バラ園に、アルフィンがいる。今日はオフなので、ピンクベージュのワンピースを身に付けて、お茶の準備をしている。白いテーブルの上に、テーブルクロスを張って、ポットに入れた紅茶と焼いたクッキー、スコーンをお皿に盛りつけてキッチンから運び出す。
優雅な手つき。手慣れている。きっと宮殿にいる頃、こんな風に外でお茶会を催していたんだろうとジョウは思った。国王と王妃と。親しい友人を招いて。
時々、育ちの良さが振る舞いから窺えるんだよな。と思っていたら、
「あなた、タクマを見ていて。クロスにしがみつくと、ひっくり返しちゃう」
そう言われた。今日は天気にも恵まれたせいか、声も明るい。
「いいよ」
ジョウは足元にいた息子をひょい、と担ぎ上げた。軽々と肩車をする。
タクマは歓声を上げてきゃっきゃと喜ぶ。じきに2歳になる。ヤンチャで好奇心が旺盛、興味を惹くものがあるとダーッと一直線に駆けつけていく。
タロスに言わせると、自分の小さい頃そっくりらしい。赤ん坊のころから知られている彼にそんな風に指摘されると、なんともバツが悪い。
「ママ」
タクマがアルフィンが動く姿を見て、指さす。ジョウは「そうだな。もうじきお茶会だって。おやつあるから、待とうな」と頭にしがみつくタクマに言う。
「おやつ」
「そう、クッキー。焼きたてだってさ」
「くっきー」
タクマは食いしん坊だ。小さい割にたくさん食べる。それも、俺の小さい頃とーー以下省略。
「確かにいい匂いがしてるな」
そこへ、農作業を終えた格好のダンが現れた。農具置き場から。手を洗ったのか、タオルで拭いている。
「じいじ!」
タクマがダンを見るなり声を上げ、手足をばたつかせる。じーじ、じいじ!と繰り返すから、ジョウの髪がぐしゃぐしゃになる。
「おいおい」
堪らずジョウが身をすくめると、ダンが「こっちにくるか、タクマ」と手を伸ばした。タオルを腰のベルトに掛けて。
「じーじ!」
ぐんと、すごい力で身を乗り出すタクマ。バランスを崩しそうになるから、ジョウはその身をすとんと腕に落として抱きとめる。そして、そのまま父親に「ん」と手渡した。そおっと、慎重に。
ダンはジョウがやっていたようにはせず、懐にタクマを抱いて「タクマ、私とちょっと散歩しようか。お母さんの支度が調うまで」とのんびりと言って、バラのアーチへ向かっていく。
バラの栽培はダンの唯一の趣味だ。60を超えてから、手を付け始めたのだが、元来の凝り性が良い方に作用した。いまは、アラミスの議長の自宅はバラの庭園で知る人ぞ知る観光スポットでもある。(一般開放はしていない)
「あら。連れていかれちゃったのね」
アルフィンがお茶セットをトレイに載せてやってくる。ぽつねんとしているジョウを見て察したようだ。
タクマは義父にとてもなついている。それは、いいことなのだろうけど。
ジョウは肩をすくめるしかなかった。
「俺よりじいじがいいってさ」
「……拗ねないの」
アルフィンが、トレイをテーブルに置いて、そっとジョウに寄った。
「しようがないでしょ。あたしたちは、まだこっちでお父様と暮らしてるんだし。あなたとは数カ月に一度しか顔を会わせないから」
圧倒的に、息子と過ごす時間が足りない。それは、アルフィンと父親と話し合って、家族で決めたことだけれども。それでも一抹の寂しさはぬぐい切れない。こういう時は、特に。
「うん」
「来月からは、あたしもミネルバに戻るし。タクマも一緒にね。それまでの我慢」
「わかってるよ」
そんなにしょんぼりして見えたか。ジョウは少し気恥しく、声を落とした。
アルフィンは答えを口にする代わりに、ついと背伸びして彼にキスを刻んだ。
バラの匂いが掠めていく口づけだった。
「……アルフィン」
ジョウは彼女の滑らかな頬に指を添わせた。美しい妻。出会った頃と全然変わらない。ーーいや、結婚して出産を経験し、子どもをもったことで、もっときれいになったと思う。夫の自分がたまに見とれるほど。
現に、今も――
「来月まで待てない。早く船で一緒に暮らしたい」
彼女の腰に腕を回して自分の方へ引き寄せる。アルフィンはちょっとだけ義父のいる方を気にしたが、そのまま彼の手に委ねた。
「ジョウ……」
「お茶会を終えたらでいい。俺とベッドルームへ行かないか」
直接的なお誘い。まだ昼だと言うのに。ジョウは容易く閨の気配を手繰り寄せる。
アルフィンはどき、と心臓が高鳴る。でも、
「だって、タクマを見ないとだめだし」
「大丈夫。親父がいるさ。それにーー」
ジョウはアルフィンの向こうに来客をみとめた。似つかわしくなく(と言っては失礼)バラの庭から二人が現れる。
「兄貴~!アルフィン! こんちはあ、お招き有難う」
「いやすげえバラですね。おやっさん、意外な才能発揮してんな」
どたどたと、リッキーとタロスが登場したのだ。オフなので、今日は二人も私服だ。手土産の紙袋を抱えてやってくる。
アラミスに停泊中は、二人はホテル住まいだ。いくら実家に寝泊まりしてくれと誘っても「いや、家族水入らずなのを邪魔するわけには」と固辞するのだ。
ジョウは、な?とアルフィンに目配せ。
「人手も足りてるし」
「ジョウったら」
アルフィンは微笑んだ。
「あれ、御両人てばイチャコラタイム? 俺らたち、お邪魔だったかい」
「タクマはどこです? オモチャ買ってきたんですけど。それに、おやっさんは?」
矢継ぎ早に訊かれ、ジョウは向こうだ、と顎をしゃくった。
「いま来るさ。いらっしゃい。ゆっくりしていってくれ」
「自分のうちだと思って寛いでね。みんな揃ってのお茶会、嬉しい。来てくれてありがとう」
アルフィンが笑った。リッキーとタロスに席を勧めて「座って。二人とも紅茶でいいかしら?」と訊く。そして、ジョウの耳にそっと口を寄せて、
「……さっきのお誘い、OKよ」と囁いた。
ジョウの片方の眉が跳ねる。でも、そのときにはもうアルフィンはワンピースの裾を翻し、もろもろの用意をしにキッチンへと向かっていった。
ーーお茶会も、その後の時間も愉しみだ。
ジョウはバラ園からゆったりとした足取りでこちらに近づいてくるタクマを抱いたダンに手を上げた。
END
読者さんのコメントから生まれたお話です。親子三代……。尊い。