永田町関係者によると、
「福田さんは、このところの安倍外交、
特に対中外交に大きな懸念を持っています」
とのことです
(2014年4月12日付、日刊ゲンダイ記事
「対中外交をボロクソに…福田元首相が捨て身の『安倍批判』」参照/リンク)。
「靖国参拝で日本の外交は100年ダメになった」
というような
厳しい発言も出ているらしいです。
ところで、
福田元首相と言えば、
「あなたとは違うんです」
という名(迷)台詞を残して
辞任された方です。
悪印象を持っておられる方が多いでしょうが、
筋を通された結果だと言うことです。
すなわち、
当時の米国大統領、
ブッシュ氏から多額の融資金を
強請られたというのです。
あまりにしつこく、、
2008年9月1日、
ついに溜まりかね、辞任するに至ったという
浜田和幸氏の証言を、
紹介している
サイトを見つけました。
「Electronic Journal」です。
それによると、
この人は、
日本を救ったようですね。
すなわち、日本が保有する全外貨準備高にあたる
1兆ドル(約100兆円)の提供をブッシュから求められたそうです。
米国政府が
金融パニックを封じ込める目的で投入を決めた
7000億ドルを上回る金額です。
要は、自分たちの失敗の尻拭いを日本に押し付けようとした、
アメリカのムシのよすぎる話に
福田元首相が
キレてしまったということが
真相なようです
(――浜田和幸著/光文社刊
『「大恐慌」以後の世界/多極化かアメリカの復活か』)
☆ 記事URL:http://electronic-journal.seesaa.net/article/112214327.html
これは、
朝日新聞が
内部告発サイト「ウィキリークス」から提供を受けた
米公電の中にあった
「ブッシュ氏は首脳会談で福田氏に対し「日本はアフガンに中身のある支援をする必要がある」「形だけの貢献は適当でないし、歓迎もされない」と強い調子で要求した。「(陸自の)CH47大型輸送ヘリを派遣するか、軍民一体型のPRT(地域復興チーム)を担当するか」と具体的に求めた。」
という記録から
事実であることが確かめられます(下記〔資料〕参照)。
以上の経緯から
サイト「真実を探すブログ」の
管理人さんが
「福田元首相は自らの辞任で自衛隊のアフガニスタン派遣とアメリカへの巨額支援を拒否したのに、安倍首相がそれを現在進行形で実行しています。福田元首相が辞めた背景なども考えると、彼がここまで安倍政権に怒るのは至極当然あると言えるでしょう」
と分析されておられます。
☆ 記事URL:http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2269.html
自分がせっかく頑張って、
米国に
対抗した実績を残したのに、
安倍某に
台無しにされたのです。
そりゃいい印象は持てないですね、
〔資料〕
「米国、アフガン支援『陸自の大型輸送機派遣を』 米公電」
朝日新聞(2011年6月17日3時2分)
☆ 記事URL:http://www.asahi.com/special/wikileaks/TKY201106160680.html
日本政府がアフガニスタン復興支援拡大を検討していたさなかの2008年7月、北海道洞爺湖サミットに合わせて行われた日米首脳会談で、ブッシュ米大統領が福田康夫首相(いずれも当時)に対し、アフガン本土への自衛隊派遣を具体的な選択肢を挙げて要求していたことが分かった。
朝日新聞が内部告発サイト「ウィキリークス」から提供を受けた米公電の中に記述があった。
08年8月にバウチャー米国務次官補(当時)が訪日するのを前に、東京の米大使館がシーファー大使(同)名で同次官補あてに送った事前説明の公電に、同年7月6日に洞爺湖であった日米首脳会談に関する記述が盛り込まれている。
それによると、ブッシュ氏は首脳会談で福田氏に対し「日本はアフガンに中身のある支援をする必要がある」「形だけの貢献は適当でないし、歓迎もされない」と強い調子で要求した。「(陸自の)CH47大型輸送ヘリを派遣するか、軍民一体型のPRT(地域復興チーム)を担当するか」と具体的に求めた。
