性別】女と男の深淵にもウイルスが関わっている不可思議

生き残りをかけて なんだ

 

【性別】女と男の深淵にもウイルスが関わっている不可思議|熟読乱読 世相斬り

 ハシビロコウという鳥を初めて見たのは、伊豆シャボテン公園。もうかれこれ四半世紀前のことだ。灰色でくちばしと頭が巨大な、からだ自体も小学3年生ほどもあろうかというこの鳥が、草むらに凝然とたたずんでいた。まさか放し飼いとは思っていなかったので、よくできた像だなあ、と近寄ると、わずかに身動きしたのでたいそうビックリした。

 世界最高齢とも言われる、そのシャボテン公園の「ビルじいさん」が、今夏身まかったというニュースを目にしてしんみりしたのだが、その後「ビルじいさん」が実は「ビルばあさん」だったと報じられたので、またしてもビックリ。

 なんでも、「ビル」は39年前、「シュー」というメスとつがいでシャボテン公園に来たらしい。ハシビロコウは通常オスのからだが大きいという特徴のほかに外見上の雌雄差がないため、正確に性別を知るには採血などをして遺伝子検査をしなければならない。しかし、そんな負担をかけるには忍びないと、からだの大きい「ビル」をオスとして扱ってきたのだという。今回、死後解剖によって、真実が明らかになったのである。

 このニュースを聞いてすぐに連想したのは、魚類の性転換だった。からだの大きさと性転換が関わっている魚がいたはずだと、「性転換する魚たち」(桑村哲生著)を読んでみた。すると、著者の桑村氏が若き日に研究対象に選んだホンソメワケベラが、まさにそれ。サンゴ礁で一夫多妻型の群れをつくって暮らしているこの魚は、群れに1匹しかいないオスが一番大きい。ところが、そのオスがいなくなると、残ったメスのうちで一番大きい個体がオスに性転換するのだという

 これは〈雌性先熟〉という現象で、ホンソメワケベラはまずメスとして成熟し、その後群れの状況によって一番大きいメスがオスになるわけだ。これは、〈社会的地位で性が決まる〉性転換の一例なのだが、オスがメスになる〈雄性先熟〉も当然存在する。

 そちらの代表例で面白いのが、クマノミ。イソギンチャクと共生しているこの魚は、〈必ず一夫一妻で繁殖する〉のだが、メスの方がからだが大きい。で、このメスが死ぬとオスがメスになって、別のオスとペアになる。

 このクマノミについて、著者はディズニーアニメ「ファインディング・ニモ」を引き合いに出して説明しているのだが、それがとても面白い。要するに、あの映画には性転換の現実が反映されていないので、「真実の物語」はまるでちがう形になってしまうようなのだ。個人的には、そちらの映画も作ってほしくなった。

 本書によれば〈脊椎動物の中で性転換することが知られているのは魚類と両生類の一部だけ〉なのだが、なぜそんな面倒なことを彼ら彼女らは行うのだろうか。これは、性転換によって得られる利益から損失=コストを差し引いた時、性転換しない場合より繁殖上の利益が大きければ起きる、というわかりやすい論理になっている。陸上生物が性転換しないのは、性差を変化させるコストが大きすぎるから、というのも納得できる。

 ならば、そもそも大もとである性別はどうして生じたのか。著者は〈ウイルス対策〉だと言う。分裂して増殖していたバクテリアは、自分よりもはるかに速く増殖するウイルスの侵入に対抗すべく、互いに接合して遺伝子の交換をする有性生殖を行うようになったというのだ。いやはや、オスとメス、女と男の深淵にまでウイルスが関わっていたとは! まことに不可思議の極みである。

 

大岡玲作家

1958年生まれ、東京外大卒。「黄昏のストーム・シーディング」で三島由紀夫賞。「表層生活」で芥川賞。小説執筆の他に書評、美術評論、ワインエッセーなど幅広い分野で活躍。「本に訊け!」「男の読書術」「新編 ワインという物語 聖書、神話、文学をワインでよむ」などの著作がある。東京経済大教授。

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