夫が発達障害?

再婚して13年、もしかして、夫が発達障害?
さてさて、これからどうしましょう?

情けない!

2020-08-23 15:49:21 | 日記
馬鹿な私、というか、情けない、
 アスペルガー障害の夫から逃れ、うまく離婚できた私なのに戻るなんて考えもしなかった、
 その間の2年の生活はまだ語れない、
 

白旗あげました。

2020-08-15 15:42:09 | 日記
離婚成立から2年、苦渋の決断、出戻りました、
情けないと思いつつ、人生色々でしょうかね。


               



離婚成立、その後!

2018-09-27 14:03:55 | 日記


  迷いながらも長年考えていた離婚が成立して1年3ヶ月が経った、

  難しいと思っていたが私の言い出しに意地になった夫が

  市役所から届けを持ってきた、

  私が持っていった離婚届と2通にお互いがサインした、

  なんだか妙な感じがしたが

  書いて渡したら意地になった夫がすんなり提出、成立した。

  

  
  仕事から帰国した夫に離婚を切り出した、

  もちろんいつものように反省する、直すと引き止める、

  こんな事何回も繰り返し、信じてきたが、いつも変わらず、

  何事も無かったように生活が始まり、

  アスペルガー症候群とわかってから治らない事に悩み、

  ずっとこのままなのか?

  行き先の不安が募る、

  ただ残り少なくなった自分の人生このままは辛い。

  一人で暮らす経済力はない、でも気持ちは戻らなかった。

  

  

  不思議なくらいすんなりと進んだ、

  人を病気扱いにして、冗談じゃない!

  回りにも、友達にも一度もそんな事言われた事はない、

  上等だ!こちらから別れてやる!

  そんな勢いで判を押してくれた、

  そしてその勢いで区役所に提出してくれた。


  娘の所に身を寄せている私に毎日電話が入る、

  病気は治った反省している、

  届けを出してもまた元に戻った例はいくらでもある恥ずかしくないぞ!

  いやいや!私は恥ずかしい、・・・よりもそんなつもりは無い!

離婚成立して1年3ヶ月が過ぎた。

  

夫の帰国

2017-10-20 21:56:51 | 日記


  夫を迎えに高速を走る、

  もう気持ちは戻らない、もういい、もう嫌だ、

  そんな気持ちは変わらない、

  どう生活していけるか、今までのような生活は出来ない、

  わからないが家を出る、疲れた、

  離婚をしたい、する。

  娘は私の気持ちを一番わかってくれている理解者、

  空気の読めない夫に何度も嫌な思いをさせられている、

  私も間に入り嫌な思いは数知れない、

  自由に娘の所に遊びに行く事もかなわず、

  もちろん、仕事で海外にいるときも無断では行けない。

  「明日から行ってくるの」

  「何しに?」

  「連休だから遊びに!」

  「なんで?ジャ俺も遊んでくる」

  無理して行っても後味が悪い

  「止めてもいくだろう!」

  「嫌味を言われても行かないと一生いけないでしょ」

  そんな会話になる。

  孫が熱を出しても、仕事のある娘の変わりに

  看病にもいけない、
  
  「何でダメなの?」聞いた事がある、

  「じゃ!母親のいないうちの子供たちはそんな時どうしたらいいんだ」

  「婿さんが会社休んでみればいいだろ」

  

  
  義娘が離婚してで戻って来た、

  私の娘はそんなところにこれ以上苦労する必要はない

  気持ちが固まり次第受け入れると言ってくれている、

   部屋を借りて一人で生活をする経済力はない、

  でもどう考えても、もういやだ!


