コロナに見る「日中逆転」

1月に湖北省の省都・武漢でパンデミック(感染爆発)が起こって以降、この一年で幾度となく、国家衛生健康委員会(中国の厚生労働省に相当)のホームページ(http://www.nhc.gov.cn/)を見て、中国の日々の状況を確認してきた。

1月、2月は、中国当局の隠蔽体質を感じることもままあったし、疑問に思う政策や、幹部の発言も散見された。

新浪網(シンランワン)に現地から「武漢日記」を書き続けた作家の方方(Fang Fang)は、1月30日の日記で、こう綴っている。

「感染症は、無数の世相を暴き出す。その病気は、コロナウイルスよりも恐ろしく、もっと長期に及んでいる。しかも、治癒が見通せない。医者がいないし、治そうとする人もいない。そう考えると、とても悲しい」

だが夏以降は、中国の防疫当局が自信を持ち始めていることを、国家衛生健康委員会のホームページ上に掲載される政策や発言の端々から感じるようになった。

実際、新型コロナウイルスの状況を日本と中国で比較してみると、12月10日現在で、次の通りだ。

日本: 感染者数17万3054人 / 死亡者数2512人
中国: 感染者数9万4736人 / 死亡者数4755人

このように、感染者数で、すでに「日中逆転」が起こっているのである。

日本では、「中国のデータは正しいものなのか?」という疑念が起こっていることも承知の上だ。中国が仮に、自国の感染者数を半数に絞って発表していたとしても、日中はほぼ同数になるのだ。さらに、下のデータを見てほしい。

日本: 感染者数1376人 / 死亡者数20人
中国: 感染者数68人 / 死亡者数3.4人

これは、日中の公平を期すため、人口100万人あたりの感染者数と死亡者数を算出したものだ。中国には、日本の26倍の国土に14億の民が暮らしているからだ。

こうして見ると、彼我の差が一目瞭然だろう。中国は単位人口当たりの感染者数で、日本の4.9%、死亡者数で17%にすぎない。しかも、PCR検査数は、中国の方が圧倒的に多いにもかかわらずだ。

周知のように新型コロナウイルスは、短期間のうちに、世界中にあまねく行き渡った。そのため、各国・地域の政府の危機管理能力の差が、如実に表れたと言える。日中で比較すると、明らかに中国政府の方が、日本政府よりも危機管理能力が高いことが、データ上から示されているのである。

その結果は、下記のようなデータにも表れている。

日本: 2020年 -5.3% / 2021年 2.3% / 2022年 1.5%
中国: 2020年 +1.8% / 2021年 8.0% / 2022年 4.9%

これは今月、OECD(経済協力開発機構・本部パリ)が発表したG20(主要国・地域)の各国・地域の経済見通しである。政府がコロナを克服できたかどうかによって、その後の経済復興がどれほど変わるかが、見て取れる。

世界の主要20ヵ国・地域の中で、2022年の経済成長が2%未満と予測されているのは、日本だけだ。2021年の2.3%成長というのも、20ヵ国・地域で最低だ。

GDP成長率というのは、前年の経済規模と較べた値だから、2020年にコロナ禍で経済が落ち込めば、2021年以降、復興していくにつれて急伸するものなのである。皮肉なことにOECDは、「経済復興が顕著なアジア地域が、世界経済の復興の牽引役を果たすだろう」と解説している。

それが日本だけ、世界の復興期に停滞しているというのは、コロナ禍でも日本経済が、そもそも落ち込んでいなかったか、復興が遅れているかのいずれかだ。もちろん後者の方である。OECDのデータを見ていると、もし世界に「コロナ恐慌」というものが起こるとしたら、それは「日本発」になるのではと危惧してしまうのである。

中国式「疫病鎮圧の鉄則」とは

それでは、冬にはあれほどコロナ危機に陥っていた中国が、なぜケロリと克服に成功したのか?

