アルフィンの様子がおかしい。明らかに変だ。
ジョウはここ数日、悶々としていた。
誕生日の手料理のお返しに、何か贈り物をしたいと言ってからもう何日も経過していた。
あのとき、ペアリングが欲しいと言ったアルフィンの気分を害したのは自分だ。間違いない。指輪ができない理由をとつとつと並べ立てた、その言い方がまずかった。でもすぐに仲直りできたと思っていた。
だって、ごめんと謝ったのはアルフィンのほうだったから。
仲直りのハグをして、いい雰囲気になったと思いきやーーなぜか急に態度が変わった。
真っ赤になっておたついた。そして、急に身を離し、「あたし、よ、用事思い出したわ」とみえみえの嘘をついてキッチンから出て行ったのだ。
晩飯の支度をしてるのを投げ出して。
――なんなんだ?
俺、何か気に障ることをやらかしたか、また。
ペアリングの件以外。思い浮かばない。あの日は結局夕飯もいっしょに取らないし、部屋に呼びに行っても「今夜は調子悪いから先に休む」の一点張りだし。ろくに会話ができなかった。
いつ、どのブランドの指輪を選びに行こうか、日にちを決めたいのに。プレゼントの。アルフィンがのらりくらりとはぐらかして、全然決まらない。いや、はぐらかすというよりも、あからさまに俺を避けている。面と向かって話をするどころじゃない。目をまともに合わせようとさえしないのだ。
ジョウは頭をかきむしりたい気分だった。
なんだってんだよ、いったい・・・・・・。
女性の気持ちに関して、察しのよいほうではないことぐらいジョウは百も承知だ。だから遠回しに、曖昧な態度であてこするのではなく、直接言ってほしいと思う。どこがどんなふうに悪いから、あなたはだめなのだと。言ってくれないとわからない。そりゃ、傷つかないと言ったら嘘になるが、こんなふうに避けられるよりはずっといい。
ジョウは今日こそアルフィンを捕まえて、本心を聞き出そうと決めていた。
何で俺を避けるのか。気づかぬうちに、何か君にひどいことをしたのか。したのなら謝りたい。だから理由を教えてくれと。
何度も頭の中で反芻したので、いつでもすらすら口から出てきそうだ。
その日の朝、身支度をして、よし、と意気込んで部屋から出たところで、いきなりアルフィンに出くわした。
ばったり。これ以上ないというタイミングでかち合った。
「!」
お互い、棒立ちになる。ちょうどアルフィンも私室から出てきたところだったらしい。自動ドアが背後で閉まる。
「お、おはよう」
「おはよ」
お互い朝一番のあいさつを口にする。いつもよりだいぶんぎこちなく。
そしてすぐにアルフィンは、
「さあって、今朝は何のメニューにしようかなあ」
とわざとらしく鼻歌を歌ってキッチンに向かおうとした。
「アルフィン、待てよ」
とっさにジョウが、行きかけた彼女の左腕を掴んだ。
「!」
身を固くするアルフィン。そして、まるで熱いものにでも触れたかのように、ジョウの手を振り払った。反射的なしぐさだった。
「あ・・・・・・」
ジョウが顔色をなくして棒立ちになる。それぐらい、はっきりとした拒絶が見て取れた。
アルフィンも真っ青になった。「ち、ちがうの。これは、そういうんじゃなくて」と慌てた口調で言葉を紡ごうとする。
けれども、何がどう違うのか彼女は説明できない。まさか、ジョウに触れると心の声が聞こえるから怖いのだとは言えない。
自分のことを好きじゃないのかもしれない。単に、愛玩動物とかペットを愛でるみたいに思われてるのかも。チームメイトへの親愛の情しかもっていないのかもしれないと、アルフィンが不安でいっぱいになっているなど、ジョウが思い至るはずもない。
気まずい空気が漂う。
アルフィンはジョウを振り払った手を持てあますようにその場に立ち尽くすしかできなかった。足元に目をやる。
視線をどうしても合わせられない。
「ごめん、あの、これは」
もじもじと手を握っていたら、ジョウの声が降ってきた。
「・・・・・・なんでだ。俺、そんなに君を傷つけるようなことしでかしたか」
その重々しい口調で、ジョウがひどくダメージを負ったことを知り、アルフィンははっとなる。
顔を上げると、見たこともないほど暗い瞳がそこにあった。
ジョウは、陰りを帯びた表情でゆっくりと続けた。
「指輪のことは、確かに俺が悪かったよ。でも、あれはあれでもう終わった喧嘩だと思ってた。
ペアリングも買いに行きたいと思って、出かける予定を組もうとしていたし。・・・・・・でも、アルフィン、あれから全然話をしようとしてくれないから、何をしたんだろう、って。俺。また、何か気に障ることをやらかしたか」
怒りよりも、困惑を滲ませた重いトーンでそう言うから。アルフィンは胸がきゅうんと締め付けられる。
――どうしよう、違うの。
怒ってるわけじゃないの。気を悪くしたのでもないのよ。
