背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

もっと遠くへ

2025年01月01日 13時42分58秒 | CJ二次創作
「ここにいたのか」
 ベランダの扉が開いて、ジョウが現れた。部屋着の上から毛布をふわっと羽織った格好で。
 ホテルのスウィートルーム。最上階をチームで貸し切って宿泊をしていた。年末年始のリゾート地での命の洗濯はジョウのチームの年中行事だ。
 今年はオーロラが見える北の国に来ていた。一度、サンタクロースが生まれた土地を見てみたいというリッキーのリクエストに応えた形で。スキーとスノボで汗をかいた後にロウリュ付きのサウナでリフレッシュして、夜はご馳走に舌鼓を打ちつつオーロラを眺めるという贅沢な日程を日々こなした。
 ベランダのソファに腰を掛けていたアルフィンが隣に来たジョウを見上げた。
「ジョウ、どうして」
 まだ夜明け前だ。一番暗いとされている夜の淵にいるような心地がしていた。
「ん、目を覚ましたらいないから。どうしたかと思って……。こんなに寒いのに、外にいるから驚いた」
 闇に溶かすような静かな声でそう言う。アルフィンは身を覆っていた毛布を合わせ直しつつ「ごめんなさい」と声を潜めた。
「別に謝ることじゃ……。座っても?」
 隣を示すと、わずか横にずれてアルフィンが場所を空けた。ジョウがソファの座面に腰を下ろす。しばらく肩を並べてその態勢のまま二人でそこにいた。
 ベランダからは白銀の世界と宵闇が覆い尽くす空が見えた。束の間、奇跡のように風も雪も吹きやんだエアポケットみたいなひっそりした空間。
 大自然の壮大さに息を呑んでいると、
「あんまり静かで目が覚めたの。変かな」
 アルフィンが息をそっと吐きながら言った。
「いいや。宇宙空間に似てるよ、ここ」
「そうね。それが言いたかったの。無限の宇宙に身を置いているみたいで、つい立ち寄ったまま、時間を忘れていたの」
「うん」
 アルフィンは両膝を抱き締める格好をしたようだった。毛布にすっぽり隠れて見えなかったが。
 ごそごそという動きでわかった。
「ずいぶん遠くまで来ちゃったなアって思ってたの……。こうしているとね、なんだか信じられない。もう一人、あたしがいて、そのあたしは今もピザンの宮殿でお姫様としてお父様とお母様に守られ、家臣にかしづかれ、何不自由なく過ごしているような、そんな気もしてくる……」
 ジョウは隣に目をやった。アルフィンの面は山あいの冷気にさらされ、すっかり白くなってしまっている。その瞳は、夜明けを待つ東の空に向けられたままだ。
 彼は口を開いた。
「後悔しているか、故郷(くに)を飛び出したことを」
 アルフィンが弾かれたようにジョウを見た。
「まさかーー全然。そんなことはないわ」
 言下に否定する。かぶりを振った。
「そういうんじゃないの。違うの、ただ、今あたしがここにいるってことが不思議ってだけで……そういうことを伝えたかったんじゃなくて、」
 必死に誤解を解こうと言葉を重ねるが、うまくできないようだ。もどかしそうにしているのを見て、ジョウは相好を崩した。
「いや、いいよ。わかるよ、なんとなく……言いたいこと」
 深くソファの背もたれに腰を預ける。
 しぜんと何にも視界を遮られることのない大空が、ジョウの視界に広がった。
 改めて自分も不思議に思う。人と人の縁というか、絆というか、運命のいたずらというか、そういう目に見えない神様の仕掛けみたいなものが確かにあって、あの時こうしていれば、きっと今はこうじゃなかった。じゃあ、あの時の選択が違っていたら今はどうしていたんだろうとか、考えだすときりがない。
 きっと今夜アルフィンはそんな考えのループに捕らわれていたんだな。だから眠れずにここにいたのだろう。
 ジョウが黙ってしまったので、不安になったか、アルフィンが窺った。
「ジョウ、誤解しないでね。あたし、後悔しているとか、そういうんじゃないのよ」
「うん。ずいぶん、遠くまで来ちまったなあって思ってたんだろ? 数年前までは予想もしていなかったところに」
 彼は口元に笑みを湛えた。そして、
「安心しろ。これからもっと遠くへ、アルフィンが想像もしていなかったところへ連れて行ってやるから。……きっと今よりもっとわくわくして、心躍る体験ができるところに。約束する」
しっかりした口調でそう言った。
 アルフィンは、今まさに夜明けが訪れたかのように目を見開いて、次の瞬間、眩しそうにそれを細めた。それからうん、ーーうん、と何かを噛みしめるみたいに顎を数回引いた。
「期待してる。約束よ」
 涙声に聞こえたがジョウは知らんぷりをした。
「ああ。一緒に行こう。もっと遠くへ」
 まだ知らない世界へ、二人で。
 そう言ったジョウの肩にアルフィンがそっと頭を凭せ掛ける。
 ジョウは腕を上げて毛布をはだけ、アルフィンを懐にしまい込んでからその身体を毛布で包み込んだ。二人は身を寄せ合い、一筋の光明が射し込む瞬間を待った。
「寒いね」
「ああ。でもあったかいな」
 小声で、そんなことを言い交わすたびに息が白く染まった。
 まっさらで新しい年の訪れは、もうすぐだった。

END

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

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