しかし福田氏は「陸自の大規模派遣は不可能」と返答したという。米側は、自らの政権基盤の弱さを理由にしたと受け止めた。
日本政府は08年初夏、イラクでの空自による輸送支援を打ち切るのに合わせ、アフガンへの新たな復興支援策を検討中だった。CH47を使った多国籍軍基地間の輸送や、PRTに自衛隊員を送る案も検討項目にあがっていた。だが、自民と連立を組む公明党が反対し、野党だった民主党が参院の多数を握る状況で、必要な新法を通すめどはたっていなかった。
サミット前の6月、東京の米大使館が米国務省に送った複数の公電には、防衛省や外務省の幹部が、「政治家や世論の合意を得ることが困難」と、アフガン本土での支援活動は困難という見通しを米大使館幹部にすでに伝えていたことが記されている。
6月に在日米大使館がシーファー大使名で国務省に打電した、日本のアフガン支援策づくりに関する分析がある。この公電からは、米側関係者らが、日本がホスト国となるサミットの時が日本をアフガン本土での支援活動に引き込む好機と考え、首脳同士による直接要求を仕掛けたことがうかがえる。
この公電は末尾で「気候変動など、ほかの政策で日米間の意見の相違が見えてきた結果、日本はサミットの成功をますます気にかけるようになっている。サミットの準備段階が、日本に実質的なアフガン貢献をさせる最大のチャンスだ」と強調していた。
洞爺湖サミットで主要議題だった気候変動問題で米国側から譲歩を引き出し、会合を成功裏に終わらせるため、日本はアフガン本土での支援活動を決断するのではないか。その読みから、公電は「国務長官と大統領がそれぞれ、日本で会談相手に要求すれば結果を得られるかもしれない」と結論づけた。
だが、日本の内政はそうした政策決定に至るだけの状況になかった。福田政権、続く麻生政権は自衛隊のアフガン本土派遣を見送る。民主党に政権が代わった後も、09年に鳩山政権が発表した追加支援策は、5年間で50億ドル(当時のレートで約4500億円)という財政支援だけに限られた。
「福田さんは、このところの安倍外交、
特に対中外交に大きな懸念を持っています」
とのことです
(2014年4月12日付、日刊ゲンダイ記事
「対中外交をボロクソに…福田元首相が捨て身の『安倍批判』」参照/リンク)。
「靖国参拝で日本の外交は100年ダメになった」
というような
厳しい発言も出ているらしいです。
ところで、
福田元首相と言えば、
「あなたとは違うんです」
という名(迷)台詞を残して
辞任された方です。
悪印象を持っておられる方が多いでしょうが、
筋を通された結果だと言うことです。
すなわち、
当時の米国大統領、
ブッシュ氏から多額の融資金を
強請られたというのです。
あまりにしつこく、、
2008年9月1日、
ついに溜まりかね、辞任するに至ったという
浜田和幸氏の証言を、
紹介している
サイトを見つけました。
「Electronic Journal」です。
それによると、
この人は、
日本を救ったようですね。
すなわち、日本が保有する全外貨準備高にあたる
1兆ドル(約100兆円)の提供をブッシュから求められたそうです。
米国政府が
金融パニックを封じ込める目的で投入を決めた
7000億ドルを上回る金額です。
要は、自分たちの失敗の尻拭いを日本に押し付けようとした、
アメリカのムシのよすぎる話に
福田元首相が
キレてしまったということが
真相なようです
(――浜田和幸著/光文社刊
『「大恐慌」以後の世界/多極化かアメリカの復活か』)
☆ 記事URL:http://electronic-journal.seesaa.net/article/112214327.html
これは、
朝日新聞が
内部告発サイト「ウィキリークス」から提供を受けた
米公電の中にあった
「ブッシュ氏は首脳会談で福田氏に対し「日本はアフガンに中身のある支援をする必要がある」「形だけの貢献は適当でないし、歓迎もされない」と強い調子で要求した。「(陸自の)CH47大型輸送ヘリを派遣するか、軍民一体型のPRT(地域復興チーム)を担当するか」と具体的に求めた。」
という記録から
事実であることが確かめられます(下記〔資料〕参照)。