  

さてさて、私の番です。

2017-06-10 22:19:25 | 日記


  八重桜が散り、緑の葉が窓いっぱいに広がる、

  その後も足りないものの買い物で忙しく動いた。

  遅れていた私の荷造りを始める、

  今思うと、タンスを処分したのは

  私にとってはラッキーだったのかもしれない。

  断捨離をしながらの荷造り計画が

  ただただ集めて、ダンボールに詰めるだけになったが、

  とにかく急いだ!夫が帰って来る日が近づく。

  気持ちは戻らない、12年の長いような短いような、

  さまざまな事を思い出す、

  2年少し前に夫がアスペルガー症候群と気づいたときに

  一つ一つ納得がいった、

  そうなんだそうだったのか、ただの二重人格でなく、

  発達障害、病気だった。

    





  雨の日以外は毎日、朝起きると、裏の和室の窓から始まる、

  届かないところは重い窓ガラス、網戸を外して、

  雨戸の戸袋、エアコンの室外機、物干し竿、

  サッシュのレールはピカピカに、

  窓ガラスは一点のくもり、汚れも気になる、

  「朝食出来てるけど」

  「食べたいなら一人で食べればいいだろう」そんなことになり、

  お決まりの最後の窓ガラスに掛かった頃、

  トースターのスイッチを入れ、ポットのスイッチを入れる。

  朝食をはさんでお昼までの掃除が始まる、

  外のフェンスを一本ずつ拭く、

  お天気の良い日は二階のベランダを拭いて、布団を干す、

  玄関、トイレの掃除、お風呂場、

  私がやってもやり直す、だからやらない、

  自分でやらないと納得できない、

  キッチンも冷蔵庫チェックされる、

  苦手なお料理を除いて、それ以外は私にはやらせない、

  自分流にやらないといけないらしく、「やらなくていいよ!」と、

  優しい言い方をするが、私には嫌な言い方に感じる。

  留守の時以外は、すべて夫の仕事、毎日夕方まで続く、

  毎日頭の中は今日はなんの掃除をするかいっぱい詰まっている。

  掃除は趣味だとあきらめる、

  家の中が綺麗になる、かまわない、

  ただそのエリアを汚したり、

  決まったところに決まったものが無いと激怒する。

  


   友人知人達、親戚に貰ってもらうものを配る、

   喧嘩になると、「ごみみたい物、何一つ置いていくな」

   そういわれる、ごみ屋敷にしているわけではないが、

   引き出しにきちんとしまってある物も夫にとっては

   ごみ!に映る。

   急げ急げ!

   

  

  

嵐のような一ヶ月。

2017-05-25 08:50:58 | 日記


   私の予定した一ヶ月半の大半がそんな事で過ぎた。

   自分のことが気になりながらも、

   ウツで安定剤を欠かせない義娘の心の乱れが気になる、

   子供達は友達に会いたい、何よりも父親を恋しがる、

   義娘が家に来てから丁度一ヶ月、

   必死に前に進み、そして無事に引越しを済ませ、

   小さなトランク一つから、生活に支障をきたさない物が揃った、

   こうしてスタートさせた生活に夫は文句が言えないはずだ、

   同居している間に夜遅くまで女二人で話した、

   私の決心も話す、

   夫の事を父親として小さな時から見ている彼女、

   神経を病んで亡くなった母の事は、

   父のせいだと言う気持ちはなくならない。

   そんな父を頼り家を出るしかなかった自分を責めていた。

   とにかく私達は振り返らず前を見て生きるそう決めた、

   なんとも言えない私達の関係、

   「戦友だね!」






この部屋に、引越しを決めたのは、

   窓一面のピンクのぼんぼんを沢山つけた八重桜だった、

   そろそろ散り始める、記念に撮って写真立てに飾る、

   スタートの記念ね。

   来年はどうなってるかね?うん!

