「裁く者は裁かれる。裁かぬ者は裁かれない。許す者は許される。許さぬ者は許されない」
とはイエスキリストの言葉として有名で、金子みすゞさんも詞で描いた宇宙的な答え。
投げかけたものが自分自身に返ってくるということ。
なんかとても辛く長い歳月を無謀に過ごしたけど、こういうときに古い友人の言葉を思い出す。
”今思うと、そんなに悲しくなかっただろう”
ひとつ年上の友人がぽつり言ってくれた言葉。確か五日市の海辺の方だったかなぁ・・・。
大失恋して自暴自棄になってて、アホみたいに酒飲んで毎日無為に過ごしてた。まあ夜のバイトはしていたけど笑。
たぶん、おいらはいつも裁こうとしたり裁かれようとした。許そうと努力して許せない自分が悲しかった。
怒りとは自分の正義感による問題なんだよね。
正しすぎる正義感も悪意と同じかも知れない。
でも裁けなかったし、許したんだけど、たぶん裁かれたし、許されなかったかな。
どんな教義なら、おいらみたいなものは救われるんだろうね・・・。
昔みたいに何も考えずに風が抜ける広い境内でベンチに座ってのんびりしていた頃。
もうあんな気持ちで神社にお詣り出来ないことが少しだけ悲しいな。
良いことあればいいななんて思わなかった。
ただ柔らかい光に触れていたかった。
どうしてあんな風に自分を追い込んだんだろう。
それぞれの神に、それぞれの聖域に、なんであんな気持ちを抱いたんだろう。
願ったんだろう。
何も要らなかったのにね。ただ普通にただ平凡な暮らしと仕事があればいいと思っていただけなのに。
そんな真面目に努力していたらやり遂げられそうな生活が、どうしてか乱れた。
それは本当に障りか祟りだったのかも知れないし、あの悪辣な神主の呪詛のせいだったのかも知れないけど、自分自身で壊れることを望んでいたせいなんじゃないかと思う。
きっと寂しすぎて、この虚しさを共感する人にも会えなくて、ひとりぼっちに慣れるつもりが、ただ麻痺していたことに気が付いてりして。
情けないを通り越すと、消えたくて仕方が無くなって、いつの間にか自分を自分で殺そうとしていたんだと思う。
本当にそれは外部からの干渉や呪いだったのかも知れないけど、自分ですらもうあんな暗黒ばかりを覗いていた自分の気持ちすら思い出せない。
今度こそ幸せを掴みたい。
そんな風に一人勝手に思っててもいいんだよね。
いつか・・・いつか・・・愛にも出会える日が来るかも知れなんだし、可能性まで否定しちゃいけなかったんだ。
願い過ぎたから、願いが叶わなかったんだろうね。
ありのままでいれば良かったんだ。
一人でも愛なら出来ることがある。
もう人類愛とかの範疇だけど、それはそれで幸せかも知れない。
だから誰かを本気で救いたいなら、まずは自分が救われないといけなんだ。
「裁く者は裁かれる。裁かぬ者は裁かれない。許す者は許される。許さぬ者は許されない」
自分を許そう。
おいらを呪った神主も許そう。
人は憎んだモノに似てしまうんだ。
そんなことすら忘れていた・・・。
またいつか何も考えなないで、少し神様にお願いして、境内の陽だまりでぼぅーと出来る日は来るのかなぁ。
運が悪い人生じゃない。
たぶん楽しまなかったら終わりがきたんだと思う。
もし楽しんでいたなら、運が悪いなんて人に言われても動揺することもなかったんだろうしね。
そうだ。
思えば、そんなに悲しくはなかった笑。
もう会えない友人がそっと囁いたような気がした。
ありがとう。
とはイエスキリストの言葉として有名で、金子みすゞさんも詞で描いた宇宙的な答え。
投げかけたものが自分自身に返ってくるということ。
なんかとても辛く長い歳月を無謀に過ごしたけど、こういうときに古い友人の言葉を思い出す。
”今思うと、そんなに悲しくなかっただろう”
ひとつ年上の友人がぽつり言ってくれた言葉。確か五日市の海辺の方だったかなぁ・・・。
大失恋して自暴自棄になってて、アホみたいに酒飲んで毎日無為に過ごしてた。まあ夜のバイトはしていたけど笑。
たぶん、おいらはいつも裁こうとしたり裁かれようとした。許そうと努力して許せない自分が悲しかった。
怒りとは自分の正義感による問題なんだよね。
正しすぎる正義感も悪意と同じかも知れない。
でも裁けなかったし、許したんだけど、たぶん裁かれたし、許されなかったかな。
どんな教義なら、おいらみたいなものは救われるんだろうね・・・。
昔みたいに何も考えずに風が抜ける広い境内でベンチに座ってのんびりしていた頃。
もうあんな気持ちで神社にお詣り出来ないことが少しだけ悲しいな。
良いことあればいいななんて思わなかった。
ただ柔らかい光に触れていたかった。
どうしてあんな風に自分を追い込んだんだろう。
それぞれの神に、それぞれの聖域に、なんであんな気持ちを抱いたんだろう。
願ったんだろう。
何も要らなかったのにね。ただ普通にただ平凡な暮らしと仕事があればいいと思っていただけなのに。
そんな真面目に努力していたらやり遂げられそうな生活が、どうしてか乱れた。
それは本当に障りか祟りだったのかも知れないし、あの悪辣な神主の呪詛のせいだったのかも知れないけど、自分自身で壊れることを望んでいたせいなんじゃないかと思う。
きっと寂しすぎて、この虚しさを共感する人にも会えなくて、ひとりぼっちに慣れるつもりが、ただ麻痺していたことに気が付いてりして。
情けないを通り越すと、消えたくて仕方が無くなって、いつの間にか自分を自分で殺そうとしていたんだと思う。
本当にそれは外部からの干渉や呪いだったのかも知れないけど、自分ですらもうあんな暗黒ばかりを覗いていた自分の気持ちすら思い出せない。
今度こそ幸せを掴みたい。
そんな風に一人勝手に思っててもいいんだよね。
いつか・・・いつか・・・愛にも出会える日が来るかも知れなんだし、可能性まで否定しちゃいけなかったんだ。
願い過ぎたから、願いが叶わなかったんだろうね。
ありのままでいれば良かったんだ。
一人でも愛なら出来ることがある。
もう人類愛とかの範疇だけど、それはそれで幸せかも知れない。
だから誰かを本気で救いたいなら、まずは自分が救われないといけなんだ。
「裁く者は裁かれる。裁かぬ者は裁かれない。許す者は許される。許さぬ者は許されない」
自分を許そう。
おいらを呪った神主も許そう。
人は憎んだモノに似てしまうんだ。
そんなことすら忘れていた・・・。
またいつか何も考えなないで、少し神様にお願いして、境内の陽だまりでぼぅーと出来る日は来るのかなぁ。
運が悪い人生じゃない。
たぶん楽しまなかったら終わりがきたんだと思う。
もし楽しんでいたなら、運が悪いなんて人に言われても動揺することもなかったんだろうしね。
そうだ。
思えば、そんなに悲しくはなかった笑。
もう会えない友人がそっと囁いたような気がした。
ありがとう。
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