中国ウォッチャーとして言わせてもらえば、それは特に難しいことではなく、14世紀のペスト禍の時代から続く疫病鎮圧の鉄則――「検査・隔離・追跡」を徹底したからだ。日本のパフォーマンス好きの首長が吹聴する「三密」とか「5つの小」などの「言葉遊び」の遊戯ではなく、科学によって克服したのである。

中国式の社会主義(習近平新時代の中国の特色ある社会主義)は、日本人には相容れない制度とは思うが、一つ利点があるとすれば、危機に非常に強いことだ。中国は、日本からすると信じられないほどの「スピードと強制力」でもって、コロナ禍に対処していったのである。

まず検査に関しては、PCR検査の母数を大幅に増やし、水も漏らさぬ徹底した検査を行った。

ある都市でクラスターが発生したら、その都市の全市民を対象に、PCR検査を実施するのが基本である。コロナ発生源の武漢で夏に再発した時は、990万人に対して検査を行った。10月に青島で12人の感染者が出た際にも、900万市民全員の検査を行った。同月に、新疆ウイグル自治区のカシュガルでクラスターが発生した際も、475万市民全員にPCR検査を行った。

これらは、中国方式とも言える「20人一組」の集団検査が基本で、20人分のキットが陰性なら、その中に誰も感染者はいないことになる。もし陽性が出たら、20人を再検査して、その中の誰が陽性なのかを割り出していく。この制度を用いて、人口900万規模の都市でも、わずか2週間程度で、全市民の検査を終えてしまうのだ。

翻って日本は、先週12月10日、東京駅近くに1回1980円でPCR検査が受けられる施設がオープンしたことが、大きな話題となった。約30秒で唾液から摂取し、翌日には結果を教えてくれる。即日知りたければ、追加料金を払えば教えてくれる。付近で働くサラリーマンを中心に、客が殺到していると、テレビニュースは報じていた。

こんなことができるなら、なぜ年初からやっていなかったのだろう? 日本が長らく、「PCR検査が受けられない問題」であたふたしていたのは、周知の通りだ。

それはひとえに、検査を保健所が抱え込んでいたからだった。何もかもお上で抱え込まずに、「民にできることは民に任せる」という資本主義の基本に立ち返ればよかっただけのことだ。

アリババ「健康コード」の発明

中国では、隔離と追跡に関しては、優れものの発明品が生まれた。「健康コード」(健康碼=ジエンカンマー)である。

「健康コード」は、中国各地で感染爆発が起こっていた2月11日、アリババ(阿里巴巴)の本社がある浙江省杭州市で始まった。1040万市民に、「健康コード」への登録を呼びかけたのだ。

スマートフォンのアリペイ(支付宝)かテンセント(騰訊)のウィチャットペイ(微信支付)のアプリからインストールし、マイナンバー(身分証番号)と自分の健康状態、履歴などを簡単に入力する。すると、位置情報を始め、さまざまなデータベースの情報と照合し、「緑」「黄」「赤」の3色のいずれかのQRコードが表示される。AI(人工知能)がその人の感染リスクを判断するのだ。

「緑」は「感染リスクなし」、「黄」は「隔離中」、「赤」は「感染リスクあり」である。隔離中の人が隔離期間を無事終えれば、「黄」は「緑」に変わる。また、「赤」が表示されたら、表示の手順に従って申告し、指定された病院へ行かねばならない。

登録は義務ではないが、事実上はそれに等しい。なぜなら、地下鉄やバスに乗る時、オフィスビルや商業施設などに入る時、果てはレストランで食事する時やコンビニ・スーパーで買い物する時まで、入口に設置された読み取り機にスキャンして、「緑」を確認しないと入れないからだ。

この制度は瞬く間に、浙江省全体に広がった。早くも2月24日には、浙江省政府の会見で、省内で登録者が5000万人を突破し、5047万人に達したと発表された。浙江省の人口が5850万人だから、わずか1週間か10日間のうちに、省民の86%が登録したことになる。

翌25日、アリババは、次のように発表した。

「いまから2週間以内に、このシステムを全国200都市に拡大していく。地下鉄、社区(各居住区域)、オフィスビル、医療保険支払い、商業施設・スーパー、空港、駅などに読み取り機を設置していく」

3月5日、テンセントは登録者が8億人を突破したと発表した。こうして、わずか1ヵ月のうちに、中国全土に普及していったのである。5月3日からは、マカオ特別行政区でも、同様のシステムを始めた。

「健康カード」の効用は、経済復興にも表れた。中国は2月中旬に春節(旧正月)の大型連休が明けると、「復工復産」(仕事と生産の復活)のキャンペーンを始めた。

この時、最も懸念されたのが、工場の従業員たちの間で、クラスターが起こることだった。そのため各工場は、すべての従業員に「健康コード」の表示を義務づけた。

例えば、従業員5000人の自動車工場があるとすると、工場の入口に読み取り機を置き、「緑」の人しか中に入れない。そして万一、従業員の誰かに「赤」が出て、その後、陽性反応が出たら、工場の全員にPCR検査を行うのだ。

