東京都内の某所。かつてアパートとして使われていた屋敷がそこにはあった。
真っ赤な扉が特徴的な古めかしい建物。それは人と共にバブル時代を生き抜いて、その後かつての繁栄が嘘のように壁は朽ち、屋根は欠けてしまっていた。最早そこは人が出入りしている様子もなく、所謂”廃墟”と言って差し支えない建物であった。
東京といえば競うように土地をめぐり、建物が乱立する場所であることは周知の事実である。
しかし、それにも関わらずその屋敷が未だに取り壊すことさえされず、不気味に佇んでいるのには理由がある。
「そこに立ち入った者は、怪物に襲われて誰一人帰って来られない。」
そんな噂があったためだ。
火のないところに煙は立たないというが、東京で廃墟ともなれば必ずと言って良いほど無謀な者が現れる。肝試しなどと述べて無茶な探索しようとする愚かな者が出てくることは想像に難くないだろう。
そして、つい先日。その愚かな者が行方不明になったというわけだ。
※
場所は変わって、ゆるふわん探偵事務所...もとい、俗に言う「何でも屋」で活動する宗像茜衣(むなかた あい)という女性がいた。
彼女のところに、廃墟の調査という名目で依頼が舞い込んできたのがことの始まりだった。依頼を持ってきた小汚い中年の男を見て、茜衣は初めはそこまで乗り気にはなれなかった。
というのも、探偵事務所は何かとお金がかかるからだ。調査費用に維持費、人件費、諸々。
金にならなそうな依頼なら断るつもりだった。中年の男は、言いづらそうにしながらもその廃墟の悪い噂ばかりを述べていく。話半分に聞いていたが、一見金にならなそうな上にこの悪条件である。行きたいという方が無理というものだ。
「あの、せっかくですが...」
「依頼は前金で100万円お支払い致しますので!」
「やります」
茜衣が断りかけた矢先。
男が提示してきた金額を聞いて仰天したのも束の間、即答したのちに気がついたら契約書にサインをしていた。
「ま、まぁ。ただの人探しならまだしも、怪物が出るということであれば私の出番よね」
男が頭を下げて事務所を去った後、自分に言い訳するようにそんなことを言いながら準備をする茜衣。
というのも、彼女の正体はマイティレディというスーパーヒロインであるためだ。なんだかんだ正義感の強い彼女は、自分でなければこの依頼は達成できないと確信していた。幸い依頼の現場は事務所からそう遠くない。茜衣はその場の勢いのまま、目的地に急行することにしたのだった。
※
件(くだん)の現場に到着した茜衣は、早速建物の中に潜入していた。
特に苦労することもなくあまりにあっさりと入ることができたので肩透かしを喰らいながらも、茜衣は周囲を見回す。建物の中は薄暗く、いかにも『何か出る』。そんな雰囲気を醸し出していた。カツンカツンと、移動する度に自分の足音が妙に耳を突く。ほとんど無音であり、分厚いガラス窓の外では、微かに外を走る車の音が聞こえる程度だ。
茜衣が重苦しい空気に押しつぶされそうになっていたその時。突然、背後からゴトリと何かが倒れる音がした。慌てて懐中電灯をそちらに向けるが、光に照らされるのはガラクタばかりで何かがいる様子はない。
「気のせい...?」
茜衣が一息つく間もなく、今度は逆方向からガタッと物音がした。素早く振り返るも、音の正体を見極められない。彼女の頬に緊張の汗が伝う。追い打ちをかけるように、自分を囲うように四方からする物音。
確実に何かがいて、自分のことを狙っているーー。
茜衣は自身の身に危機を感じ、身につけていたブラウスをたくしあげた。そこにあったのは可愛らしい臍ーーではなく、赤いクリスタル。そして両腕を胸の前でクロスすると、クリスタルが光り輝き、彼女の姿はみるみる変わっていった。
エメラルドとピンク色の肢体に、翡翠色の髪が美しい、そのヒロインの名はマイティレディといった。変身した彼女は、細心の注意を払いながら周囲を警戒する。
マイティレディとなった茜衣は、人間のそれとは比較にならない身体能力、五感を誇る。それは動体視力も例外ではない。物音の方向に素早く向き直り、彼女は今度こそ物音の正体を捉えることに成功した。
