EV購入の補助金が増額に

ドイツで電気自動車を買うと、国から補助金が出る。5月の初めにデジタル・交通省のヴィッシング大臣(FDP・自民党)が発表したところによれば、まもなくその補助金が増額される予定だ。当初は25年で終了するはずだった交付期間も、2027年まで延長する。

日本でも電気自動車にはかなりの補助金が付くが、ドイツはさらに多い。たとえば4万ユーロ(520万円)の電気自動車を買うなら、補助はこれまでの6000ユーロ(78万円)から1万800ユーロ(140万4000円)に上がるという(現在の円安を考慮せず、1ユーロ130円で計算した場合)。

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もっと高級車、たとえば6万ユーロ(780万円)の車の場合は、これまでの5000ユーロ(65万円)が8400ユーロ(109万円)になる。高級車への補助が中級車より低いのは、「高級」という付加価値は自分で負担しろということだろう。ただ、こんな車を買える人はどうせお金持ちだから、そもそも補助金が必要なのかどうか。補助金の原資は国民の税金だ。

電気自動車の補助金は、実はメーカー側にも交付される。4万ユーロの車を売れば、3000ユーロがメーカーに入る。そして、この補助金も27年まで延長される予定。

 

ただし23年の後半からは、これらの補助金を満額もらうためには、手持ちのガソリン車、あるいはディーゼル車を廃車にしなければならない。だから、廃車の経費にも1500ユーロ(19.5万円)の補助が出るという。要するに、力づくの電気自動車シフトだ。

また、プラグインハイブリッドの補助金も、当初の予定と違い、少なくとも24年までは続けたいとデジタル・交通相。ただ緑の党は、プラグインハイブリッドはガソリンを使うから、真の電気自動車ではないとして、期限延長には反対している。彼らは脱炭素原理主義者なのだ。

一方、プラグインでない普通のハイブリッドは、当然、補助金の対象から除外されている(これは日本も同じ)。

実際にはハイブリッド車は長距離運転でも安心で、CO2削減の上でも優れていて使い勝手が良い。まさにそのために人気があり、ここに補助金をつけるとトヨタの一人勝ちになるため、EUはハイブリッドを「環境に良からぬ車」として締め出したという経緯がある。以前は、トヨタのプリウスは結構な人気だった。

その他、目下のところ開発中である水素燃料車にも補助が交付されるが、ドイツで市場に出ているそれは、トヨタのMIRAIと、現代のNEXOのみ。市販の値段はそれぞれ 7万8600ユーロ(1028万円)と6万9000ユーロ(897万円)で、補助金の額は最高2万1000ユーロ(273万円)というが、対象は法人用のみで、しかも一度に最低三台買わないと交付されないらしい。

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政府の目標はほぼ実現不能なのに

ここまでの話を整理すれば、たとえば4万ユーロの電気自動車が1台売れれば、メーカーに3000ユーロ、そして購入者に1万800ユーロで、合計1万3800ユーロの税金が注ぎ込まれることになる。

貧しい人の払っている税金が、4万ユーロ、5万ユーロといった新車を買える人を潤す制度が、はたして公平と言えるのかどうか。私は、過剰な福祉には反対だが、裕福な人たちへの過剰な補助金の投入には、もっと反対だ。しかし、実際問題として、それをしなければ、電気自動車は売れない。

ちなみに日本でも現在、電気自動車の補助金は大幅に引き上げられていて、同じようなことが起こっている。

たとえば一定の条件を満たした場合、補助金の額は、電気自動車が上限85万円、軽電気自動車が上限55万円、プラグインハイブリッドが上限55万円、燃料電池車が上限255万円、超小型モビリティが上限35万円。ただし、予算が無くなった時点でおしまいだそうで、そこがドイツとは少し違う。

 

2009年、前メルケル政権は、2020年までにドイツに100万台の電気自動車を走らせ、30年にはそれを600万台に増やすと宣言した。そして、その目標を、昨年12月に成立したショルツ政権がさらに進化させ、2030年までに電力の80%を再エネで賄い、1500万台の電気自動車を走らせることができるようにすると言っている。2030年以降は、ガソリン車とディーゼル車の新規登録を中止することもすでに決まっている。

しかし、今年の初めにドイツで登録されている電気自動車はたったの61万8500台だ。それに目下のところ、ドイツのエネルギー転換政策は破綻しており、電気は逼迫・高騰。つまり、電気自動車の充電のための大量の電気をどこから持ってくるのかさえわからない。充電スタンドの整備も進んでいない。

