ガンッ。
航行中のミネルバが、何かと衝突した。さほど大きくはない浮遊物体。もしくは宇宙塵か何かかもしれない。
深夜、寝んでいたクルーは、激しい衝突音に眠りから無理やり引き剥がされた。
非常アラートが船内に鳴り響く。耳をつんざく警報。
「な、何だ?」
ジョウは寝入り端、飛び起きた形になった。
ドアを開けて通路に飛び出す、と、同じタイミングでアルフィンもリッキーも自室から顔を出した。タロスは今夜は当直でブリッジにいるはず。
リッキーが不安そうな顔を向けた。
「兄貴」
さっきのは激しい衝撃だったが、今のところミネルバは通常どおり航行している。多分大きなダメージは負ってはいないだろう。
「ああ、お前は船外損傷がないかチェックを頼む。アルフィンはひととおり船内の点検を」
指示を出すと、2人はうん、と大きく頷いた。勢いよく部屋から駆け出す姿を見て、思わずジョウはぎょっと目を剥いた。
アルフィンがノースリーブのシャツに、ショートパンツだけだったから。ほとんど下着といっても変わらない格好をしていたからだ。
「あいつ……またあんなナリで」
ジョウは口元を抑えた。ったく、心臓に悪い、ぞ。ほんとに。
「だーかーら、さっきから何度も謝ってるでしょ! ごめんなさいってば、そんなに怒んないでよお」
船の内外の点検を終え、航行上影響を及ぼすほどのダメージはないという結果が出た。
ミネルバは予定通り航路を進み、タロスもリッキーと当直を交代して部屋と持ち場へ引き取った。
今はリビングで、アルフィンがジョウに膝詰め説教を喰らっているところだった。
「もう何度目だ。俺が注意するのは。一向に直らないじゃないか」
むすりと渋い顔を崩さず、ジョウが腕を組む。
アルフィンはシャツの裾をできる限り伸ばして、太ももの露出を隠そうと試みた。が、なかなかうまくいかない。もじもじしていると、
「直らないのは直す気がないのと同じことだ、わかってるのか?」
ガチで凄まれた。アルフィンは怯む。
「う、ーーそんなおっかない顔しなくたっていいじゃない!わ、わかったわよ、今夜はほんとに心から反省しました。もうしません。この通り、もー許して!」
顔の前で両手を合わせて頭を下げる。
ジョウは以前からアルフィンの寝巻きーー夜寝る時身に付けるものについて苦言を呈していた。
露出が多すぎると。
いくら自分の部屋で寝るからと言って、緊急事態に対応できないような格好はやめてくれと前から何度も繰り返し言い含めていたのだ。
今夜のように、アラートで叩き起こされた時に、即出動できる格好で眠ってくれ。でないと色々差し障りがあるんだ、と。なのに、今夜の格好ときたら。
アルフィンが平身低頭謝るから、ジョウもしょうがなく組んでいた腕をようやく解く。それを見計らって、
「でもさあ、前にも言ったけど、別にショーパンでもよくない?短いのはダメって言うけど、却って脚にまとわりつかないで走りやすいんだけどなあこれ」
彼女は履いているピンクのパンツを見回しながら言う。
ピキ。
ジョウのこめかみに血管が浮いた。
「アルフィン!」
「はいいいっ?!すみません、うそうそ、そんなこと全然思ってません!」
今すぐスウェット、超ダサいモコモコスウェットの上下に着替えさせていただきます!そう宣言してアルフィンはリビングから脱兎のごとく逃げた。ぴゅーっと。
「ったく……、人の気も知らないで」
アルフィンが逃げた後、ジョウは前髪を掻き上げながらため息をつく。ドアに持たれて空(くう)を睨んだ。
「露出がありすぎるのは目の毒なんだよ。ほんと、自覚してくれ」
コンコン。
その後、しばらく経ってから控えめにジョウの自室のドアがノックされる。
「はい……?」
「あたし。ごめん」
インターフォンを使わず、古典的なノックを選択した時点でアルフィンではないかという予想は当たった。
ジョウは横たわっていたベッドから身を起こしてドアまで行く。
「……」
黙ってドアを開けると、そこに色気も素っ気もない黒のスウェットを身につけたアルフィンが立っていた。しかし、サイズが大きすぎる。明らかにメンズのものだった。だぶだぶ。
「今夜はごめんなさい。ちゃんと着替えたから許してくれる?」
これならいいでしょう、と上目で聞かれた。
ジョウは「そのスウェット、俺のだよな」と平坦な声で言った。
アルフィンは肩を縮めた。
「あたしの、お洗濯しててまだ乾いてなかったから借りたの……。無断でごめん」
「ーーそんなでかいの着てて、何かあったとき動けんのか、とっさに」
