13
森の中に砂埃が流れる。
チャペック軍曹は埃の中に筋引く木漏れ日に、ふうとタバコの煙を吐いてみる。森の中を響くエンジン音の中に、それはゆれて震えてまぎれていった。
小隊は森の中の爆砕掘削された壕のなかにある。工兵が収束爆薬によって穿ったものだ。せいぜい射撃壕にすぎないけれど、あるとないとでは大違いだ。軽く掘りなおして整備し、前方の木々を伐採して射程を確保してある。陣地は有線連絡線、後退経路、一次集合地点そういったもろもろを確認して完成する。そしてここでの一応の準備が終わる。
防御計画もおおよそ想定どおりに進んでいた。チャペック軍曹らの第681機動歩兵中隊のみならず、その配属先である戦闘団にとってもだ。敵の活動は事前の予想よりも不活発とさえ言えた。先の丘からの後退でも敵の追撃は弱かった。あっけないほど簡単に断念し、先の丘からも無事に撤退できた。
チャペック軍曹は息をつく。小隊壕では毛布に包まってバーダー一等兵が眠りこけている。新米のバーダーもいつのまにか兵士に必須のことを身につけていた。戦争に慣れるというのはこういうことなのだろう。
変わらないのは犬たち、グローサーフントばかりだ。待機モードに入って並び立っているだけだ。無人機というのはつまり、実施機能を持つ端末と言っていい。端末はクライアントからの要請を果たし、クライアントにしかるべき情報を提供もする。
向こうの森の小道を、ナッツロッカーがまた一両、走っていった。間をおきながらもすでに何両も、十何両が通ったがために、森の中の小道はすでに車道といっていほどに広がっている。。その車道の先には偽装網が張られ、その下に野戦給油所が設けられている。この戦闘が始まる前に作られた準備施設の一つで、浅くけれど広く地面を掘り、柔軟な樹脂製燃料袋を並べてある。
ナッツロッカーはおとなしく誘導路を進み、偽装網の下で止まる。それから側面の給油扉を開くのだ。そこに給油を行ってやるのは段列の燃料等担当員ではあるのだけれど。
燃料集積所の周囲には土盛がなされてはいるが、防護化された集積所とはとうてい言えない。そのために集積許容規定は低いものだったし、近接して配置される部隊にも限りがある。
今、この疎林にあるのは防空を担うキュスターとチャペック軍曹たち第681機動歩兵中隊のみだ。中隊は工兵が爆砕掘削した陣地にある。この森もやがて戦場になる。
戦闘団の防御計画はおおよそ予定通りにすすんでいた。中隊も丘から無事に後退し、収容陣地でさらにホバー輸送車と合流してこの森へと退いた。ここはもう何段かある機動防御のための拠点の一つだ。この後もこれまでと同じように、拠点の前方で戦い、拠点に委託して戦い、さらに背後へと後退する。
後退することが任務ではない。この戦闘団の任務は、左側面にある本隊の戦術行動を有利にすることだ。そのために戦力の統合を保ち、敵の躍進に対応する能力を備え続ける。これまでに放棄してきた地域も、放棄と機動戦闘を前提にしたところだ。そして本隊はしかるべきときに反撃を行い、敵本隊を撃破する。構想ではそうなっている。
軍曹のような低位のものにはその具体的な計画などわからない。だが一兵士として負ける気など一切しない。兵器があり、補給があり、隊内の統制は保たれ、支援もある。だからと言って数と準備をそろえてきた敵に頭から突っ込むほどおろかなことはしない。待つのも兵隊の仕事だ。
タバコはもみ消すだけでなく、つま先で掘った穴に埋める。それも兵隊の知恵だ。臭気と赤外線に引っかかるからと厳しく咎めるところもあるし、吸殻一つから敵にこちらの意図がばれることもある。
軍曹の携帯端末が鳴った。見ると空襲警戒通報が表示されている。だとしても今の中隊の防空任務区分ではすることもない。つづいて轟音がした。見上げれば、森の上空をホルニッセが飛びぬけてゆく。一つではなく、二つ、三つ、さらに一つ。砂色に迷彩された機体は戦闘団配属の航空団の機体だ。4機で成すシュバルム編隊はすなわち一個小隊だ。滑るように向かう地平線は、砂塵に煙っている。戦闘で巻き起こされたものだ。
「何だ?」
声が上がる。ドナート伍長の声だ。振り向くと彼の奥でグローサーフントの一機が身を起しているのが見えた。それはチャペック軍曹が先まで見ていたほう、先頭の行われている地平線を見ている。
「どうした?11号」
グローサーフント11号は、チャペック軍曹が最初に指揮下に置いた機体だ。だから何とはなしに気心の知れたつもりになっていた。
『機能に異常なし』
軍曹の携帯端末に送られてきたステータスにはそう示されている。無人機は機能として周囲を認知するように作られている。その認知を脅威判断に変換して、さらに行動規範に対照する。ありていに言えば好奇心と言えなくもない行動をとる。それに無人機と長く付き合っていれば、彼らにいちいちに驚いたりはしなくなる。
気にしなければならないことは多く、やらなければならないことも多い。やがて敵はここへと訪れる。敵前から離脱したナッツロッカーがここにやってきていることは気づいているはずだ。補給機能を叩き、その後の戦闘を有利に運ぶこともまた戦理の一つだ。そして敵が攻め手を仕掛けてきたときには、すでに準備はできていた。
地平線近く低く、何かがきらめいたときには、すでに隊内LANに空襲警報が通知されていた。上空からかぶさるようにホルニッセが舞い降りてゆく。それをかいくぐっても待ち受けているのは防空担当のクレーテだ。大柄な砲塔をめぐらせ、低くとび来る敵の反重力戦闘機へと向ける。そしてガトリングガンが唸る。それはまさに野牛の咆哮のようだった。銃声は連なり聞き分けることなどできない。砲塔側面から薬莢が流れるように転げ落ち、黒い発射煙がとめどなく噴出し、その中を曳光弾が低く飛び去る。光の筋は連なって乾いた大地を飛びぬけ、はるか先で土柱を林立させる。
敵の戦闘機の姿が見えた。装甲された機体に曳光弾が打ち付けてはじける。機体を揺るがせ低く旋回する。灰色の腹部を見せながらめぐる姿を、クレーテの銃撃が追いかける。取り逃がしてもまったくかまわない。
ここにはもはや守るに足るものは無い。突っ込んでくる反重力戦闘機が強いレーザの閃光を放ったとしても、切り裂くのは森とその大地に過ぎない。偽装網の下にあるのは、役割を終えた樹脂燃料袋でしかない。引き裂かれて燃え上がっても、それは吸い上げ切れなかった燃料の残りにでしかない。
森のこずえを揺るがして、双首の反重力機が飛びぬける。アフターバーナーを吹かし逃げに入るその機を、ホルニッセが追いかける。
上空で激しい戦いが繰り広げられていても、それはまだ前哨戦だ。それだけでは戦闘は決しない。障害はこれを無力化さえすればいい。拠って立つ地形に篭る我が方を、敵とて力押しなどしない。
この森は、戦車大隊の左翼を守っている。戦車大隊というストレートパンチを放つための、左のリードジャブの役割だ。
左のガードを打ち破らねば、どれだけ右へ打ち返しても決定的には押し崩せない。そしてこの森にはまだ部隊が展開していた。燃料集積所が燃料を使い果たした今、その炎上爆発を危惧せずに森全体を防御拠点として使うことができる。
ナッツロッカーよりさらに大型の、双胴ホバークラフトが、大きな砲塔をめぐらせ、その両脇に束ねられたロケット砲身を振り上げる。
白煙を噴出し、ロケット弾を打ち上げる。
