映画館にはもう行かない

「ねえ、たまには映画でも行かない？」

さやかから誘って、イツキから即ＯＫが出て、二人は今日は初めての映画デート。
でもチケットを買って、ポップコーンと飲み物をコンセッションで求め、館内に入り、座席に腰を下ろしてという過程を踏んでいくにつれ、次第にイツキのテンションが下降していくのにさやかは気づいていた。
屋外で活動するときいつも見せる、身体からあふれ出るような高揚感がない。
映画の予告が始まって、本編が流れ出しても、さやかはイツキの様子が気になって仕方がなかった。ちらちらと隣を窺ってしまう。
反応もあまりよくないみたいだ。
洋画、興味ないのかしら。こういうラブコメ、苦手だったかな。チョイス、ミスった？
それとも、どこかからだの調子でも悪いのかな。
ふと心配になって、英語の会話がスクリーンで繰り広げられる中、さやかはイツキの耳にそっと口を寄せた。
「……イツキ、どうかした？」
「ん？」
小声で、そう返す。
「なにが」
「なにがって。……なんか調子わるいみたいだから」
辺りを憚って声を潜める。
「そんなことないよ。大丈夫」
イツキは囁いた。
暗い映画館で聞くイツキの囁き声はいつもよりセクシーで、さやかの心臓がとくんと跳ねた。
それなら、いいけど。
腑に落ちない気持ちで、さやかはスクリーンに目を戻す。
字幕を追うけれども内容が頭に入ってこない。文字をなぞるだけだ。
しばらく経ってから、不意に右手があったかくなった。
驚く。隣を見ると、イツキが左手を自分の手に重ねていた。
「……ごめん。不機嫌だったかも。無意識に。
気を遣わせて、ごめんな」
せっかくのデートなのに。そう言ってイツキはきゅっと手に力を込めた。
「……」
それだけでさやかの胸はいっぱいになる。
心臓の音で、映画の俳優の声が聞こえない。
「映画、苦手だった？」
「そうじゃなくて」
微苦笑してイツキはさやかに身を寄せた。
「映画は嫌いじゃないけど、さやかとデートで来るのは、勿体無いかもなって。そう思ってただけだよ」
「もったいない？」
意外な言葉に、つい反応してしまった。
イツキはうん、と頷いて言った。
「ここだとさやかの顔も見れないし、話もできない。
二時間もそんなだと思うと、勿体無いよ」
イツキはさやかに視線を向けた。
銀幕の照り返しを受けて、イツキの表情が暗がりに浮かび上がる。
ほのかな光が目の奥に湛えられている。熱の籠もった視線に促されるように、さやかは目を閉じた。
予感が当たる。キスが降りてくる。
優しくついばむようなくちづけに、さやかは震えた。
「……」
息をついて目を薄く開く。と、イツキの優しいまなざしがさやかを待っていた。
「キスは、できるね」
そう言って、握る手に更に力を込める。
「……うん」
今度はさやかからキスを求めた。
二人の座席は後方で、自分たちのうしろに観客はいない。予告が入る前に確かめていた。
それが、二人を大胆な気持ちにさせていた。
完全にキスにはまっていく。細切れのキスから、舌を絡めるディープなものに。
もうスクリーンなんて見ていられない。キスがよすぎて。
イツキ、上手すぎ……。
さやかは上体を預けてくるイツキを支えながら、清潔なシャツの下の筋肉の感触にうっとりとなった。
すると、握っていた手が離れて、さやかの身体の曲線をそっとまさぐり始める。
え、やだ……。
うそ、ここで？
さやかは身を硬くして拒む。けれどもイツキは優しい手つきでその強張りも解いていってしまう。
胸元のボタンから指先が忍び込む。下着をかいくぐって悪さを始める。
さやかはただ声を漏らさぬよう、必死で唇をかみ締めた。
「イ、イツキ……」
押し留めようとしても、しきれない。性急なのにポイントを外さない器用さで、イツキはさやかの肌を味わっていく。
スカートの裾からイツキの手が差し込まれたときは、さすがに脚を交差させてブロックをかけた。
「や、だめ」
「……映画館のデートでしかできないこと、見つけた」
気持ちいいことしよう。イツキは少しだけいつもより意地悪な笑みを口角に浮かべてさやかの耳たぶを甘噛みした。
「、っや、……ぁ」
さやかは抵抗したけれど、次第に腕からも脚からも力が抜けていき。
やがてイツキに完全降伏した。ホールドアップ。
イツキはもう映画などそっちのけでさやかを愛し始める。
さやかもイツキが動きやすいように身体を浮かせて招きいれながら、今度からはこの人を映画に誘うのは止めようとかすむ頭でぼんやり思った。
内容が全く分からなくなるんじゃ、チケット代、勿体無いものね、と。

（fin.)

私の中のコードでは、これはＲにするまでもないのですが。
もしも読まれて不快に思ったらごめんなさいです。

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