「ん、それは大丈夫」
アルフィンはオーケーサインを右手で作ろうとしたけれども。萌え袖になってしまい肝心の親指と人差し指が隠れてしまっていた。
「あれ」
もごもごと袖をめくろうとする。
ジョウはそこでため息をついた。そして、
「もう怒ってないよ。ーーおいで」
とアルフィンの手首を引いた。懐にそっと抱きしめる。
アルフィンは彼の肩に両腕を回してぎゅっとした。
「仲直りね、リーダー」
「俺を喧嘩腰にさせてるのはアルフィンだろう。今夜のトラブルみたいなのが起こるたびに、半裸みたいなナリで飛び出して、タロスやリッキーたちにサービスショット振りまくのは見過ごせん」
「あの2人はあんま、気にしてないと思うけどなあー」
「そういう無防備さが良くないんだって」
「ああもうまた口論みたいになっちゃう。もうやめましょ?ね? 仲直りしに来たのに」
アルフィンはそう言ってジョウにちゅ、とキスをした。軽くつま先立ちになって。
唇を離してから付け足しのようにジョウが言う。
「……さっきのウエアが似合わないって言ってるんじゃない。そこは勘違いするなよ?」
「はあい」
アルフィンが満足そうにジョウの胸に頬を摺り寄せる。ゴロゴロと喉を鳴らす猫を連想させた。
「俺の服を着てもこもこしてる君も可愛いよ」
そう言いながらジョウがアルフィンの着ているスウェットの裾から手を忍び込ませた。
直に肌に触れられると甘い声が出そうになる。
「……っ」
「泊まっていくだろ。おいで」
ジョウが優しく彼女を部屋の中に促した。
そこからは恋人同士の時間が始まった。
ーー露出が多いのはダメって、機能的な格好で寝ろって、あんなにがみがみ言うくせに。
結局自分で全部脱がして、自分だって裸のまま眠りに就くんだもん。もう何を着ても同じってあたしが思っちゃうのも無理はないと思わない?
彼に存分に愛されながら、アルフィンは頭の隅でそんなことを想う。
まあ、男の人の矛盾も、このぐらいだと可愛いらしいものよね。
「……何考えてる?」
ジョウが身を起こしてアルフィンの顔を覗いた。
「ん? 何にも」
「……」
集中しろよ、そう言ってジョウは一層アルフィンの肌を暴いていく。アルフィンは思考する機能を奪われ、彼の愛撫にその夜も溺れた。
END
航行中のミネルバが、何かと衝突した。さほど大きくはない浮遊物体。もしくは宇宙塵か何かかもしれない。
深夜、寝んでいたクルーは、激しい衝突音に眠りから無理やり引き剥がされた。
非常アラートが船内に鳴り響く。耳をつんざく警報。
「な、何だ?」
ジョウは寝入り端、飛び起きた形になった。
ドアを開けて通路に飛び出す、と、同じタイミングでアルフィンもリッキーも自室から顔を出した。タロスは今夜は当直でブリッジにいるはず。
リッキーが不安そうな顔を向けた。
「兄貴」
さっきのは激しい衝撃だったが、今のところミネルバは通常どおり航行している。多分大きなダメージは負ってはいないだろう。
「ああ、お前は船外損傷がないかチェックを頼む。アルフィンはひととおり船内の点検を」
指示を出すと、2人はうん、と大きく頷いた。勢いよく部屋から駆け出す姿を見て、思わずジョウはぎょっと目を剥いた。
アルフィンがノースリーブのシャツに、ショートパンツだけだったから。ほとんど下着といっても変わらない格好をしていたからだ。
「あいつ……またあんなナリで」
ジョウは口元を抑えた。ったく、心臓に悪い、ぞ。ほんとに。
「だーかーら、さっきから何度も謝ってるでしょ! ごめんなさいってば、そんなに怒んないでよお」
船の内外の点検を終え、航行上影響を及ぼすほどのダメージはないという結果が出た。
ミネルバは予定通り航路を進み、タロスもリッキーと当直を交代して部屋と持ち場へ引き取った。
今はリビングで、アルフィンがジョウに膝詰め説教を喰らっているところだった。
「もう何度目だ。俺が注意するのは。一向に直らないじゃないか」
むすりと渋い顔を崩さず、ジョウが腕を組む。
アルフィンはシャツの裾をできる限り伸ばして、太ももの露出を隠そうと試みた。が、なかなかうまくいかない。もじもじしていると、
「直らないのは直す気がないのと同じことだ、わかってるのか?」
ガチで凄まれた。アルフィンは怯む。
「う、ーーそんなおっかない顔しなくたっていいじゃない!わ、わかったわよ、今夜はほんとに心から反省しました。もうしません。この通り、もー許して!」
顔の前で両手を合わせて頭を下げる。