ただ単に、ジョウと接触するのが怖いの。前みたいに触れたら、あなたの気持ちがあたしの中になだれ込んでくるんじゃないかって。本心を知るのが怖くてしようがないのよ。
でも、確かに彼の身になってみれば、急にあたしが避けだしたら変に思うわよね。怒ってるって誤解されるのも無理はないわ。
アルフィンはここ数日の自分の振る舞いを振り返り、ジョウをどれだけ傷つけていたかを知った。
でも、――でも、言えないわ。とても。
あたし、突然あなたの心の声が聞こえるようになったの、なんて。タロスやリッキーは違って、あなただけ限定なの、って。
そんな馬鹿な話って一笑に付されたら。それに、もしもジョウが、こないだのキッチンでのやりとりのときの「気持ち」さえ否定したなら。
あたし、立ち直れないわきっと。
そんな想いが瞬時にぐるぐると頭を巡る。アルフィンはまたパニックに陥りそうになる。
それでもこれだけは言わなければと、ぐっと顎を引いた。
「やらかしてなんかない。ジョウは悪くないの、全然。あたし、あたしが変なの」
ごめんなさい、許して、と彼の首っ玉に抱きついた。
「え?」
急に真正面からタックルをかまされるようにぎゅうううっと抱きつかれて、ジョウの思考が停止する。
それをいいことに、きっかり三秒だけその態勢でいて、アルフィンはまた弾かれたように身を離した。
もっとしがみついていたいのを、断腸の思いで引き離す。長くそうしていると、また「聞こえて」しまいそうだったから。
「嫌いになったとかじゃないの~。全然、むしろその逆だから!」
ミネルバの通路一杯に響く声でそう断言して、それじゃときびすを返す。金髪が翻った。
うわああんんと喚きながらキッチンに向かった。
後には、呆然としたジョウが取り残される。
アルフィンの身体の感触の名残とともに。柔らかくてあったかい、女性特有の質感が、彼の脳髄を蕩けさせる。抱き留めようとした手が、もって行き場を失って宙を掴んでいた。
心臓がどくどく脈打つ。不整脈になりそうだ。
嫌いになったとかじゃない。むしろ逆。
って?言ったか。
「・・・・・・なんなんだよ。訳わかんねえよ」
ややあって、アルフィンが立ち去った方を見遣りながらジョウが呟いた。
朝イチで食らうにしては刺激的な、情熱的すぎる抱擁だった。
このままじゃ、だめだ。
ジョウに誤解される。っていうかもうかんぺきに誤解してる。
そして傷ついてる。あたしに避けられてると思って。
また自分が何かしでかして、あたしを怒らせたんじゃないかと気に病んでる。
全くの誤解。でもそれはあたしがジョウに与えたものなんだ。
アルフィンは落ち込んでいた。はあと知らずため息が漏れる。
・・・・・・。よくない、よね。
ううん、全然駄目だ。クリスマスなのに。一年で一番優しい気持ちで好きな相手を想っていいはずのシーズンなのに。
違うわ。誕生日が一番ね。それでも二番目くらいには、そういう気持ちで過ごしていいはずの季節なのに。
こんな、ひどい態度で、あからさまに彼を避けまくってていいの・・・・・・?
それがあたしが望んでいること?
自問する。
ジョウのことを避けたいわけじゃない。ただ、本心を知るのが怖くて、および腰になっているだけだ。
もしもジョウがほんとにあたしのことを「可愛い」としか思ってないのなら。――それを認めるのはつらいけど、そうだとしたら、それ以上の特別な存在として見てもらえるように、今まで以上に頑張るしかないんじゃないの。
うん。そうよね。
これまでだって彼の側にいられるように、努力してきた。好きになってもらえるように。それをこれからも続ければいいだけのこと。
せっかく指輪を買う予定まで組もうとしてくれているのに。あたしがこんなんじゃ、ますますこじれてしまうわ。そんなのはイヤ。
謝ろう。ちゃんと。
態度が悪かったって。あたしの変な思い込みで、空回りしてただけだって。きちんと説明しよう。
誠実に接してくれるジョウだから、あたしもあの人に誠実でいたい。
アルフィンは、そう思い至った。
だから、家事が一段落ついた頃合いに、銃器の格納庫で在庫のストックを確認しているとリッキーから聞いて、ひとり彼の元へ向かった。
幾分、緊張した面持ちで。
ジョウはここ数日、悶々としていた。
誕生日の手料理のお返しに、何か贈り物をしたいと言ってからもう何日も経過していた。
あのとき、ペアリングが欲しいと言ったアルフィンの気分を害したのは自分だ。間違いない。指輪ができない理由をとつとつと並べ立てた、その言い方がまずかった。でもすぐに仲直りできたと思っていた。
だって、ごめんと謝ったのはアルフィンのほうだったから。
仲直りのハグをして、いい雰囲気になったと思いきやーーなぜか急に態度が変わった。
真っ赤になっておたついた。そして、急に身を離し、「あたし、よ、用事思い出したわ」とみえみえの嘘をついてキッチンから出て行ったのだ。
晩飯の支度をしてるのを投げ出して。
――なんなんだ?