   この桜見ながら乾杯ね。そうねきっと。



   子供達は部屋決めをして好きなように飾り物をしている。

   入学の為、作った中学の制服、

   新しく買った勉強机も勉強道具も好きな人形もすべて置いて来た。

   

   1年ほど前、連絡の無い夫の長男が傷害事件で逮捕された、

   夫には連絡してほしくないという本人の意向だったが、

   中学生の一人息子を一人にさせられず、

   施設に一時的に入所しなけらばならい事になると、

   少年課から電話があった。

   夫も私も可愛がっていた男の子で、

   難しい環境にもかかわらず、素直に育っていた、

   一人で泊りにも来たり、遊びに連れて行ったりの交流があった。

   もちろん私はすぐ受け入れを承知して迎え、

   警察に出向き、学校へ相談に行き、

   着替えを取りに行ったり

   お腹がすいたと言うので、二人で美味しいディナーを楽しんだ、

   19時頃、家に帰ると夫から何回も電話が入っていた、

   「何回も電話してるのに、何処をほっつき歩いている!」

   調べた貰いたい事があったのに、と怒っている。

   7時、ほっつき歩いていたと怒る時間ではない、

   私は疲れて言葉が出なかった。
  
   何で聞いてこない!、どうなっているんだ?

   家族なのに何故説明してもらえない!

   イライラして私に怒り出す事がわかっていた。、

   今はまだ話せなかった。

   警察は取調べ中と説明してもらえず、翌日また行ってみる事にした。

   一週間ほどで釈放されたが、

   「すぐ返って来い!」の電話が子供の携帯にかかり、

   送って行き会わずに帰った。

   もちろん「ありがとう」の電話などない、

   こちらに知られた事が嫌だったと思う!



   

   

   




   

   

   

先妻の娘と後妻の私。

2017-05-17 10:15:20 | 日記
 
 
   翌日から奇妙な生活が始まった、

   DVから逃げてきた義娘とその父親から逃げ出す私、

   2年前、義娘が離婚したいと言い出したのに、、

   夫の反対で納得できない、後妻さえいなければ、
  
   そんな状況で、

   ギクシャクしてしまった私達の同居生活が始まった。

   女二人の目指すものが同じ、

   二週間以上遅れてしまった中学入学を急ぐ事、

   父親、そして地元の楽しかった友人達との別れで、

   気持ちが混乱している子供達の心のケア、

   それをカバーしながら、

   秘密に居場所がわからないようと動く事の難しさ、

   スムーズに地元の中学に入学が出来た。

   美味しいものを食べさせ、おやつも豊富に揃え、

   ほしがるものは買ってやる、そんな一時的な甘えをさせる、

   私にはそんなことしかできなかった、

   そこから彼女達の生活をスタートさせた。

   
      



   私が荷物を纏めるはずのあのタンスの跡に

   次々と新生活の荷物が積み上げられた、

   近くの住まいを見に不動産屋を廻る、

   衣類、学用品、その他諸々の買い物に走る、

   落ち着くと夫に報告した、離婚に反対するが

   もう元には戻らない、

   自分が帰国するまで待てと言うが、

   義娘の気持ちは止まらない、
   
   夫の帰国を待つと、もっと混乱する、

   リフォームされた綺麗な部屋に決まった、

   新しい生活の為に買い集めた荷物を運ぶ事になり、

   私が集めたダンボールに荷物を詰め

   車に積んでエレベーターの無い3階まで何回も運ぶ、

   先を越された、確かに!

   私の荷物どころではない、まずはこちらを・・・・・

   出掛けに綺麗にお化粧する義娘、

   「お化粧しない方なんですね?」

   すっぴんの私、「時間がないのよね。」

   

   冷蔵庫、洗濯機、簡易ベット3台は業者さんが、

   それ以外はすべて女二人で3階まで運んだ、

   車に積み込む、3階まで運ぶ、部屋におさめる、

   足りないものを買いに走る、

   家に戻り、夕飯の支度、お風呂の用意、

   市販のカーテンのサイズ直し、

   朝起きると

   「さーぁ、今日も頑張りましょうね!」と気合を入れるが、

   足も腰もガタガタになっている、止まる事が出来ない、

   戻れない、何とか生活出きるようにして、

   私の荷造りをスタートしなければならない、



   この部屋を見に来たときに、リビングの窓いっぱいに

   満開の八重桜、思わず引き込まれ、

   何箇所か見たうちで決めた。

   

   


事件です!

