alpha7です。
4/29~5/1まで、鳥取・倉吉に遠征。
その後、京都を経由して名古屋に無事帰還いたしました。
倉吉では、昨年12月に訪問した「セブンズカフェ」のリニューアル店舗「CENTRALE Dining」(チャントラーレ・ダイニング)を4/30のカフェタイムとディナータイムに訪問。
京都ではこれまた、久々の訪問になる「慈恩弘国」を5/1に訪問する事ができました。
遠征記録と「CENTRALE Dining」については日を改めてamebloに掲載します。
ところで、5/1に「慈恩弘国」は入店者(入国者)が10000人を達成しました。
これをレポート・・・、としても良いのですが、単にレポートを書いたのでは面白く無いので、以前初めて「慈恩弘国」をレポートした際の様に当方はジオン軍従軍記者の「アルファ・セブン」として以下に書いてみようと思います。
==========
「慈恩弘国」の入国者、10000人を達成。
ジオン軍従軍記者 アルファ・セブン
記者アルファ・セブンは連邦領域である鳥取県倉吉市を経由し、宇宙歴0011年5月1日の日本標準時17:51に、これもまた連邦領域である京都府京都市入りした。
その後、連邦の残存兵に気を付けつつ、東寺に向かい、鳥取での「戦利品」をランバラル大尉に手渡し、同日の18:30に「慈恩弘国」に入国する事が出来た。
ところで、この日は「慈恩弘国」にとって特別な日であった。
ランバラル大尉の細君ハモン氏の話では、何と入国者が10000人を達成する日だとの事であった。
記者は運悪く(?)9998人目であり、10000人目では無かったのだが、ここは10000人目を祝福したいものだ、と「慈恩弘国」で10000人目を待つ事に。
記者が入国した後、30分程で9999人目の入国者あり、これで10000人目を待つだけとなったのだか、その後、中々10000人目の入国者が現れず、ランバラル大尉やハモン氏同様、記者もドキドキして仕方無かった。
記者は鳥取から移動して来た事もあり、「ピグザムもも肉のガーリックソテー」や「座苦焼き」などをいただき、10000人目を待つ事にした。
そして、運命の瞬間、同日19:50。
遂に、10000人目の入国者が現れ、クラッカーを鳴らして「慈恩弘国」内に居た入国者全員で歓迎。
そして、全員でランバラル大尉の音頭で「ジーク・ジオン!!」と三唱し、その後、10000人目を記念する盾が贈られた。
記者は是非ともジオン国民にこの朗報を伝えたいと考え、盾の撮影をお願いし、快諾していただいた。
以下が10000人目を記念する盾である。
ところで、捕虜であるフラウ・ボウが北海道・帯広と富良野に行くとの事で、記者は是非「六花亭」本店カフェに行くよう勧めておいた。
「慈恩弘国」の歴史的瞬間に立会う事が出来、感無量であったが、記者は再び連邦領域である愛知県名古屋市に戻る時間が来てしまった。
同日21:00に「慈恩弘国」を後にし、記者は愛知県名古屋市に戻った。
帰り際、大尉の言葉、「良き旅を!!」と言う言葉が印象に残った。
是非とも又、「慈恩弘国」に入国したいものである。
==========
とまあ、一寸ばかり「なりきり」で書いてみました。
尚、宇宙歴0011年と言うのは西暦2011年の事ですので、宜しくお願いしますw
以前のレポートでも書き、繰り返す事になってしまいますが、今回も昨今のメイド・コンセプト系店舗が忘れた「何か」を感じ、名古屋への帰路に着きました。
4/29~5/1まで、鳥取・倉吉に遠征。
その後、京都を経由して名古屋に無事帰還いたしました。
倉吉では、昨年12月に訪問した「セブンズカフェ」のリニューアル店舗「CENTRALE Dining」(チャントラーレ・ダイニング)を4/30のカフェタイムとディナータイムに訪問。
京都ではこれまた、久々の訪問になる「慈恩弘国」を5/1に訪問する事ができました。
遠征記録と「CENTRALE Dining」については日を改めてamebloに掲載します。
ところで、5/1に「慈恩弘国」は入店者(入国者)が10000人を達成しました。
これをレポート・・・、としても良いのですが、単にレポートを書いたのでは面白く無いので、以前初めて「慈恩弘国」をレポートした際の様に当方はジオン軍従軍記者の「アルファ・セブン」として以下に書いてみようと思います。
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「慈恩弘国」の入国者、10000人を達成。
ジオン軍従軍記者 アルファ・セブン
記者アルファ・セブンは連邦領域である鳥取県倉吉市を経由し、宇宙歴0011年5月1日の日本標準時17:51に、これもまた連邦領域である京都府京都市入りした。
その後、連邦の残存兵に気を付けつつ、東寺に向かい、鳥取での「戦利品」をランバラル大尉に手渡し、同日の18:30に「慈恩弘国」に入国する事が出来た。
ところで、この日は「慈恩弘国」にとって特別な日であった。
ランバラル大尉の細君ハモン氏の話では、何と入国者が10000人を達成する日だとの事であった。
記者は運悪く(?)9998人目であり、10000人目では無かったのだが、ここは10000人目を祝福したいものだ、と「慈恩弘国」で10000人目を待つ事に。
記者が入国した後、30分程で9999人目の入国者あり、これで10000人目を待つだけとなったのだか、その後、中々10000人目の入国者が現れず、ランバラル大尉やハモン氏同様、記者もドキドキして仕方無かった。
記者は鳥取から移動して来た事もあり、「ピグザムもも肉のガーリックソテー」や「座苦焼き」などをいただき、10000人目を待つ事にした。
そして、運命の瞬間、同日19:50。
遂に、10000人目の入国者が現れ、クラッカーを鳴らして「慈恩弘国」内に居た入国者全員で歓迎。
そして、全員でランバラル大尉の音頭で「ジーク・ジオン!!」と三唱し、その後、10000人目を記念する盾が贈られた。
記者は是非ともジオン国民にこの朗報を伝えたいと考え、盾の撮影をお願いし、快諾していただいた。
以下が10000人目を記念する盾である。
ところで、捕虜であるフラウ・ボウが北海道・帯広と富良野に行くとの事で、記者は是非「六花亭」本店カフェに行くよう勧めておいた。
「慈恩弘国」の歴史的瞬間に立会う事が出来、感無量であったが、記者は再び連邦領域である愛知県名古屋市に戻る時間が来てしまった。
同日21:00に「慈恩弘国」を後にし、記者は愛知県名古屋市に戻った。
帰り際、大尉の言葉、「良き旅を!!」と言う言葉が印象に残った。
是非とも又、「慈恩弘国」に入国したいものである。
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とまあ、一寸ばかり「なりきり」で書いてみました。
尚、宇宙歴0011年と言うのは西暦2011年の事ですので、宜しくお願いしますw
以前のレポートでも書き、繰り返す事になってしまいますが、今回も昨今のメイド・コンセプト系店舗が忘れた「何か」を感じ、名古屋への帰路に着きました。