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パックンのちょっとマジメな話 / 「 モハメド・アリ、その『第三の顔』を語ろう」

2016年06月19日 03時33分27秒 | ジョ-ク
〔資料〕

「 モハメド・アリ、その『第三の顔』を語ろう」

   Newsweek(2016年06月16日)

☆ 記事URL:http://www.newsweekjapan.jp/pakkun/2016/06/post-14.php

<今月亡くなったモハメド・アリの、ボクサーや人権・平和活動家としての顔は知られているが、日本では「話術師」としての一面はあまり知られていない。パックンが言葉の壁を乗り越えて、アリの表現者としての魅力を解説する>

 モハメド・アリが亡くなった日、大きなショックを受けた。そして、周りの人とその悲しみを分かち合おうとしたら、さらに大きなショックを受けた。

 なんと、モハメド・アリを知らない日本人が非常に多かった。

「アントニオ猪木と戦った人?」という友達もいれば「アトランタ五輪で聖火を点火した人」という友達もいる。「ああ、あの震えてた人ね」といった友達もいたが、キミはもう友達じゃない!

「ボクサーとしてだけではなく、人権運動家、反戦運動家として世界の弱者に勇気を与え、進化する時代の象徴となった大ヒーロー」と答えた友達は誰もいなかった。まあ、それは無理もないかもね。

 とにかく、アリに関する情報は浸透していない印象を受けた。亡くなってからアリの話が毎日のようにテレビで取り上げられたおかげで、今は何となくアリのすごさがわかったという人もたくさんいると思う。

 でも、特集された以外にも、すごい面がある。それについて紹介したい。

 アリは12歳で自転車が盗まれたときに、応対してくれた警察官に勧められてボクシングを始めた。18歳のとき、オリンピックで金メダルを獲った。22歳で史上最年少にして世界チャンピオンから王座を奪った。32歳で、4年近くファイトのブランクがあったのに、そして、アスリートとしてのピークは過ぎているはずなのに、王座を奪還した。さらに一旦引退した後、36歳で、史上で唯一となる3回目のタイトル獲得を果たした。今よりもボクシング界の競争が激しい時代に、リストン、フレイジャー、フォアマンと、「史上最強」と呼ばれた王者を次々と倒した、まさに Greatest of All Time だった。

 これらはアリのアスリートとしてのすごさ。日本でもよく知られているよね? 今回はその話じゃない。

 世界チャンピオンになった直後、キリスト教からイスラム教に改宗し、「(本名の)カシアス・クレイは奴隷の名前だ」と、モハメド・アリに改名した。そして、徴兵制度で入隊を命じられ「ベトコンにニガーと呼ばれたことはない」と明言し、自分たちが差別や弾圧を受けている「アメリカ」のためには戦わない、と拒否した。逮捕され、裁判にかけられ、懲役5年の有罪判決を言い渡された。控訴して投獄を免れたものの、タイトルもライセンスも剥奪された。

「親がつけてくれたヨーロッパ系の名前を捨てた!」
「キリストを冒涜した!」
「国を裏切った!」
「異教徒だ!」
「卑怯者だ!」
「反逆者だ!」
と、各方面から非難ごうごうで、元ヒーローが、一転してアメリカ中で嫌われる悪党になったのだ。
 
 やがて時代は変わった。最高裁で、判事が全員一致でアリの主張を認め、有罪判決が退けられた。アリの反戦の姿勢も評価されるようになった。アリが訴え続ける人権運動も進み、体制と強く立ち向かう勇敢な姿が、世界中で数十億人の弱者への励ましとなった。アリはキング牧師と並べられるぐらいの存在になった。スポーツを超えただけではなく、国境をも人種をも世代をも超越した、地球規模の大ヒーローとなった。