俺、何か気に障ることをやらかしたか、また。
ペアリングの件以外。思い浮かばない。あの日は結局夕飯もいっしょに取らないし、部屋に呼びに行っても「今夜は調子悪いから先に休む」の一点張りだし。ろくに会話ができなかった。
いつ、どのブランドの指輪を選びに行こうか、日にちを決めたいのに。プレゼントの。アルフィンがのらりくらりとはぐらかして、全然決まらない。いや、はぐらかすというよりも、あからさまに俺を避けている。面と向かって話をするどころじゃない。目をまともに合わせようとさえしないのだ。
ジョウは頭をかきむしりたい気分だった。
なんだってんだよ、いったい・・・・・・。
女性の気持ちに関して、察しのよいほうではないことぐらいジョウは百も承知だ。だから遠回しに、曖昧な態度であてこするのではなく、直接言ってほしいと思う。どこがどんなふうに悪いから、あなたはだめなのだと。言ってくれないとわからない。そりゃ、傷つかないと言ったら嘘になるが、こんなふうに避けられるよりはずっといい。
ジョウは今日こそアルフィンを捕まえて、本心を聞き出そうと決めていた。
何で俺を避けるのか。気づかぬうちに、何か君にひどいことをしたのか。したのなら謝りたい。だから理由を教えてくれと。
何度も頭の中で反芻したので、いつでもすらすら口から出てきそうだ。
その日の朝、身支度をして、よし、と意気込んで部屋から出たところで、いきなりアルフィンに出くわした。
ばったり。これ以上ないというタイミングでかち合った。
「!」
お互い、棒立ちになる。ちょうどアルフィンも私室から出てきたところだったらしい。自動ドアが背後で閉まる。
「お、おはよう」
「おはよ」
お互い朝一番のあいさつを口にする。いつもよりだいぶんぎこちなく。
そしてすぐにアルフィンは、
「さあって、今朝は何のメニューにしようかなあ」
とわざとらしく鼻歌を歌ってキッチンに向かおうとした。
「アルフィン、待てよ」
とっさにジョウが、行きかけた彼女の左腕を掴んだ。
「!」
身を固くするアルフィン。そして、まるで熱いものにでも触れたかのように、ジョウの手を振り払った。反射的なしぐさだった。
「あ・・・・・・」
ジョウが顔色をなくして棒立ちになる。それぐらい、はっきりとした拒絶が見て取れた。
アルフィンも真っ青になった。「ち、ちがうの。これは、そういうんじゃなくて」と慌てた口調で言葉を紡ごうとする。
けれども、何がどう違うのか彼女は説明できない。まさか、ジョウに触れると心の声が聞こえるから怖いのだとは言えない。
自分のことを好きじゃないのかもしれない。単に、愛玩動物とかペットを愛でるみたいに思われてるのかも。チームメイトへの親愛の情しかもっていないのかもしれないと、アルフィンが不安でいっぱいになっているなど、ジョウが思い至るはずもない。
気まずい空気が漂う。
アルフィンはジョウを振り払った手を持てあますようにその場に立ち尽くすしかできなかった。足元に目をやる。
視線をどうしても合わせられない。
「ごめん、あの、これは」
もじもじと手を握っていたら、ジョウの声が降ってきた。
「・・・・・・なんでだ。俺、そんなに君を傷つけるようなことしでかしたか」
その重々しい口調で、ジョウがひどくダメージを負ったことを知り、アルフィンははっとなる。
顔を上げると、見たこともないほど暗い瞳がそこにあった。
ジョウは、陰りを帯びた表情でゆっくりと続けた。
「指輪のことは、確かに俺が悪かったよ。でも、あれはあれでもう終わった喧嘩だと思ってた。
ペアリングも買いに行きたいと思って、出かける予定を組もうとしていたし。・・・・・・でも、アルフィン、あれから全然話をしようとしてくれないから、何をしたんだろう、って。俺。また、何か気に障ることをやらかしたか」
怒りよりも、困惑を滲ませた重いトーンでそう言うから。アルフィンは胸がきゅうんと締め付けられる。
――どうしよう、違うの。
怒ってるわけじゃないの。気を悪くしたのでもないのよ。
