ロシア軍ドローンの「心臓部」に
近年、世界の戦場で急速にその役割を広げつつある軍事用ドローン。その心臓部に、知らず知らず日本製の部品が使われている疑惑が浮上している。
2016年11月6日にウクライナのドネツク地域で墜落した、ロシア軍の偵察用ドローン「Orlan-10」をウクライナの民間団体が解析したところ、米国、ドイツ、日本、中国、その他の国で製造された軍民両用部品が発見された。そして、ドローンの心臓たるエンジンは日本の中小企業の製品だったとみられるのだ。
この情報は2018年以降、複数の海外メディアが報じ、またSNSでも論議になっているが、管見の限りでは否定する分析はなされていない。日本国内では報じられてすらいない。
ロシア軍のドローン「Orlan-10」(写真/ロシア国防省)
Orlan-10は、ドローンと従来の兵器システムの組み合わせが大きな戦果を発揮した2020年のナゴルノ・カラバフ紛争でも、アゼルバイジャン軍に追い込まれたアルメニア軍に対してロシアから緊急供与された機体だ。ロシア軍やその関係組織がウクライナ、シリア、リビアなど各地で実戦投入してもいる。
つまり、ロシア軍の主力ドローンを日本製部品が支えている疑いが濃厚なわけだが、それにとどまらず、本件は兵器産業の新たな動向を示唆する問題だといえる。
ラジコン用の高性能エンジンが…
ウクライナのオンラインメディア「InformNapalm」は2018年1月、墜落したロシア軍の固定翼ドローンOrlan-10から米国、ドイツ、日本、中国などの複数の国々にまたがる部品が発見されたと報じた。
同メディアによれば、ウクライナの軍事ボランティア団体である陸軍SOSチームが、撃墜されたドローンを分解したところ、ロシア製部品は胴体とナビゲーションレシーバーだけで、GPSトラッカー、始動機、エンジン、点火モジュール、フライトコントローラー、テレメトリー送信モジュール、GPSモジュールはいずれも米国、ドイツ、日本、中国、その他の国で製造されていた。
なかでも、Orlan-10のエンジンは日本の斎藤製作所によるラジコン用エンジン「FG40」であると指摘された。斎藤製作所は、日本海軍の傑作機として知られる紫電改、彩雲、流星等に搭載された「誉エンジン」の開発にかかわった技術者が興した、ラジコン用エンジンを主に手掛ける企業である。
同社は、模型用エンジンではほぼ皆無だったガソリンを燃料とする4ストロークエンジンの開発に成功し、販路は24ヵ国に及ぶ高い技術力を持つ企業である。
このFG-40もまたラジコン界では高性能のエンジンとされる。定価は約11万円だが、サイトによっては7万5000円で売っているところもあり、お手頃価格である。これで軍用ドローンを生産できるならば、かなり安上がりだ。
勿論、ドローンの神髄とは、個々の部品よりもそれらを統合するソフトウェアシステムにこそあり、そこが技術力の見せどころでもある。それでもやはり、他国のドローンの心臓であるエンジンに日本製品が流用されていることは、工業製品の輸出管理上の大きな問題であるといえよう。
偵察、追跡、偽情報送信まで
「InformNapalm」に掲載された、Orlan-10を分解したとする画像には、たしかに「SAITO」と記載されており、外観上も斎藤製作所のFG-40と近似している。Orlan-10はガソリンエンジンを積載しているとされ、この点も該当している。
斎藤製作所に確認したところ、画像のエンジンについて「不鮮明なため機種の特定は難しいですが、当社エンジンと思われます」と認めた。経済産業省も取材に対して、「情報は把握している」としながらも、「対応や見解については安全保障上の理由から回答を控える」としたが、否定はしなかった。
つまり、ウクライナにおいて実戦投入されたドローンに、日本製エンジンが使われていた可能性が極めて高いということになる。しかも、このOrlan-10はロシアの権益が関係する戦場を疾駆する“主力機”でもあったのである。
#BREAKING
Russian #drone Orlan-10 consists of parts produced in the #USA and other countries - photo evidence.
