジベルニーに移り住み、家のダイニングの壁にはたくさん浮世絵を飾り、池のある広い庭に日本風の太鼓橋を架け、睡蓮の連作を描いたことはあまりにも有名です。
ゴッホも浮世絵をバックに描いた絵がありますが、浮世絵の大胆な構図はあちらの画家たちに多大な影響を与えました。

モネの最後のモチーフとなった睡蓮のあるジベルニーの日本庭園。
日本の植物、睡蓮や柳、藤などを植えたといわれますが、調べてみると日本原産の植物がどれかということはわかりませんが(汗)


近代、当時パリが芸術の都であり、たくさんの画家が一度も訪れたことのない日本に憧れのイメージを持ったその「日本人」であるということの不思議・・
そして現代、印象派とりわけモネが大好きな日本人も多く、日本に逆輸入バージョンの「モネの庭」が各地に存在するという不思議な現象。
そして私もその一人であり、まだ観ぬ「モネの庭」をイメージし憧れていること。
モネの生きた時代よりも出版物やテレビやネット等の具体的な情報もあり、より身近なジベルニーを感じながら・・


私が「モネの池」というタイトルの作品を描いたのはこうした憧れからです。
これは京都の比叡山山頂にあるガーデンミュージアムの「モネの池」をモチーフに描きました。
高知県にあるモネのもうひとつの庭のことは以前記事にしています。






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2 Comments

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足跡からお邪魔しました (tomkob)
2009-09-15 06:04:36
油絵きれいですね。
亡き義父も油絵(静物画)をしていました。タッチがどこか似てるような気がします。ではでは。
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tomkobさんへ (ミド)
2009-09-18 14:43:23
はじめまして。。
コメントありがとうございます。
先日ちょこっとお邪魔しました
空の写真がすてきでした
また伺いますね。よろしくお願いします。
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