以上の経緯から
サイト「真実を探すブログ」の
管理人さんが
「福田元首相は自らの辞任で自衛隊のアフガニスタン派遣とアメリカへの巨額支援を拒否したのに、安倍首相がそれを現在進行形で実行しています。福田元首相が辞めた背景なども考えると、彼がここまで安倍政権に怒るのは至極当然あると言えるでしょう」
と分析されておられます。
☆ 記事URL:http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2269.html
自分がせっかく頑張って、
米国に
対抗した実績を残したのに、
安倍某に
台無しにされたのです。
そりゃいい印象は持てないですね、
〔資料〕
「米国、アフガン支援『陸自の大型輸送機派遣を』 米公電」
朝日新聞(2011年6月17日3時2分)
☆ 記事URL:http://www.asahi.com/special/wikileaks/TKY201106160680.html
日本政府がアフガニスタン復興支援拡大を検討していたさなかの2008年7月、北海道洞爺湖サミットに合わせて行われた日米首脳会談で、ブッシュ米大統領が福田康夫首相(いずれも当時)に対し、アフガン本土への自衛隊派遣を具体的な選択肢を挙げて要求していたことが分かった。
朝日新聞が内部告発サイト「ウィキリークス」から提供を受けた米公電の中に記述があった。
08年8月にバウチャー米国務次官補(当時)が訪日するのを前に、東京の米大使館がシーファー大使(同)名で同次官補あてに送った事前説明の公電に、同年7月6日に洞爺湖であった日米首脳会談に関する記述が盛り込まれている。
それによると、ブッシュ氏は首脳会談で福田氏に対し「日本はアフガンに中身のある支援をする必要がある」「形だけの貢献は適当でないし、歓迎もされない」と強い調子で要求した。「(陸自の)CH47大型輸送ヘリを派遣するか、軍民一体型のPRT(地域復興チーム)を担当するか」と具体的に求めた。
しかし福田氏は「陸自の大規模派遣は不可能」と返答したという。米側は、自らの政権基盤の弱さを理由にしたと受け止めた。
日本政府は08年初夏、イラクでの空自による輸送支援を打ち切るのに合わせ、アフガンへの新たな復興支援策を検討中だった。CH47を使った多国籍軍基地間の輸送や、PRTに自衛隊員を送る案も検討項目にあがっていた。だが、自民と連立を組む公明党が反対し、野党だった民主党が参院の多数を握る状況で、必要な新法を通すめどはたっていなかった。
サミット前の6月、東京の米大使館が米国務省に送った複数の公電には、防衛省や外務省の幹部が、「政治家や世論の合意を得ることが困難」と、アフガン本土での支援活動は困難という見通しを米大使館幹部にすでに伝えていたことが記されている。
6月に在日米大使館がシーファー大使名で国務省に打電した、日本のアフガン支援策づくりに関する分析がある。この公電からは、米側関係者らが、日本がホスト国となるサミットの時が日本をアフガン本土での支援活動に引き込む好機と考え、首脳同士による直接要求を仕掛けたことがうかがえる。
この公電は末尾で「気候変動など、ほかの政策で日米間の意見の相違が見えてきた結果、日本はサミットの成功をますます気にかけるようになっている。サミットの準備段階が、日本に実質的なアフガン貢献をさせる最大のチャンスだ」と強調していた。
洞爺湖サミットで主要議題だった気候変動問題で米国側から譲歩を引き出し、会合を成功裏に終わらせるため、日本はアフガン本土での支援活動を決断するのではないか。その読みから、公電は「国務長官と大統領がそれぞれ、日本で会談相手に要求すれば結果を得られるかもしれない」と結論づけた。
だが、日本の内政はそうした政策決定に至るだけの状況になかった。福田政権、続く麻生政権は自衛隊のアフガン本土派遣を見送る。民主党に政権が代わった後も、09年に鳩山政権が発表した追加支援策は、5年間で50億ドル(当時のレートで約4500億円)という財政支援だけに限られた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます