――手を、繋ぎたい。
街中を歩いている途中、ふっと唐突にそんな想いが降ってきた。
思わず空を見上げる。雨が降ってきたとき、よくやる仕草で。
隣にいた高巳が、
「雨?」
と言って光稀と同じ角度で空を仰ぐ。
慌てて彼女は首を振った。
「いや、気のせいだった」
高巳と視線が合わないように、さりげなく目線を逸らす。
そう、とでも言うように、高巳は前に目を戻す。
彼の半袖のシャツから出た腕が妙に気にかかった。
付き合うようになって、高巳が呆れるほどマメなタイプだということが分かった。
マメな電話、マメなメールはもとより、仕事をねぎらう言葉も惜しまず、好きだ会いたいというこっちを喜ばせる甘い囁きもふんだんにくれる。
しかもそれが決して押し付けがましくない。こちらが仕事でテンパッてるときは、携帯もPCメールもぴたりと沈黙する。一仕事終え、ほっと息をつけるようになると、そのタイミングを見計らったかのように「お疲れ様」と明るい声か言葉が光稀を迎える。
まるで内通者でも飼っているんじゃないかと邪推してしまうくらいの勘のよさ。
おかげで、光稀のほうから「~~して」とねだる機会がなかなかない。
せっかく付き合い始めたのだから、糖度が極端に少ないと自覚している自分でも、少しは恋人らしいことを言ってみようかと思ったりすることもあるのに、だ。
現に今日だって、何もいわなくても当たり前のように光稀のオフに自分の休みを合わせてわざわざ出張ってきてくれている。平日なのに。
いや、出張るんじゃなくて、デートをしに、か。
脳内で光稀は訂正をかける。
……。
私がもう少し甘いムードを作り出せる女だったらな。
半歩先を行く高巳の背を見上げながら光稀は思う。
高巳だって、一緒にいてもっと楽しいだろうに。
恋人らしく素直に甘えることができたなら、きっと高巳は喜ぶ。
でもそれができるキャラではないことは、自分が一番よく知っている。
知らず、ため息をつきかけた、そんなとき。
「光稀さん、信号、赤」
思いがけなく強い力で腕を引き止められた。
交差点だった。びっくりした光稀の目の前をコンパーチブルの派手な車がかすめていく。
「あ、」
「……大丈夫? 考え事?」
ん? と優しい目で覗き込まれ、光稀は動揺する。
高巳はまだ手を離さない。光稀を支えるように腕を掴んだまま。
「歩き通しで疲れたかな。どこかで少し休もうか」
「いや、いい……」
すまん。と少し俯く。
立ちくらみがする。こいつが好きすぎて。
イーグルに乗って天を駆けているあいだは、できないことは何一つないような万能感を手にする自分なのに、いったん地に降り立つとこのていたらくだ。
笑わば、笑え。
やさぐれた心持になるのは、恋愛経験値が極端に少ないせいだ。と光稀は気がついていない。
ダウナーな気分にとらわれたところで、不意に高巳が光稀の肩を抱き寄せた。
強引ではないが、安易に振りほどけない強さ。男性ならではの力で。
「な、なにをする」
反射で振り払おうとするのを笑顔でいなして、高巳は、
「いいから、行こうよ。青に変わったよ。
さっき光稀さん、俺と手を繋ぎたいなとか思ったでしょう」
「――」
ずばり言い当てられ、とっさに取り繕えない。
光稀は慌てた。
「な、っ……、ばか、そんなこと」
あるわけないだろ。と全部を高巳は言わせない。
横断歩道に踏み出しながら、
「光稀さんのことなら、なんだって分かるよ。でもって、恋人のリクエストには三割り増しで応えるのが俺の身上でね。手を繋ぎたいんなら、俺的にはこっち」
肩を抱く腕にぎゅっと力を込める。
光稀はその気になれば高巳の腕を払うことは可能だ。でもじたばたとあがく「振り」をする。
「や、やめろ恥ずかしい。みんな見てるだろうが!」
「えー、見たっていいじゃない。てか、むしろ見てって感じ?」
「いい年をした男が、半疑問形を使うなっ」
噛み付く光稀をまあまあとなだめて。
「スキンシップ、俺、好きだよ。人前でも場所とかも気にしないほうだから、光稀さん、遠慮なく言っていいからね」
わりと真顔で囁かれた。
溶けそうに甘い声。二人きりのときのトーンだ。これは。
光稀は高巳にされるがまま、負けたと感じるとき、いつもそうするようにわずかに俯く。
「……三割り増しってのは、心臓に悪い。だから、今日はせめてリクエストどおりにしてくれ」
それが彼女にとってめいっぱいの【甘え】だった。
光稀のおねだりを高巳が笑いで掬って、いいよ、とやっと腕を離した。
その手で、右手を握られる。
全てを包み込んでしまうような大きな手のひら。
操縦桿を握る、自分の手。どうか無骨だと思われませんように。とっさに心の中祈った光稀に向かって、
「思いませんよ、そんなこと」
あっさりと高巳は言ってのけた。
「~~お前は、エスパーか何かか、もう!」
腹だたしげに喚いた光稀を高巳は愛しそうに見つめた。
繋いだ手は、その日いちにち離されることはなかった。
(fin.)
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これ、顔にだだ漏れな訳でしょう??
そりゃぁ高巳にしてみたら、くくくと何でもしてあげたくなるでしょうね。
3割増でどかんとやれば、「本当に」したいこといいますしね。
う~~~、凶悪にかわいいです!
でも彼は大人ですよね。
有川作品の中の男性陣のなかでも、かなりオトナな男の部類。だと思うので、自制心も割とあるという風に読んでます。たくねこさん。
拍手もたくさん、ありがとうございますv
うーん……裏物、書きたいけどな……
今回の『街の中で』を読んで
キタ━━(゜∀゜)━━!!と
叫んじゃいました(照
これからも素敵な作品をお願いします!!
拍手コメントのほうもありがとうございました。しかと受け止めましたv
一回でいいから高巳がうろたえるような仕掛けを光稀さんからさせてみたいですね。ふふふ
空が一番お気に入りなのですね。
素敵なカップリングですよね。春名と光稀さん。オトナで。
空の二次創作は、R指定で書いていますが、CD-Rの通販限定なのですよ。。。。二人の裏でもよかったらお試しくださると嬉しいです。。。
ただ、お約束はできかねるのですが。。。何が書きたいのか、次にどんな二次創作の構想が浮かんでくるか、自分自身にも分からないので。
それに、今の海連載をまず完結させるのが目標ですし。
前向きに考えておきます、ぐらいのお返事しかできませんがお許しくださいね。