前回、春に行った金峯山寺のことを書こうと思いつつ、その後、忙しくてなかなか書けませんでした。
忙しいというか、お寺とか神社のことって、調べたりするので
時間がたっぷりあるときじゃないと手にかけられないのですよね。
でも、この間の「光る君へ」で、道長が金峯山寺へ参詣した回を見た時は、1000年も昔に道長もあの場所におられ、金剛蔵王大権現様
拝まれたのだろうなと思うと、感慨深いものがありました。
だから歴史は面白いのですよね。
と、ここまで書いておいて、まだ金峯山寺のことはまとまらないので、
よくというか、何回か参拝している石上神宮のほうを先に。
9月21日から23日まで普段は見ることのできない禁足地が公開されました。
石上神宮神剣フツノミタマ顕現150記念の特別参拝です。
禁足地となっているご本殿の周りを
回らせてもらい、横の扉を開けて見られるようにしてくださっていました。
禁足地内には、ところどころにボランティアさんがおられ、説明をしてくださいました。
石上神宮は今からおよそ2100年前、崇神天皇の御代7年に創祀された全国屈指の古社です。
おまつりしている三柱の主祭神は総称して石上大神と称え奉られています。
ことに第一神としておまつりされている布都御魂大神は神剣フツノミタマに宿られている大神様です。
この神剣が物部氏の祖伊香色雄命が石上布留高庭(現禁足地)に神剣韴霊をお遷しし、おまつりしたのが石上神宮の創祀となります。(当日いただいた冊子より)
この神剣、ずっと布留高庭の土中深く、埋められていたため、この地を禁足地として畏敬してきました。
ご本殿はなく、四方を瑞垣で囲まれていたところにあると伝えられてきたということです。
そして、とうとう明治に6年になって、当時の大宮司菅政友氏が、二千年来の神宮の由緒を一層正確にするとともに、正しくご神体を
おまつりするため、発掘調査を願い、許可が下りました。
そして、なんと『石上大明神縁起』にあるとおり、禁足地表下90センチの石を積み重ね境界をなした地点から一振の剣が出現しました。社氏の伝承どおり神剣が初めて顕現したのです。
その後、ご本殿を建て、御魂を遷し、ここにおまつりされているのです。
本当に大雑把な説明で申し訳ないですが、
そういうことで、明治6年から数えて150年の今、一般の我々にも公開してくださったということですね。
いつも遠くから覗いているだけなので、中を見ることができ、本当にありがたいことでした。
剣が出現されたところは今、石塔が建てられて目印になっているそうです。
きょうはそこに紙垂も立てられていて、分かりやすかったです。
特に本殿後ろに回れたことはとても有難いことで、なかなかできないことで、遠くから来た甲斐があったということです。
そして、記念のお守りや御朱印などを拝受して、お参りし、散策し帰りました。
禁足地はグループごとに周り、
そんなに待たずとも入れましたし、ボランティアさんの説明も聞きながら、ゆっくり見学することができましたが、
駐車場は満杯でした。
当日は書画展や野点などもあり、キッチンカーも出て、
ちょっとした文化祭のようでもあり、楽しめました。
こういうのも神様もお喜びになられていることでしょうね。
そして、近くのレストランで食事する予定でしたが、当然、満員でしたので、あきらめ。
次の法隆寺へ向かいました。
慌てて書きましたので、
後で微修正あると思われます😅
続きあり。