koichi tsutsui @koichi011さんのツイート。
――アメリカに謝罪を求めることができない本当の理由を独新聞の社説が暴いた・・・! オバマの広島での謝罪を恐れる安倍政権、日米の嘘を突く南ドイツ新聞論評〔5:53 - 2016年5月28日 〕――
〔資料〕
「日米の嘘を突く南ドイツ新聞論評翻訳:オバマの広島での謝罪を恐れる安倍政権」
ちきゅう座(2016年 5月 22日)/梶村太一郎さん・翻訳:ドイツ・ベルリン在住/ジャーナリスト
☆ 記事URL:http://chikyuza.net/archives/63175
(原文は、大方の日本人には読めないだろうから、以下、翻訳文のみの転載です)
日本
アメリカの謝罪への恐怖
東京は何十年にもわたり、第二次世界大戦での被害者としてふるまうためにヒロシマとナガサキへのアメリカの原爆投下を利用してきた。ワシントンが遺憾の意を表するようであれば、日本は自身の多くの戦争犯罪を認めざるをえなくなる。
クリストフ・ナイドハルト
人はお客に向かっては丁重であるし、珍しい長く待っていた客人に向かってはなおさらでそうである。その意味では広島と長崎の市長が、アメリカのバラク・オバマ大統領に対し、彼が現役のアメリカ大統領としては初めて6月に原爆投下の追悼施設を訪問する際に、彼に謝罪を期待しないとの意思表明をしたのは驚くベきことではない。1945年8月にアメリカ空軍は一発の爆弾でその大半が市民である約8万人の人間を殺戮した。また同時に多くの人間が負傷し放射能で汚染された。戦時国際法によれば、民間人に対するこのような甚大な攻撃は、いずれにせよ戦争犯罪である。
にもかかわらず、爆撃された両市の市長だけでなく、日本の岸田文雄外務大臣もワシントンの謝罪は必要ではないとしている。 それだけではなく核攻撃を生き延びた「ヒバクシャ」自身さえもオバマの遺憾の言葉を期待していないとの報道があるが、同時に彼らの56%が客人からまさにその言葉を期待しているとの世論調査がある。つまりこの情勢の真実とは:日本国民またはヒバクシャがアメリカの謝罪を望まないのではなく、安倍晋三首相の政府が望まないのである。それどころか、政府はアメリカの遺憾表明を恐れてさえいる。日本にとって可能であったのは、今日までヒロシマとナガサキの名で存続するむごたらしさが、侵略者の戦争の結果として自明である多くのアジアの地域で犯した無数の人道に対する罪を犯したことを、アメリカの残虐さの犠牲者へと変身してしまうことであった。あたかも日本の罪が原爆のガレキの下に埋没されたごとくのように。
東京は自身の犯罪を原爆投下の背後に隠している
日本は加害者のない犠牲者である、いずれにせよ加害者とされてはならない。「安らかに眠ってください、私たちは過ちを繰りしませぬから」と広島の記念施設の慰霊碑文にある。この「私たち」が誰であるのかはどこにも書かれていない。(訳注;良く知られているように、実際には「私たち」という主語は碑文にはない。主語のない文章は少なくとも欧米語には翻訳不可能である。主語・主体を不明にできる日本語の特徴を、筆者はこのようにして説明している)アメリカは占領期間中に原爆についてのすべての情報を弾圧した。ヒバクシャたちは沈黙を強いられた。それ以来東京は軍事的にワシントンに縛り付けられている。
アメリカ人は原爆で太平洋の戦争を早期に終わらせただけでなく、それどころか人命を救ったと正当化し、日本人は天皇が降伏の詔勅で述べたとおり「新兵器」のために彼らの政府が降伏したと信じている。歴史家たちはこの両方の神話を論破しているが、東京とワシントンは、彼らの軍事同盟をその上に築いてしまっている。結論として、アメリカは謝罪すべきではなく、東京は誤信による犠牲者として,自己の戦争犯罪に向き合ってはならないのである。もしオバマが広島で悔悟を示せば、それにより彼は安倍に対して、かつて日本によって酷く虐待されたアジアの諸国民に謝罪することを強いてしまうことになる。政府の首長はそんなことは考えてはいない。
日本は国際諸委員会において、唯一の原爆被害国として核廃絶を主張している。しかしその安全保障政策は、基本的にアメリカの核の傘に依存している。東京政府は日本の犠牲者の役割を裏づけるためにヒバクシャを利用しながらも、彼らを放置している。多くの当事者たちは被曝援助を法廷で勝ち取らねばならなかったし、それを拒絶された人たちもいたのである。
オバマの広島訪問の告知で、このような矛盾が再び表面化している。多くのヒバクシャが、安倍にも同じような意向の表明を強いるかもしれないほど、オバマの謝罪を期待している。だがそこまでは行かないであろう。とはいえオバマは少なくともヒバクシャに耳を傾る必要がある。でなければ彼の訪問は単なる写真撮影の機会に終わってしまうであろう。
Quelle: SZ vom 20.05.2016
出典:南ドイツ新聞2016年5月20日 (訳責:梶村太一郎)
初出:梶村太一郎氏の「明日うらしま」2016.05.22より許可を得て転載
http://tkajimura.blogspot.jp/2016/05/blog-post_22.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3448:160522〕