Report describing the components of the Russian Orlan-10 UAV (side No. 10332)https://t.co/NyY8VJnS9d pic.twitter.com/qM0FePhEie- Roman Burko (@newsburko) February 1, 2019
Orlan-10はロシア企業Special Technology Centerが2010年より生産する、翼幅3.1m、胴体の長さ2mの固定翼タイプの中型ドローンである。空中偵察、観測、監視、捜索救助、戦闘訓練、電波妨害、無線信号の検出、標的の追跡と、ありとあらゆる任務をこなすことができる。
特に、搭載するセンサーで対砲兵レーダーを感知できるほか、電子戦システムを積載することで電波妨害を行ったり、敵兵のスマートフォンをジャックして偽命令や偽情報を送ったりすることもできるという*1 *2。
同機はロシアのハイブリッド戦争を担う主力機であり、生産数はこれまでに1000を超え、ウクライナ、シリア、リビア、ナゴルノ・カラバフで活躍している*3。特にナゴルノ・カラバフ紛争では前述の通り、トルコ軍とイスラエル製ドローンを操るアゼルバイジャン軍に圧倒されたアルメニア軍に対して緊急供与され、末期の戦場で戦果を挙げた。
もっとも、同型のすべての機体に斎藤製作所のエンジンが使われているわけではない。例えば、リビアで撃墜されたOrlan-10の残骸から見つかったエンジンは、FG-40などの斎藤製作所の製品とは明らかに外観が異なる。
#Libya- #GNA photos of yet another one of the #Russia|n Orlan-10 (-esque) UAV, purportedly in support/service of the #LNA, that crashed in Ain Zara, southern #Tripoli pic.twitter.com/pcR86ZZVk8- Oded Berkowitz (@Oded121351) September 20, 2019
しかし、それでもなお、ロシア軍の主力ドローンに日本製部品が使われていたという事実はさまざまな示唆をもたらす。
民生品「無断軍事転用」の実態
第一は、軍事技術と民生技術の融合もしくは曖昧化が進んだ結果、従来の輸出規制の枠組みでは対応が難しくなっているということである。
例えば、アゼルバイジャン軍のドローン戦の主力機となったトルコ製ドローン「TB-2」は、カナダのボンバルディア・レクレーショナルプロダクツ社(以下BRP社)が製造した軽飛行機用エンジン「ロータックス912」を積載していた。しかし、ボンバルディア社は民生用のみ輸出を許可していた。
カナダがこれに気付いたのは、2020年9月末に勃発したナゴルノ・カラバフ紛争の最中であり、カナダの外務大臣がトルコへの輸出停止措置をとったと発表したのは10月5日だった。このときすでに開戦から一週間が経過し、TB-2が多数のアルメニア軍戦力を撃破していた。BRP社による正式な調査が開始されたのは10月16日であった。これは二度目の停戦合意の前日である。
しかし、管見の限りではすでに2018年頃から「TB-2にはロータックス912が積載されている」と報道されており、リビア等で撃墜されたTB-2の残骸からもそれは証明されていた。
要するに、カナダ製品の流用を同国政府やBRP社も「公然の秘密」として認知していたが、いざTB-2が大きな戦果を出すと、慌ててトルコへの輸出を禁じたというわけである。
これは、カナダ政府やBRP社が民生品の軍事転用のインパクトを、ナゴルノ・カラバフ紛争が起きるまで実感していなかったためでもあるだろう。
戦車部隊を壊滅させた
TB-2による戦果がどれだけ大きかったかは、数字からも明らかだ。オランダの軍事サイト「Oryx」がTB-2による直接的な破壊と断定したものでも戦車だけでも92両、トルコ政府系とされる別のメディアの発表によれば138両が撃破された。
これは陸上自衛隊の一個戦車師団の規模に匹敵する。しかも、TB-2は対地攻撃だけでなく偵察や観測も行い、アゼルバイジャン軍の火砲や機甲部隊などの戦力を大きく高めたとも指摘されている。
認知領域、つまり情報プロパガンダ戦における効果はさらに大きかった。TB-2が撮影した動画がアゼルバイジャン軍公式SNSで発信されることで、国際世論を「アゼルバイジャン有利、アルメニア不利」へと動かした。