政府の目標は、手品でも使わなければ実現不能だ。つまり、その手品の一環が過激な補助金のばら撒きかもしれない。

ドイツは市町村が点在しており、公共交通機関も発達しておらず、都会の真ん中にでも住んでいない限り、車がなければどうにもならない。通勤も車に頼っている人が多く、一家に車が二台、三台とある家も多い。そういう意味では車は贅沢品ではなく、必需品だ。

自ずと中古車マーケットが発達し、新車が買えない人たち、あるいは学生などは、皆、中古車に頼る。しかし、今後、中古のガソリン車やディーゼル車は、途上国への輸出以外には使い道がなくなるので、買い叩かれるようになるだろう。その代わりの電気自動車の中古車マーケットの未来は、当然、まだ見えない。

また、ドイツでは車の購入時に車庫証明が不要なので、路上が車庫という人も多く、そういう人たちは充電にも困る。だからといって、手持ちのガソリン車やディーゼル車を大事に乗ろうとしても、今度は燃料費が懸念材料だ。すでに上がっている燃料費がさらに上がる可能性も高い。

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このままでは東ドイツに逆戻り

いずれにせよ、実際問題として、ドイツで是非とも電気自動車が欲しいと思っている人はまだまだ少数派だ。

車を2台持っている家庭なら、買い替える時、一台を電気自動車にしやすいが、1台しかない場合はなかなかそうはならない。ドイツ人は長距離を走ることが多く、その上、スピードも出したがる。電気自動車には根っから向いていない人たちでもある。

だからこそ政府は法律を作り、大量の税金を投入し、国民に有無を言わせず電気自動車を買わせようとしている。しかし、国家が一部の経済活動を支援したり、禁止したりして、国民が何を買うかを決めるという現在の状況は、計画経済に等しい。

 

消費者の嗜好や経済状況は無視されているが、それが環境のためと言われれば、国民は反対もできない。

中でも一番の問題は、補助金の最大の利得者が自動車メーカーであることだ。このままでは補助金はいずれ製造原価に組み込まれ、自ずとメーカーの政府依存が進んでいく。政府が強くなり過ぎれば、国民の自由は縮小し、基幹企業は国営化に向かい、東ドイツに逆戻りだ。

本当に電気自動車を増やしたいなら、禁止や規制ではなく、国民がこれなら電気自動車を買っても良いかなと思う環境を作ることが先決ではないか。たとえば充電ターミナルを増やすこと。環境を理由に消費者の選択肢を狭めるのは、民主主義に反するやり方とも言えるだろう。

真のイノベーションとは、消費者の求める利便と、メーカーの技術力と、さらに両者の良心が交わったときにブレイクする。かつて日本のメーカーは、そういう自由な発想で、世界一クリーンな車や、世界一燃料効率の高い火力発電所を作った。

現在のドイツで、そんな真のイノベーションが起こっているのが「Eバイク」だそうだ。通勤に使えば汗だくにならずに職場にたどり着けるし、年金生活者が再び楽々とサイクリングを楽しんでいる。

当然、普通の自転車よりはずっと高価だが、国の補助金なしでも、とにかく売れる(自治体によっては補助をつけているところもある)。今後、需要が増えれば、価格も下がるだろう。これこそが自由経済の醍醐味ではないか。

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国民の負担はどこまで膨らむのか

5月18日、EUは、2030年までに総発電量における再エネの割合を45%にするため、3000億ユーロの投資を行うことを決定した。

この決定の音頭をとった欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長(ドイツ人)が高らかに言い放ったのは、オバマ元大統領でお馴染みの「We can do it!」。これはまさに、2015年、メルケル前首相が難民を無制限に入れた時の「Wir schaffen das!(我々にはやれる!)」とも同じフレーズだ。曰く、ロシア依存をなくしCO2も削減するための歴史的決定だそうだ。

 

いずれにせよ、これによりEU、およびドイツでは再び莫大な補助金が動くだろうから、再エネ関連企業は大喜びだ。ただ、国民の負担がどれだけ膨らむのかについては、もちろん言及されていない。

先進国の間でこの30年間、GDPがほとんど伸びなかったのは日本だけだが、ドイツもこのままいけば、「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり」と、悲しき日本化が起こるかもしれない。

結局、豊かになるのは日本のお隣の大国だけ? その可能性は非常に高いと、残念ながら思う。