2017-04-19 09:37:13 | 日記


  夫が1ヶ月半の予定で出かけた。

  ホッと一息ついてさてさてと、家を出る準備をする事にした、

   白く残った畳のタンス跡も、畳替えで跡形も無く寂しく消え、

   そんな何も無くなった和室にダンボールを持ち込んだ、

  迷いは無くなり、1ヶ月以上ある準備期間、

  ダンボールもスーパーを回り

  車に積みやすいように同じ形を揃える余裕もある。

  姉に預かる荷物、娘の所に預けるもの、捨てるもの、

  友人達に貰ってもらう物。すべて区分けする。

  もちろん、そんな事とは知らない夫は

  いつものように気に入らない事があると、

  電話口で怒り出す事があるが、

私にはもう何も感じない。





夫が出かけて一週間のしないうちにの突然の電話だった、

  「行くところが無いのです。そちらに行っていいですか?」

  夫が出発前に、

  義理の娘が二人の子供を連れて家を出たらしい、

  中学の入学式が迫り、制服も置いたままで、

  お婿さんは、実家だと思っていたらしいが、

  入学式を控え電話をしてきた、

  この何年か、離婚の相談を受けるたびに、夫に反対され、

  私も相談を受けるが夫からは「受け入れるな」

  子供達を父親のいない家庭にはしたくない、

  

  そのたびに何とかなだめて来ていた。

  二年前には、そんなやり取りに誤解が生じ、

  私とのメールのやり取りも、疎遠になっていた。

行方がわからない状態を、夫は心配をしながら、

  後ろ髪を引かれる思いで出かけていった、

  

  家を出て二週間、入学式も過ぎていた、

  相当な覚悟を感じた。

  もちろん、すぐに来るように言うと、

  夕方、玄関先に小さなトランク一つ持った、

  疲れ果てた義娘と、”久しぶり!”と、

ホッとした!双子の女の子が元気に現れた。

   二人を交代で抱きしめた。

  

  

  

  

離婚の準備。

2017-04-16 15:59:18 | 日記

  夫を送り出した、

  静かになった、冷静に、

  決心した事を思い起こしてみた、

   今まで我慢してきたのに、

  何で今更?生活は成り立つ?母の事は?

  何処で暮らす?

  仕事は?食べて行ける?生活していける?

   出て行くときは全部持ってけ、

  何一つ残すな!!良くそんなことを言っていた。


     


  6畳の和室にタンスが2竿ある、

  和ダンスには着物が詰まっていた、

  洋ダンスにももちろん荷物が普通に入っている、

  その和室で私の母や夫そして私の葬儀をする為に始末する、
  
  そんなことを言い出した、

  いやだ!といってもだめだ、

  言い出したら聞かない事がわかっているので、

  逆らわなかった。


  前回夫留守の間にすべてカラにした。

  広い家を持つ田舎の従兄弟が大きなトラックで取りに来たが、

  洋ダンスは重くクレーンで吊り上げる騒ぎだった、

  トラックを送り出すと、悲しいよりも、

  そこだけ畳が白く残り、何の感情も湧かなかった。

  今にして思うとそれが返って良かったのかと思えた。
  

  

心が折れて離婚への気持。

2017-04-11 11:45:44 | 日記

  12年間色々と有った、

  私がブログを始めたのは夫の病状を一言では話せない、

  そんな状況をまとめておきたいと考えたからだった、

  納得いかず言い合った末何回も家出をした、

  「貴方の荷物は邪魔だ全部一つ残らず持っていけ」

  そういいながら話合おうもう許すから!

  何を許してくれるのか?