森の中に砂埃が流れる。
チャペック軍曹は埃の中に筋引く木漏れ日に、ふうとタバコの煙を吐いてみる。森の中を響くエンジン音の中に、それはゆれて震えてまぎれていった。
小隊は森の中の爆砕掘削された壕のなかにある。工兵が収束爆薬によって穿ったものだ。せいぜい射撃壕にすぎないけれど、あるとないとでは大違いだ。軽く掘りなおして整備し、前方の木々を伐採して射程を確保してある。陣地は有線連絡線、後退経路、一次集合地点そういったもろもろを確認して完成する。そしてここでの一応の準備が終わる。
防御計画もおおよそ想定どおりに進んでいた。チャペック軍曹らの第681機動歩兵中隊のみならず、その配属先である戦闘団にとってもだ。敵の活動は事前の予想よりも不活発とさえ言えた。先の丘からの後退でも敵の追撃は弱かった。あっけないほど簡単に断念し、先の丘からも無事に撤退できた。
チャペック軍曹は息をつく。小隊壕では毛布に包まってバーダー一等兵が眠りこけている。新米のバーダーもいつのまにか兵士に必須のことを身につけていた。戦争に慣れるというのはこういうことなのだろう。
変わらないのは犬たち、グローサーフントばかりだ。待機モードに入って並び立っているだけだ。無人機というのはつまり、実施機能を持つ端末と言っていい。端末はクライアントからの要請を果たし、クライアントにしかるべき情報を提供もする。
向こうの森の小道を、ナッツロッカーがまた一両、走っていった。間をおきながらもすでに何両も、十何両が通ったがために、森の中の小道はすでに車道といっていほどに広がっている。。その車道の先には偽装網が張られ、その下に野戦給油所が設けられている。この戦闘が始まる前に作られた準備施設の一つで、浅くけれど広く地面を掘り、柔軟な樹脂製燃料袋を並べてある。
ナッツロッカーはおとなしく誘導路を進み、偽装網の下で止まる。それから側面の給油扉を開くのだ。そこに給油を行ってやるのは段列の燃料等担当員ではあるのだけれど。
燃料集積所の周囲には土盛がなされてはいるが、防護化された集積所とはとうてい言えない。そのために集積許容規定は低いものだったし、近接して配置される部隊にも限りがある。
今、この疎林にあるのは防空を担うキュスターとチャペック軍曹たち第681機動歩兵中隊のみだ。中隊は工兵が爆砕掘削した陣地にある。この森もやがて戦場になる。
戦闘団の防御計画はおおよそ予定通りにすすんでいた。中隊も丘から無事に後退し、収容陣地でさらにホバー輸送車と合流してこの森へと退いた。ここはもう何段かある機動防御のための拠点の一つだ。この後もこれまでと同じように、拠点の前方で戦い、拠点に委託して戦い、さらに背後へと後退する。
後退することが任務ではない。この戦闘団の任務は、左側面にある本隊の戦術行動を有利にすることだ。そのために戦力の統合を保ち、敵の躍進に対応する能力を備え続ける。これまでに放棄してきた地域も、放棄と機動戦闘を前提にしたところだ。そして本隊はしかるべきときに反撃を行い、敵本隊を撃破する。構想ではそうなっている。
軍曹のような低位のものにはその具体的な計画などわからない。だが一兵士として負ける気など一切しない。兵器があり、補給があり、隊内の統制は保たれ、支援もある。だからと言って数と準備をそろえてきた敵に頭から突っ込むほどおろかなことはしない。待つのも兵隊の仕事だ。
タバコはもみ消すだけでなく、つま先で掘った穴に埋める。それも兵隊の知恵だ。臭気と赤外線に引っかかるからと厳しく咎めるところもあるし、吸殻一つから敵にこちらの意図がばれることもある。
軍曹の携帯端末が鳴った。見ると空襲警戒通報が表示されている。だとしても今の中隊の防空任務区分ではすることもない。つづいて轟音がした。見上げれば、森の上空をホルニッセが飛びぬけてゆく。一つではなく、二つ、三つ、さらに一つ。砂色に迷彩された機体は戦闘団配属の航空団の機体だ。4機で成すシュバルム編隊はすなわち一個小隊だ。滑るように向かう地平線は、砂塵に煙っている。戦闘で巻き起こされたものだ。
「何だ?」
声が上がる。ドナート伍長の声だ。振り向くと彼の奥でグローサーフントの一機が身を起しているのが見えた。それはチャペック軍曹が先まで見ていたほう、先頭の行われている地平線を見ている。
「どうした?11号」
グローサーフント11号は、チャペック軍曹が最初に指揮下に置いた機体だ。だから何とはなしに気心の知れたつもりになっていた。
『機能に異常なし』
軍曹の携帯端末に送られてきたステータスにはそう示されている。無人機は機能として周囲を認知するように作られている。その認知を脅威判断に変換して、さらに行動規範に対照する。ありていに言えば好奇心と言えなくもない行動をとる。それに無人機と長く付き合っていれば、彼らにいちいちに驚いたりはしなくなる。
気にしなければならないことは多く、やらなければならないことも多い。やがて敵はここへと訪れる。敵前から離脱したナッツロッカーがここにやってきていることは気づいているはずだ。補給機能を叩き、その後の戦闘を有利に運ぶこともまた戦理の一つだ。そして敵が攻め手を仕掛けてきたときには、すでに準備はできていた。
地平線近く低く、何かがきらめいたときには、すでに隊内LANに空襲警報が通知されていた。上空からかぶさるようにホルニッセが舞い降りてゆく。それをかいくぐっても待ち受けているのは防空担当のクレーテだ。大柄な砲塔をめぐらせ、低くとび来る敵の反重力戦闘機へと向ける。そしてガトリングガンが唸る。それはまさに野牛の咆哮のようだった。銃声は連なり聞き分けることなどできない。砲塔側面から薬莢が流れるように転げ落ち、黒い発射煙がとめどなく噴出し、その中を曳光弾が低く飛び去る。光の筋は連なって乾いた大地を飛びぬけ、はるか先で土柱を林立させる。
敵の戦闘機の姿が見えた。装甲された機体に曳光弾が打ち付けてはじける。機体を揺るがせ低く旋回する。灰色の腹部を見せながらめぐる姿を、クレーテの銃撃が追いかける。取り逃がしてもまったくかまわない。
ここにはもはや守るに足るものは無い。突っ込んでくる反重力戦闘機が強いレーザの閃光を放ったとしても、切り裂くのは森とその大地に過ぎない。偽装網の下にあるのは、役割を終えた樹脂燃料袋でしかない。引き裂かれて燃え上がっても、それは吸い上げ切れなかった燃料の残りにでしかない。
森のこずえを揺るがして、双首の反重力機が飛びぬける。アフターバーナーを吹かし逃げに入るその機を、ホルニッセが追いかける。
上空で激しい戦いが繰り広げられていても、それはまだ前哨戦だ。それだけでは戦闘は決しない。障害はこれを無力化さえすればいい。拠って立つ地形に篭る我が方を、敵とて力押しなどしない。
この森は、戦車大隊の左翼を守っている。戦車大隊というストレートパンチを放つための、左のリードジャブの役割だ。
左のガードを打ち破らねば、どれだけ右へ打ち返しても決定的には押し崩せない。そしてこの森にはまだ部隊が展開していた。燃料集積所が燃料を使い果たした今、その炎上爆発を危惧せずに森全体を防御拠点として使うことができる。
ナッツロッカーよりさらに大型の、双胴ホバークラフトが、大きな砲塔をめぐらせ、その両脇に束ねられたロケット砲身を振り上げる。
白煙を噴出し、ロケット弾を打ち上げる。