長い間、自民党一党政権が北朝鮮並みに自由の中に闇脈が官僚や民間企業に蔓延り汚職や利権や生活の糧に成っていた現実がある。終戦記念日を迎え長崎や広島の原爆投下での被害を国として大々的に世界にアピールする事は理解出来るが足下の日本社会は、お盆や正月、彼岸や墓参り等、長く続いた大和民族の文化を継承する事すらが薄れ、国とは先祖とは民族とは何か考え直さないと昔の風習は物が違っても心は崩さない心配りや気配りが大切だと思えるが、幼児虐待や赤子の骨折、老人の行方不明など家族形成や精神が崩れてしまった。個人主義だから仕方ないと考えるだろうが終戦記念日を迎え、隣国から飢饉による逃亡人が数万人も向かって来られて国民が総勢で国を守る意識が家族崩壊の、この心で守りきれるでしょうか?日本なんてどうにでも成ればよいと考えるなら中国人の土地の買いあさりで投資され10倍の地価で取引を喜ぶが買い戻すにも10倍必要で米国は日本のバブル投資を消失させるのに国力を減少させ諦めるまで時間を掛けた。同様の苦しみを覚悟するなら良いが金は天下の回り物、いつ何時苦しみも幸せも与えるが国が崩壊しては団結力もなく国防論は無理に近い。確かに戦前明治以降の大日本帝国時代の事は反省するべきだが放棄する事は可笑しいと思います。何事も行き過ぎた事、政治も経済も民族主義も良い塩梅で確立する教育が出来ないと北朝鮮の風雨被害を傍目に見るのではなく今こそ気配りで秋に収穫不足が見込めるなら食べる事を確保出来る支援で国防を行う事が平和的な解決にも成る。敵視して哀れみだけで判断して知らない振りをする事が隣国に対する人道的な心なのだろうか?異常気象で日本も、それ所ではない事も予想は出来るが余りにも飽食で米国並みに病気を貰い病魔と戦っている。少し食自体から考え直して過去の日本人の衣食住を見直し中央アジアも大切だが隣国の人々が飢餓で苦しむ事を予測出来るのであれば、人の弱みにつけ込むかも知れないがチャンスはそう言う時に有効に使う事もカードの一つではないだろうか?自民党一党支配から逃れた今を国民は流用するチャンスだと考え餓鬼共に洗脳する事もやってみる事のチャンスでも有ると考えて見ませんか?対処主義からの脱却が今、一番重要だと思っています。想像と気配り、心配りと賢さを先人から学んでいるなら解りそうな事なんだけど未だに原爆被害者の保証すら出来ていない自民党支配を直ぐに破棄して暖かい国の反省を被害者に与えて何が可笑しいのか理解に苦しみます。何百億や数千億も癒着や何やらで使い込んだ人々が世襲で継承されているのが現実でしょう。政治屋の皆さん!足下を見直して貧乏議員で頑張る気が有りますか?中央区も歴史の産物を壊すなら代替え地がない、新設校が作れない理由をお知らせする義務は有ると思いますよ!これから少子化なのに教師も確保出来ているの?只の癒着でしょ!?公僕も腐っている。