  そしていつもうやむやなまま終わる、

         



  そんな12年が何かつまらない事で背中を押された。

  本当につまらない事だった、

  一ヶ月半の留守をする前日、

  「ちょっとこい!!」洗面所に呼ばれた、

  「なんだ!この甘い歯磨き粉は!」怒っている、

  知覚過敏になり、それ用の歯磨きを買い置いておいた、

  間違えて使ったらしい、洗面化粧台に二つは邪魔だと言う、

  知覚過敏だからと言うと、

  「そんなつまらないテレビの宣伝に踊らされてこんなもの!」

  そう怒って目の前で捨てた、

  納得いかない物は、捨てられた来た、

  いままで、気が付いたら捨てられたも

  

  何も逆らう気持ちにならず、冷静だった、

  その代わりそんなことで、別れよう!と背中を押された。

  不思議に押された、この留守に荷物をまとめようと押された。

こんな事で、まったくこんな事で、

  私の心は完全に折れた。

  

悲しい人

2017-04-10 10:30:10 | 日記


  夫には亡くなった先妻に間に2人の子供がいる、

  再婚した当時、

  長男は一人で息子を育てていた、

  保育園に行っていた息子を預かる事もあり、

  よく食事をして帰っていったが、

  最後に夫と喧嘩をして

  「あんたはいつもいつも自分の考えを押しつけてきた、

   思う通りにならないといつもそうやって大声で怒鳴る

   もう沢山だ!」

  怒鳴り合う二人に驚きを隠せない小学生だった息子を

  台所の隅で抱き抱え「大丈夫だからね!」

  そういいながら、息子の言っている事は確かに!

  そんな風に思っていた。

  精神的にかなり病んでいるところがあり、

  安定剤を服用していると言う。

  その日から姿を見せなくなり、

  ずっと夫を避けてきて、先妻の法事にも現れない、

  用事があっても電話には出ない、

  長女は遠方に嫁いでいる。、

  もちろん私達の再婚に反対していた、

  最初に義娘から出た言葉は 母親が苦労の末、

  神経を病んで、30キロを切って亡くなった。

  すぐにわかる、再婚はしないほうがいい。

  そんな言葉だった。

  年に何回か遊びに来るくらいで、夫の電話にも出ない、

  長女夫婦仲が悪く、良くメールで相談を受けるが、
  
  内容からかなり精神的にダメージを受けている内容で、

  うつで、やはり安定剤が欠かせない、

  心配をするが夫には心を閉ざしている。

  二人とも母親は夫に殺されたようなもの

  そういう気持ちから抜けられない。

  年末年始、お正月や夏のお盆の時期、

  法事にも家族が集まる事はなく、

  お誕生日、父の日など電話もかかる事はなく、

  なんて寂しい家族なのだろうと悲しく思っていた。

       

  夫は家の前に住む実の妹とも喧嘩をして疎遠になっている、
  
  私はごく普通に話をするが

  彼女の口から出るのは主人の悪口ばかりだ、

  考えてみると夫は病気の為に悲しい人間になっている。

  
  一ヶ月半の予定で夫は仕事に出かける、

  私はその間に自分の身の振り方を真剣に考える気持ちになった。

  知人が亡くなった、苦労して、自分を殺しひっそりと生きてきた
  
  挙句の果て病気での悲しい最期、

  自分を殺して生きていくより、
 
  自分らしく生きる道を考える、70歳になる前に?

  そんな気持ちになってきた。

  

  

  

離婚を考える?

2017-04-02 08:42:08 | 日記

  私は後何年生きられるのかなぁ?
  