ただ単に、ジョウと接触するのが怖いの。前みたいに触れたら、あなたの気持ちがあたしの中になだれ込んでくるんじゃないかって。本心を知るのが怖くてしようがないのよ。
でも、確かに彼の身になってみれば、急にあたしが避けだしたら変に思うわよね。怒ってるって誤解されるのも無理はないわ。
アルフィンはここ数日の自分の振る舞いを振り返り、ジョウをどれだけ傷つけていたかを知った。
でも、――でも、言えないわ。とても。
あたし、突然あなたの心の声が聞こえるようになったの、なんて。タロスやリッキーは違って、あなただけ限定なの、って。
そんな馬鹿な話って一笑に付されたら。それに、もしもジョウが、こないだのキッチンでのやりとりのときの「気持ち」さえ否定したなら。
あたし、立ち直れないわきっと。
そんな想いが瞬時にぐるぐると頭を巡る。アルフィンはまたパニックに陥りそうになる。
それでもこれだけは言わなければと、ぐっと顎を引いた。
「やらかしてなんかない。ジョウは悪くないの、全然。あたし、あたしが変なの」
ごめんなさい、許して、と彼の首っ玉に抱きついた。
「え?」
急に真正面からタックルをかまされるようにぎゅうううっと抱きつかれて、ジョウの思考が停止する。
それをいいことに、きっかり三秒だけその態勢でいて、アルフィンはまた弾かれたように身を離した。
もっとしがみついていたいのを、断腸の思いで引き離す。長くそうしていると、また「聞こえて」しまいそうだったから。
「嫌いになったとかじゃないの~。全然、むしろその逆だから!」
ミネルバの通路一杯に響く声でそう断言して、それじゃときびすを返す。金髪が翻った。
うわああんんと喚きながらキッチンに向かった。
後には、呆然としたジョウが取り残される。
アルフィンの身体の感触の名残とともに。柔らかくてあったかい、女性特有の質感が、彼の脳髄を蕩けさせる。抱き留めようとした手が、もって行き場を失って宙を掴んでいた。
心臓がどくどく脈打つ。不整脈になりそうだ。
嫌いになったとかじゃない。むしろ逆。
って?言ったか。
「・・・・・・なんなんだよ。訳わかんねえよ」
ややあって、アルフィンが立ち去った方を見遣りながらジョウが呟いた。
朝イチで食らうにしては刺激的な、情熱的すぎる抱擁だった。
このままじゃ、だめだ。
ジョウに誤解される。っていうかもうかんぺきに誤解してる。
そして傷ついてる。あたしに避けられてると思って。
また自分が何かしでかして、あたしを怒らせたんじゃないかと気に病んでる。
全くの誤解。でもそれはあたしがジョウに与えたものなんだ。
アルフィンは落ち込んでいた。はあと知らずため息が漏れる。
・・・・・・。よくない、よね。
ううん、全然駄目だ。クリスマスなのに。一年で一番優しい気持ちで好きな相手を想っていいはずのシーズンなのに。
違うわ。誕生日が一番ね。それでも二番目くらいには、そういう気持ちで過ごしていいはずの季節なのに。
こんな、ひどい態度で、あからさまに彼を避けまくってていいの・・・・・・?
それがあたしが望んでいること?
自問する。
ジョウのことを避けたいわけじゃない。ただ、本心を知るのが怖くて、および腰になっているだけだ。
もしもジョウがほんとにあたしのことを「可愛い」としか思ってないのなら。――それを認めるのはつらいけど、そうだとしたら、それ以上の特別な存在として見てもらえるように、今まで以上に頑張るしかないんじゃないの。
うん。そうよね。
これまでだって彼の側にいられるように、努力してきた。好きになってもらえるように。それをこれからも続ければいいだけのこと。
せっかく指輪を買う予定まで組もうとしてくれているのに。あたしがこんなんじゃ、ますますこじれてしまうわ。そんなのはイヤ。
謝ろう。ちゃんと。
態度が悪かったって。あたしの変な思い込みで、空回りしてただけだって。きちんと説明しよう。
誠実に接してくれるジョウだから、あたしもあの人に誠実でいたい。
アルフィンは、そう思い至った。
だから、家事が一段落ついた頃合いに、銃器の格納庫で在庫のストックを確認しているとリッキーから聞いて、ひとり彼の元へ向かった。
幾分、緊張した面持ちで。