前に、女優の秋吉久美子さんのことに触れたら、
goo友のおびちゃんが
「異人たちとの夏」という
大林宣彦監督の映画を教えて下さいました。
何ヶ月か前に見たのですが、
書きたいことが一杯あって、後回しになってました。
本屋でたまたま立ち読みしていたところ、
「異人たちとの夏」という文字が目に飛び込んできました。
物語が少年時代に亡くした父母との邂逅を扱った作品だったことを
思い出し、買うことに即決しました。
手に取った本は、「キネマ旬報」(三月上旬号)でした。
この本によると、
大林監督の作品、上の映画を試写室で見ていたとき、
映画評論家の大御所――て言って、分かります?
双葉十三郎さんと淀川長治さんのお二人です――が、
手を取り合って飛び上がったらしいです。
言葉に尽くせないほど、嬉しかったんでしょうね。
ただ、そんなに「異人たちとの夏」という映画が傑作だったのかと言うと、
そこは違うようなんですね。
映画のBGMに選ばれた曲が彼らを感動させたみたいです。
曲の題名は、「リオ・リタ」です。
まずはお聴きください。
DJ Valer Orchestra - Rio-Rita
you-tubeで調べると、英語圏以外でも、フランス語圏、スペイン語圏など
各国で演奏されているのが分かります。
そしてテンポは遅くなってますが、日本でも
確かに「異人たちの夏」のBGMとして使われています。
この曲を聞きながら、
楽しいような、哀しいような、妙な気分になりました。
お袋が亡くなった後、という事情がきっと影響してるでしょうね。
24日には車椅子や電動ベッドが回収されました。
介護用品店からのレンタルなのでやむを得ないですが、
思い出す縁(よすが)の一つなので・・・
少し寂しかったです。
それで余計に、あ~あ、この映画ではこの曲がバックで流れているとき、
主人公は父母と会うんだったっけか
などと考え、神妙な気分になりました。
また、そうこう考えてる内、
「リオ・リタ」なる映画が見たくもなりました。
そこで、たまたま見つけた映画のワンシーン、紹介します。
なかなか面白いですよ。ご覧ください。
Rio Rita Laundry Scene
淀川さんは、試写会のその場に居合わせた、まだ「リオ・リタ」を見ていないだろう
人たちに向かって、
この映画のことを一生懸命に語り始めたそうです。
双葉十三郎さんも乗りに乗ったようです。
大林監督は、そば近くにいて
「これは厳しかったですよお。
だって、お二人が語られる、
そっちの方が余程名作なんだもの」
と当時を偲びながら、コメントなさっています。
さて、淀川長治さんはいいですね、知名度が高いし、
知ってらっしゃいますよね。
ABC放送の「日曜洋画劇場」という番組で長年月にわたり
映画解説をなされていた方です。
「『さよなら』おじさん」として親しまれていました。
問題は、双葉十三郎さんの方です。
映画通の方でないと御存じないのでは、と思います。
僕も、実は、よく知りませんでした。
しかし、世界の、あの黒澤明監督にも影響を与えていたようですね。
黒澤映画の原点とも言うべき
『用心棒』に登場する主人公「桑畑三十郎」という、
あの剣豪の名前。
「何とも似ている語感」
と指摘されるのは、双葉さんと同じく映画評論家の石上三登志さんです。
双葉さんて、外国映画専門と思われがちな方らしいです。
しかし、戦後の復興期における
貧しい日本映画を、
愛情を込めて斬って斬りまくったそうです
(「ぼくの採点表」が著作では有名とのこと。
しかし、双葉さんの本領を知りたかったら、
「日本映画批判・1932~1956」を読めというのは、
作家の小林宣彦さんの弁です)。
その中には、当然ながら、黒澤作品も含まれます。
映画監督と映画評論家という、互いにそれこそ異人の立場。
からかい半分に
連想を働かせ、黒澤監督が対抗しようとしたとして不思議ではないです。
十三では、主役になれん。三十でないと、と。
またそれに、双葉で終わっちゃ駄目だな。
せめて桑畑でもいいから大きく育たなくっちゃあ、と。
ただ、これが彼の心の底にある気持ちとすると、黒澤監督って、かなり嫌味な方ですね。
幾ら世界的に有名と言っても、好きになれないです。
僕の推測が誤っていることを祈ります。
ところで、石上さんよると、
「双葉十三郎の筆名は、『トム・ソーヤ』からきている。
それでこの漢字は、トミー(トムの愛称)ソーヨーと読む」そうです。
普通なら「ふたば・じゅうざぶろう」と読むでしょう。
しかし、対談の際、本人から直接、そう伺ったとおっしゃっています。
この逸話を知って、
余り「双葉」の名に覚えのない僕でしたが、
一挙に身近になりました。
この逸話が本当なら――もちろん、本当でしょうが――
双葉さんて、ジョーク精神が満点の方だったのだろうな、と想像します。
(何だかお袋のようではないかい!)
ジョークを支えるのは、トム・ソーヤのような天真爛漫さ。
人生で一番大切な徳性と思います。
それを生涯にわたり保ち続けられたのは、
偏(ひとえ)に異人たちとの絶えざる出会いがあったからではないでしょうか。
強引に「異人たちとの夏」に話を戻そうとしていますが、
夏と言わず、秋と言わず・・・冬も、春も・・・
邂逅を繰り返したいものです。
しかし、ついに昨年の十二月十二日、双葉さんは、永眠されたそうです。
享年九十九歳。
御冥福をお祈りいたします。
goo友のおびちゃんが
「異人たちとの夏」という
大林宣彦監督の映画を教えて下さいました。
何ヶ月か前に見たのですが、
書きたいことが一杯あって、後回しになってました。
本屋でたまたま立ち読みしていたところ、
「異人たちとの夏」という文字が目に飛び込んできました。
物語が少年時代に亡くした父母との邂逅を扱った作品だったことを
思い出し、買うことに即決しました。
手に取った本は、「キネマ旬報」(三月上旬号)でした。
この本によると、
大林監督の作品、上の映画を試写室で見ていたとき、
映画評論家の大御所――て言って、分かります?
双葉十三郎さんと淀川長治さんのお二人です――が、
手を取り合って飛び上がったらしいです。
言葉に尽くせないほど、嬉しかったんでしょうね。
ただ、そんなに「異人たちとの夏」という映画が傑作だったのかと言うと、
そこは違うようなんですね。
映画のBGMに選ばれた曲が彼らを感動させたみたいです。
曲の題名は、「リオ・リタ」です。
まずはお聴きください。
DJ Valer Orchestra - Rio-Rita
you-tubeで調べると、英語圏以外でも、フランス語圏、スペイン語圏など
各国で演奏されているのが分かります。
そしてテンポは遅くなってますが、日本でも
確かに「異人たちの夏」のBGMとして使われています。
この曲を聞きながら、
楽しいような、哀しいような、妙な気分になりました。
お袋が亡くなった後、という事情がきっと影響してるでしょうね。
24日には車椅子や電動ベッドが回収されました。
介護用品店からのレンタルなのでやむを得ないですが、
思い出す縁(よすが)の一つなので・・・
少し寂しかったです。
それで余計に、あ~あ、この映画ではこの曲がバックで流れているとき、
主人公は父母と会うんだったっけか
などと考え、神妙な気分になりました。
また、そうこう考えてる内、
「リオ・リタ」なる映画が見たくもなりました。
そこで、たまたま見つけた映画のワンシーン、紹介します。
なかなか面白いですよ。ご覧ください。
Rio Rita Laundry Scene
淀川さんは、試写会のその場に居合わせた、まだ「リオ・リタ」を見ていないだろう
人たちに向かって、
この映画のことを一生懸命に語り始めたそうです。
双葉十三郎さんも乗りに乗ったようです。
大林監督は、そば近くにいて
「これは厳しかったですよお。
だって、お二人が語られる、
そっちの方が余程名作なんだもの」
と当時を偲びながら、コメントなさっています。
さて、淀川長治さんはいいですね、知名度が高いし、
知ってらっしゃいますよね。
ABC放送の「日曜洋画劇場」という番組で長年月にわたり