中国の経済復興は、まさに「健康コード」と一体であったことが分かる。重ねて言うが、中国におけるコロナの克服も経済復興も、「三密を避けましょう」「5つの小を守りましょう」といった「言葉遊び」ではなく、科学だったのである。

次なる一歩は「医療のデジタル化

さて、冒頭述べた「中国の厚生労働省」こと国家衛生健康委員会が、12月11日、再び「次の一歩」を進める発表を行った。<「インターネット+医療健康」「五つの一」のサービス行動を深く推進することに関する通知>である。

国家衛生健康委員会、国家医療保障局、国家中国医薬管理局が、12月4日に連名で出した通知だが、発表は11日だ。北京や上海など14地域における個々の先端的な取り組みを紹介した付属文書まで付いた全文は、非常に長いものである。

一言で言えば、コロナ禍によって「健康コード」が国民に普及した現在、このシステムを活用した医療のデジタル化を、一気呵成に進めてしまおうということだ。「五つの一」とは、共益サービスの一体化、融合サービスの一番号化、決済サービスの一括化、政務サービスの一元化、疫病対策サービスの一版化である。

具体的には、以下の通りだ。

1)共益サービスの一体化
老人らのAI技術の活用が事実上困難な人々の問題を解決する。医療情報を共有することにより、患者の「重複検査」などの問題を解決する。

2)融合サービスの一番号化
医療機関別のカードを一つにし、人々の医薬サービスの利便化を図る。

3)決済サービスの一括化
医療のスマホ決済を推進する。患者が何度も並ばなくて済むような決済システムにする。医療保険計算なども利便化させる。

4)政務サービスの一元化
政府の事務サービスが、難しく、遅く、何度も必要という問題を解決する。政務の共有サービスを拡大し、一元的に手続きができるようにする。

5)疫病対策サービスの一版化
疫病の防止情報技術の掌握を常態化させ、強化する。早期に監測し、予防警報を出すことを強化する。科学的な研究判断能力によって、PCR検査の総合的な物資を保障する情報プラットフォームを作り、人々をより健康にし、疫病から防止、保護する能力などを高めていく。

その他、遠隔医療サービスを深化させ、デジタル化によって利便化を図っていく。

以上である。この<通知>を精読すると、中国は2020年のコロナ禍を奇禍として、14億国民に対する医療保健制度を進化させようとしていることが分かる。

今後実現すれば、医療システムがこれまでとは格段に、利便化されることになる。スマホの「健康コード」を使って医療機関で受診し、その受診内容や診断結果などは、スマホ上かクラウド上で保存される。

 

そのため、どの病院のどの科を訪れようが、過去のカルテや病歴などは、初診の医者もすべて参照できる。そうやって「健康コード」上に蓄積していけば、病院は検査の二度手間がなくなり、医師は誤診が減り、本人も負担や検査の手間が減って、かつ健康増進にも役立つというものだ。

これはおそらく、日本などでも近未来に起こることではないか。いわゆる「医療のデジタル化」が叫ばれて久しいからだ。

便利さを取るか、プライバシーを取るか

実はこのシステムは、中国政府の側にとっても望ましいものだ。まず第一に、14億人の健康についてのビッグデータが取れる。これは医療の改善から、保険システムの改善まで、多くの関連分野で革命を起こすだろう。

加えて、中国政府は14億人の健康情報を握ることになるので、これまで以上に国民を徹底管理(監視?)することができるようになる。例えば、アルコール中毒の人はコンビニへ行っても酒を買えなくするとかいうことだ。

さらに一歩進めて、政治思想的に問題がある人物の健康状態を故意に悪化させていくといった「操作」も、やろうと思えば可能になるだろう。

ともかく中国政府が強大なパワーを持ち、「焼け太り」していくことは間違いない。それは、スマホ決済によって個人消費が政府に「丸裸」にされていくのと同じことだ。今後、デジタル通貨が普及していけば、さらにそうした傾向が強まる。会社も個人も、脱税など不可能になるだろう。

結局、便利さとプライバシーの喪失は、コインの裏表である。そのため究極的には、便利さを取るか、プライバシーの確保を取るかという選択になるが、人間は結局、便利さを選択するようになるだろう。

中国は、新型コロナウイルス対策において、社会主義システムの「スピードと強制力」を、十分に活用して押さえ込んだ。社会主義はAIとも親和性があるが、危機管理にも抜群の能力を発揮することを示した。

そして習近平政権は、コロナとの戦いを「勲章」にして、「人類衛生健康共同体」というスローガンのもと、「中国方式」を世界に普及していこうとしている――。

コロナ禍の日本は、早く火を鎮めることを最優先するしかない。