私は結婚してから豊中で15年くらい過ごしました。
当時住んでいたマンションは売ってしまったので、もう豊中には来ることがないかなと思っていたのですが、この服部天神に行きたいと母が言うので、私も久しぶりだし、行ってみようと思い、連れてきました。
実はこの服部天神宮は長女の七五三で来ており、なぜここにしたかと言うと、同じマンションの先輩ママが「学業向上のために北野天満宮に行ったよ」と教えてくれたので、京都までは行けないけど近くの天満様へと思って、一番近いと思われる服部天神にお参りすることにしたのですね、多分。
多分というのは、私、すっかり忘れていたのです。母と弟も来てくれたらしいのですが、覚えがないのです。
次女の七五三の時は余裕もあって、京都まで行ったのでとても覚えているのですが、この時はお腹に次女がいて、近くにしようと思ったのかなあと思っています。
後から足の神様と知って、長女は小さい時からすごい坂も自転車でこぎきっていたので、「さすが足の神様でお参りしただけあるわ」と笑ったものです。
今思えば、長女は天神様にご縁があるのかもしれません。
長女が生まれた時は千里中央というところに住んでいて、お散歩コースにいつも上新田神社を回っていました。
そこも天神様でした。ある日、いつものように赤ちゃんの娘をベビーカーに乗せて、お参りしていると、偶然、お年を召した宮司さんが歩いていて、「可愛いなぁ、最近、こんな赤ちゃんを見ると泣けて泣けてしょうがないの」と仰って、顔を見ながら涙を流しておられたのを思い出します。
そして、結婚式も湯島天満宮でした。
さて、なぜ母が服部天神に行きたかったのかと言うと、マツコが紹介したみたいですね。
私は知らなかったのですが、母が何かのテレビで見たと言っていました。ここに行ったことも覚えていたそうです。
今、病のせいで足が痺れて困っているので、どうしても行きたかったみたいです。
足の平癒の御祈祷をしてもらい、境内を回りました。とても小さな神社なのですが、とても古く、菅原道真が太宰府へ送られる途中、足を病み、動けなくなったところ、ここで少彦名命に平癒を祈願したところ、健康を取り戻し、無事に太宰府へ着いたとのこと。
こちらの御神木の前で、写真を撮った(らしい)
ちゃんとアルバムにあります笑
すごい下駄ですね。
こちらには昔々の石が置いてありました。
ここが元々の参拝所だったのかしら。
天神様にぴったりの梅が咲き誇っていました。
天神様にぴったりの梅が咲き誇っていました。
時間があるので、奈良に行くことにしました。
続きます。