映画解説をなされていた方です。
「『さよなら』おじさん」として親しまれていました。
問題は、双葉十三郎さんの方です。
映画通の方でないと御存じないのでは、と思います。
僕も、実は、よく知りませんでした。
しかし、世界の、あの黒澤明監督にも影響を与えていたようですね。
黒澤映画の原点とも言うべき
『用心棒』に登場する主人公「桑畑三十郎」という、
あの剣豪の名前。
「何とも似ている語感」
と指摘されるのは、双葉さんと同じく映画評論家の石上三登志さんです。
双葉さんて、外国映画専門と思われがちな方らしいです。
しかし、戦後の復興期における
貧しい日本映画を、
愛情を込めて斬って斬りまくったそうです
(「ぼくの採点表」が著作では有名とのこと。
しかし、双葉さんの本領を知りたかったら、
「日本映画批判・1932~1956」を読めというのは、
作家の小林宣彦さんの弁です)。
その中には、当然ながら、黒澤作品も含まれます。
映画監督と映画評論家という、互いにそれこそ異人の立場。
からかい半分に
連想を働かせ、黒澤監督が対抗しようとしたとして不思議ではないです。
十三では、主役になれん。三十でないと、と。
またそれに、双葉で終わっちゃ駄目だな。
せめて桑畑でもいいから大きく育たなくっちゃあ、と。
ただ、これが彼の心の底にある気持ちとすると、黒澤監督って、かなり嫌味な方ですね。
幾ら世界的に有名と言っても、好きになれないです。
僕の推測が誤っていることを祈ります。
ところで、石上さんよると、
「双葉十三郎の筆名は、『トム・ソーヤ』からきている。
それでこの漢字は、トミー(トムの愛称)ソーヨーと読む」そうです。
普通なら「ふたば・じゅうざぶろう」と読むでしょう。
しかし、対談の際、本人から直接、そう伺ったとおっしゃっています。
この逸話を知って、
余り「双葉」の名に覚えのない僕でしたが、
一挙に身近になりました。
この逸話が本当なら――もちろん、本当でしょうが――
双葉さんて、ジョーク精神が満点の方だったのだろうな、と想像します。
(何だかお袋のようではないかい!)
ジョークを支えるのは、トム・ソーヤのような天真爛漫さ。
人生で一番大切な徳性と思います。
それを生涯にわたり保ち続けられたのは、
偏(ひとえ)に異人たちとの絶えざる出会いがあったからではないでしょうか。
強引に「異人たちとの夏」に話を戻そうとしていますが、
夏と言わず、秋と言わず・・・冬も、春も・・・
邂逅を繰り返したいものです。
しかし、ついに昨年の十二月十二日、双葉さんは、永眠されたそうです。
享年九十九歳。
御冥福をお祈りいたします。
では、また来週お会い致しましょうね、
さよなら、さよなら、さよならと聞こえてきそうです。
当時この映画が流行っていたころ、テレビで放送しているのを見ましたがあの頃は確か高校生ぐらいで、今一つピンときませんでした。
今、自分が母親になって、少し成長した分、
今見たら受け止め方が随分と違うかもしれませんね。
機会を作ってみようと思います。
でも、大林監督の作品はSFぽいいうんか、アルギンには意味が分からんことがようあります。
何が言いたいん?と思うことが今まであったんで、受け止められるかな?
