仕事をしながらと実家との往復などで、なかなか更新できませんでした。
一番大きな理由は、目が悪くなったことでしょうか。ちょっと億劫になってしまうんですよね💦すんません〜😅







朝の東本願寺。





さて、実家と京都は日帰りできる距離ですが
老人がいますので、その日は泊まることにしていました。
夕食も外へ出ず、ホテル内で済ませましたが、美味しかった。
名古屋でも食べられるたん熊さんでしたが、やはり地元京都だと違うのかしら。
叔母たちも喜んでくれました。叔母は、父のお姉さんで、おとなしい父をそれは助けてくれたそうです。戦争前、まだ朝鮮にいた頃の話はこの叔母しか記憶がないらしく、叔母に聞くしかないのですが、家に遺影がある、会ったことはもちろんない曽祖母とアイスクリームを食べに行った話とか、けんかした話とか、父は記憶はないのかあまり話も話もしたことなく、一度も聞いたことがない話を聞けるのも叔母さんだけです。
日本に帰る時、曽祖母が、水筒の隙間に紙幣を挟んで持ち帰ったとか、父が帰りの船で、水筒をアメリカ兵に振られて、怖かったという話はそこに繋がるんだなとか、答え合わせもできたり。(この話は今回ではなく、3回忌の時聞きました)
真宗の法要は、故人のためではなく、残った者がそこでまた会い、話をしたりして、先祖など、縁を繋いでいくためだというのを心から感じるようになりました。
京料理。
胡麻豆腐、好きなので嬉しい!




次の日は、朝7時からやっている東本願寺の朝の晨朝法要(おあさじ) の
お勤めに参加することにしていました。これは弟から聞きました。前に行ったことがあるそうです。
泊まっているからできることですもの、行かなくては。

2日目も朝は本降りでしたので、歩いていくつもりでしたが、車で行くことにしました。
参加者は私、夫、私の弟、次女です。
長女はいつも朝が遅い(笑)
長女は全く興味がないというわけではなくて、長女のほうが、神社参拝もたくさんしているし、高野山では宿坊に泊まったりしています。


朝の東本願寺。
まだ薄暗く、ちょうちんにも灯がともって、幻想的な光景です。

7時から阿弥陀堂で漢音阿弥陀経を勤めた後、御影堂で正信偈・和讃 が勤まります。
近くのお寺から毎朝、住職さんが来られているのか、袈裟を来た方が多かったです。外国の方も少しいらっしゃっていました。
阿弥陀堂で皆が一斉に唱える声明が震えました。
家での法事の時にも、お坊さんって何を言ってるか分からないような、ごにょごにょとお経を唱えてるとしか思えなかったのですが、
そのごにょごにょが折り重なって、鐘の響きのような一つの音になって、一つの響きとなっていました。
お寺に行くと、「宇宙」というワードをよく目にするのですが、
まさに宇宙のイメージというか。
訳分からないことを書いてすみませんが、とにかく自分が音の中? 何かわからないところにいるような感覚を受けました。
その後、隣の御影堂に行って、正信偈・和讃のお勤めです。
これは我が家でも毎朝、祖母が、今は母があげているお経なので、聞き覚えがあります。
こちらは先ほどの感覚はありませんでしたが。母は朝のみあげていますが、たしか祖母は朝晩の食事前にあげていました。
お坊さんの声というのは独特ですが、
やはり発声が重要らしいです。
ご真言も、もしかしたらきちんとした周波数があって、そうでないと届かないのかしらとも思いました。
お経が終わると、説法があるのですが、
ホテルに戻らないといけない時間になってしまい、残念ながら説法は失礼しました。


もう、明るくなって、
ちょうちんの火も消えていました。
帰り際に見た、門柱にかわいらしい猪の目が。カラフルで可愛いですよね。


朝食を食べて、チェックアウト後、帰宅する前に、少し観光へ出掛けました。
続きます。