  この年になりなかなか仕事はないだろう、

  年老いた施設に母もいる、

  生活して行く事は難しい、いくところもない、

  何とかこの夫と上手く暮していくことを考える、

  考え直してみる、もう10年以上も考えている

  異常な綺麗好き、朝から晩までの掃除、

  思う通りに周りが回転していかないと怒り出す、

  そして激怒して言った事もケロリと忘れ、

  優しい?夫に戻る、
  
  少しは覚えているからか、謝る事があるが

  それすら忘れる、

  

  
          

   あまり儲からない海外の仕事も

   そろそろ引退を考えているようだった、

   これからの事、帰国した時に話さないと考えた、

   もう私達も年を取ってきた、

   24時間一緒に暮らすことになる、

   *支えあいながら生きて行きたい、

    お掃除も大切な事、もちろん協力する、

   (もちろんお掃除をしないわけではない)

   *月に一度は友人とのランチ会に行かせてほしい、

   (留守に行けばいいと言われ帰国時は行けない)

   *洋裁や手芸の注文が入る、

    使っていない部屋にミシンを置いて

    邪魔にならないように、仕事部屋にしたい、

   (糸くずが出る、汚れる、ミシンが邪魔、貧乏臭い)

   そんな私の意見も鼻で笑われた、

   そんなふらふら遊び歩いている主婦の家はごみ屋敷だ!

   ミシンの仕事、そんの物が幾らになる!

   そんな事して、掃除はどうするんだ?

   留守の間に外の室外機の裏に枯葉が落ちていた、

   外のガス給湯器の上が埃だらけだった!

   そろそろ、また仕事に出る夫のその言葉に

   スーッと迷いが覚めて行く感じがした。

    
   

   

   

   
   

発達障害って何?

2017-03-31 17:13:35 | 日記

   夫が発達障害、アスペルガーと気がついて2年以上になる、

   何かわからないながら受け入れようと向かい合ってみたものの、

   受け入れようとする気持ちと、拒絶する気持ちが交差する

     私って何してるんだろう、アスペルガーだとわかって、

    なんだ、そうだったんだ、病気だった、治してあげられる、

    そんな半年が過ぎネットで調べて勉強してみる、

     でもどうしても本人は言えない、

      素直に受け入れる人ではない、
    
     俺をバカにして、病気扱いしてと怒るだろう、

    もちろん本人は気がついていない、

   再婚して12年が過ぎその間の重みは消えない、

   病気がわかってから理解してあげたい気持ちと

   もううんざり逃げ出した気持ちが大きくなっていく、

   もう若くないこれからの人生このままか?

   結婚なんていいことばかりではない、

   それがわかっていながら修正ができない。

   ただこれから年を取っていく二人で支えあう事が大切なのに、

   治してあげたいなんて自分の思い上がり気がつく。


      

    私がそんな思いをしているのに、

    もちろん気が付かず、言葉の暴力は続く、

    心の中で「この人は今まで大切なものを無くして来た、」

    私はそんな夫をカバーしてきた、

    それは自分の思い上がり?

    私はぼろぼろな言われ方しても、

    私のやる事に舌打ちしてなじる、

    それでも貴方にとって私は

    大切な人?

    

    

        


半年が過ぎた。

2015-12-04 20:54:53 | 日記

 夫がアスペルガー症候群かと、

 そんな思いから半年が経つ、

 前回帰国したときの

 2ヶ月以上あった滞在中の辛い思いから比べると、

 夫の留守は嘘のように静かに暮らす事ができる。

 朝晩掛かる電話はたわいの無い話、

 仕事、食事、知人達の話、

 何事も報告しないとすまない性格、

 同じ話の繰り返しもあるが、

 日本語で思い切り話せる、そんなお相手ならいくらでも出来る、

 そんな夫の帰国がそろそろ近づいてきた、

 夫が出かけてから、一ヶ月はまるでリハビリ中のように、

 自分を取り戻すのに時間をかけた、

 そして家の中も自分仕様に変えての生活が出来、

 好きな洋裁や手芸も出来た。

      

 つまらないことだが、

 掃除機の使い方、古新聞の収納場所、キッチンの使い方、

 冷蔵庫の中身、すべてが楽で快適・・・・

 そんな生活もあと僅か、

 今回は仕事が忙しく、10日間の帰国でまた戻ることになるが、、

 たかが10日、されど10日、何がおこるかな?
 