「あれは、蛇...!?」
その怪物は、蛇だった。緑色のまだら模様の柄をした、手足のない細長い身体。通常と違うのはその大きさだった。ゆうに三メートルはある。
細長い身体と形容はしたが、その胴体は人の腕よりも太く、丸太のようである。チラリと口から覗く、鋭く光る牙。いくら自身が百戦錬磨のスーパーヒロインとはいえ、生半可な相手ではないことは容易に想像がついた。ごくりと息を呑む茜衣。蛇は彼女がほんの少しだけたじろいだ様子を見逃さず、唐突に襲いかかってきた。
「うっ!!?」
不意をつかれた茜衣に対し、蛇が巻き付いて攻撃を仕掛けてくる。しかし今の彼女はマイティレディであり、その丸太のような蛇の身体でも強引に引き剥がすパワーを持ち合わせていた。鋭い手刀を胴体にお見舞いし、怯んだ蛇を掴んで、そのまま軽々と投げ飛ばす。
「やぁっ!!」
投げ飛ばされた蛇は、壁に叩きつけられてかなりのダメージを負ったようだ。
……と、そこまでは良かったのだが。
「ッ!? いない!?」
その蛇は投げ飛ばされてガラクタの中に突っ込むと、そのまま逃げ隠れてしまった。相手の姿を見失い焦るマイティレディ。次の瞬間、蛇は狡猾にも気配を消して彼女の後ろから迫り、首に巻き付いてきた。
「うっ!? ぐぁっ、あああ!?」
よく考えれば、ここは言わば相手のホームグラウンドであり、環境面では不利なのは間違いなかった。マイティレディの口から、苦しそうな呻き声が漏れる。完全に首が締まっており、まともに呼吸ができない。
手を捩じ込んで、少しでも首に隙間を作るのがやっとだ。首絞め攻撃だけでは埒が空かないと踏んだのか、蛇は長い身体を活かしてマイティレディの胴や四肢も締め付けていく。
「あっ、ああ...うああ...ッ!!」
苛烈な攻撃に堪らず膝を突くマイティレディ。あまりの苦しさに、意識が朦朧としてきてしまっていた。だが、ここで気を失っては自分も帰らぬ人となってしまう。力を振り絞り、何とか蛇を引き剥がそうともがく最中、たまたま足元に何かのガラス片が落ちていることに気がついた。
(...これだわ!!)
彼女は素早くガラス片を拾って胴体を斬りつけ、蛇が怯んだ隙に脱出に成功した。そのまま力任せに蛇を投げ飛ばし、床に叩きつける。
これには流石の蛇も堪えたらしく、露骨に怯んで動けなくなっていた。マイティレディはゲホゲホと激しく咳き込みながらも、一旦はピンチを脱したことに安堵する。
…...しかし、彼女の苦難はここで終わりではなかった。背後から迫る、不気味な影。
「キャアッ!!?」
なんと、蛇は一匹ではなかった。また別に潜んでいた茶色い巨大な蛇が、彼女の太腿に噛みついたのである。慌てて蛇を振り払い立ち上がった茜衣だったが、その時左の太腿に激痛が走る。
「ま、まさか...毒が...!?」
もはや左脚はいうことを聞かず、まともに歩くことも困難な状態になってしまっていた。このままではやられてしまう。焦る彼女だったが、茶蛇は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。長い肢体をくねらせ、今度はその身体を鞭のようにして打撃をしてきた!
「あっ! うっ! いやっ! ぐあぁっ!」
全身に激しい衝撃を受けて、前後左右に身体を揺さぶられる。ついには、腹部のクリスタルが点滅を始めた。それは自身のエネルギーが残り少ないことを表していた。
「はぁっ、はぁっ……こ、このままじゃ……!!」
マイティレディが弱ったところに、蛇が再び彼女の首に巻き付いてくる。ついには振り解く力も無くなってしまい、へたり込んだ彼女は来るはずもない救援を求めて手を伸ばすしかなかった。
「たす...け...」
健闘虚しく、気を失ってしまうマイティレディ。彼女の運命や、如何に!?
(評判が良かったら続くかも?)
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