(確か大場久美子が出とって不気味でした)
ほいで、今動画はダンナが禁止令をだしとるんで見れませんがネットカフェでデビューしたんで、またこの次に聞かせてもらいます。
これは1時間だとたりそうにないな~。
それにしても、お元気そうで安心しました。
お陰さまで元気ですよ~~
さて、大林監督の映画って、分類すると、ホラー・コメディに属するらしいです。怖いものと笑えるものが同居してるんですね。その辺りからして、既に意味が分かり辛いといえば分かり辛いです。
ところで、大場久美子さんが出演してる映画って、「ハウス」というのではないですか。
映画の題名「ハウス」は、恐らく「ハウス食品」という会社の社名からの連想で名付けられたものなのでしょう。しかし、ならば、家に食べられる少女たちはカレー味? と突っ込みを入れたくなりますが、、、どうなんでしょう。僕はまだ、この映画は見てないですけど、やっぱりアルギンさんに同じく「何が言いたいの」という感想を抱くかもしれません。
ただ、そうは言っても、本文記事で紹介した、双葉さんは、この監督の「青春デンデケデン」という映画の名を挙げ、「ホントに好きだった作品」に数えてらっしゃるようです。これに応えるため、監督はキネマ旬報において「僕はもう一本映画を作ります」と誓いを立てておられます。というわけで、次回作が楽しみな監督ではあります。
忠太節、復活ですね。
ソウジャッタ、ハウスだったですよ。
大昔、まだ私が学生のころ、テレビで夕方やっておりました。
話がそれるけど、あの頃は愛と誠とか、同棲時代というのでしたかね?ああいう映画を放送していましたよ。
由美かおるが確かヌードになっていたように思いますが、エッチな映画でした。
母親が仕事に行っていたので、男のこのようにラッキーと思いながら見た記憶があります。
大林監督は広島の尾道の方で転校生とか時をかける少女とかもロケをされていますがこの映画も少し意味が分かりません。
青春デンデケデンも聞いたことはあります。
スカパーでチェックしてみますね。
さて、大林監督がブログを書いておられるようなので、覗きました。そこに『転校生』という映画の制作動機が紹介されてありました。何とこの映画、ジョン・ウェイン主演の『赤い河』にヒントを得て制作されたそうです。また、本人の説明で、映像より、登場人物達が口にするセリフに心を砕いていらっしゃるようなのも理解できました。言葉が中心、という点に重きを置いてこの監督の作品を見るようにすべきなんでしょうね。そうすると、オカルトに対する拒絶反応のような感覚が薄れること、間違いなしでしょう。実は、彼の映画のオカルト的な映像ばかりが記憶に残っていて、この監督の作品を毛嫌いしていました。ちょっと、この監督に興味がわきましたので「青春デンデケデン」という映画も見てみようかなという気になっているところです。だから、スカパーでチェックしても、映画の結末の報告は結構ですよ。報告されると、オカルトでなくとも、きっとこんな風な顔(→)になります。よろしく。
アルギンです。
忠太さんの進化の数字の気になる発言にものすごく気になってしまいました。
ウチのブログのコメントの数ではありませんよ。
よそ様のお宅にも残してるコメントで、
本人ダブったり、忘れたりして暴走したこと悔んでたりするんですもの…。(苦笑
ただ、ブログへの考え方も進化していったのも事実なんです。
前々から感じていたけど、せっかくの出会いなんで感謝してコメントを残していければと思うのですが、本人ふざけてるのでふざけたコメントばかりで申し訳ないです。
備忘録(?)として、数字を増やしていく、というのはいい案と思います。ただ、何かをカウントしているとして、カウントしている対象、もしくは計算のルールが分からなくて尋ねました。
最初のコメントは、’10年3月4日でしょう。数を合算すると17です。その方式なのかと思いました。しかし、次が29なわけです。同じような合算の仕方なら18でなければならないです。その辺りが理解出来ず、当てずっぽうで「数えているのはコメントの数なのか」って質問しただけなのです。気に障ったのなら、ごめんなさい。忘れて下さい。