ジョウは以前からアルフィンの寝巻きーー夜寝る時身に付けるものについて苦言を呈していた。
露出が多すぎると。
いくら自分の部屋で寝るからと言って、緊急事態に対応できないような格好はやめてくれと前から何度も繰り返し言い含めていたのだ。
今夜のように、アラートで叩き起こされた時に、即出動できる格好で眠ってくれ。でないと色々差し障りがあるんだ、と。なのに、今夜の格好ときたら。
アルフィンが平身低頭謝るから、ジョウもしょうがなく組んでいた腕をようやく解く。それを見計らって、
「でもさあ、前にも言ったけど、別にショーパンでもよくない?短いのはダメって言うけど、却って脚にまとわりつかないで走りやすいんだけどなあこれ」
彼女は履いているピンクのパンツを見回しながら言う。
ピキ。
ジョウのこめかみに血管が浮いた。
「アルフィン!」
「はいいいっ?!すみません、うそうそ、そんなこと全然思ってません!」
今すぐスウェット、超ダサいモコモコスウェットの上下に着替えさせていただきます!そう宣言してアルフィンはリビングから脱兎のごとく逃げた。ぴゅーっと。
「ったく……、人の気も知らないで」
アルフィンが逃げた後、ジョウは前髪を掻き上げながらため息をつく。ドアに持たれて空(くう)を睨んだ。
「露出がありすぎるのは目の毒なんだよ。ほんと、自覚してくれ」
コンコン。
その後、しばらく経ってから控えめにジョウの自室のドアがノックされる。
「はい……?」
「あたし。ごめん」
インターフォンを使わず、古典的なノックを選択した時点でアルフィンではないかという予想は当たった。
ジョウは横たわっていたベッドから身を起こしてドアまで行く。
「……」
黙ってドアを開けると、そこに色気も素っ気もない黒のスウェットを身につけたアルフィンが立っていた。しかし、サイズが大きすぎる。明らかにメンズのものだった。だぶだぶ。
「今夜はごめんなさい。ちゃんと着替えたから許してくれる?」
これならいいでしょう、と上目で聞かれた。
ジョウは「そのスウェット、俺のだよな」と平坦な声で言った。
アルフィンは肩を縮めた。
「あたしの、お洗濯しててまだ乾いてなかったから借りたの……。無断でごめん」
「ーーそんなでかいの着てて、何かあったとき動けんのか、とっさに」
「ん、それは大丈夫」
アルフィンはオーケーサインを右手で作ろうとしたけれども。萌え袖になってしまい肝心の親指と人差し指が隠れてしまっていた。
「あれ」
もごもごと袖をめくろうとする。
ジョウはそこでため息をついた。そして、
「もう怒ってないよ。ーーおいで」
とアルフィンの手首を引いた。懐にそっと抱きしめる。
アルフィンは彼の肩に両腕を回してぎゅっとした。
「仲直りね、リーダー」
「俺を喧嘩腰にさせてるのはアルフィンだろう。今夜のトラブルみたいなのが起こるたびに、半裸みたいなナリで飛び出して、タロスやリッキーたちにサービスショット振りまくのは見過ごせん」
「あの2人はあんま、気にしてないと思うけどなあー」
「そういう無防備さが良くないんだって」
「ああもうまた口論みたいになっちゃう。もうやめましょ?ね? 仲直りしに来たのに」
アルフィンはそう言ってジョウにちゅ、とキスをした。軽くつま先立ちになって。
唇を離してから付け足しのようにジョウが言う。
「……さっきのウエアが似合わないって言ってるんじゃない。そこは勘違いするなよ?」
「はあい」
アルフィンが満足そうにジョウの胸に頬を摺り寄せる。ゴロゴロと喉を鳴らす猫を連想させた。
「俺の服を着てもこもこしてる君も可愛いよ」
そう言いながらジョウがアルフィンの着ているスウェットの裾から手を忍び込ませた。
直に肌に触れられると甘い声が出そうになる。
「……っ」
「泊まっていくだろ。おいで」
ジョウが優しく彼女を部屋の中に促した。
そこからは恋人同士の時間が始まった。
ーー露出が多いのはダメって、機能的な格好で寝ろって、あんなにがみがみ言うくせに。
結局自分で全部脱がして、自分だって裸のまま眠りに就くんだもん。もう何を着ても同じってあたしが思っちゃうのも無理はないと思わない?
彼に存分に愛されながら、アルフィンは頭の隅でそんなことを想う。
まあ、男の人の矛盾も、このぐらいだと可愛いらしいものよね。
「……何考えてる?」
ジョウが身を起こしてアルフィンの顔を覗いた。
「ん? 何にも」
「……」
集中しろよ、そう言ってジョウは一層アルフィンの肌を暴いていく。アルフィンは思考する機能を奪われ、彼の愛撫にその夜も溺れた。
END