 でも、これは社会における影響の話で、人種差別が少なく、中流階級が多い日本でも、なんとなく知られている。今回お話ししたい事はそういうことでもない。

 そろそろ本題に入らないと読者からアッパーカットを食らいそうだから、いくね。

 アリのすごさは3つある、とよく分析される。「アスリートとしてのすごさ」。「社会活動家としてのすごさ」。そして、今回のテーマである、多くの日本の方が知らないもう一つの、「話術師としてのすごさ」だ。ボクシングや社会運動だけではなく、「話術」をも活かして歴史に名を刻んだ偉人だった。

 もちろん、名言を残しているスポーツ選手は他にもいっぱいいる。猪木さんの「元気ですか!」だって、タイムレスな名フレーズでしょう。先日、アリの死を受けて「元気があれば旅立ちもできる!」とおっしゃったのも個人的にすごく気に入っている。でも、アリほど話術を持ったアスリートはいない。ぜひ知ってほしい。

 ある意味、アリのこの側面は、日本であまり知られていなくて当然だ。言語が違うし、伝わりようがない。むろん、伝えようとするのも無謀な挑戦。でも、話術の研究家として僕はここで立ち上がろう!

 アリの不屈の精神に見習って挑戦しょう!

 当たって砕けよう!

【参考記事】リングと米社会で戦い続けた英雄アリが語った奇跡の一戦

 まずアリの名言と言ったら、みなさんご存じの「Float like a butterfly, sting like a bee(蝶のように舞い、蜂のように刺す)」が思い浮かぶでしょう。アリのボクシングスタイルが目に見えるような鋭い表現だね。生き物に例えるのは大事な話術。でも、それだけではない。実はアリの話術の一つがその続きから見えてくる:

"Float like a butterfly, sting like a bee. Your hands can't hit what your eyes can't see."
(蝶のように舞い、蜂のように刺す。目に見えないものは手で打てない)

 イメージが沸くというだけではなく、韻を踏んでいることに気付いてほしい。bee とseeでね。アリは記者会見でも、リングの上でも、どこでも韻を踏んでキャッチーな表現を用いていた。例えばこれも:

"If my mind can conceive it and my heart can believe it...then I can achieve it."
(頭で考えることができ、心で信じることができるなら・・・僕に実現できることだ)

 Conceive it, believe it, achieve it。自己啓発セミナーでも言われそうな志の高い言葉の連発で韻を踏んでいるね。韻を踏むことで言葉が印象に残る。覚えられてなんぼだ。実に大事な話術だ。

 アリの話の特徴として、よく「自慢すること」も挙げられる。I am the greatest(俺は最高だぜ)というのが口癖だったが、それだけではない。こう続くときもあった:

"No, I am the double greatest. Not only do I knock them out. I pick the round."
(いや、俺は最高の倍だ! ただ倒すだけじゃない、好きなラウンドでKOする)

 自分が言った「最高だ」を一回否定することで聞いている人の興味を引き付けて、double greatest と面白い敬称を名乗り、その理由を大げさに表現する。ジャブ・ジャブ・ジャブと、話術の連発だ。

 口もボクシングもスピードが持ち味のアリだったが、速さの自慢もしている:

"I'm so fast that last night I turned off the light switch in my hotel room and was in bed before the room was dark!"
(僕は早いよ。夕べ、ホテルの電気を消して、暗くなる前にベッドに入ったぐらいだ)

 なかなか日本語に訳しづらいが、大体スイッチを切ってから部屋が暗くなるまでは1/1000秒もない。その間にアリがドアの近くからベッドまで・・・瞬間移動?

 こういう、大げさでちょっと笑える表現も彼の得意な技だ:

"I'm so mean I make medicine sick."
(僕は病んでいる。薬さえ病気になってしまうくらい悪い)

 悪さ自慢だが、「薬が病気になる」というのはアリのオリジナルな表現。アメリカ人にすぐ伝わるし、すぐ笑える。でもどうだろう? ピンとこないかな? 翻訳している僕には結構ダメージの大きいボディーブローだね。

 聞いている人に嫌われないように自慢するのは日本でもアメリカでも難しい。なんでアリにできたのか? それは表現が面白いからだ。そして何より実力が伴っていたから。本人いわく、

