川内 博史@kawauchihiroshi さんのツイートです。
――大変御世話になった方の法要に出席した。お坊様の法話の中で、花の散り方の呼称の話があった。桜は散る、梅はこぼれる、椿は落ちる、牡丹は崩れる、菊は舞う。人間は?往生する。新しい生の為に旅立つ。死んで生まれる。日本人の感性の豊かさに思いを致した法要の時間だった。〔18:06 - 2014年2月27日 〕――
人が死んで
故人を偲ぶとき、
「生前は」
などと言いますね。
「死」が実は、
「生」と考えると
地獄の恐怖感など身に詰まされます。
お風呂は
好きですけど、
あの世に行って
「血の池」
には浸かりたくないです!!
昔の人は、
そのような将来のこと考えて、
身を慎んだり、
功徳を
積もうとしたんですね。
ただ、
死後の設計と言っても、
長いでしょう。
何ができるにしても
退屈に
我慢できなくなると思います。
その点、
仏教の六道輪廻の話は、
本当によく出来ています。
生まれ変わると
記憶が無くなります。
今、虐待している猫は、
前世の父であったかもしれない。
母であったかもしれないと思うと、
慈悲の心も生じます。
宗教は、
非合理というのが
一般的な理解なようです。
ただ、その非合理に、
別に身を張って
逆らおうとは思わないです。
非合理、必ずしも
誤謬と決まっていません。
それに
「忘れてしまっていることがあるかも」
と考えるのは
ほんわかとしているので
好ましい
世界観と思えます。
――大変御世話になった方の法要に出席した。お坊様の法話の中で、花の散り方の呼称の話があった。桜は散る、梅はこぼれる、椿は落ちる、牡丹は崩れる、菊は舞う。人間は?往生する。新しい生の為に旅立つ。死んで生まれる。日本人の感性の豊かさに思いを致した法要の時間だった。〔18:06 - 2014年2月27日 〕――
人が死んで
故人を偲ぶとき、
「生前は」
などと言いますね。
「死」が実は、
「生」と考えると
地獄の恐怖感など身に詰まされます。
お風呂は
好きですけど、
あの世に行って
「血の池」
には浸かりたくないです!!
昔の人は、
そのような将来のこと考えて、
身を慎んだり、
功徳を
積もうとしたんですね。
ただ、
死後の設計と言っても、
長いでしょう。
何ができるにしても
退屈に
我慢できなくなると思います。
その点、
仏教の六道輪廻の話は、
本当によく出来ています。
生まれ変わると
記憶が無くなります。
今、虐待している猫は、
前世の父であったかもしれない。
母であったかもしれないと思うと、
慈悲の心も生じます。
宗教は、
非合理というのが
一般的な理解なようです。
ただ、その非合理に、
別に身を張って
逆らおうとは思わないです。
非合理、必ずしも
誤謬と決まっていません。
それに
「忘れてしまっていることがあるかも」
と考えるのは
ほんわかとしているので
好ましい
世界観と思えます。
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