のんきに介護

母親と一緒の生活で、考えたこと書きます。

ネトウヨが滑稽なのは、存在自体がジョークみたいだからかな

2016年01月13日 06時53分51秒 | 天皇制と戦争
日本人ジョーク(bot) @Japanese_Joke さんのツイート。


――「米国はオレンジ計画で日米開戦を計画していた」「日本軍が真珠湾に攻め込む事を知っていた!」「自存自衛の英雄達を東京裁判で無理矢理死刑にした!」「日本に欠陥憲法と自虐史観を押し付けた!」で、どうしたいの?「日米同盟を深化させる為に、日本はもっと米国に貢献すべきだと思う」〔8:10 - 2016年1月9日 〕――

ねっ、これ、

可笑しいでしょ?

しかし、大真面目になされている主張の再現です。

ジョークとしてされていない分、

不気味ではないですか。

米国は、

日本を相手に核爆弾を落し、

非戦闘員を容赦なく皆殺しにしました。

それを責めるのでなく、

米軍の基地を受け入れた挙句、

思いやり予算などと言って貢いでいます。

盗人に追い銭のような真似を

なぜ、するんでしょう。

ちなみに、

エリック ・C @x__ok さんが

――神風特攻隊とアフリカの少女に爆弾を抱かせてマーケットで自爆させることが違うと日本人が思うのは、そこに武士道などの宗教的な思考が介在しているだけで、実際は違いなど無い。誰かに何かを信じ込ませて、みんなで殺しただけだ。しかもそれをまだ正当化している。〔12:29 - 2016年1月11日 〕――

とツイートしたところ、

ネトウヨの皆さんがボウフラのごとく湧き出て、

絡みつかれた

と証言しておられます

(同氏のツイート〔10:51 - 2016年1月12日 〕参照)。

上のジョークのような戯言と併せ考えると

理解出来ます。

すなわち、

自爆テロと特攻隊は、

どこに違いがあるのかと言うと、

強制の要素が

強いか否かなのではないですか。

特攻隊の場合は

強制された上に99%は無駄死だったのに、

有難がっています。

対するに、

アラブ人の場合、

衝撃を加えるという点では

戦術として

99%成功です。

然るに、

日本人は、ほぼ無駄死だった特攻隊を

恥じるのではなく、

むしろ、彼らを誇ろうとします。

まるで、米国と言う「神」に捧げられた

生贄扱いです。

これって、本当に変でしょ?

違いをきちんと説明する上で

戦術として

成り立っていない戦術を

無意識に賛美していることになります。

これは、

冒頭に紹介した

米国に酷い目に合わされたことを

感謝するのと

論理的に似た関係にあるといえませんか。

この考え方の底には

他人を虐待する人間の自己正当化があります。

自分のした行為を反省する前に、

“許し”を持ちだす

現実逃避の姿と言っていいです。

この心理現象を理解するには、

「アクト オブ キリング」という映画に関して

触れた拙稿、

「「元少年A」のオリジナリティへのこだわりがかえって、本人性を疑わせる」

を是非、読んで欲しい。

☆ 記事URL:http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/771fb460962591eadf26f3e645c5f791

なぜ、こんな歪んだ正当化をするか、

ネトウヨの人たちは、

まるで気づいていないんじゃないでしょうか。

だから、たとえば、

kazukazu721 @kazukazu721 さんは、

「崇拝」を持ちだし、

こんな風にお茶を濁してしまうのです。

――エリック・Cさんは分かっていない。
日本とは基本「先祖崇拝」の国なんですよ。
だから、日本の家庭には仏壇があり先祖の位牌があるでしょう。
あなたの言っている事は「日本人の祖先に対する冒涜」になる。
この論議は危険だと思いますよ。〔13:34 - 2016年1月12日 〕 ――

先祖のしたことを、

きちんと受け止めないことの方が遥かに冒涜ですが、

そんなこたぁ、知ったこっちゃなさそうです。

エリック ・C @x__ok さんが

――その「先祖」と言っているところだけを入れ替えればダーイッシュだって同じなのです。いや、入れ替えなくても良いかもしれないぐらいです。なぜこの議論が危険なのですか? 〔13:37 - 2016年1月12日 〕――と問いかけても、

無理やりにでも、

ダーイッシュを悪と決めつけ、

「特攻」は、

尊い行為なんだと言いたがっています。

そこにある強引さは、

臆病さゆえに真実を見ない無知への欲求そのものです。

くう‏@rescuediver1942 さんが

自信をもって

――違いはある。特攻は戦術の一つ。ただ、対象は民間人ではない。一番根本で違う。断じて違う。突入する隊員が本当に狂信的な国家主義者であっただろうか。本当にそう思うなら心の貧しさを哀れに思う。 〔0:16 - 2016年1月13日 〕――

と仰っています。

しかし、戦術なら、

「勝つ」蓋然性がなければなりません。

そんなものありましたか、なかったんじゃないですか。

すなわち、

特攻は、戦術でも何でもなかったのです。

たくさんな兵士たちを

犬死させることで、

責任を免れようとした軍上層部のエゴの問題だったのです。

戦後、国民は、

それを“知った”わけです。

しかし、信じたくないのでしょうな。

同胞が

武器を持たない民間人を標的にしたとは

認めません。

しかし、日本軍は、

兵士の命を

弾以上に軽く見ていたのは事実です。

先祖を信じろという前に、

子孫である我々をこそ信じるべきです。

肝心なのは、

個々の兵士の気持ちでなく、命令した者の思いです。

ネトウヨの人たちの

可笑しさを整理して言うと、

――お前たちは、十分に虐待された。だから感謝しろ――

という理屈です。

知らぬ内に、

日本人は、一億総上官(命令した者)になってしまって、

免罪符を

探しているのではないか。

そして見つけた結果が“ネトウヨ”という

政治的立場だと思います。

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