――アメリカに謝罪を求めることができない本当の理由を独新聞の社説が暴いた・・・! オバマの広島での謝罪を恐れる安倍政権、日米の嘘を突く南ドイツ新聞論評〔5:53 - 2016年5月28日 〕――
〔資料〕
「日米の嘘を突く南ドイツ新聞論評翻訳:オバマの広島での謝罪を恐れる安倍政権」
ちきゅう座(2016年 5月 22日)/梶村太一郎さん・翻訳:ドイツ・ベルリン在住/ジャーナリスト
☆ 記事URL:http://chikyuza.net/archives/63175
(原文は、大方の日本人には読めないだろうから、以下、翻訳文のみの転載です)
日本
アメリカの謝罪への恐怖
東京は何十年にもわたり、第二次世界大戦での被害者としてふるまうためにヒロシマとナガサキへのアメリカの原爆投下を利用してきた。ワシントンが遺憾の意を表するようであれば、日本は自身の多くの戦争犯罪を認めざるをえなくなる。
クリストフ・ナイドハルト
人はお客に向かっては丁重であるし、珍しい長く待っていた客人に向かってはなおさらでそうである。その意味では広島と長崎の市長が、アメリカのバラク・オバマ大統領に対し、彼が現役のアメリカ大統領としては初めて6月に原爆投下の追悼施設を訪問する際に、彼に謝罪を期待しないとの意思表明をしたのは驚くベきことではない。1945年8月にアメリカ空軍は一発の爆弾でその大半が市民である約8万人の人間を殺戮した。また同時に多くの人間が負傷し放射能で汚染された。戦時国際法によれば、民間人に対するこのような甚大な攻撃は、いずれにせよ戦争犯罪である。
にもかかわらず、爆撃された両市の市長だけでなく、日本の岸田文雄外務大臣もワシントンの謝罪は必要ではないとしている。 それだけではなく核攻撃を生き延びた「ヒバクシャ」自身さえもオバマの遺憾の言葉を期待していないとの報道があるが、同時に彼らの56%が客人からまさにその言葉を期待しているとの世論調査がある。つまりこの情勢の真実とは:日本国民またはヒバクシャがアメリカの謝罪を望まないのではなく、安倍晋三首相の政府が望まないのである。それどころか、政府はアメリカの遺憾表明を恐れてさえいる。日本にとって可能であったのは、今日までヒロシマとナガサキの名で存続するむごたらしさが、侵略者の戦争の結果として自明である多くのアジアの地域で犯した無数の人道に対する罪を犯したことを、アメリカの残虐さの犠牲者へと変身してしまうことであった。あたかも日本の罪が原爆のガレキの下に埋没されたごとくのように。
東京は自身の犯罪を原爆投下の背後に隠している
日本は加害者のない犠牲者である、いずれにせよ加害者とされてはならない。「安らかに眠ってください、私たちは過ちを繰りしませぬから」と広島の記念施設の慰霊碑文にある。この「私たち」が誰であるのかはどこにも書かれていない。(訳注;良く知られているように、実際には「私たち」という主語は碑文にはない。主語のない文章は少なくとも欧米語には翻訳不可能である。主語・主体を不明にできる日本語の特徴を、筆者はこのようにして説明している)アメリカは占領期間中に原爆についてのすべての情報を弾圧した。ヒバクシャたちは沈黙を強いられた。それ以来東京は軍事的にワシントンに縛り付けられている。
アメリカ人は原爆で太平洋の戦争を早期に終わらせただけでなく、それどころか人命を救ったと正当化し、日本人は天皇が降伏の詔勅で述べたとおり「新兵器」のために彼らの政府が降伏したと信じている。歴史家たちはこの両方の神話を論破しているが、東京とワシントンは、彼らの軍事同盟をその上に築いてしまっている。結論として、アメリカは謝罪すべきではなく、東京は誤信による犠牲者として,自己の戦争犯罪に向き合ってはならないのである。もしオバマが広島で悔悟を示せば、それにより彼は安倍に対して、かつて日本によって酷く虐待されたアジアの諸国民に謝罪することを強いてしまうことになる。政府の首長はそんなことは考えてはいない。
日本は国際諸委員会において、唯一の原爆被害国として核廃絶を主張している。しかしその安全保障政策は、基本的にアメリカの核の傘に依存している。東京政府は日本の犠牲者の役割を裏づけるためにヒバクシャを利用しながらも、彼らを放置している。多くの当事者たちは被曝援助を法廷で勝ち取らねばならなかったし、それを拒絶された人たちもいたのである。
オバマの広島訪問の告知で、このような矛盾が再び表面化している。多くのヒバクシャが、安倍にも同じような意向の表明を強いるかもしれないほど、オバマの謝罪を期待している。だがそこまでは行かないであろう。とはいえオバマは少なくともヒバクシャに耳を傾る必要がある。でなければ彼の訪問は単なる写真撮影の機会に終わってしまうであろう。
Quelle: SZ vom 20.05.2016
出典:南ドイツ新聞2016年5月20日 (訳責:梶村太一郎)
初出:梶村太一郎氏の「明日うらしま」2016.05.22より許可を得て転載
http://tkajimura.blogspot.jp/2016/05/blog-post_22.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3448:160522〕
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます