新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年度の一般会計における歳出合計は約160兆円となった(第二次補正予算後)。これに対して歳入は税収等が約70兆円、公債金収入が約90兆円であった。この結果、2020年度末の国債発行残高は1074兆円に達した。
この国債残高の償還をどうするのか。基本的には、
①経済成長による自然増収、
②歳出カット、
③増税
のいずれかで返済するしかない。しかし、常識的に考えてもう返還できる金額ではない。そこで今注目されているのが「統合政府論」という考え方である。日銀は政府の子会社であり、政府と日銀のバランスシートを合体させるというものである。
この考え方の強力な論者の一人に高橋洋一氏がいる。
統合政府論を大雑把に言うと、政府の借金1000兆円のうち、日銀が保有する500兆円分の国債はすでに相殺され、実質的な政府の負債は500兆円だというのである。なぜなら、政府と日銀のバランスシートを合体させると、政府の負債は1000兆円かもしれないが、日銀の資産が500兆円あるから、ネットの借金は差し引き500兆円だというのだ。したがって理屈の上では、政府が持つ負債をすべて日銀が買い取れば、政府の借金をゼロにすることも可能になる。また、政府が日銀に支払う金利も、のちに国庫納付金として政府の「税外収入」に繰り入れられるから相殺される。
では、消えてしまった借金はどこへ行ってしまったのか。それは買いオペによって生まれた日銀当座預金ということになる。わかりやすく言えば、日銀が輪転機を回して借金分だけお札を印刷したということである。
国債を欲しがっている人はいっぱいいる。その証拠に、10年満期の国債の金利は0.06%と非常に低い。債券の利回りと価格は反対方向に動くから、国債の金利が低いということは国債が非常に高値で取引されていることを意味する。まだまだ国債発行は足りないのだと高橋氏は主張する。
そんなに国債を発行して返済をどうするのかという疑問に対して、高橋氏は「借換債」が発行できなくなれば問題だが、今のところそんな状況にはなく、返済の心配は一切必要ないという。
こうした主張は日銀のリフレ派のみならず、反緊縮の経済学を説く学者・エコノミストに多く見られる。松尾匡立命館大学教授(専門は理論経済学、マルクス経済学)もその一人だ。
松尾氏は言う。「日本が財政危機にあるというのは新自由主義者によるまやかしの議論です。プライマリーバランスの目標は無意味です。現在、国債の約半分は日銀が保有しています。日銀は政府の子会社だという統合政府の考え方によれば、国債の半分はすでに返済を終えていることになります。なぜなら、日銀の金庫の中の国債は返す期間が来たら借換債を発行して、延々と返済期限を延ばすことができるからです。だから、政府は事実上お金を返さなくてもいいのです。政府が返さなければいけないのは、いまだに民間にある国債だけです。」(以上要約)
確かに「統合政府論」の考え方はそれなりに筋が通っている。しかし、その一方で「どうなんだろう?」という疑問がわく。何よりも、ブタ積みされている日銀当座預金が際限なく増加していけば、何かのきっかけでその紙幣が引き出され、ハイパーインフレを引き起こすのではないかという心配がある。そうした事態を防ぐには、日銀当座預金にマネーを閉じ込めたままにしておく必要がある。そんなことが果たして可能なのか。
また、もし「税の不足分を借金で賄ってもよい」とする統合政府論の考え方が正しいとするなら、理論的には税をゼロにしてすべて借金で賄ってもいいはずである。しかし、世界には無税国家などというものは存在したためしがない。統合政府論は借換債が発行できる限りにおいて成立する一時しのぎの理論でしかない。
(PS)
2022年7月に発表された竹中正治龍谷大学教授の論考が、統合政府論の誤りを見事に指摘しておられるので紹介しておきたい。
https://blog.goo.ne.jp/minami-h_1951/e/bbbe6c8c28232ee70d8380a9ebda80b3