ドイツ人に人気のバカンス地で

スペインのカナリア諸島は、7つの島からなっている。位置的にはアフリカの左肩で、モロッコまでは100kmほど。「なぜ、こんなところがスペイン?」と思うが、もちろん、15世紀の大航海時代の獲得地だ。

スペインが列強であった頃に、カナリア諸島はスペイン領となった。征服されたグアンチェ族の血は今も消えてはいないが、すっかり混血してしまったので、純粋な先住民は存在しない。

カナリア諸島はドイツ人の間ですごく人気の高いバカンス地で、どの島も一年中、ドイツ語が絶えない。そんなわけで私も、フルテヴェントゥーラ島とテネリフェ島には、何度か行ったことがある。冬も温暖だし、夏はずっと貿易風が吹き、さらに付近を寒流が流れているので、それほどめちゃくちゃ暑くはならない。夏の海の水も地中海に比べると冷たい。

 

フルテヴェントゥーラ島は延々と続く真っ白い砂浜が美しいが、その砂は、アフリカから貿易風に乗って飛んできたと聞いて驚いた覚えがある。風に乗ってきた砂粒が、こんな広大な砂浜を作るにはどれだけの時間がかかったのだろうかと考え始めると、突然、人間はちっぽけな存在だと確信してしまう。

 

テネリフェ島は火山の噴火でできた島なので、フルテヴェントゥーラとは対照的に黒いゴツゴツした島だ。真ん中にテーデ山があり、面白いことに、これがスペインの最高峰。3718mだから、ほとんど富士山と同じだ。世界第3位の規模の火山で、今はお休み中だが、過去には何度も噴火して、麓の多くの集落を人間もろとも全滅させた。直近の噴火は1909年。

テーデ山を車でひたすら登り、最後にロープウェーに乗り換えると、山頂にあと200mという辺りまで行けて、怖いほど大きなカルデラを見下ろせる。山頂付近は夏でも雪が残っており、要するに、亜熱帯から亜寒帯までを1日で体験できる。ただ、上で動き回ったら、酸欠で頭痛になった。

さて、すっかり旅行案内のようになってしまったが、実は、現在、コロナのせいで、カナリア諸島の旅行者は途絶えている。ところが、その代わり、物凄い数のアフリカ難民が押し寄せているのだ。

 

どんなに阻止しようとしても…

これまでの難民は、トルコやアフリカから地中海を渡って、ギリシャやイタリアの島、あるいはマルタなどに渡った。距離が短いし、地中海は一応、内海なので、ボロ船でもたどり着ける確率が高い。

それに比べてカナリア諸島へ行くには、荒い大西洋を渡らねばならず、当然、敬遠されていた。ただ、時々カナリア諸島の浜辺にも死体が流れ着き、その時は、観光客の出てくる前にさっさと片付けるというような話は、かなり前から伝わってきていた。

ところが、危険を冒してカナリア諸島へやってくる難民が、10月から爆発的に増えた。今年の11月までに到着した難民は、去年全体の10倍の1.8万人。そのうちの6割以上が10月と11月に集中しており、11月の初めには、たったの2日間で1600人もの難民が着いたこともあり、大混乱になっている模様だ。

〔PHOTO〕Gettyimages

難民とは、政治的に迫害されたり、戦乱で命を脅かされたりして、庇護を求めてやってきた人たちというのが一般的な認識だが、実はそんなに単純な話ではない。そもそも、本当に政治的に迫害されたり、戦乱の下で子供を抱えて逃げまどったりしている人たちが、自力で無事にEUまでたどり着けるはずがない。

 

多くの難民がEUにやってくるのは、それを斡旋する大規模な犯罪組織が存在するからだ。難民は大金を払ってEUまで誘導してもらう。つまり、まずお金が要るし、もちろん体力も要る。しかも、彼らが途中の砂漠で渇死しようが、海で溺れようが、犯罪者たちはそのお金を返す義務もない。だから今では「人間密輸」は、出港地の警察なども巻き込んで、麻薬や人身売買よりもずっと儲かるビッグビジネスに成長してしまった。

そこで、増え続ける難民に業を煮やしたEUが、難民の出港地であるトルコやアフリカ諸国の政府にお金を出し、難民を出させないよう圧力をかけるようになって、すでに久しい。しかし、犯罪組織は既存のルートが潰されれば、すぐさま新しいルートを開発する。

 

数ヵ月前、EUはさらに圧力を強め、犯罪組織の摘発を強化し、海上で発見した難民を即座に送り出し国に戻すことも徹底し始めた。そのため、斡旋業者は地中海ルートを諦め、出港地を変えて、危険な大西洋ルートに切り替えたらしい。どんなに阻止しようとしても、難民は水が染み込むようにEUに入ってくる。