 

カサンドラ症候群

2015-10-07 08:54:02 | 日記


 NHKの「あさいち」を見る前までは

 アスペルガー症候群など聞いた事もなく、

 発達障害は耳にしたことがあったが、

 まるで人事だった、

 10年間の夫との生活は、

 半年目くらいから何か違和感を感じるようになってきた、

 男女の違い、生きてきた生活環境、性格、

 8歳の年齢さ、等など、

 それを差し引いても、

 ご機嫌のいいときは優しさを強調する、

 突然、気分を害したのか、意味無く怒り出す、

 小さなことでも騒ぎになる、

 何回ももめて、何回も話し合い、

 解決したかと思われても、また繰り返す、

 やさしくなくてもいいから、突然怒り出すのはやめてほしい、

 最後はそんな願いに変わっていった。

 呆れることも多く、二重人格を感じていた。

 アスペルガー症候群を調べてみると、

 その中に、「カサンドラ症候群」とあった、

 アスペルガーの状況の配偶者がかかりやすいカサンドラ

 人によって特徴の違いはあるが、

 一般的に場の空気を読んで会話をすることが苦手とされ、

 自分が好きなことやこだわりのあることに集中するのが得意とされる。

 世間からは問題なく見えるアスペルガーの夫への不満を口にしても

 人々から信じてもらえないその葛藤から

 精神的、身体的苦痛を生じる、会話が咬み合わず、悩みを持つ夫婦など、

 コミュニケーションの問題の原因として、配偶者を持つ人がかかりやすい。


アスペルガー症候群に悩ませられるパートナーの、

 精神的に追いやられる状態の事とある。

 
  

 4年ほど前に、仕事先の友人夫婦とスペイン旅行に行った、

 夫は何処に行ってもいつも文句ばかりの旅行になり

 楽しさ半減はする、

 夫との旅行はなるべく避けて、友人達と思うが、

 あまりいい顔はされず、

 私はどうしても行きたかったので参加することにした。

 アウトレットで2時間のお買い物コースが含まれていた、

 買い物嫌いの夫は不機嫌になりバスで寝ていると言い出した。

 友人夫婦とその両親と私は広いところをのんびり散歩、

 買い物、テラスで景色を見ながらワインを楽しみ、

 写真を撮り合いながら、片言の英語で友人夫婦と、

 中国語しか話せない両親とは身振り手振りで

 楽しい時間を過ごした。

 夫がバスに残る為、

 バスを離れることが出来ない運転手さんのことなど考えない。


 
 ヨーロッパのホテルにはポットが用意されてなく、

 小さなポット持参、

 フロントにお湯をもらいに行くのです。

 私はコーヒーを飲みたくなり、TVを見てる夫に

 このホテルはキーカードが1枚しかもらわず、

 オートロック、

 カードを抜くと電気が消えるからと説明、

 お湯をもらってくらから、ノックしたら、

 ドアーをあけてほしいと頼んだ、、

 「もう寝るから」と冷たい一言、

 夕食が不味かった、ホテルに着く時間が遅く、

 ゆっくり出来ないと文句を言ってた夫のご機嫌が悪い、

 そんな返事が返って来た、

 5~10分が待てないのか?背中に冷たいものが走る、

 旅行が終わると、「色々我が儘言って悪かったな!」

 文句ばかりの自分に反省はあるが、改善は無い、

 その繰り返し、

 私は行動的で元気に仕事をして、両親の介護もした、

 明るい方だと自負してる、

 今は半分になった気がする、

 出稼ぎに行き留守の間も、もやもやしたものが残る、

 確かに、私はカサンドラ症候群?そうだと思う。