ダンが書斎から、玄関を通ってリビングへ向かうと、ソファで若夫婦が寛いでいた。
「おやおや」
つい、その口から声が漏れる。かすかに眉を上げている義父を見て、アルフィンはバツが悪そうに苦笑した。
ジョウが、ソファに座るアルフィンの膝枕で眠っていたのだ。わずかに顔を彼女に向けて、身を丸くして、すやすやと。それはそれは、心地よさそうに。
大柄な彼だったが、ソファにすっぽりと収まるその姿はまるで子供のようだった。
アルフィンはジョウの肩のあたりをぽんぽんと、リズムよく撫でてあげていた。
「昼寝か」
寝息も立てずに眠るジョウを眺めながら、ダンは言った。リビングの南向きの窓から温かな日差しが差し込んでいる。
金髪を陽光に縁どられたアルフィンはわずかに頷く。
「疲れてるみたいで」
ジョウが愛機を駆って故郷に駆け付けたのは昨夜の夜半のことだった。出産をじきに控えて、アラミスの実家で過ごしているアルフィンに会うため、強行軍で飛んできた。
ダンは夫婦の秘め事の場面に立ち会ったかのように、視線を逸らした。そして、
「子どもだな、まるで。……あなたには迷惑をかけるなあ」
と声を潜めて言う。すると、
「悪かったな」
ぱち。
そこで急にジョウが目を見開いた。腕を組んだまま何度か目を瞬かせる。
「おっ」
「起きてたの、ジョウ」
「いや、今起きた」
寝そべったまま言う。起き上がる様子はない。
ダンは苦言を口にした。この場面に立ち会った気まずさを紛らわせるように。
「少ししゃんとしたらどうだ。身重の嫁に膝枕させて昼寝など」
「実家に帰ってきてどうしてしゃんとしなきゃならないんだよ。うちでくらいゆっくりさせてくれ」
悪びれる様子も見せずにジョウはまた横向きになって目を閉じる。寝直そうとしていると見て、ダンは「相変わらず屁理屈は一人前だな」と鼻で嗤った。
「どうせ赤ん坊が生まれたらこんなことはできなくなるんだ。せめて今ぐらい許してくれ」
アルフィンの膝に頭を置き直しつつジョウが答える。
ですって、とアルフィンが窺うようにダンに目配せした。困った人でしょうと言いたげに。
でも、どうしても嬉しさがにじみ出るまなざしで。
「好きにしろ」
ダンはやれやれとかぶりを振って、リビングから出て行こうとした。
「親父、用事があって来たんじゃないのか」
背中を向けたままジョウが言った。
ダンは戸口で足を止める。
「お邪魔虫は退散するさ」
「お茶を飲みにいらしたんじゃないですか。こちらでそろそろ珈琲を召し上がる時間ですよね」
時計を見てアルフィンが言う。その通りだった。出産を控えてアラミスのこの家に来てから数カ月、ダンの休日のルーティンは把握しつつある。
「俺も飲みたい」
「私も。丁度いいわ、キッチンで淹れてくる」
ジョウ、ちょっと立つわねとアルフィンが断る。
ダンがそれを止めた。
「いや。そのままでーー私が淹れよう」
たまにはな、と言ったダンにジョウは顔を向けた。アルフィンが「そんな。議長にそんなお手間、かけさせられません」と恐縮する。
「いいんだ。君らがここに来る前は全部自分でやっていた。これでも結構いい腕だと思うぞ。バリスタ並みの」
「へえ……。あなたにコーヒーを淹れてもらうのは、初めてだ」
うっすらジョウは笑う。嬉しそうというよりは、どこか面白がるように。
「嫁に甘える息子が心苦しいものでな。これぐらいはさせてくれ」
皮肉を投げてリビングから出て行こうとする。アルフィンにそれはどこか照れ隠しのように映った。
「ふん」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「あなたにはカフェインレスのものにしよう。待っていなさい。とびきりの豆を挽いて、ちょっといい茶器を使おう。お茶会だ」
ダンは言ってドアの向こうに消えた。
「……憎まれ口利かないの。嬉しいくせに。お父様はあたしたちに気を遣ってくださったのよ」
アルフィンがジョウに言うと「わかってるよ」と彼は肩をすくめた。夫婦水入らずの時間を守ろうとしてくれている。ジョウを嗜める振りをしつつ。
「天邪鬼ね。ほんと」
ふたりともそっくり、とは言わずもがな。ジョウはアルフィンの膝の感触を頬に確かめながら身をソファに横たえたまま、
「親譲りでね」
とすまし顔を見せた。
END
いい夫婦の日、記念にUPです。
このご家庭では嫁がかすがいの様ですね。3人でお茶会。なんて素敵な世界観。タロさんが見たら泣いちゃいそうです。
私、タクマ君がダンじいちゃんに晩ごはん食べにおいでって呼ばれて行く話、すごく好きなんです。
できれば長生きしてタクマ君の独り立ちまで見守って欲しいものです。ありがとうございました。良い週末を。
勤労感謝の日、ゆっくりお休みになっていらっしゃるでしょうか。選集で歩きましたので、私は籠って執筆です。
帰郷、アラミス編、お愉しみくださっているようでうれしいです。今度はそうですね……赤ちゃんタクマも生まれた4人の物語を書いてみたいです。