アフリカは地下資源の宝庫だし、肥沃な土地も、豊かな水源も、森林という膨大な天然資源もある。過去にはもちろん植民地として搾取された過酷で不運な時代もあったが、しかし多くは独立を果たしてすでに60年以上が過ぎようとしている。

しかも、これまで国連や、世銀や、IMFなどが、膨大な援助を注ぎ込んできた。なのに、貧困は未だに収まる気配すら見えない。お金が行くべきところへ行っていないことは疑う余地がない。私たち産業先進国の人間も、間接的にはそれに加担しているに違いない。

難民がリゾートホテルに!

話をカナリア諸島に戻せば、ここは観光客でもっている土地なので、現在、経済状態は非常に悪い。その上、スペイン本土ではコロナ被害が甚大だったため、政府のお金も尽きている。

先週、ようやくEUが援助の予算を承認したが、とてもじゃないが間に合わない。だからカナリア諸島の島民の間では、難民を押しつけられたまま、スペイン政府からもEUからも見放されたという怒りが、爆発寸前となっているという。

 

「カナリア諸島は、ヨーロッパ中の難民を受け入れる場所ではない!」

スペインのペドロ・サンチェス首相は急遽、グラン・カナリアとフルテヴェントゥーラ島に7000人収容のキャンプの建設を指示したが、難民をスペイン本土に移送して欲しいという島民の要請は、断固拒否している。

 

難民の出身地はモロッコ、セネガル、ギネアなどのため、どのみちEUにおける難民資格はない。つまり、これら経済難民は、まもなく母国に送還する予定なので、スペイン本土には移送しないということらしい。本当は、本土に移送して、本国送還の機会を逸してしまうことを、スペイン当局は恐れている。

しかし、そうは言っても、島の方では受け入れ能力をとっくに超えているし、本国送還もなかなか始まりそうもない。だから、グラン・カナリア島のアルグイネグイン港付近では、2000人以上の難民が野宿を強いられているとか、男女が分けられていないなどという話が伝わってくる。当局は非難をかわすために、報道陣が難民に近づくことをシャットアウトしているが、国際NGOは難民と接触しており、難民の人権が守られていないとして抗議の声を上げている。

そこで何が起こったかというと、難民がリゾートホテルに移されたのだ。

 

現在、17のホテルに5500人が泊まっており、ホテル代は赤十字が支払っているという。記者たちが望遠レンズで撮った映像には、大きなホテルのどのベランダにも若い難民の男性が立ち、ケータイで電話をしている様子などが見える。そして地元では、これではコロナが収まったとしても、もう観光客は戻って来ないのではないかという不安が膨らんでいるという。

カナリア諸島の人々は、あまり裕福ではない。観光は重要な産業で、最優先されていた。たとえば、島では元々、水が不足がちだが、観光客が存分にシャワーを浴び、プールに入れるよう、水は常にホテルにだけは優先的に回されていた。そして住民は、観光客が自分たちの生活を支えてくれていることを知っていたから、文句も言わなかった。

ところが、コロナで観光業が壊滅している現在、職を失い、家賃が払えなくて困っている人も多い。そこへ持ってきて、突然の難民の襲来で生活が脅かされたように感じている最中、当の難民たちがホテル住まいをしているのをみて、多くの住民が納得できないのは、心情的にはよくわかる。

日本も独自の対策が必要になる

今、EUでは難民の定義が変わり始めている。EUの進もうとしている方向を一言で表すなら、「移住は合法」。そうなると、自ずと「移民も合法」で、それどころか、いずれ「移住の自由」は人権の一つに組み込まれていくだろう。

極端な話、近い将来、誰もが他の国に行って、そこで暮らす権利を主張することができるようになるかもしれない。同時に、各国が独自の法律で、難民や移民を受け入れるか否かを決めることはだんだん難しくなるだろう。日本もいずれその仕組みに組み込まれるはずなので、心の準備が必要だ。

 

難民問題において、人道と現実の擦り合わせは至難の技だ。美しい理念を唱える国は多いが、結局、困っても誰も助けてくれないのは、EUを見ていればよくわかる。だから日本も、独自の対策を今から用意しておかなければ大変なことになる。

移民や難民については、日本人はまだあまりピンときていないが、日本は驚くほど階級のない社会なので、しっかりした政策と国民の意思さえあれば、EUよりはずっと上手く、難民や移民とフェアな利害調整を行えるような気がする。

 

「移民・難民」については、同名の拙著で徹底的に考察したつもりなので、お読みいただければ幸いだ。