"It's hard to be humble when you're as great as I am."
(俺ほど偉大なやつは謙遜しづらいんだ)

 この調子の良さがアリの持ち味。

【参考記事】モハメド・アリは徴兵忌避者ではない

 さらに、アリは自慢すると同時に、よく相手を挑発していた。試合前の心理作戦としても用いていたが、そのけなし方もやはりうまい:

"I've seen George Foreman shadow boxing, and the shadow won!"
(ジョージ・フォアマンがシャドーボクシングをしていたけど、シャドーが勝ったよ)

 これなら通じるよね? さらに、マニラで行われた伝説のフレイジャー戦の前にこんな傑作を出した:

"It will be a killer and a chiller and a thriller when I get the gorilla in Manila."
(マニラでゴリラをやっつけるときは、キルもチルもスリルも楽しめるぞ)

 ばれたかな? 僕が翻訳の仕事を半分放棄しているってことが。killer, chiller, thriller はどれも意訳すると、「最高!」に近い意味の言葉だ。もちろん韻を踏んでいるし、連発して効果を高めている。さらに、フレイジャー選手をゴリラに例えて、マニラと合わせてまた韻を踏んでいる(英語ではゴリラの発音は「ガリラ」に近い)。こうやってけなされたフレージャーは実際に動揺し、そのせいで試合でも負けたといわれている。

 さて、ここで問題。アリみたいに、韻を踏んで自慢しながら、相手をけなすものと言ったら何でしょう? 

「ラップ音楽」と答えた人、100点! 実は、モハメド・アリはラップ音楽の走りとも言われている。西アフリカにはリズムに合わせて相手を挑発する文化があるが、それに近いものをアメリカで普及させたのはアリの語録。彼のしゃべり口調と、体制に反発する姿はラップの先駆者であるL.L. Cool JayやN.W.Aなどに多大な影響を与えた。本人たちもそう言っている。

 でもアリの言葉の影響はそれだけではない。無数の人の心に残る哲学的な名言もいっぱい残している。ここで2つだけ紹介しよう。メッセージ性だけではなく、その巧みな話術にも注意してください。

"Don't count the days; make the days count."
(退屈してないで、有意義に日々を過ごせ)

 Count the days(日々を数える)は毎日を楽しまないで、早く過ぎていってほしい気持ちをあらわす。Make the days count は毎日、価値のある過ごし方をする。言葉の順番を入れ替えただけで全然違う意味になる。これはChiasmus(交差対句法)という、古代ギリシャの時代から重宝されている話術だ。その面白い形になっているからこそ、ありふれたようなアドバイスが名言に化ける。

 最後に、この励ましの一言:

"If they can make penicillin out of moldy bread, they can sure make something out of you."
(パンのカビだってペニシリンになれるのだから、お前だって何かになれるだろう)

 カビたパンでも人の役に立つことがある。自分の可能性を信じろ。落ち込んだとき、諦めそうになったときにアリのこういうメッセージに励まされた人は何人いるだろう。

 現に、アリの現役の姿をほとんど覚えていない僕でも、若いころに聞いたこの名言をずっと心の支えにしてきた。最初は笑えるものとして印象に残っていたが、大きくなるとともに「こんな僕でも何かになろう」という励ましのメッセージとして受けとるようになった。ここでも、翻訳や解説の難しさに何度もくじけそうになったが、最後まで「カビたパン精神」で粘った。アリのおかげだ。

 ちょっと苦戦したけど、アリの話術の魅力は伝わったでしょうか? アリのすごさは戦い方、生き方、そしてしゃべり方。3つのパワーで世界を変えた、正真正銘のthe Greatestだった。

 心からご冥福をお祈りします。

<ちなみに、僕は「話術の研究家」と名乗ったが、実は東京工業大学でコミュニケーション学を教えていて、『ツカむ !話術』(角川新書)という書籍も出している。7月10日には『大統領の演説』(角川新書)も出版予定。大統領の話術をひも説きながらスピーチ力がアップする内容です。興味のあるかたは是非お読みください。>


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