また戦場では、TB-2などのドローンを見ただけで逃げ出すアルメニア兵士が発生した。実際のドローンの攻撃力よりも、ドローンによって殺されるかもしれないという恐怖によって敗走したのである。これは実際に逃げ惑う兵士の動画が出回っていたことや、まだ戦闘可能な状態の戦車が戦場に放置され、数多く鹵獲されたことからも明らかだ。
TB-2は戦場の兵士、一般市民、そして他国の人々の心理面をも打撃したのである。まさかセスナ機などに使われる小型エンジンが、これほど大きな戦果をもたらすとは誰も考えなくて当然だ。
メーカーに過失はないが…
今や民生の小型エンジンであっても、他の民生部品や軍用部品との組み合わせと、戦術や作戦次第で、戦局を劇的に変える力を持ちうる。このことから、われわれはどのような教訓を得るべきか。
まずは、ドローンに代表される民生部品の軍事転用の深刻化を踏まえて、新たな輸出管理制度の構築に取り組むべきである。政府が経済安全保障を標榜するならば、なおさらだ。特に、中小企業が持つ軍事転用可能な技術を把握できるシステムと特に人材育成は急務だ。軍事と技術とビジネスの三つの相場勘を持つ人材を官民に育成する必要がある。
経産省は取材に対し、「専門家を企業に派遣したり、定期的にセミナーを開催したりしている」「輸出管理に関する4つの国際会議で合意されたものが規制対象になる。いまはご指摘のように、ドローン用の部品の性能向上が著しいので、今後はそれらの規制がより厳しくなっていくと思われる」と回答した。方向性は正しいが、それでは不十分だ。
今回の問題で深刻なのは、製造元である斎藤製作所に過失があったわけではないということだ。斎藤製作所によれば、ロシアの輸出先はラジコンホビー卸売代理店に限っており、電子機器取り扱い企業にエンジンを輸出したことはないとしている。もちろん兵器への転用は禁じており、Orlan-10を製造しているロシア企業Special Technology Centerの名前も聞いたことがないという。
自民党きってのテクノロジーを重視する新国防族であり、元防衛政務官である大野敬太郎衆議院議員は、筆者の取材にこう述べた。
「日本から非同志国へ軍事転用可能な技術が平然と流出し、一方で国内の自衛隊用装備への転用は忌避されるという、国力を削ぐばかりの奇妙な仕組みは改めなければならない。研究における公正性強化や外為法による輸出規制強化は当然だが、そもそも『軍民両用』という言葉すら意味をなさないほどに軍民技術の境目があいまい化した現在、どのような技術がどのような場所でどのように使われているのかという情報を、諸外国と協調して収集・分析・共有できるインテリジェンス機能を整備すべきであり、安全保障貿易管理上の国際輸出管理レジームの深化を国際社会とともに図るべきだ」
輸出規制の強化と合わせ、日本も今後は優れた国内企業の部品・製品を、軍用ドローンなどの防衛分野に急ぎ転用すべきである。日本製品が諸外国に軍事転用されるのを指をくわえて見ているだけでは、行政の「目利き能力」も養われず、技術の活用のための道筋もつかない。
最悪の場合、将来的に、中国軍や北朝鮮軍が日本製部品を組み込んだドローンなどの新兵器で日本を攻撃し、技術的に劣後する日本が――中国については、すでにそうなっていると評しても過言ではないが――大きな損害を被る事態もありうる。実際、2014年3月に韓国に墜落した北朝鮮製ドローンのカメラはキヤノン製だった。
防衛政策のアップデートが必要だ
またOrlan-10の事例は、「純国産」にこだわる日本の防衛産業政策を転換する必要性を示唆しているともいえる。解析の結果、Orlan-10には日本製エンジンだけでなく、中国、ドイツ、米国製の部品が多数組み込まれていた。TB-2も複数の国々の部品の寄せ集めである。
これが示しているのは、今後は国内外の民生部品をいかに組み合わせ、そうして生み出した新兵器を既存の兵器システムや人間といかに連携させて、どのような戦術や作戦構想を生み出すかが重要だということだ。
防衛省・自衛隊は、防衛生産・技術基盤戦略を2014年6月に発行して以降、更新するどころかレビューすら行っていない。その間に防衛大綱は24大綱から31大綱へと更新されているが、防衛分野の産業戦略は2014年のままなのである。
2014年6月時点では、この防衛生産・技術基盤戦略は野心的で先進的な内容だった。しかし7年が経過した今日では、問題意識としては正しくとも、アップデートしていくべき内容が散見される。
今こそ、民生技術や民生部品が軍事防衛技術を上回る分野が増えていることを認識し、それを前提とした産業戦略を策定するべきである。折しも、新たな防衛装備庁長官に、防衛省随一のタフな装備通である鈴木敦夫氏が就任した。好人事に期待したい。